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中編 生徒会の活動

妃教育を理由に生徒会を辞めようと思っていたエリナはすっかり当てが外れてしまった。

エリナが辞められないのだからジェシカも辞められない。


他の理由を探したふたりではあったが、そもそも生徒会への加入は王太子のルウォークからの声かけで決まったことだ。

それを覆すには相応の身分がある人を引き合いに出すことが必要で、そういう意味でも王妃主体の妃教育を理由にすることはちょうどよかったのだ。

それが使えないとなるとあとは国王を引っ張り出すしかないが、さすがに国家元首を巻き込む勇気はなく、打つ手なしの状態となった。



その日のランチミーティングでもサエラはルウォークと二人の世界を作り上げており、ジェシカの目はすっかり吊り上がっている。



エリナはジェシカに辞めてかまわないと言ったのだが、彼女自身がそれを承知しなかった。


「エリナ様はわたしがお守りします」


「別に悪意を向けられているわけではないもの、わたくしは大丈夫よ」


「悪意より酷いです、エリナ様は殿下と婚約されているのですよ?それなのに目の前であんな風に他の女と親しくするなど」


それは仕方のないことなのだ。サエラはこの世界の主人公で、彼女がルウォークを望んだ以上、彼も全力でそれに応えるに決まっている。


もっとも、ルウォークがエリナを生徒会に加入させたことには疑念が残る。


彼とエリナが婚約関係にあることは誰もが知っていることだ。ジェシカの言うように婚約者の目の前で他の女性と親しくするなど、彼の品位が問われ兼ねず、現にジェシカは相当にキレている。

サエラと親密にしたいのならむしろエリナを生徒会に在籍させないほうがよかったのだ。


サエラの提案をルウォークが飲んだ可能性も考えたが、エリナが生徒会に入ったところで彼女にもメリットはないように思う。

強いて言うならば、ルウォークとの親密な様子を見せつけたかったのかもしれないが、そんなことをするくらいなら、密室で二人きりになれるように仕向けるほうが男性は喜ぶだろう。


色々と考えては見たもののエリナには理由が思い当たらず、この世界はこういう設定なのだと思うことにした。




「提案をよろしいでしょうか」


ミーティングの議題が一区切りついたところでジェシカがそう発言をした。


「ジェシカ嬢、なんだろうか」


会長のルウォークが許可するとジェシカは立ち上がり、メンバーの全員に聞こえるように大きな声で言った。


「わたくし、書記係に立候補いたします」


それを聞いたエリナは慌てて言った。


「ジェシカ、急にどうしたの?」


はっきり言ってジェシカはサエラをよく思っていない、そんな彼女がサエラと同じ書記係になるなど、両者が衝突する未来しか見えない。


ジェシカは自分が書記を務め、サエラをルウォークから引きはがそうとしたいのだろうが、サエラはこの世界の主人公だ。彼女がルウォークの隣を望む限り、その関係が崩れることはない。

だからジェシカが嫌な思いをしてまでサエラと関わっても無駄なのだ、とエリナは言ってやりたかったが、ここがゲームの世界だなどと言い出したら、エリナの正気を疑われてしまう。


どう説得したものかと言葉を探していると、ジェシカの提案にメンバーのひとりが賛同した。


「それはいい提案だ。常々思っていたんだ、サエラさんは書記の仕事に集中しすぎだとね」


「そんな。わたしは好きでこの仕事をしているんですから気にしないでください」


サエラはそう言ってジェシカの申し出を辞退しようとするが、他のメンバーも言う。


「僕も賛成します。ジェシカ嬢はフレッドの妹君ですし、安心してお任せできます」


自分の名前が出たことでフレッドも発言をした。


「細かな仕事は後輩に任せて、サエラさんは女官の採用試験に集中したほうがいい」


フレッドがサエラにした助言で、エリナは初めて彼女が女官になりたいのだと知った。


サエラはそれに反論しようと口を開いたが、それよりも早くルウォークが決を下した。


「フレッドの言うとおりだ」


「殿下?」


信じられないものでも見るような視線を投げかけているサエラに彼は穏やかな笑顔を浮かべて言った。


「サエラ嬢、君は女官になりたくてこの学園に入学したのだろう?その夢をかなえてご両親を喜ばせてあげなくてはね」


「はい」


渋々ではあっただろうが、サエラが頷いたことで新しい書記係はジェシカに決まった。


「ジェシカ嬢、これから頼むよ」


「もちろんです、お任せください」


ジェシカは快諾してそれを請け負ったのだった。








入学から怒涛の一週間が終わり、週末がやってきた。


学園に入る前は週末のたびにルウォークとの茶の時間を設けていた。それは婚約者としての交流を持つ為だったのだが、入学した今は生徒会を通じて毎日のように顔を合わせている。


