04お見合い
それから二年の月日が経った。
22歳になった春麗は中山春麗ではなくリー・チェンリー(李春丽)として日本の地へと再び戻ってきた。
「本当に良いのか?父さんも言ってたけど、嫌なら断っても…」
「いいの。私が決めたから。」
心配そうに言う兄を遮る春麗。春麗の決意は固い。
二年前、春麗が誘拐されたと知った青龍は春麗を救出するとすぐに春麗を帰国させた。安全だと思って送り出した日本で大切な娘が誘拐されたために、内紛も落ち着きはじめていた母国へと強制帰国させたのだ。
両親は何年も無事に暮らしていた春麗の護衛を緩めていたことを激しく後悔し二度と春麗に危険が及ばないように厳重な警護を心に決めた。
そんな春麗が再び日本にやってきたのは、以前言われていたことを実行するためだ。
「私は日本での暮らし好きだし、お父さんが認めたジャパニーズヤクザのグループなら安心して嫁げるよ。」
兄を安心させるように微笑む春麗。
春麗は弱体化しつつある青龍の再起を図るために日本のヤクザの家へ嫁ぐこととなった。政略結婚と言えど、お互いの顔合わせと意志を確認するために日本へやってきたのだ。
春麗の姿は以前とほぼ変わっていないが、今日は顔合わせということもあり滑らかの黒のドレスに身を包みヘアメイクをしているので普段より大人っぽい印象を受ける。
日本のヤクザに嫁ぐことは予想していたし、春麗にとっては特に問題はない。むしろ婚約相手に気に入られるかが心配だ。
久々の日本だけどあまり変わらないな…そんなことを思いながら車窓から景色を眺める春麗。
日本で仲良くしてた友達は元気かな?私が急に居なくなって驚いたよね…。
その中でも一番心配なのは唯人の存在だ。最後会ったときには事故に遭ったかのような大きな怪我をしていた。私がいなくなってさらにいじめられてないと良いんだけど…。
こっちでの生活が落ち着いたらこっそり唯人のことを探してみよう。
気付くと、春麗達は婚約相手と顔合わせする予定のホテルへと到着した。
ホテルの最上階の個室レストランに通された春麗たち。まだ相手方は来ていないようで先に春麗と兄が席につく。本当は両親も一緒に来たがっていたのだが、今の青龍の情勢で不在にするわけにはいけないので兄が同行してくれた。
待つこと5分、個室の外が騒がしくなった。
流石に緊張する春麗。心臓の音で耳がよく聞こえない気がする。
「だから俺は嫌だってんだろ‼」
若く荒々しい声が聞こえる。
もしかしてこの声の相手が婚約者なのだろうか…?
はっきりと嫌と言われてしまった。この婚約を成功させないと青龍が危ないのに…。
不安そうに隣にいる兄を見ると、兄は険しい表情をしている。
「うちの春麗が嫌だと…?」
額に血管が浮き出る兄は怒りが爆発する寸前だ。兄は普段優しいが怒らせると本当に怖いのである。
ガチャッ
バンッ
激しくドアが開くと、その人物は現れた。
「「え?」」
周りの予想を裏切りひょんな声を出す春麗と男性。
そこには春麗がよく知る人物がいたのだ。大きな体に漆黒の髪をした男は額に傷跡がある。
「唯人!?」
「春ちゃん!?」
二人の声が部屋に響き渡った。
お互い記憶にある容姿とは異なっているが、確かに中学時代からの友人同士であった。
春麗は胸元まで伸びた艶やかな黒色のストレートヘアに内側にはコバルトブルー色のメッシュが入っている。152㎝という身長は変わらないが以前よく着ていたラフな格好ではなくドレスを身にまとい、トレードマークだった丸眼鏡もない。ヘアメイクもしているので、唯人の中の記憶の春麗とは全く異なっていた。
春麗にとっても旧知の仲であるはずの唯人の現在の姿は青天の霹靂であった。春麗の記憶では唯人は猫背で前髪を隠しおどおどとしている守るべき男の子であった。
