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第25話 アイシャだったモノと、世界一の思い

 最初の稽古期間は良かった。


「いやあ、上手いね、山田さん! 呼んで良かったよ」

「やっぱり実力派女優は違うね!」


 なにかあるごとに妙に賛辞を送ってくる主宰の言葉に、ヨシミは気を良くしていった。


 しかし、本番一週間前辺りから状況が変わり始める。


 他のキャストが主宰の不満を漏らし始めたのだ。


 自分の役はこの作品には必要ない、だの。

 演出家でもあるその主宰のダメ出しがコロコロ変わる、だの。

 脚本の意味不明な点について質問しても、「何それ? 役者が劇作家に文句?」と逆に圧をかけられた、だの。


 作品についてだけならまだいい。


 可愛いどころの女優が、主宰にホテルに誘われた、だの。

 この業界で舞台立てないようにしてやろうか、と脅された、だの。


 当然こんな状況ではお客さんを呼ぶ意欲が湧くはずもなく、「もっと、客を呼べ!」と怒鳴る主宰の怒りを、下を向いてやり過ごす。そんなキャスト達の様相が展開された。


 しかし、主宰は何故かヨシミにだけは優しかった。

 それどころか、まるで唯一集客が出来ている人間であるかのように、説教の矢面から外す始末。


「山田さんは別にお客さん呼べなくても良いよ。きちんと覚悟を示してくれているんだから」


 殆ど客を呼べていないヨシミには、その理由が分からなかった。

 他のキャストも、何故かヨシミを、可哀想なものでも見るように憐みの視線を送っていた。


 最悪な雰囲気の中、早く公演が終わることを願ったキャスト達。

 その願いも無事叶い、ようやく公演終了となった。

 殆どのキャスト達は打ち上げにも参加せずに、とっとと劇場を去り、自身の日常に戻って行った。


 これでようやく解放された、とでも言わんばかりに。


 しかし、ヨシミの受難はここからだった。


 公演終了後、ヨシミに一通のメールが届いた。


『今月末までに、チケットノルマの未達分を、指定の振り込み先までお支払いください。

6,000円×98枚=588,000円。』


(……え?)


「聞いてないんですけど。こんな大金払えません」


 慌てて返信するも、

『契約書に書いてあります。

 無理矢理でなくきちんとお会いしてサインしてもらいました。その時の録音もあります。

 無視した場合、法的措置に訴えます』


 ヨシミは、茫然自失の状態で、両親のもとに向かった。


「どうしたの、ヨシミ?」


 そして事の顛末を両親に話した。


 父親から、契約した当時の会話をなるべく思い出すように言われ、その内容を話した。


 思い出せば思い出すほどに明らかになって良く狡猾なやり口。


「役者は百枚くらい売れるようになるのを目指すものだから」

「今回はその練習だと思って」

「大丈夫、人間本気になれば、成し遂げられるって!」


 開始から、売り上げ100枚分の負債を背負わされることに関して、あたかもきちんと説明が果たされているかのようなやり取りが蘇ってくる。

 そして極めつけが、契約書だ。

 直筆の記名に印鑑。


 旗色は悪い。


 これが両親の結論だった。


 そして仕方なく、両親はそのお金を立替える事にした。


 両親は怒らなかった。


 ただただため息をつくばかりだった。




 ヨシミはようやく分かった。

 自分の夢は、誰かに食い物にされるためにあったのだと。


 そして……



 ヨシミは夢を捨てた。




 高校時代、夢を見つけた瞬間。

 あんなに世界が(きら)めいて見えた。

 やりたい事や夢が見つけられない若者が多い世界で、たった一つの夢を見つけた自分が誇らしかった。

 しかし、ふたを開けてみれば、二十代という最も貴重な時間と金を、ただただどぶに捨て、失意だけが残った。


 戦って敗れたのならば納得もいく。

 始めから、お前みたいな人間には無理だ、と門戸を閉ざしてくれたのならば諦めもつく。


 しかし、自分の二十代は、ただただ誰かの養分としての存在意義しかなかったのだと、それを思い知らされたのだ。


 分かっている。


 田村くんも、

 莉愛も、

 リイアも、

 養成所の事務所の人も、


 誰も悪くない。


 寧ろ福駒先生は、親身になって心配までしてくれた。


 先生は元気だろうか?

