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唯一の春  作者: 兎田
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05神亀会跡取りの嫁候補<初日>

唯人たちお見合いを行っている時間、亀井家は住み込みの部下たちが落ち着かない様子で慌ただしくしていた。


「若が認めた女だったら、今日連れて帰って来るんだろ?」

「そうだけど、若の今日の嫌がり方見ると絶対断ってくるだろ。」

「若は女嫌いで有名だもんな。」

口々に話をする男たち。


本来であれば嫁候補の人のための部屋の準備も整えていなければいけないのだが、誰もが縁談を断ってくると思っているので準備はしていない。

女嫌いの若が機嫌を悪くして帰ってくるはずなので、それに恐れることで精一杯だ。


「若の車が戻って来たぞ!」

その言葉で男たちは一斉に車が到着する場所へと走る。唯人の出迎えの挨拶をするためだ。

男たちが急いで並んだところに高級な黒塗りの車が入ってくる。

車が止まるとすぐに後部座席の扉が開き唯人が姿を現した。


「「「おかえりなさいませ‼」」」

一斉に野太い声が響き、頭を下げる男たち。まるで統率のとれた軍隊のようだ。


「ここが唯人のおうち?広いね~。」

頭上から聞こえるのは明るい女の子の声であった。


予想外の声に男たちは一斉に顔を上げる。そして絶句してしまった。

そこには一人の小柄な女の子とその子をエスコートする唯人の姿があった。


若が女の手を取ってるだと!?

いつも眉間にしわが寄って近寄りがたいオーラがあるのにこの柔和な姿は何だ!?

お見合い相手は中国人だと聞いたが日本語喋れんの!?

いつもの唯人とは違う姿を見た男たちは驚き、女性を連れてることに混乱してしまう。


驚きの視線を春麗に向けていた男たちだが、それは唯人の人睨みで場が凍り付く。春麗に見せていた表情とは全く違う。


「あ、皆さん今日から暫くお世話になるリー・チェンリーです。気軽に春麗って呼んでください!」

その場の重々しい空気に気付いていないのか、春麗は明るい声で言う。

男たちはどう反応すべきかわからず頭を下げることしか出来ない。


「親父は暫く仕事でここにいないからゆっくりくつろいで。春ちゃん疲れてない?」

歩きながら優しい声を出す唯人。

そんな唯人の姿を見たことのない男たちは逆に恐怖を覚える。

いつも冷静冷徹で人を気遣うことはない唯人、目の前に居る唯人が偽物ではないかと疑ってしまうほどだ。


「大丈夫!むしろ久々の日本で興奮してるよ~。」

「それなら良かった。佐原!」

唯人は最側近である佐原の名前を呼ぶ。


するとすぐに顔を上げた佐原が唯人たちの元へ走ってきた。

「中山さん!?」

「佐原君!?」

二人も中高の同級生だったのでまさかの場所での対面に驚きの声を出す。


「佐原君も亀井会の人だったの?もう驚きの連続だよ~」

「うん、いや、はい…。まさか…中山さんが青龍ボスの愛娘だったんですね。」

佐原は唯人と一緒に学校に通っていたのは親が亀井会の人間であったからだ。唯人のサポートをするために幼少期からいつも一緒にいたのだ。


「友達なんだからため口のままでいいよ~。」

「いや、それは流石に…」

「佐原、春ちゃんの部屋は準備出来てるのか?」

佐原の声を遮る唯人。

「す、すみません。まだ…」


まさか唯人が縁談を断らずに帰ってくるとは思っていなかったので準備なんてしているわけがない。


その返事を聞いた唯人の表情に周りが凍り付く。

「晩飯までに準備しろ。」


「私は寝る場所さえあれば良いから気にしないでね。」

唯人と春麗の温度差が激しい。


「はい!今すぐに‼」

佐原は返事をするとすぐに数人の部下を連れてその場を離れた。今から早急に春麗のための部屋のものを買いに行くのだ。



「春ちゃんはそれまで俺の執務室にでも来る?積もる話もあるし。仕事しながらになるけど。」

「行く行く!唯人の仕事部屋なんて楽しみだなぁ~」

二人は話をしながら家へと入ってしまった。


いやいや、機密情報だらけの部屋に青龍の人間を入れちゃうんですか!?

男たちはそう思ったが唯人に言えるわけもない。






唯人の執務室では数人の男たちが働いている。唯人は一番奥にある机で書類やPCを見ながら仕事だ。

そんな中春麗は唯人の机の前にあるソファで出されたお茶とせんべいをいただいている。


執務室はいつも以上に異常に包まれていた。

春麗という異質な存在もそうだが、何よりいつもと違う雰囲気の唯人が不気味でしかない。

「春ちゃん、今日の晩御飯何が食べたい?」

「う~ん、何でも良いよ。唯人は?」

楽しそうに話をする二人。


何故重要な情報がある部屋に青龍からきた女がいるんだ?

この女は若が怖くないのか?名前を呼び捨てにするなんて恐れ多い。

一体この女はなんなんだ…。


仕事が手につかない男たち。

いつも抑揚のない声で指示を出し、無駄口を許さない唯人。いつもとは違う姿に感じるのはただただ恐怖だけだ。

そんな恐怖の時間は数時間続いた。


部屋のドアがノックされると、じんわりと額に汗をかいた佐原がやってきた。

「春麗さんの部屋の準備が出来ました。」

頭を下げて報告する佐原。


「わぁ、ありがとう、佐原君!」

目を輝かせる春麗。


「わかった。春麗を案内して休ませてやれ。春ちゃん、疲れたと思うしゆっくり部屋で休んでね。また夕飯のとき声かけるよ。」

そうして佐原と春麗は執務室から出て行ったのであった。




春麗がいなくなって静まり返る執務室内。

「おい、全然仕事進んでねぇーじゃねぇか。なめてんのか。」

さっきとは打って変わって冷たく低い声を出す唯人。


「「す、すみません!」」

男たちは反射的に返事をして、手を動かすことに集中した。そうでないと今日の晩御飯どころか明日のご飯にもありつけないだろう。

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