しかし、目の前にいる唯人は185㎝の長身に程よく筋肉のついた身体で黒のスーツがとても似合っている。猫背でもなく前髪で目を隠していないので、唯人の端正な顔だちがはっきりと確認出来た。
二人は驚きつつもその場にいた人々に簡単に知り合いであることを説明すると、レストランの個室に二人残されてしまった。
まずは当事者同士二人で話でも…ということらしい。
静まり返る室内に食事が運ばれてくると、二人は同時に言葉を発した。
「あのときの怪我は大丈夫だったの!?」
「青龍のボスの娘だったの!?」
春麗と唯人が言う。
「え…最初に聞くことそれ?」
唯人は早速食事に手を伸ばして頬張ろうとしている春麗に尋ねる。
食いしん坊なのは相変わらずのようだ。
「その額の傷って私たちが最後に会ったときのものでしょう?あれからずっと連絡取れなくて心配してたんだよ。」
「あー…」
言葉を濁しながら自分の額の傷跡を触る。
確かにこれは春麗が鳳凰会に誘拐された際に出来た傷だ。春麗の救出を優先したかった唯人はボスの命令を無視したために家の地下室に監禁されてしまった。どうしても部屋から出してくれなかったので、室内にあるもので爆弾を作り爆発を起こすことで混乱している家から脱出したのだ。その爆弾を全て避けきることはできずに額や腕に怪我を負ってしまった。
しかも、あの時のボスからの命令は行方不明になった青龍のボスの娘の保護であった。まさかそれが春麗だったとは…。
結局青龍のボスの娘は兄が直接救出し連れ帰ったと後から聞いた。だから同じタイミングで春麗と連絡が取れなくなったのだ。今考えると春麗が強いことや情報が全くなかったこと等辻褄が合うことが多い。
「あの時は春ちゃんも大変だったよね?早く迎えに行きたかったのに何もできなくてごめん。俺のせいで鳳凰会に春ちゃんが目をつけられて誘拐されたんだ。」
春麗を助けるために怪我をしたと言うと春麗が気にしてしまうので唯人は怪我の原因を言わない。
「そうだったんだ!何で日本のヤクザが私を連れて行ったのかと思ってたんだよ~。」
気にも留めていないようで明るく言う春麗。
緊張が解けたのかずっと口に何かを頬張っている。
「でも、まさか唯人が神亀会の跡取りだったなんて。だからよく意地悪されてたんだね。唯人は弱いのに心配だよ。大丈夫?」
春麗にはまだ唯人が弱い保護対象に見えているらしい。
「まぁ…なんとか…」
春麗が自分を守ってくれる姿が好きだったので弱いふりをしてましたとは言えない。
それに裏社会の人間は何か影のようなものがあるのに、春麗はそれを全く感じさせず天真爛漫だ。驚いているのは唯人も同じである。
「…。」
「…。」
そしてまた沈黙が訪れた。
旧知の仲である友人が婚約相手だとは夢にも思ってなかった。
友人としてしか見ていなかったので急に夫婦になると言われてもどうして良いのかわからない。まだ全く知らない人が結婚相手である方が気持ちは楽だった。
口を開いたのは唯人だ。
「政略結婚ではあるけど双方の意志もあるだろうし、まずは暫く交流してみて婚約になるんだって。で、その後段階を踏んで結婚らしい。」
神亀会としては青龍と手を結ぶことに慎重なので様子を見たいという狙いもある。そのためにすぐの結婚ではなく猶予を持ちたい。
「そうみたいだね。…で、どうする?」
唯人と夫婦になるなんて全く現実味がない。それに、あの弱い唯人がこんな厳しい社会で生きていけるのか心配だ。
「まずは婚約を見据えてうちに住んでみるのはどう?色々衝撃的なことがありすぎて互いの認識を整理する時間も必要だろうし。」
「そうだね。私も最初からそのつもりで来日したしそうしようか!じゃあデザート食べたら唯人の家に行こう~!」
考えるのが苦手な春麗は唯人の提案に同意した。
そして二人はそのまま亀井家に向かうのであった。