サエラがルウォークにへばりついていたこともあって、個人的な会話は皆無であったが、交流という意味での時間の共有はできていたと思う。

だから今後はわざわざ週末にまで顔を合わせる必要もないだろうと判断し、エリナは自室でくつろぐことにした。


ジェシカは朝食を済ませてすぐに伯爵邸に帰っていて、今、部屋にはエリナしかいない。

ひとりの気楽な時間を楽しんでいたエリナのところに、寮生のひとりがやってきてロビーにルウォークが来ていることを告げた。


「まぁ、殿下が?」


「えぇ、先ほどお着きになったようです。身支度をなさるのでしたらお手伝いしますわ」


令嬢の申し出にエリナは慌てて鏡の前に立った。


王太子のルウォークと面会するには少し格の下がるデイドレスであったが、きちんとした髪飾りをつけてショールを羽織ればそれなりに見えなくもない。


「すみませんが、こちらの髪飾りをつけていただけますか?」


「でしたら、髪型も整えますわ。さぁ、お座りになって」


令嬢の勧めでドレッサーの前に座ると彼女は器用にハーフアップにしてくれた。


「お上手なのね」


「お転婆な妹がいますの、あちこち駆けまわるものだからすぐに髪型が崩れてしまって。お母様に見つかる前にいつもわたしが直してやっているんです」


そう言った彼女は心優しい姉の顔をしていて、離れて暮らす妹を思い浮かべているのかもしれない。


ショールを羽織り、もう一度、鏡の前で身だしなみを整えてから、エリナは令嬢に礼を言って部屋を出た。





エリナの部屋は三階だ。

吹き抜けとなっているロビーへと向かう階段をはしたなくない程度に急いで駆け降りると、弾けるような笑い声が聞こえてきた。


その声にハッとして足を止め、そっとロビーをうかがったエリナの目に、ルウォークと笑顔で話をするサエラの姿が飛び込んできた。


エリナはちらりと周囲に目を走らせ、誰もいないことを確認するとくるりと踵を返した。

何人かの寮生とすれ違ったが、淑女らしく会釈をし、エリナは自分の部屋へとたどり着き、そこでため息をついた。


ルウォークが寮に来たと聞いてエリナは自分に会いに来たと思い込んでしまった。しかし実際には、彼はサエラに会いに来ていたのだ。


彼女は書記の仕事を外された。女官試験が間もなくであることも考えたら、今後はあまり生徒会に顔を出すことはできなくなる。

サエラが生徒会に来られないのならとルウォークから彼女に会いに来たのだろう。



エリナは一人きりの部屋でお行儀悪くベッドへと倒れこんだ。


ルウォークが自分に会いに来たのだと勘違いして、身だしなみまで整えて、本当にバカみたいだ。


先ほどつけてもらった髪飾りがシャラリと音を立ててベッドの上に転がった。輝く宝石はルウォークの瞳の色。これは彼がエリナの為にとわざわざ他国の職人を王宮に招いて作らせた髪飾りだ。


