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第33話 囚われの身

 この世界の聖女は最強だ。それは疑いようもない。


 しかし攻撃魔法が無い以上、魔法使いは一人だけでは魔物を倒すことも難しい。

 もちろん、幹部魔物に至ってはそれは不可能に近い。


 そのはずだった。


 ……なのに。


「……なんでこんなことに?」


 目の前のあり得ない光景に、私は焦っていた。



 次に向かったヴィエリディア伯爵領。

 そこの南端の北フォーセリアの街。


 そこに魔法使いがいる。

 その情報はあっさり入手した。


 いつも通り北フォーセリアの街に先に潜入した私は、城門が見えるカフェに陣取って、バルガレウスの攻撃を待っていた。

 そして、予定通りバルガレウスが城門を突破した。


 ……そこまでは良かった。


 しかし、私がバルガレウスとの戦闘に参加するよりも前に、砦の人間たちとの間で戦いに発展してしまったのだ。


 いやそれだけならば、そんなに驚くことは無い。

 バルガレウスが盛大に威嚇射撃して、みんなを恐怖に(おとしい)れればいい。あるいは、無理やり私が間に入って、バルガレウスとの戦いに持ち込めばいいだけのこと。


 しかし、それが出来ない状況だった。


 ……つまり。


 バルガレウスが押されていた。

 何も出来ずに。


 その原因はあの三人だ。


「"魔素封印(シールドマジック)!"」


 あの銀髪の女の子。

 彼女のその呪文のような言葉で、バルガレウスの手に集まっていた赤い光の玉が霧散する。


『ぐ……おのれ、魔素増減の魔法使いか……、厄介な。』


 息を荒げながらバルガレウスが憎々しげに言う。

 私には分かる、あれは演技なんかじゃない。


 それだけならばまだいい。

 例え魔法を封じられ、動きを鈍くされても、普通の人間が幹部魔物に肉薄して斬り合いを挑むのは自殺行為だ。

 しかし、残りのあの二人。

 ベテラン剣士っぽい三十代の男と、あの魔法使いの女の子と同じ銀髪のあの青年。

 あの二人のせいで、バルガレウスが翻弄されているのだ。


「キアス様、お願い致します。」

「ああ、行くぞ! "|加速十倍《10エクセレレーション》"」


 青年の呪文を受けた瞬間、その剣士の姿が消えうせる。

 そして一瞬でバルガレウスの死角に回り込んでいた。


『なに!?』


 ザシュッ!


『ぐあああ!』


 バルガレウスが斬られたむき出しの脇腹を抑えてうずくまる。

 人間の身長では首には届かないが、逆に一番ダメージが高い部位を正確に狙っている。


 そう、ここには魔法使いが二人いた。

 しかも、『魔素増減』と『速度上昇』の魔法使い。

 坊ちゃまとドーディアが厄介だと言っていた二種類の魔法使いである。


 そして、何故その二つが厄介なのか。

 正にそれが今目の前で体現されているのだ。


 もう魔法使いの居場所と種類は把握できた。ミッション達成だ。

 だから後は逃げるだけでいい。

 ……それなのに。


『ぐ、ぐおおお……。』


 バルガレウスが立ち上がり、距離を取ろうとする。しかし……。


「"魔素封印(シールドマジック)"!」


 あの魔素封印の魔法。

 あれのせいで動きまで鈍くなったバルガレウスが思うように逃げられない。

 そしてその度に、銀髪の男の子の加速魔法で、ベテラン剣士が斬り込んでくる。


 ……どうしよう。どうすべきか。


 バルガレウスに言って、この街に大型や小型魔物を突入させるか?


 いや、それでは大勢の罪もないこの街の人が犠牲になってしまう。

 かといって、バルガレウスを見殺しには出来ない。

 もはや彼は私の仲間であり友達だ。


「"魔素封印(シールドマジック)"!」


 再三のあの魔法がバルガレウスを襲う。

 一対一なら、あの魔法の前に、魔物は成す術もない。


 まずい! とうとうバルガレウスが膝をついた。

 これではあの剣士の攻撃が首や心臓に届いてしまう。


「止めを刺します! キアス様」

「ああ! "|加速十倍《10エクセレレーション》"」


 剣士の姿が再び目にも止まらぬ速さでかき消える。

 やはり、バルガレウスの首筋を狙っていた彼が、バルガレウスの横に出現し、その剣を振り下ろした。



 ガギィーーン!!