 田村くんにも、莉愛にも悪い事をしたな。

 リイアも、きっと傷ついたに違いない。


 ネットで『夕海莉愛』と検索してみる。


 二週間前の彼女のニュースが飛び込んで来た。


『美人ファッションモデルの夕海莉愛。高校時代の同級生の一般男性と結婚。子育ての為モデル業を一時引退』


 きっと相手は田村君だろう。

 対外的に別れたという事にしてずっと付き合っていたのかもしれない。


 『藤堂リイア』と検索してみる。


 現れたウィキペディアには、出演アニメ、吹き替え映画、CD、ボイスドラマ、コンサート、舞台、朗読劇と、彼女と別れてからの足跡が無限に刻まれていた。

 そしてニュースサイトには、こう書かれていた。


『人気声優藤堂リイア。同事務所の人気声優との結婚を発表』と。


 はははは!


 見よ。

 これが持てる者の人生だ。


 それに比べて自分は……。

 

 もうだめだ。

 もう何もしたくない。


 失意、後悔、罪悪感、自責、他責、怨嗟、羨望、絶望。


 ありとあらゆるマイナスの感情に支配されたヨシミに取れたのは、逃避の一択だった。



 それから……。


 家から一歩も出ずに、ただただ人生のほとんどを自室で過ごした。

 眠り続けていても嫌なことを思いだすだけだったヨシミは、逃避のために仕方なく漫画やラノベに手を出した。

 そしていつしか、流行っているそれら漫画やラノベのように、異世界に転生することを望み始めた。


(こんな風に、異世界転生出来たら最高だろうな)


 最初は漠然と願っていたヨシミだったが、異世界作品を読んでいる間だけは、人生の苦しさを忘れられた。


 ある時は、改心して聖人ムーブを巻き起こす転生悪役令嬢。

 ある時は、実はチートスキル持ちなのに、誤解されて勇者パーティーを追い出された冒険者。

 ある時は、胸糞王子や胸糞貴族を懲らしめる、最強美人主人公。

 ある時は、自分にぞっこんのあらゆる美男子たちを侍らす、清純派お嬢様。


 それらの登場人物達に自己を投影する。

 投影し続ける。


 そしてヨシミは思った。


(きっと異世界はある。そう思い込むことにしよう。本当に異世界はある。本当に異世界はある。本当に異世界はある。本当に異世界はある。このしんどい現世が終われば異世界に行ける。そう信じよう。信じ込もう。自身に催眠術をかけるように。私が死ぬときに、「よし、今からようやく異世界に行けるんだ! 楽しみ!」と、そう思い込んだまま死ねれば、私の一生は幸せだ)



 それから、どれだけ時間が過ぎたのかわからない。

 ある時から、家も静かになり、両親が部屋に入って来なくなった。階下に感じていた人の気配も無くなった。


(こういう時、アニメなんかでは、どういう設定が考えられるかな。ありがちなのは、お父さんが倒れて、お母さんが病院に行っている、とかかな? あ、でも、さすがに二日も帰らないのは無いか。お爺ちゃんの不幸で急遽田舎に行ったとか? それとも同乗しての車の事故? うーん、どれもしっくりこないなあ)