「サエラさんにも殿下の色を使ったアクセサリーを贈っているのでしょうね」


ゲームの中では相手の色を使ったアクセサリーを所持すると攻略対象の確定ルートに入ったことを意味していた。


サエラにとってのエンディングはいつ訪れるのだろうと思うエリナだった。









午後になり、ジェシカが伯爵邸から戻ってくると部屋ではエリナが黙々と勉強をしていた。

今週はまだ授業らしい授業は始まっておらず、勉強するようなことはなにもない。ということはエリナは妃教育の勉強をしているのだろう。


「エリナ様、ただいま戻りました」


「おかえりなさい、皆様、お変わりなく?」


「まだ入学して一週間しか経っていませんもの。あぁ、でも、マリは寂しそうにしていましたわ」


マリとは伯爵家で雇われている乳母だ。フレッドもジェシカも彼女の世話になっている。


ジェシカの苦笑にエリナも笑った。


マリのことはエリナもよく知っている。面倒見がよく、厳しくも優しい彼女はフレッドに続いてジェシカまで学園に入ってしまい、寂しいのだろう。


「今度はわたくしもお邪魔させていただこうかしら」


「是非、お越しください。マリもきっと喜びますわ」




ジェシカは外出着から着替えを済ませるとエリナに言った。


「サロンでお茶をいただきにいきませんか?」


エリナは顔色を変えることなく、


「わたくしは遠慮しますわ」


と言った。


ルウォークがサエラに会いに来たばかりなのだ。今、サロンに行ったら格好の餌食となるだろう。

出かけていたジェシカはそのことを知らないからエリナを誘ってきたのだと思う。


エリナの断りにジェシカは少し驚いたようだったが、すぐに思い直したのか、


「では、お部屋でいただきましょうか、お昼に軽食を食べただけでお腹がペコペコなんです」


本当はエリナが心配になって急いで寮に戻ってきたジェシカだが、それを伝える気はない。


そう言われてしまうとルームメイトのエリナとしては断りづらくなった。自分が逆の立場なら、ひとりだけむしゃむしゃと食べるのはきまりが悪い。


正直、あまり食欲はなかったが、お茶に付き合うくらいはできる。


「そうね、そうしましょうか」


エリナの承諾にジェシカは笑顔になり、ベルを鳴らして給仕を依頼すべくメイドを呼び出した。









この学園は生徒会を中心に、生徒の手によって運営がなされている。


年間を通して様々な行事が組まれているが、特に注目度の高いイベントは年に数回行われる予行夜会であり、最後の一回は卒業パーティーを兼ねている。


その名の通り、夜会の予行練習として行われる催しであり、卒業したら本格的に社交界に出ていく生徒たちにとっては実践を兼ねた練習の場でもある。


婚約している場合は、相手が学外の人間だとしても参加が認められている為、婚約者にパートナーを依頼するのが普通だし、いない者にとっては相手探しの場にもなる。


この夜会の流れを説明するのが、今日の生徒会の主な仕事である。




「予行夜会のデモンストレーションに参加する生徒はこちらに集まって!」


放課後、生徒会の面々が声をかけて彼らを講堂の一か所に集める。


婚約者が年上の場合はすでに参加しており勝手がわかっている者もいるため、新入生全員が必須というわけではない。

ジェシカはフレッドのパートナーとして何度か参加したことがあるし、エリナは予行どころか本物の夜会に公務として参加している身だ。


今日のエリナは夜会用のドレスを着ており、これは見本演技を見せる為だった。もちろんエスコート役はルウォークで彼もエリナと揃いの衣装に身を包んでいる。


前髪を後ろに撫で付けて正装を身に着けているルウォークは完全に王太子であり、その凛々しくも麗しい姿に女生徒たちは見とれている。

それはエリナも同じことで王太子の婚約者としての彼女は輝くように美しく、令息はもちろん令嬢ですらその姿に魅了されていた。



「それでは予行夜会について説明をします」


フレッドの進行でデモンストレーションが始まる。


「当日は男性が女性を迎えに行きます。どこを待ち合わせ場所にしても構いませんが、寮のエントランス、もしくは女性の教室が無難でしょう」


ルウォークはすっとエリナの前に立つと、エスコートの手を出しだし、


「『エリナ嬢、とてもよくお似合いです』」


と微笑み、エリナもそれに、


「『ありがとうございます、ご用意くださったドレスのおかげですわ』」


と同じ笑みで応じた。


「このように男性は女性の装いについて褒め、女性はそれに礼を言うのがマナーです。

また婚約関係にある場合は、女性に装いの品物を贈ることもパートナーの務めです。少しばかり自分の色を使ってあると粋でしょう」


フレッドの説明にエリナは内心で汗をかく。

このドレスを着るように指定したのはルウォークであるが、これは以前の公務の為にとルウォークが贈ってくれた一式で、彼の色がふんだんに使われている。

誰がどう見ても『少しばかり』ではなく、エリナは今、完全に彼の色に染め上げられているのだ。



しかし、この恥ずかしい衣装にはきちんとした理由があった。

既に婚約しているにもかかわらずルウォークに縁談を持ち込もうとしていた他国の王女をけん制する為で、ルウォークの想いがエリナにあることをアピールし、縁談を持ち込んでも無駄ですよ、と言外に示す為だった。