 ……だって、しょうがないじゃないですか。

 見殺しになんて出来ないもの。


 加速の魔法が掛けられるよりも前に、いち早く走り出した私の槍が、その剣をすんでのところで止めていた。


 一瞬の沈黙の後、緊張にも似たどよめきが兵士さんたちの間に走る。


 人間の女の子が、戦いに割って入り、幹部魔物を守ったのだ。

 ざわつかない方がおかしい。


「おのれ、何者だ!? 魔物の仲間か!?」

「幹部魔物を逃がすな!」


 兵士によって取り囲まれる。


 あれ? 何故ここに来て数で攻めるのだろう?

 そう思ったが、あのキアスと呼ばれた銀髪の男の子は、既に地に膝をつき肩で息をしている。

 もうあの十倍の魔法は使えないのだろう。

 やはり、あれだけの速度アップは相当負担らしかった。


 ならば、バルガレウスを逃がすだけなら何とかなる!


「私が、あの魔素封印の魔法を弾きます。だからあなたは逃げて!」

『何を言うか、我がおぬしを抱えて逃げれば良かろう!』

「駄目です、それではあの魔法を後ろから受けてしまう。急いで!」

『ぐぬぬぬ……。死んではならんぞ、ミュー!』


 一瞬悩んだバルガレウスだったが、私の言葉に納得したのだろう、少し魔素が回復した瞬間を狙って、兵士たちの包囲を飛び越えた。そして一気に城門の外に向かって走り出す。


「"魔素封印(シールドマジック)"!」

「させない!」


 逃がすまいと放った、銀髪の女の子の魔法を、槍で弾き飛ばした。

 よし、これでもう誰もバルガレウスには追いつけないだろう。


 ……さて、後はここから逃げるだけだ。


 私は、槍を構えると、一気に城門側の一角に向かって突っ込んだ。

 とはいえ、約二十人対一だ。

 簡単には突破できそうにない。


 相手がみんな剣で助かった。

 これで槍持ちの兵士さんが沢山いたら、正直あっさりやられていたと思う。

 リーチだけでも(まさ)っているこの状況に感謝だ。



 ……しかし、私は徐々に追い詰められていた。


 本音を言えば、この状況を脱することは出来た。

 それは、相手を殺して数を減らしていけば、の話だ。


 もしかしたら、人を殺さなくてはいけないかもしれない。

 女神さまの、この世界の大義のためにも、多少の罪を背負うのは致し方ない。

 その覚悟をしてきたつもりだった。


 ……でも出来なかった。


 転ばせた相手に穂先を突き立てようとして、その手が止まった。

 隙が出来た相手の首を突こうとして、その直前で槍を止めてしまった。


 いくら相手の武器を弾き飛ばしても、それを拾い、再び戦線に参加してきてしまう。


 相手を殺さずにこの囲みを突破するのは、どう考えても不可能だった。


 だって……やっぱり出来ません、人殺しなんて。


「私がやる」


 そう言って例のベテラン剣士が前に出て来た。


「槍の少女よ。私と一騎打ちだ」

「疲れさせてから出てくるとは、随分と臆病ですね。もし私が勝てば、見逃してくれますか?」

「いいや、それは出来ぬな。魔物の仲間は死罪以外にあり得ぬ!」


 言い終わりで剣士が間合いを詰めつつ振りかぶってきた。

 なかなか良い太刀筋だ。

 でも、坊ちゃまの腕には遠く及ばない。


 四度打ち合い、五太刀目で剣を絡め取る。

 僅か六太刀で、私の槍の穂先は彼の首筋にピタリと止まっていた。


(勝った……けど)