 ヨシミは既に壊れていた。

 いや、完全に異世界を信じ込み、今世を来世のおまけのように考えられるようになっていた、という点では、望んだ通りになっていた、と言うべきなのかもしれない。


 結局、両親不在のその理由は分からなかった。


 足の筋力も落ち、背骨も曲がったままになったヨシミは、もはやその部屋から出ることが出来なかった。

 自分が何歳なのかもわからない。

 自分が誰なのかもわからない。

 何のために産まれて来たのかもわからない。


 ただ、一つ。

 この中の、どれか一つで良い。

 この地球でも、持って生まれたかった。


 いや、この中でなくても良い。


『たった一つ、世界一だと思えるもの』


 それが欲しかった。


 そうすればきっと違った結果になったはずだ。


『一、自分だけのチート能力

二、最高の美貌

三、永遠の若さ、永遠の命

備考 これらがある前提で、人々を苦しめる絶対悪の存在、ハーレム展開は不可欠』


 ヨシミは朦朧とした意識で書きこんだそのアンケートページの送信ボタンをタップした。


 それを最後に、彼女は意識を失った。



 そして、次に目を覚ました時、その声を聞いたのだった。


『太陽系地球、日本国の山田淑美、良く来ましたね。歴史上で最も異世界を知り、異世界を切望している。あなたの世界一のその思い(▪▪▪▪▪▪▪▪)を見込んで、異世界を創る力を貸してください』




 ******



「はあああ、今回はイマイチだったわね」


 何もない空間で彼女(ヨシミ)はそう漏らした。


 いや、彼女(ヨシミ)だったモノ、もっと正確に言えば、アイシャだったモノと表現すべきかもしれない。


「まさかこんなに早く決着がついちゃうなんて。それに……最後に死んじゃうなんて」


 アイシャだった彼女は、前世での魔王との戦いを思い出していた。


 彼女は不満だった。


 今回、魔法使いとして存在していたルレーフェ・ハーズワートという青年。

 思い返せば、彼には随分とかき回された。


 本来自分しか倒せないはずの魔物を、次々と倒していくその実力。


 確かに、幹部以下の魔物は物理攻撃で倒せるように設定してあるのだから、そういうことが起こってもおかしくはない。

 でも、剣の達人と認識阻害という補助魔法が合わさることで、ここまでの戦果を挙げるとは。おかげであっさりと魔王を滅ぼしてしまった。


 もっとじっくりと、たっぷりと、時間をかけて戦い、激闘の末に世界を救いたかったのに。


「でも……」


 不満であった気持ちとは別に、彼女には初めて湧き上がる気持ちがあった。


「……ルル」


 これまでの人生、常に彼女は最強だった。

 力も美貌も、羨望の的としても。

 そして、その持てる者(▪▪▪▪)としての余裕からか、優しさ、思いやり、慈悲、自己犠牲精神を自然と兼ね備えて行動できるようになった彼女は、人格者としても最高だった。


 誰もが聖女に跪いた。

 誰もが聖女に振り向いた。


 でも、その聖女に唯一振り向かなかった彼。

 唯一対等の仲間として肩を並べた彼。


 彼女は彼に恋をしていた。


 彼となら、リセットボタンを押さずに、最後まで人生を共に出来そうな気がした。


 ……魔王に殺されさえしなければ。



 でも、嬉しかった。

 こんな気持ちになったのは数百年ぶりだ。


 きっとこの先も、運が良ければ、彼みたいな人間が出てくるに違いない。


 あ、そうだ、だったら、魔法使いの中で、必ず一人は認識阻害の魔法を使える設定にしておけばいいんじゃないか?

 そうすれば、きっとルルみたいに活躍してくれることだろう。



 そして彼女は、この場でしか開けない、脳内のシステムウィンドウのような世界を展開した。 


 以前自身が片っ端から考えた、この中からランダムで選ばれる『補助魔法使いの能力』。

 そこに、特別な設定を加えればよい。


『認識阻害 優先』


と。



 ……しかし。


 いくら探しても、その項目は発見できなかった。



(……なに? いったい、どういう事?)




(第26話 『世界を救う作戦』へつづく)


毎日正午に投稿致します!

明日もお楽しみに!

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