国同士の繋がりを目的に婚姻相手として同じ王族を求める国は多い。

しかしルウォークの治世に他国の干渉はむしろ逆効果だと判断された結果、公爵令嬢であるエリナが彼の婚約者として選出された。

それなのに他国のそれも王族から縁談を持ち込まれなどしたら、断るにしても相当な労力を費やすことになり、要するに迷惑でしかない。


つまり、申し込みをされる前にけん制しなければならなくなり、その結果の衣装だったのだ。



その夜会のルウォークは終始、エリナに甘い視線を向けていた。

いつも王族らしい気品のある態度を崩さない彼にしては珍しく、エリナの腰に手を回し、


「綺麗だ」


と何度も耳元で甘く囁いたものだ。


そのときはまだ、この世界の主人公であるサエラの存在はなく、彼女がルウォークを選ぶと決まっていなかった。

己の感情を隠そうともしないルウォークのストレートな表現にエリナは、つい、彼との未来を夢見てしまい、


「嬉しいわ」


と、恥じらいに頬を染めながらも彼と同じように素直な想いを口にした。


ルウォークにとってもエリナのこの返事は思いがけないものだったのかもしれない。

公務の場であったにもかかわらず、彼はエリナに口づけをし、それを見た周囲がどよめいた程だった。



幸いにも、この場に集まった生徒たちは夜会に不慣れであり、染め上げられたこの装いの意味もわからないようだった。

生暖かい視線を浴びせられることはなかったが、あの夜に見せたルウォークの甘く蕩けるような微笑みを思い出し、いたたまれなくなったエリナは目線を下げて、向き合っていた彼からそっと視線を外した。


「エリィ」


エリナに聞こえるだけの小さな声でルウォークに話しかけられ、目の前に彼の手が差し出された。


「『エリナ嬢、参りましょう』」


「『よろしくお願いいたします』」


予め決められたセリフを吐き、彼の手をとるとルウォークはエリナを伴って歩みを進め、会場の入口に模した位置で受付係に扮したジェシカはふたりの名前を高らかに宣言した。


「『ルウォーク王太子殿下、並びにベイフェルト公爵令嬢、エリナ様のご入場です』」


読み上げを受けたふたりは静かに歩みを進め、同時にフレッドが説明を加える。


「予行夜会は正式な夜会を想定していますので受付係の読み上げを待ちます。全員の入場が終わるまでは歓談していてかまいませんが、王族入場の際は拍手でお出迎えをしてください」


