第11話 彼女のバースデー大作戦 その1
「そういう訳で、ヴァルスよ。三領地共催の催しは『剣術大会』に決まった」
「は、はあ、剣術大会ですか」
カートライア辺境伯領、リングブリム子爵領、パリアペート男爵領の、三領地合同での領主会議から帰って来た父上が俺にそう言った。
なんか知らんけど、急に三領地で何か催しをしようという話になったらしい。
いや、「なんか知らんけど」とは言ったがそれは嘘だ。
事の発端は俺である。いや、俺たちである。
ロヴェルとヒューリアの婚約。そして、それを立ち会ったのが俺、というのが領民たちの間でも噂になってしまったらしく、より三領地の絆と、領民の親交を深め、しかも他領地からのインバウンドを見込める「何か」を催そうという話になったらしかった。
「そんな顔をするな。魔王の復活まで後五年。そろそろ本格的に魔王への備えが必要になる。これはその為にもいい布石になる」
余り乗り気でない俺に父上はそう言った。
この世界は戦乱の終結とともに五十年の平和が約束される。つまり、戦う必要のない五十年だ。
その期間、人々は戦を忘れ、剣を忘れ、ただただ平和を謳歌する。フェリエラ期に編成された領主軍や騎士隊、領民義勇軍も解体される。傭兵を生業にしていた者たちもこぞって引退する。
そりゃそうだろう。だって仮に魔王が倒されて翌年に領主軍に入っても、次の戦は49年後なのだ。有事に備えようにも有事が無いのが分かりきっているのでは、入るだけ無駄である。
魔王討伐後の世の中は、どこも復興の為に人手不足となり、職を失った腕っ節自慢たちも、いくらでも働き口はある。賊なんかに身をやつす人もほとんど居ないと聞く。
そして逆に、再び魔王が現れる前の、ちょうど今くらいの時期には、各街や村の保安官を中心とした領民軍が編成されるのである。保安官は、まあ、領主から派遣された、街の警察官だと思ってもらえればいい。
まあ、とはいうものの、領民たちにも日々の仕事がある訳で、軍隊のように組織だったものではないのが現状であるが。
そこで先ほどの経済関係の話に加えて、より領民たちの戦闘技術を向上させ、戦う意欲を喚起させるためにも一役買ってくれるこのアイデアが一石二鳥なのだと、父上は説明してくれた。
「まあ、確かにこれを機に、各領地の領民の訓練の喚起に繋がるのならば、良いかもしれませんね。概ね理解致しました」
優勝者とまでは言わなくても、それなりに勝ちあがって名を挙げたものには、領主やその近郊都市から登用の申し出もあるだろう。
今までの平和な世では振るえなかった荒くれ者たちの才能を生かすいいチャンスかもしれない。
やれやれ、にしても剣術大会とは。異世界転生モノのテンプレ通りの展開だな。
武術大会とか魔法大会とか試験とかは、俺TUEEEな主人公の自己顕示欲と承認欲求を刺激しつつも、話数を稼げる格好の設定だ。実際、どの作品もかなりの確率でこういう大会が行われる。事実俺も、会社のデスクで、「どいつもこいつも直ぐに武闘大会やら剣術大会を開きやがって」と愚痴をこぼしていたものである。
まあ一方で、ここには魔法学校とか貴族学校は無いようで安心したが。正直、女神ベル様のミッションを果たすためにも、学校みたいな時間拘束が多い展開はごめん被りたかった。
制服姿のエフィリアを見られないのは残念ではあったけどね。
でも、正直俺には関係無い。別にチートでも何でもないから勝てるとも思えないし、勝ってチヤホヤされる事に別段興味もない。
世の荒くれ者の皆さんは、せいぜい頑張ってくれ給え。ははは。
「そこでだ、お前にも出場してもらいたいと思っている」
「ぬぇ?」
鵺ってのは、平家物語に登場する化け物だ。外観は諸説あるが、キマイラの日本版だと思って貰って構わない。
顔や胴体は猿とか狸とか言われてるけど、尻尾がキマイラと同様に蛇なのは、あの形状の生き物が他に居ないからなのだろうな、とか、俺は昔から常々考えて……。
「何をぽかんとしている。お前にも出場してもらいたいと思っている、と言ったのだ」
父上、ぽかんとしていたのではなく、現実逃避をしていたのです。
いや、それにしても、なんで?
