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唯一の春  作者: 兎田
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02平凡な日常<成人のお祝い>

「かんぱーい!」

ガヤガヤと賑わう居酒屋で春麗の元気な声が弾ける。


今日は成人の日である祝日、すでに二十歳を迎えた春麗と唯人が祝杯をあげる。

中学生時に出会った二人はその後も同じ高校に進学し、現在通っている大学も同じだ。


春麗は中学時代の面影が残っており、相変わらず小柄で元気いっぱいの女の子だ。変わったところと言えば、黒髪の内側にコバルトブルー色のメッシュを入れたくらいでツインテールという髪型と丸眼鏡も変わっていない。成長期を期待した背も152㎝で止まってしまっている。


かえって大きく変わったのは唯人である。出会った当初は背も春麗より少し高かったくらいの唯人であったが、現在は185㎝も身長がありガタイも良い。漆黒の髪色は相変わらずだが、長く伸びた前髪で目がほとんど隠れてしまっている。


「もうっ、前髪切らないと目を悪くするって言ってるのに~」

お酒を飲みながら唯人を見る春麗。

春麗から見ると唯人は身体が大きくなっただけで相変わらず守ってあげないといけない気弱な男だ。


「だって…」

言葉を濁す唯人。春麗の前では借りて来た猫のように大人しく穏やかだ。

実際唯人は神亀会の跡取りで身体も鍛えているし冷静で冷酷な男なのだが、春麗だけは本来の姿に気付いていない。


「猫背も直さなきゃだめだって言ってるでしょ~」

春麗の小言は止まらない。春麗は唯人に軽口を叩ける数少ない人間だ。


「それより!春ちゃんは高校卒業したら中国に帰っちゃうと思ったけど、無事に大学まで一緒に進学できて良かったよ。」

「あ、無理やり話題変えた~!なんか今実家の方が揉めてるらしくて帰って来ないほうが良いんだって。」

春麗はそう言って枝豆口に放った。


唯人には本当の話をすることは出来ないが、数年前から青龍の兄と姉の後継者争いで揉めているらしい。そんな中、後継権のある春麗が戻るとさらにややこしくなるために春麗は日本の大学に進学し様子を見ることとなったのだ。


ちなみに唯人は神亀会の跡取りとなることは確定しているので、大学には進学せず本業に専念する予定であったのだが、春麗が大学進学をすると聞き唯人も大学進学を決めた。

現在は昼は大学に通いそれ以外の時間は神亀会の業務を担っている。もちろん春麗に本当のことを話してはいないので、バイトで忙しいということにしている。



「春ちゃんの家は大きな会社を経営してるんだっけ?大変そうだね。」

「まぁね~、私は経営にあんま興味ないけどさ兄弟で揉めてるみたい。」


「でも国に戻ることは決めてるんでしょう?日本で就職しようとは思わないの?」

「うん、跡継ぎとかはならないけどやっぱり家の役には立ちたいからさ。」


両親は何も言わないが、青龍の部下の話によると青龍の経済状況が芳しくないらしい。マフィア潰しを行ってきたせいで四面楚歌になりつつあるとのこと。他のマフィアグループが結託して青龍の妨害をしているのだ。


こういった場合手っ取り早く共闘できる相手を作るには青龍の血筋の者が他のグループの権力者と結婚することが手っ取り早い。春麗は三兄弟の末っ子で兄と姉が揉めている。春麗が政略結婚として嫁いでいくのが順当だろう。


マフィアの家系という特殊な環境で育った春麗は政略結婚の可能性を幼い頃から自覚していた。そのため、これまで恋愛に見向きもせず生活をしてきた。大好きな青龍の役に立てるのであればいつでも嫁ぐ覚悟は出来ている。




