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唯一の春  作者: 兎田
15/21

05亀井家跡取りの嫁候補<はじめての喧嘩>

ぐぅ~

部屋に戻った春麗は、空腹を感じながらも身体を丸めてベットに寝転がっている。

山田との手合わせの後から部屋に籠り何も食べていないのだ。何度か唯人や佐原が部屋の前までやってきたが返事はせず無視を決め込んでいる。


亀井家に来てから薄々感じていたが、唯人は昔と性格が変わってしまったようだ。

昔は気が弱いけど優しい子だったのに…亀井家にいる唯人は何だか別人に感じる。基本的には春麗の前では穏やかなままだが、ときどき放つ空気は冷たい。


やはり裏社会にいる人間として父や兄のように冷酷な一面も持っているのだろうか…。

それはこの社会で生きていくためには必要なもので、唯人も将来上に立つものとして山田君に厳しい処分を下したことは理解できる。


でも…そんな唯人の姿を受け入れることができない。


半ば八つ当たりみたいなことを唯人にしてしまった。


罪悪感と拒否感の狭間で思い悩む春麗は枕に抱き着く力を込めた。

ちなみに春麗は勘違いしているが、唯人は元々感情を表に出さず冷酷な一面を持つ男だ。春麗の前だけで猫を被っていただけで、本来の唯人はそういう人間なのである。






春麗が部屋に引きこもって一日が経った。相変わらずご飯も食べず、物音も立てず部屋にいるらしい。

唯人は仕事をしなければいけないので執務室にいるが、仕事は手につかず場の空気も過去最高に悪かった。


ガシャンッ

唯人は苛立ちからか机を強く蹴る。

先程から周囲の物を破壊しており、その度に同じ部屋にいる部下たちは恐れおののいていた。


仕事が出来なくなるほど乱されるのは珍しいな…。

唯人がぶちまけた書類を拾いながら横目で唯人を見る佐原。


若は昔から敵だらけの環境で育ってきた。家ではオヤジの息子であるというだけで跡取りに内定していることが気に食わなかった奴らがいて、学校では敵対する組の子息達から嫌がらせを受けていた。

そんな若の前に突然現れたのが春麗さんだったのだ。

損得勘定なく若を手助けし、普通の人と同じように接してくれた春麗さん。

いつも何か暗い影を背負って生活していた若は春麗さんの前ではリラックスして笑っていた。だからこそ周囲の反対を押し切って大学にまで進学し春麗さんの傍にいたのだろう。まぁ、結局春麗さんが消息不明になり大学も中退してしまったが…。


春麗さんが突如姿を消した際の若の荒れ方は今以上に酷かった。唯一の心安らぐ場所がなくなったので当然のことだろう。

やっとのことで春麗さんの捜索を諦めた若は、以前よりも表情がなくなり仕事に集中するしかなくなっていた。冷静沈着で慈悲もない若は組の跡取りとしては最適であったが、人間味がなくなり不気味だった。


そんな中嫌がるお見合いで春麗さんが舞い戻ってきたのだ。今の若は以前のように表情や感情が出るようになった。

若は気付いていないがおそらく春麗さんのことを…。


なんとか若のお手伝いをしたいがどうしたものか…。これまで若の周りには部下か敵しかいなかった。だから喧嘩したときにどのように仲直りをしたら良いのかわからないのだろう。

若からのアクションは難しそうなので自分が春麗さんに若と仲直りするよう仲立ちしてみるか…。






佐原が執務室から出て行って数分後、執務室に聞きなれたノック音が響いた。

その音にすぐに反応した唯人は勢いよく立ち上がってドアを開けた。

見下ろすとそこにはちょこんと小さな春麗が立っていたのだ。春麗は唯人の顔色を伺うように見上げている。

「す、少し話す時間もらっていい?」

いつもと違い自身無さげな声の春麗。

唯人は春麗の申し出を聞くと、すぐに執務室にいた部下たちを追い出した。


春麗と唯人の二人だけになった部屋には時計の秒針を刻む音だけで聞こえている。


「唯人…ごめんね。私唯人に酷いこと言っちゃった…。」

申し訳なさそうに頭を下げる春麗。


実は先程春麗の部屋に佐原が尋ねてきた。唯人はいつも周りが敵だらけで友人がおらず、唯一の友人である春麗を大切に思い、行き過ぎた行動をしてしまったようだと教えられた。