その説明を聞き、生徒たちは慌てて拍手をする。

本物さながらの騒音に包まれたところで、ルウォークはそのままエリナをホールまで誘う。


「続いてダンスを実演します。楽団の音楽が舞踏曲に変わったタイミングで男性は女性をホールまでエスコートして下さい」


ワルツが流れる中、エリナとルウォークはホールの中央へと進み、ホールドして一呼吸したところでステップを踏んだ。


ルウォークとは何度もダンスの練習をしている。上品、且つ優雅に踊ることは王族の条件で、これができなければ他国になめられてしまう。

そのため、ふたりは今でも定期的にレッスンを受けており、そのダンスはぴったりと息があっていて素晴らしいものだった。


ワルツは初心者が躍るのにちょうどいい。しかしルウォークの提案で今回は少し複雑なステップを組み込み、魅せるダンスを踊ることになった。


王族らしい気品と自信に満ち溢れたダンスに講堂の周囲にたむろっていた生徒たちも集まり、曲が終わると同時、大きな拍手と喝采が周囲を包んだ。


ルウォークとエリナはホールドを解いて向き合うと、互いに挨拶をし、そのあとで周囲にも挨拶をした。


「曲が終わったらパートナーに挨拶をしてください、拍手を頂いた場合は周囲にも挨拶をします!」


フレッドが大声で叫ぶように説明をし、模範演技は終了となった。



「今からは実践の時間となります、特に令嬢をダンスに誘うまでの一連の流れはよく練習しておいてください」


フレッドの言葉に令息たちは婚約者を誘ったり、クラスメイトを誘って練習を始めた。

それはもちろんエリナも対象とされ、多くの令息がエリナを取り囲んだ。


「ベイフェルト公爵令嬢、僕と踊っていただけませんか?」


模範演技の通りエリナは優雅に微笑んで、喜んで、と言い、令息のエスコートでホールに出ると踊り始めた。


「ベイフェルト公爵令嬢はダンスがお上手ですね」


「ありがとうございます、貴方もとても上手ですわ」


「そうおっしゃっていただけますと自信がつきます」



何人目かになる令息と練習の会話をしながら踊っていると、突然、彼のうしろに人影が立ち、エリナはそれに驚いてしまう。


「殿下?」

「え?」


ルウォークはエリナと踊っていた令息の肩をトントンと軽く叩き、


「代わってもらっても?」


と言った。


そのタイミングでフレッドの説明が入る。


「パートナーの令嬢を休ませたい場合はそのとき踊っている相手の男性の肩を軽く叩いて交代を促し、ダンスをしながら輪の外に連れ出してあげてください」


ルウォークは何食わぬ顔でしばらく踊ったあと、エリナをダンスの輪から外れるように誘導し、そのまま、エスコートして壁際へと移動させた。


「ありがとうございました」


ダンスを終わらせてくれたことに礼を言ったエリナではあったが、本当の夜会では何十人という相手と踊っているのだ。

ほんの数人としか踊っていないエリナにはまだ休憩は必要ない。


ダンスを抜けさせる実演を見せたかったのだろうと納得し、ルウォークと並んで会場の様子に目を配った。



ルウォークの今日の立場は運営側である為、彼自身が令嬢にダンスを申し込むことはない。それを残念に思っている女生徒は多かったが、彼がダンスパートナーを務めると知ったら学園中の女生徒が参加してしまい、講堂に収まり切れないほどの生徒が殺到していたことだろう。


「おおむね、順調ですね」


エリナは隣に立つルウォークに話しかけ、彼もそれにうなずいて同意した。


「そうだね、本番もうまくいくといいのだが」


そのとき、視界の端にサエラの姿が映った。

今季の生徒会はエリナとジェシカという二人を迎え入れてはいるが、ルウォークの学年の加入者が少なく、人手不足は否めない。試験勉強に忙しい彼女も説明会の手伝いには来ていたのだ。


彼女も他の生徒会メンバーと同じくダンスの練習を促す役割を担っているのだが、彼女はどこかぼんやりとしていて積極的な呼びかけをする様子は見られなかった。

いつもきびきびと動いていたサエラらしくない態度にエリナは不思議に思い、迷った末、ルウォークに伝えておくことにした。


「殿下、サエラさんは体調が悪いのではないでしょうか」

「ん?あぁ、心配いらないと思うよ」


ルウォークは一瞬、サエラに目を向けてからすぐにエリナに向き直ってそう言った。


「でもなんだか」


「彼女は今、自分と向き合っているんだよ」


「ご自分と?」


「そう、彼女に求められている役割とその範疇をね」


ルウォークの謎めいた、それでいて確信のあるような口ぶりをエリナは疑問に感じたが、ルウォークがそう言うのならそうなのだろうと思うことにした。


ふたりは恋人同士なのだ、他人にわからないなにかがあるのかもしれない。


エリナはそれ以上はなにも言わず、ルウォークの隣で生徒たちの様子を見守ることにした。










生徒会のランチミーティングは変わらず続いている。

サエラに代わってジェシカが書記となり、サエラの席はエリナの右隣になった。左隣は今まで通り、ジェシカが座っている。


ルウォークの発言をメモするはずのジェシカが末席に座っていて大丈夫なのかと心配したが、彼女は辞書くらいの大きさの小箱をルウォークの前に設置して言った。


「これは発言を記録しておける機械です、あとで発言を確認することができるので皆さんの手を煩わせる必要はございません」


ルーベンス伯爵家は元は大陸から渡ってきた一族であり、世界中の珍しい品々に精通しているのだ。

これはつい最近、伯爵が手に入れたもので、本来なら王家に献上しても良いほど価値のある品物なのだが、殿下絡みならば献上と同じだろうということで生徒会で使わせてもらえることになったのだ。