「むにゃ…。」

突然眠ってしまった目の前の春麗。


「ふっ…相変わらずたくさん食べてすぐ寝る姿はハムスターみたいだな。」

自然と笑みが零れる唯人。

おまけに春麗は素早く動くしいつも走っている。ハムスターそのものだ。

唯人はそんな一生懸命動く春麗の姿が面白くて観察するのが趣味だ。


大学へ行くことは周囲に反対されたが、こんな面白い生物を観察できるのであれば大学生とヤクザの二重労働くらいお手の物だ。どうせ春麗は国へ帰るらしいし、帰るまで一緒にいるのも悪くないだろう。

春麗が帰ってしまったらまた殺伐とした世界に戻るのだから今くらい良いはずだ。




会計を終えた唯人は春麗をおんぶし荷物を持つと店を出た。

春麗が酔いつぶれて寝るのを見越し、居酒屋は春麗の家の近くを選んだ。春麗は叔母の家に身を寄せているらしいので、家まで送り届けるつもりである。




静かな夜の街を歩いていると、突如として複数の男に行く手を阻まれた。

冷静に立ち止まる唯人、ピリッとした空気が漂う。

「神亀の跡取りともなる奴がパシリか?」

目の前の男が言う。


「てめぇ、どこの組のもんだ?春ちゃんが起きるだろ、汚ぇ息を吐くな。」

低い声で凄む唯人。春麗には見せない素顔だ。


「あぁ゛!?」

唯人の言葉に血管を浮かび上がらせる男。

もちろん唯人にも護衛となる神亀会の者が何人か控えている。唯人が合図を送るとすぐに援護に来ることだろう。


しかし、ここで下手に騒げば春麗を起こしてしまうしヤクザだとバレてしまう可能性がある。春麗は正義感の強い人なので、唯人がヤクザだと知ると自分から離れて行くかもしれない。いつかは別れるとはいえ、このような状態での別れは避けたいものだ。



唯人は相手を睨みつけながら後退すると、道の端に自身の上着を敷きその上に春麗を優しく寝かせた。春麗は特に飲酒していると目を覚まさないので早く相手を撃退してしまえば問題ないだろう。


春麗と出会った中学生時代よりも接近戦の能力を格段に向上したし、この人数なら今の唯人でも問題はない。


唯人が改めて相手に向き直ると強面の男たちは各々に警棒やナイフを持ち出した。唯人も護身のために拳銃を持っているが、拳銃は大きな音が鳴り警察が介入する可能性が高いので基本的に使用することはない。


