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唯一の春  作者: 兎田
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06資質<潜入>

「あんたが今日から入るって言うレイね。顔は結構悪くないわね。」

春麗の目の前の女性がジロジロと見ながらそう言う。


とても二十歳過ぎの息子がいるとは思えない若々しさと美貌を持つこの女性こそが唯人の母親であり、誘拐の主犯格だ。この母親はここではフウカと呼ばれているらしい。

唯人の父親を見たことはないが、唯人の顔が整っているのはこの母親の血もおおいにあるのだろう。



「ありがとうございます。一生懸命働きますね。」

春麗はニコリと微笑んでそう答えた。




唯人が誘拐された翌日、春麗は医師の反対を押し切り、唯人の母親が営む高級クラブへとやってきていた。

母親であるフウカは従業員にきつく当たることで有名らしくすぐに店のスタッフがやめていくらしい。そのため、このクラブでは常にキャストを募集中だ。春麗は可愛らしい見た目をしているので即採用されたのである。ここではレイという源氏名で働くこととなる。


「ボーイがアンタの面接をした後、コミュニケーション能力も高いって言ってたし期待してるわ。皆根性なくてすぐやめちゃうんだけど、そんなことはないようにしてよね。」

「はい!お任せください。」

「その自信満々な顔嫌いじゃないわ。仕事内容の詳しいことはこのスズナに聞いてちょうだい。」

フウカはそう言うと隣で控えていた綺麗な女性を目で見て言う。


そうしてフウカへの挨拶を終えると、春麗とスズナは控室へと移動した。

「スズナさん、よろしくお願いします!」

体育会系の春麗の挨拶は気合十分できびきびとしている。

そんな春麗の態度にスズナはクスリと笑うと優しく声を掛けてくれた。


「はじめて働くクラブがここっていうのは大変かもしれないけど、私が出来るだけフォローするから心配しないでね。」

スズナはここでは一番の古株で、客からも一番の人気を誇る女性だ。性格も穏やかで同僚からの信頼も厚いらしい。

「はい!ありがとうございます!」

お世話をしてくれるスズナには悪いが春麗には別の目的もある。もし、今回の件でこの店に何かあった場合は、スズナや他のスタッフに出来るだけ影響がないようにしたい。

「元気な子ね。まずはレイちゃんの着るドレスから選びましょう。」



春麗はスズナに選んでもらったドレスを着るとスズナとともに客の元に向かう。春麗ははじめての仕事なので基本的にはスズナについて接客方法を学ぶことになる。

最初は華やかで慣れない世界に緊張していた春麗であるが、持前のコミュニケーション能力で当たり障りなく接客をしていく。元来の性格でおっちょこちょいな部分もあるが、それは春麗の個性として客からの受けも悪くなかった。




「また来てくださいね!楽しみにしてます。」

「ありがとうございます。」

スズナの太客を出入口で見送るスズナと春麗。


「じゃあ、戻ろっか。今日の仕事はこれで終わりよ。お疲れ様。」

スズナは客の背を見来ると、優しくそう言って春麗の頭を撫でてくれた。


店に戻ろうとした時、複数人の男たちが店の上の階へと行く姿を目撃する。微かに聞こえた男たちの話し声は確かに唯人を誘拐した男の声と一致していた。


このクラブは一階にあり、二階もレイの所有しているフロアだ。今日何度か外をチラリと見たが大勢の男たちが二階に出入りをしている。

この近くで見張りをしている山田の言う通り、最低でも二十人は男たちがいるのだろう。フウカが唯人に逃げられることをとても警戒しており、人数でそれをカバーしているのだろう。


困ったな…思ったより唯人を連れ出すことは難しそうだ。


佐原によるとフウカは唯人を担保に唯人本人や父親に金銭を要求しており、他にも神亀会に敵対する組に唯人を引き渡す代わりに何かしらの交渉をしているらしい。もはや血の繋がっている母親とは思えない所業だ。

これまで裏切り者も炙り出すのに苦労していたものが今になってすぐに解決するわけもなく、内部での裏切り者探しは難航中だ。

つまり、現在唯人奪還のために動けるのは春麗、佐原、山田の三人だけだ。この人数で二階に乗り込むのはリスクが高すぎる。


青龍に連絡して人員を寄こしてもらう…?