発言を記録しておけるなど本物の議会で使ったほうがいいと思うのだが、議会には専門の記録係が配置されている。

彼らの仕事に取って代われるかどうかを試す意味でも生徒会という組織は相応しかったのかもしれない。

ちなみに、長期休暇のときしか家に帰っていないフレッドは、この機械の存在を知らなかったらしい。


「こんな便利なものがあったとは」

「お兄様はなかなか帰っていらっしゃらなかったから、ご存じないのも当然ですわ」


ジェシカの棘のある言葉にフレッドは苦い顔をしている。

これをもっと早くに導入していればサエラとルウォークの妙な噂が流れることもなかったのだ、とジェシカは言いたいのだろう。


いずれにせよ書記係が手を止めることなく食事を進められることは良いことだ。

こういってはなんだが、メモを取りながらの食事などせわしなく見えて、正直、マナー違反だと感じていたのだ。




この日の議題は先日の予行夜会のデモンストレーションの反省会となった。


「恥ずかしいのか、令嬢をダンスに誘えない令息が数多く見受けられましたね」


「上級生は手本もかねて積極的に新入生を誘うよう促してみましょうか」


「そうなると新入生であるという目印が必要になりますが」


「それをアクセサリーにするのは反対ですよ?そういうものは婚約者が用意なさいますもの」


ジェシカの発言にエリナは思わず身を固くした。


あの日のエリナは全身がルウォーク色に染められていて、アクセサリーはもちろん手袋にまで彼の色が使われていた程だ。

それをここにいる人たちに思い出されたくなくてエリナは別の意見を述べた。


「新入生にかかわらず、男性は積極的に女性をダンスに誘うように促せばよろしいかと思います。予行のうちに慣れておかなければ、夜会に出たときに困るのは本人ですもの」


これはエリナの実体験でもある。



エリナがルウォークの婚約者になったのは幼い頃の話だが、彼女がルウォークと共に夜会に出席をし始めたのはほんの一年ほど前のことなのだ。


多くの王族が幼いころから夜会の雰囲気に慣れていくなかで、エリナはかなり出遅れたタイミングでの参加となった。

最初の夜会は本当に緊張してしまい、どうやって入場したのかも覚えていないくらいだった。


気が付いたらルウォークとダンスを踊っていて、彼にリフトされていて周囲の喝采で我に返った。


「エリィ、とても綺麗だ」


ルウォークの囁きに力を得たエリナは見事、難易度の高いダンスを踊り切り、王太子の婚約者としての役割を果たすことができた。

しかし、人々の拍手に笑顔で応じながらも、内心ではもっと早くに夜会に出ておくべきだったと反省したのだった。


もっとも夜会の出席については王家の意向もあり、エリナが声高に参加を叫んだところでどうにもならないことではあったのだが、だとしても働きかけくらいはすべきだったと思う。


こういった経験をした結果、これから夜会へ出ていく生徒たちに同じ思いをしてほしくないと考えての発言であった。


「そうだね。予行の意義を今一度、各自が考え、積極的に行動するように通達を出すことにしよう」


ルウォークの一言で決定がなされた。



「しかし三年にもなるとほとんどが婚約していますから、婚約者以外の令嬢とダンスとなると敷居が高いのではないでしょうか」


「学生の間は色々な人とのダンスを経験したほうがいい、婚約者としか踊れないようでは夜会に出てから困るだろう」


メンバーの発言に反論したのは宰相家の令息で、彼も公務として夜会を経験している一人であり、実体験に基づく意見を述べていると予測がつく。


「婚約者以外と踊るなど醜聞になりそうだが?」


「だからこその通達ですわ、婚約者でない令嬢とも積極的にペアとなってダンスの腕を磨くべきだと生徒会が後押しすれば良いのです。

練習を分かっているのなら、いちいち醜聞だと騒ぎ立てる方もおりませんでしょう?」


「練習だとしても嫌がる者もいるんじゃないか?」


「わたしもそう思う、それで婚約者との関係に影響が出たら困るのは本人たちだ」


たたみかけるようなルウォークの意見にエリナは内心で呆れた。


彼の心変わりでルウォークとエリナの関係は今、微妙なものとなっている。それを棚に上げて、影響が出たら困る、などとどの口がのたまうのかと言ってやりたい。


「婚約者同士でのダンスを生徒会が推奨しては予行の意味がなくなります。

当人同士の関係性にかかわりなく、予行夜会はダンス練習の場でもあるのだと広く周知させれば、問題も起こらないでしょう」


エリナの意見に大半が賛成を示した為、男性は積極的に女性をダンスに誘うこと、予行夜会はダンス練習の場でもあり、多くの人とのペア経験を積むこと、の二点を生徒会から周知すると決まった。

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