確かに唯人の立場を考えられてなかった…。

佐原から話を聞いた春麗はすぐに唯人に謝りにきたのだった。


「俺こそ…春ちゃんを傷つけちゃって…ごめん。」

唯人もしょぼんとして言う。結局春麗の方から謝りに来させてしまった。


「で、でもね!唯人は誤解してるだけで本当に山田君とはゲーム感覚で手合わせしただけなんだよ?勝ったほうが相手の願いを聞くって条件だったの!」

唯人はこんなバレバレの嘘には騙されないだろうが、なんとか押し切って納得させたい。そうでないと山田が解雇されてしまう。

山田が新参者の春麗に反感を持つのは当然であったし、今回の手合わせで少しは周囲の感情も好意的なものになっただろうから、春麗としては結果オーライだ。何よりあんなにも唯人を慕う山田のような人材を失うのは唯人にとっても良くないはずだ。


「…。」

必死の表情に何と言って良いのかわからない唯人。山田を解雇させないためになんとか自分を説得したいようだ。何故山田にそんなに情をかけるのか…。


「それに私が勝ったから山田君には世話係をしてもらおうと思って!」

なんとかこの場を収めるために適当なことを言う春麗。


「せ、世話係!?」

予想外の言葉に驚く唯人。

確かに春麗の世話係を一人準備するつもりだと言ったが何故自分に楯突く山田を…。


「や、山田君は私に忖度せずに話してくれるから気に入ってるの!」

正直山田を世話係にしたい等と全くもって思っていなかったが、変に顔色を伺ってくる人よりは正直に話してくれる人の方が楽ではある。


「そう…春ちゃんはアイツのことが気に入ってるの…」

唯人の放つ声はとてつもなく低い。

笑顔を携えてはいるが目の奥は笑っておらず、身体全体から負のオーラを放っている。


え!?なんでさっきより怒ってるの!?

慌てる春麗はなんとかフォローしようと早口で話す。

「手合わせしたからわかるけど、山田君は強いから私のことを守ってくれると思うし心強いなって!それに素直な意見を言ってくれるから一緒にいて楽っていうか…」


「ふぅん…」

しかし春麗の言葉は火に油を注ぐだけで、唯人は山田を褒める言葉に怒りを覚える。


「……わかったよ。春ちゃんが気に入っているならアイツを破門するのは良くないね。俺もこれからは山田を可愛がってみるよ。」


「本当!?ありがとう、唯人!」

春麗が喜びの声をだす。


そんなに山田を引き留めれたことが嬉しいのか…!

しかしそれがさらなる唯人の怒りを煽り、その矛先が山田に向かってしまったことを春麗は気付かなかった。






翌日、春麗の部屋に右頬を赤黒く腫らした痛々しい姿の山田がやってきた。まだ心配なのか後ろには唯人も付き添って来ている。


「姐さん、これまで大変失礼しました!今後は姐さんの世話係として誠心誠意尽くさせていただきます!」

勢いよく深々と頭を下げる山田。


懐の広い春麗の便宜で神亀会に残ることが出来たのだ。しかも、小柄な身の女性でありながら神亀会トップクラスの戦闘能力まで併せ持っている。何もわかっていなかったのは自分だ、姐さんこそ若にふさわしい御仁だ。


「姐さんって私の方が年下だよね!?そんなかしこまらなくても…」

「いえ!勝負に負けた俺が姐さんを敬うのは当然のことですし、俺もおかげで目を覚ましたので、今後は姐さんの神輿をかつがせてください!」


山田の勢いに押され気味の春麗は無理やり話題を変えようとする。

「そ、その頬の傷大丈夫⁉私の部屋に救急箱あるから手当してあげるね…!」

春麗はそう言うと棚から救急箱を取り出し、湿布を山田に貼ろうとする。


そのとき、一気に部屋の空気が重くなった気がした。


「駄目だよ、春ちゃん。」

後ろに控えていた唯人が優しい声と優しい手つきで春麗を制止する。

しかし、唯人から放たれる空気は冷たく目も山田を睨みつけている。


「ゆ、唯人…?」


「山田へのけじめで一発拳をお見舞いしたんだ。この痛みを含めての罰だから治療したら駄目だろう?それに山田もその方が良いって言ってるし…なぁ、そうだろう?」


「は、はい!もちろんです!今日は挨拶だけでしたのでここで失礼させていただきます!」

命の危機をひしひしと感じた山田は背筋を伸ばしてそう言うとすぐに去って言った。


そんな山田の姿に首をかしげる春麗。何をそんなに急いで出て行く必要があったのだろうか…。


「それにしても一撃であんな怪我になるほどのパンチを出せる人が神亀会にいるなんて、神亀会は武力も整ってるんだね。」

山田の腫れあがった頬を思い返しながら言う春麗。

そんなに強い人がいるのであれば自分にも稽古をつけてもらいたいものだ。


「あはは…本当頼もしいばかりだよ。」

から笑いをする唯人。

それもそのはずだ。殴ったのは唯人本人なのだから。そこまで力を込めて殴るつもりはなかったのだが、春麗の山田への誉め言葉を思い返すと腹が立って力が入ってしまった。


しかし、春麗の前では弱く演じることで春麗の気を引いているので本当のことは言えない。


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