 さすがに体力の限界だった。

 私は、首筋に当てた穂先を引くと、槍によりかかるように片膝をついてしまった。


「それまでです」


 とうとう満身創痍になり膝をついた私の前に、そう声を上げた魔法使いの少女が姿を見せた。


「見事な戦いでした。あなたがこちらの兵を殺そうと思えば、きっと簡単に突破されていたに違いありません。でも、何故かあなたはこちらを傷つけなかった。バルガレウスの味方をしていたのも、何か理由があるのでしょう」


 少女のその言葉に、事実、何度も穂先を寸止めされた兵士たちが複雑な表情を浮かべていた。


「どうでしょう。ここで投降してはくれませんか? であれば出来る限り、あなたの話を聞くことをお約束します」


 命だけは助けます、と言わない辺り、処刑は免れなさそうだ。

 でも、ここで拒否すれば、確実にこの場で殺されるだろう。

 私に選択肢は無かった。


「分かりました……」


 そう言ってその場に槍を投げ捨てた私は、兵士さんたちによって後ろ手に縛り上げられた。



 ……まさか魔法使いが二人いて、普通に戦いに負けそうになるとは思いもしなかった。

 これは私の慢心が招いた事態だ。

 もっと情報を集めれば、先にそれを知ることが出来たかもしれなかったのに。

 坊ちゃまだったら、こんなミスはしなかったに違いない。


 私はまだまだヴァルクリス坊ちゃまに遠く及ばなかった。


 しかし、最悪な状況ながらも、最善の選択を取ることが出来たと思っている。

 殺されるはずだったバルガレウスを助け、何とか私自身も、ここで首を斬られることなく、捕らえられながらも命を長らえている。

 まあ、普通に考えれば。すぐにでも処刑されるだろうけど。


 死ぬことなんて怖くない。坊ちゃまのために戦って死んだのなら本望だ。

 でも、まだ死ねなかった。

 私が死んだら、坊ちゃまを悲しませてしまう。

 それだけは絶対に嫌だ。

 だから、何としても生き延びなくてはならない。


 それもこれも全てはこの後の交渉次第だ。



 私は、大人しく縛り上げられている間に、そんな事を考えていたのだった。




 ――それから


 私は、城壁近くの兵舎の地下にある牢屋に連れて行かれた。

 縄は解いてもらえたものの、鉄の枷をはめられてしまった。


 自分の力だけで逃げ出すのはどう考えても無理だ。


 しかし残念ながら、バルガレウスの助けは正直期待できない。


 現在、幹部魔物を取り逃がしたばかりで街は警戒態勢にある。

 再び街に侵攻しても、先ほどの二の舞になるだけだ。


 それに、彼は人間を殺さないことを私と約束した。

 きっと彼はその約束を守るだろう。


 あの巨体で、誰にも見つからず、誰も殺めずにこの地下牢を見つけ出すなど不可能な話だった。



 せめてもの幸いだったのは、さすがに魔法使い二人がいる街なだけあって、捕虜に非人道的な行為をするような兵士がいなかったことだ。


 ……と思ったけど、ここの二人が、あのサンマリアの魔法使いみたいな性格の持ち主だったら、きっと私は(はずか)しめられていたに違いない。

 そんな想像にぞっとするとともに、ここの魔法使いがそれなりな人格者で良かったと、前言を翻して私はそう思った。



 さて、どう交渉しようか。


 しかし、そもそも、交渉の機会など与えられずに、いきなり処刑が言い渡される可能性だってある。

 いや、寧ろその可能性が最も高いと言ってもいい。


 ……もう二度と日の光を拝めないのかな。


 そう思ったら、急に心細くなってきた。


 私は、自分の膝に顔をうずめた。

 そうしたら自然と涙が溢れ出てきてしまった。


「ああ、申し訳ありません坊ちゃま。ミューは、ミューはまたしても、坊ちゃまを置いて先に……」

「坊ちゃま? それがあなたが仕えている人なのですね?」


 突然、不意に漏らしてしまった私の独り言に答えが返された。

 見ると、いつの間にか入って来ていたのか、あの銀髪の魔法使いの女の子が一人、|鉄格子の外に現れた。


「お約束通り、お話を聞きに来ました。ミューさん」




(第34話 『明かせぬ密約』へつづく)



毎日正午に投稿致します!

明日もお楽しみに!

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