普通に嫌ですよ、めんどくさい。
「お前は、魔王の復活に備えて誰よりも鍛錬を積んできたではないか。恐らく剣同士での戦いなら、お前以上の手練れはそうそうおるまい。
これでもしもお前が優勝でもしようものなら、我が領民のカートライア家への信頼は計り知れないものとなるだろう。少なくとも『領民の為に義務を果たす貴族』という姿は、貴族階級を妬む者の考えを改めるに違いない。
そして領民が武芸に励み、魔王復活後もきゃつらの侵攻をものともせずにはねのけ続ければ、王宮からの信頼もより厚くなる。お前に爵位を譲る前に、侯爵へ陞爵するのも夢ではないぞ」
なるほど、父上にも政治的な考えがあっての事か。
歴史的には、魔王の復活の後に土地が荒れ、反乱や亡命で消滅する貴族領は後を絶たないという。
王都は城壁も、軍隊や騎士の編成もしっかりしているからそうそう魔物にやられることは無いだろうが、各領地は、それぞれの領主の采配に任されている。
領地から優勝者を出せば、その采配の一助となるのは明白であった。
うーん……まぁ、いっか。
折角、異世界に転生したのだ。目的は違えど修練も積んできた事だし、このクソありがちなテンプレストーリーを堪能するのも悪くないだろう。
それにこんなことが、父上への恩返しになるのなら安いものである。もちろん、それなりに結果を残さなくてはなるまいが。
「分かりました父上。必ずや父上の名に恥じぬ活躍をお約束致します」
そう返した俺に、父上は満足そうに微笑んだ。
「全く、お前もエファも、私なんかには過ぎた息子と娘よな。私は幸せだよ」
「いえ全て、父上と母上のお人柄の賜物です。僕にもエファにも、そしてミューにもとても温かく接して下さったからこそ、私も父上を尊敬しているのですから」
俺のその言葉に、父上はこれまでの微笑みとは違う、少し含みを持った笑い方をした……ように見えた。
「そういえば、明日はミューの誕生日だとエフィリアが言っていたな。ミューを午後に街に連れ出すために、あちこちに手を回している様だったが、お前も行くのか?」
既に数日前、エフィリアからその報告は聞いていた。当然「兄上様もご一緒してくださいね?」という命令付きで。もちろん、俺が妹の命令に逆らえるはずなどない。
「はい、エファに誘われています」
「そうか、では、これを」
そう言って、父上は、机から一枚の金貨を取り出した。
「ミューの誕生日を、エフィリアが孤児院に出向いて調べて来たと聞いた時は驚いたよ。これまで祝ってあげられなかった分、食事でも、贈り物でも好きに使いなさい。私も、ミューには世話になっているからな」
「ありがとうございます。しかし、ミューが何か父上のお世話を?」
正直、俺の専属使用人であるミューが、父上と顔を合わす機会など滅多に無い。もちろん下世話な邪推など一切ないが、単純な疑問として俺は父上にそう尋ねた。
「ははは、世話になっているだろう。お前がここまで立派な人間に育った、その一番の功労者と言っても過言では無いのだからな」
「……はい」
俺は、改めてこの父上の人柄の素晴らしさを再確認したのであった。
――翌日。
「とまあ、そんな事になった訳なんだ」
「なるほど、剣術大会ですか」
俺は、事の次第をミューに話していた。彼女はどういう反応をするのだろうか。
「複雑ですね」
彼女は少し考えながらそう言った。
「複雑って?」
「坊ちゃまの使用人としては、大会に出られることで、お怪我などの心配をしてしまいます。しかし、出場することによって、それがカートライア辺境伯領の、ひいては坊ちゃまの名声が広く知れ渡る機会になるのならば、またとないチャンスだとも思ってしまいます」