人員を工面してもらっても入国までにある程度の時間はかかるので、それまでに唯人が安全であるという保障はない。特に敵対する組に売り渡されたら大惨事だ。


唯人の様子もわからないしどうしたものか…誰かこの半グレの集団に潜りこませれれば良いのだが適任もいない。


一つ上の階にいるというのに唯人の姿を確認することもできない春麗は焦りを感じていた。






翌日、春麗は今日も何食わぬ顔でフウカの店に出勤する。

春麗が着なれないドレスに着替えていると、フウカが声を掛けてきた。昨日の春麗の働きぶりを見て気に入られたらしい。

「今日は最近よく来る上客が来店するわ。アンタもスズナと一緒に出てもらうからヘマするんじゃないわよ。」

「はい、わかりました!」

笑顔で答える春麗。


上客というと個室での接客になる。個室だと周囲の状況を見れなくなるので避けたいところだが、フウカに反発して嫌われることも避けたい。

刻一刻と焦りは増しているのに…昨日接客を上手くやりすぎず適当にしておくんだった。私の失敗だ…。



「レイちゃん、いらっしゃったわ。今日担当する上客の方々はヤクザだからくれぐれも気をつけてちょうだい。昨日みたいに振る舞ってくれたら大丈夫だからね。」


「え…ヤクザ?」

春麗がスズナの言葉に顔を強張らせる。

まさか同業者の相手をすることになるとは…まだ日本では春麗の顔はバレていないはずだが、もしものことがあってはいけない。


「やっぱり怖いよね。でもこういう夜のお店はそういった人たちと接していくこともあるのよ。よっぽどのことをしない限りは大丈夫よ。」

春麗の表情を見たスズナはそう言ってくれるが、怖くないはずがない。ヤクザの存在よりも身バレするかもしれないことが怖いのだ。


ドクドクと鳴り響く心臓。ここでバレてしまっては唯人救出の道がさらに険しくなってしまう…!


「最近よく来てくれて嬉しいわ~。さぁ、こちらへどうぞ。」

春麗の願いも空しくヤクザの上客がやってきてしまう。


下げていた頭を恐る恐る上げると春麗は目を大きく見開いだ。


「あれ?おまえ…」

目の前にいる男が何かを言おうとしたとき、春麗は大きな声を出してその男の手を握った。

「わぁ、ジョー君久しぶりっ‼私のこと覚えてる!?レイだよっ!」

春麗がジョーという男は相変わらず金髪姿でたくさんのピアスを耳に携えていた。鳳凰院譲之助、数年前に春麗を誘拐監禁した鳳凰会の跡取りだ。


突然間を詰められて驚く譲之助。


「あら、譲之助さんとお知り合いなの?」

その光景を見たスズナが言う。


「そ、そうなんです!以前からえっと…」

嘘があまり得意でない春麗は言葉に詰まってしまう。頭はパニック状態だ。


それを見た譲之助は何かを察したように口を開く。

「元カノだよ。急に姿を消したと思ったらこんなところで再会できるとはな。」

譲之助はにこやかにそう言って春麗の肩を抱いた。


元カノぉぉおおお!?

譲之助のフォローに心底驚く春麗だが、この状況で否定することも出来ずぎこちなく微笑むことで精一杯だ。


「久しぶりに再会したしコイツに接客してもらうわ。金は払うから今日はコイツ貰ってくな。スズナはこいつ等の相手してやってくれ。」

譲之助はそう言うと懐から札束を一つ出してスズナに渡しながら後ろに引き連れていた数人の部下らしき男たちを指差す。


ひゃっ、百万!?

周囲が大金をポンと出す譲之助を凝視した。


「で、でも…」

前代未聞の状況に返事に困ってしまうスズナ。客ではあるがヤクザでもある譲之助に後輩の春麗を引き渡すことはとても心配だ。


しかし、そこで割って入ってきたのが騒ぎを聞きつけやってきたフウカだ。

「いつもありがとうございます!譲之助さんなら安心してうちのレイを任せれますわ!」

フウカが意気揚々とそう言うとスズナの手から札束をひったくった。

いとも簡単に春麗をお金で売ったらしい。


クラブのオーナーであるレイの許可を得たとなると、春麗も拒むことが出来ず譲之助に連れられて店を出るしかなかった。





ああああああああ…これはヤバい!

まさか神亀会以外の唯一のヤクザの知り合いである譲之助がやってくるとは!

店を出ると、遠くにこちらの様子を伺う山田が見える。鳳凰会の人間が来たことで、いつもよりさらに近づいて監視をしていたらしい。


譲之助に手を引かれる春麗を見た山田が鬼の形相でこちらへやってこようとしたが、春麗はすぐさまそれを目で制止した。そして口パクで”大丈夫、ステイ”と言う。ここで山田が乱入することで大事にはしたくない。今は譲之助の言う通りにしている方が良いだろう。


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