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第四話

 2階にある203号室、そこはまさに我が家だった。


 私の私物がそのまま置かれている。ただ、家具の配置は私が覚えているものとは違っていたが、それでも私がこの部屋に住んでいたらこう置くだろうと思わせる配置だった。馴染みのない部屋、馴染みのない我が家。しかし、姉の話によれば、私は半年ほど前からこの部屋で暮らしているらしい。


 朝の身支度を終え、出勤の準備を整えた。通い慣れない道なので、遅れないよう早めに家を出ることにした。アパートの階段を下りると、一階の木々が立ち並ぶ一角で、コータがしゃがみ込み、手を合わせているのが見えた。


「コータおはよう」


「まこ姉ちゃん、おはよう」


「お墓参り?」


「うん、ちゃんと眠れるようにお祈りするんだ」


「そっか、コータが想ってくれるならきっとこの子も安らかに眠れるよ」







 今日も仕事は順調だった。繁忙期のため残業があり、終業時刻が遅くなってしまった。


(電車座れるといいなぁ……)


 そんなことを思いながら、駅の階段を下りていく。




 ドンッ!




 身体が宙に浮く。 


 デジャブ――――――




 ボスンと膝に何かが当たる衝撃を感じた。

 足元には、大きめのボストンバッグが落ちている。


「すみません!」


 横から声がした。小さな子供連れの母親が、謝りながら私を見てボストンバッグを上の棚に戻している。


 はて、ここはどこだろう? あたりを見回すとそこは電車の中だった。私は電車の座席に腰掛けて眠っていたらしい。いつ電車に乗ったのか、記憶が曖昧だ。電車放送が聞こえ、ちょうど私の降りる駅だった。


 風邪だろうか?妙に身体がだるく感じる。今日はコンビニで適当に弁当でも買って帰ろう。慣れない道を歩き、見慣れない我が家に到着する。2階の203号室が我が家だ。


 ふと、頭の片隅にコータの顔がちらついた。


(手くらい合わせてから行こう)


 軽い気持ちで、私はウサギの墓の前に立ち寄った。土が盛られた墓の上には石が置かれていたはずだ。しかし、見ると石がアイスの棒に変わっていた。コータが変えたのだろうか?よく見るとアイスの棒には名前が書かれていた。


 “まこと”


 ゾッっとした。

 どうして私の名前が書かれているのだろうか? ウサギの名前が “まこと” だったとか……?


(気味が悪い)


「ケガは大丈夫ですか?」


 突然後ろから声を掛けられた。

 驚いて振り向くと、あのスーツ姿の男が立っていて、私をじっと見つめていた。


(どうしてここにいるんだろう?)


「最近この近くに越してきたんですよ。家が近いんです」


 私の心中の疑問に答えるように、男が話しかけてきた。


「まだ、この近所に何があるのかよく分からなくて、安いスーパーとか知りませんか?」


 私は一言もしゃべっていないのに、男は次々と話し続ける。


「ところで、それお墓ですか? そんな風に墓を作ってあげるなんて大切に想っていたんでしょうね」


「……」


「大丈夫ですか?」


 なんとなくこの人に対して苦手意識を持ってしまう。早く話を切り上げて家に戻りたいと思った。


「え、あぁ大丈夫です。スーパーですね。私もこの辺りのことはあまり詳しくなくて、スーパーなら一か所知っていますよ。安いかどうかは分からないけど」


「よかったー、この辺のこと本当によく分からないんですよ。もしよければ、この後時間ありますか? 僕すごく方向音痴で。ほんの近くまででもいいので、案内してもらえませんか?」


 時間はある。ただ、この男と過ごすのは少しためらわれた。しかし……スーパーまでは人通りも多く、ここから遠くもない。何事も無難が一番だ。困っているのに放置して意地悪をすることもないだろう。そう結論付けた。


「わたりました。スーパーはそんなに遠くないんですよ。そこまで案内します」


「わぁ~、ありがとうございます!」


 男は貼り付けたような笑顔を浮かべた。


 私は来た道を引き返し、スーパーまでの道を歩く。途中、あの踏切に差し掛かったので、私は気になっていたことを聞いてみることにした。


「そういえば、昨日の夕方この踏切を渡りましたか? 私、似ている人を見た気がして……」


「踏切は渡りましたよ。時刻も夕方でした。私もあなたに似ている人を見かけました。その人は元気がなさそうでしたが、それでも元気に生きていました」


 言っている意味がよく分からなかった。結局、私が見かけた人がこの男だったのかどうかも分からないままだった。




「すみません、少し立ち寄りたいところがあるのですが良いですか?」


 スーパーまであと少しというところで、唐突に誘われた。断る理由もなかったので、私は彼についていくことにした。男の足取りから、どこに向かっているのかはなんとなく分かっていた。


 ――――――霊園


 男は一つの墓石の前で足を止めた。

 背中に冷たい汗が流れるのを感じた。


 “木ノ村 ()(こと)


「姉さんの墓なんだ。お参りしていってもいいですか?」


 こんな偶然あるのだろうか。同姓同名の姉。今日、私をここに連れてきたのは本当にスーパーを知らなかったから?それとも、たまたま立ち寄っただけ? スーパーはこの霊園のすぐ近くにある。知らなかったなんて嘘だ!


 私はもうこの場にいたくなかった。一刻も早く、この場所からもこの男からも離れたかった。


「そういえば、あなたの名前、聞いてませんでしたね。伺っても良いですか?」


 本当に知らないの? 

 彼はどうして私をここに連れてきたのだろうか? 彼の問いに答えたくなかった。


「あのっ――――――」


「こんなに立派な墓を建てた人たちは、果たしてここで眠っているのでしょうか?」


「え?」


「だってそうでしょう? 死んだ後のことなんて誰にも分かりませんよ。結局、こうして見栄え良く墓を建ててあげるのも、生きている者のエゴなのでは? あなたには分かるんですか? 彼らが今何をどう思い、結局どうなっているのか。自分が最後どこに行くのか」


「分かりません、でも、私なら、私を思って忘れないでいてくれる場所を作ってもらえたら、嬉しいと感じると思います」


 男が何を言いたいのか分からない。なぜ私をここに連れてきたのかも。でも、そんなことはどうでもよかった。一刻も早くここから離れたい!


「スーパーは来た道を戻って霊園を抜けた先の、信号を右に曲がったところにありますよ。私、もう行きますね!」


 全力で駆け出した。男の視線を気にする余裕などない。もうあの男には関わりたくなかった。


ここまでお読みいただき、ありがとうごさざいました。

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