いや、もしもなんかダークホースというか、そんな感じの強い人と当たっちゃって、初戦で負けたりしたら逆に不名誉だと思うのだけれど。
ミューは完全に俺が勝ちあがること前提で話している。
「いやあ、名声も何も、勝てなくては意味が無いけどね。俺みたいなのが勝ち上がれるとは……」
なんとなく謙虚にそう返した俺だったが、ミューは珍しく、その綺麗な目を大きく開いて反論した。
「なにをおっしゃられるのですか、坊ちゃま! ずっと鍛錬を続けてこられた坊ちゃまが、たかが数か月大会に向けて準備したような他の出場者に負ける道理がありません。それでなくても、坊ちゃんは凄い方なのですから! ずっと勉強もされて、色んなことを知っていて、私は使用人の身でありながら坊ちゃまに頼りきりです。
それに、こんな私みたいな卑しい身分の者にも、分け隔てなく接して下さって……。私は、坊ちゃまがこの世界で一番であることを知っています! 私はいつだって、わたしの坊ちゃまは凄いんだぞ、って、大陸中に言いふらしたいくらいなんですから! そんなご自身を卑下なさるお言葉は、ミューは嫌です」
多分、これまでの人生で一番の長台詞をミュは一気にまくし立てた。そして、いつの間にか掴んでいた俺の手を、ハッと我に返り離した。そして、慌てて膝をつき、「も、申し訳ございません」と言う。
なんかその姿が、妙に微笑ましかった。
俺はしゃがみ込み、膝をつくミューの顔と同じ高さで彼女を見た。まあ、彼女は下を向いているので、顔は見えなかったが。
「ミュー、駄目だよ」
「はい、私風情が、坊ちゃまに対して不敬な発言を」
「ほら、また」
ミューは申し訳なさそうな顔のまま、俺に顔を向けた。
「俺に、自分で卑下するな、と言っておいて、その本人が、自分の事を卑下するのかい? 俺はミューの事を、卑しい身分の人間とか、メイド風情が、なんて思ったことは一度も無いよ」
「……も、もうしわけ、ありません」
俺の言葉を聞いて、再びミューが顔を下に向けた。照れ、喜び、自分への怒り。様々に入り乱れた複雑な感情なのだろうが、その顔は真っ赤だった。
俺はミューの手を取って、グッと立ち上がらせた。これ以上いじめるのは良くないし、今日は予定もあるしね。
「え? あ、坊ちゃん」
「さて、じゃあ、そんなミューに二つほどお願いをしたいのだけど良いかな?」
「あ、はい、何なりと」
「俺は父上の為にも、大会で勝たなくてはいけない。だから、ミューにもこれまで以上に、鍛錬に付き合ってもらいたいんだ」
スッとミューの表情が真剣になった。
「はい、お任せください」
「うん、ミューの坊ちゃんは、ミューをとても頼りにしてるからね」
「う……あ……」
折角の凛々しい表情が、すぐに崩壊してまた真っ赤に染まる。今回は分かり易く、照れのみの表情だった。
コンコン。
自室の扉がノックされた。恐らくエフィリアだろう。どうぞ、と促すと、案の定そこには青いドレスに身を包んだ金髪天使が立っていた。
「兄上様、準備が整いました」
「ああ、ありがとうエファ。では行こうか」
「え? あの」
立ち上がった俺と、エフィリアを交互にみながら、状況を飲み込めていないミューが少しテンパっていた。
「今日はこれから、私達にお付き合いくださいな、ミュー。それが、兄上様のもう一つのお願いです」
エフィリアは、ミューに微笑んでそう言ったのだった。
……いや、ちょっと待て、お前、どこから立ち聞きしていたんだ?
(第12話 彼女のバースデー大作戦 その2 へつづく)
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