そして、唯人の隣には部下の一人である佐原が立つ。他にも数名部下は控えているが、この程度の相手なら唯人と佐原だけでも十分だろう。



一人の男が警棒を振り上げて唯人に突進してくる、それを機にその場にいた男達全員が戦闘態勢に入った。


ドカッ

警棒が唯人の頭に届く前に唯人は長い脚で相手のみぞおちに重い蹴りを入れる。


ビュンッ

その隙にもう一人の男が唯人の左側より殴りかかってくる。瞬時に身体を屈めた唯人はそのまま男の顔に肘鉄をくらわした。


横目で周りの状況を見ると、佐原も優勢のようで難なく相手をしている。


唯人側が優勢のまま殴り合いを続く。次々と戦闘不能になっていく相手側。

「クソッ…!」

佐原に目を取られた一瞬、唯人に殴られて男の一人が春麗の方へ向かった。唯人達に敵わないと判断するや否やすぐに春麗を人質に取ろうと考えたようだ。


「ふざけんな!」

唯人は低い声で怒鳴ると、春麗に触れようとする男に向かって落ちていたナイフを投げた。


「ぐぁっ…‼」

唯人の投げたナイフは見事に見事に右肩に刺さり、男は刺された箇所を手で押さえ崩れ落ちる。


バキィッ

ドタンッ

春麗のことに気を取られていた唯人は他の男から渾身のパンチを右頬にくらう。ガタイの大きな男からのパンチは重く、春麗の隣に吹き飛ばされる。


「若っ‼」

その光景を見た佐原が叫ぶ。


「くそっ…」

口の中に血の味が広がるのを感じる唯人。

思ったより相手の戦闘能力は高いらしい。このままじゃ春麗を起こしかねないし後ろに控えてる奴らも呼ぶか…。


唯人がそんなことを思ったときだった。


「うん…何の音…?」

寝ぼけた声の春麗の声が唯人に届く。

春麗が目を覚ましてしまったようで目を擦りながら身体を起こした。


「…え?」

目の前に広がる光景を見て驚く春麗。

敵意剥き出しの男たちが唯人と佐原をいじめていたのだ。ちなみに佐原は春麗の中高時代の同級生であり、春麗には唯人の幼馴染だと認識されている。


自分の隣で尻もちをついている唯人の顔には殴られた傷跡があり唇から血が出ている。佐原も男と取っ組み合いをしており服装が乱れていた。



状況を理解した春麗は静かに立ち上がると目の前の男たちを睨みつけた。そして立ち上がろうとする唯人を手で制止する。

「唯人をいじめるな!」

可愛らしい声だがはっきりとわかる怒声を放つ春麗。


相手側が春麗の怒鳴り声に驚いた瞬間、春麗は地面を蹴って唯人を殴ったであろう男に飛び蹴りをお見舞いした。

ドタァンッ

勢いよく地面に倒れる男。


男はすぐに体勢を立て直すために立ち上がろうとするが、春麗はそれを許さず男の顔面を強く踏みつける。


「ぐっ…」

ボキィッ

男のうめき声と鼻の骨が折れる音が響く。

男の鼻からは大量の血が流れ出していた。相当な痛さのはずだ。春麗は小柄だが、自分の力を最大限に出す術を知っているので、予想以上に強い力が相手に加わる。


あぁ、終わったな………相手の男たちが。

唯人がそう思ったのも束の間、すぐに武装した男たち夜の地面に沈んだ。急に目を覚ました小柄な女の子に負けると思っていなかったらしく呆然としている。


春麗は必要以上に痛めつけず相手が戦闘意志がないと判断すると自分も攻撃はしない。そのため、余力のある男たちはフラフラと立ち上がるとその場から走り去ってしまった。



「唯人!大丈夫!?またカツアゲ!?」

相手が逃げたのを確認するとすぐに唯人の元に駆けつける。


「うん、大丈夫だよ…」

春麗にそう返事をする唯人は佐原に目くばせして逃げた奴らを追跡するよう指示を出す。春麗の顔を見られてしまったために徹底的に潰しておくのが得策だろう。


佐原は小さく頷くとすぐにその場を去った。


「佐原君も…って、あれ?」

春麗は後ろに居たはずの佐原にも声を掛けようとするがすでに姿は見えない。


すかさず嘘の事情を説明する唯人。

「佐原は俺がカツアゲに遭ってるときに偶然通りかかって助けてくれたんだ。急用があったみたいでもう行っちゃったみたいだけど…」


「そっか、久々に会ったから挨拶したかったのに。それに唯人が大変な目に遭ってたのに寝ちゃっててごめんね?」

春麗は申し訳なさそうに眉を下げる。


「そ、そんな気にしないでよ。無事だったんだしさ。」

むしろ自分が原因で襲われただけなので春麗が責任を感じる必要は全くない。


「でもほっぺた痛そう…」

「冷やせばすぐ治るよ。」

春麗はこの程度の怪我で心底心配してくれる。そのことが唯人にとってとても嬉しい。


「すぐに冷やすもの買ってくるから唯人はここにいて!」

思い立つとすぐに行動に移す春麗は即座に立ち上がると近くのコンビニへと走り出したのであった。


すぐに小さな背中になってしまった春麗を見送っていると自然と笑みが零れてしまう。

やっぱり相変わらずのハムスターぶりに安心してしまう。




今日は運よく春麗に正体がバレなくて良かった。正直、出会った頃からずっと唯人のことをいじめられやすい人間だと認識していることに驚きだが、いくら鈍感な春麗でもこんなことがずっと続くと流石に不審に思うかもしれない。

春麗に危険が及ぶのを防ぐためにも、さらに自分の周りの警護を増やしたり未然に防ぐようにした方が良さそうだ。

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