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第二話

「―――――大丈夫ですか?」


 男の声にハッとした。声のした方を見れば、今朝のスーツ姿の男が私の顔をじっと見つめていた。



「ずっと俯いていたので、具合でも悪いんですか?」


 私は辺りを見回した。そこはホームの中ほどにあるベンチだった。今朝、私はここでこの男と隣り合って座っていたはずだ。


 ―――――白昼夢?


 どうやら私は一瞬の間に夢を見ていたらしい。ホームには、電車を待つ人が列をなしている。それほど長い間眠っていたわけではなさそうだ。私は本当に体調が悪かったらしい。あるいは、線路に落ちたときに頭でも打ったのだろうか?


 手の平を見た。傷が消えている。線路に落ちたのも夢だったのだろうか? どこからが夢で、どこからが現実なのかがわからない。頭がフワフワとする。


「あの、私ずっとここに座っていましたか?」


「えぇ、気分が悪そうだったので声を掛けたのですが、やっぱり顔色が悪いですよ」


 やはり夢だったようだ。時計を見ると、始業の時間にはまだ間に合いそうだ。男にお礼を言い軽く挨拶をしてその場を後にした。


 男は私の事をじっと見つめていた。







 ズキズキと痛む膝、固く冷たい床が私の身体を冷やしていく。


 ズキズキズキズキ


 痛みが繰り返し襲ってくる。周りを見回し、上を見上げると、そこは階段の中ほどだった。思ったより高いところから落ちたようだ。制服を来た女子高生が階段を駆け下りてくるのが見えた。


「すみません! もしかして、私のカバンが当たったせいで落ちちゃいましたか?」


 あ、デジャブ……


 女子高生は心底申し訳なさそうに、焦りながら言った。初めて会う子ではないような気がした。どうやら彼女にぶつかって落ちたらしい。でも、その前に自分の体調が優れなかったことを思い出した。


「大丈夫、気分が悪かっただけですよね?」


 横から男の声がした。

 昨日のスーツ姿の男だ。


 身体は痛むけれど、心底申し訳なさそうに誤る女子高生をこれ以上攻めたくはない。


「大丈夫ですよ。気分が悪くなって、落ちちゃったみたいです。ぶつかったかは覚えてないんですけど、心配しないでください」


「本当に? もしぶつかっていたのならすみませんでした!」


「大丈夫ですよ」


 夢の中と同じような言い回しをしている私。登場人物が同じなら、話すセリフも代り映えしないのだろうか。


 私は下手糞な愛想笑いを浮かべて、気にしていないことを伝えた。女子高生は一礼し、申し訳なさそうな顔をしながら私から離れていった。


 やはりこの子も良い子だった。


「落ちていましたよ」


 男の手に置かれたイヤフォン。先程の男だ。色が特徴的な私のイヤフォン。


「ありがとうございます」


「どこかに座りませんか?」


 事も無げに聞かれる。


「怪我をしていませんか?」


 膝が痛む。私はベンチに腰を下ろした。昨日と同じ、ホームの中ほどにある駅のベンチに。男も隣に座った。


 昨日と同じだ。


 パンツの裾を膝上まで上げ、膝の状態を確認する。全体的に赤みを帯びている、打ち身のようだ。時計を見てから、上司に連絡を入れた。病院に行った方が良さそうだ。仕事には少し遅れるだろうけれど、仕方がない。


「痛そうですね、病院には行くんですか?」


「そうしようと思います。痛みはありますが、たぶん打ち身だと思います」


「身体が痛むなら病院まで送りましょうか?」


 夢と同じセリフ、男はまっすぐに私を見ている。気まずい……


「いえ、大丈夫です。痛むと言ってもそれほどひどい痛みでもないし、タクシーで病院まですぐですから」


 簡単に断りを入れて、気まずい空気に晒されたくなかった私は、男に別れを告げた。その場を去った後も、男からの視線を感じたのは気のせいだったと思いたい。


 診察の結果はやはり打撲だった。医者からは、打撲した膝をしばらく安静にしておくように言われた。


 上司や職場の人たちは、怪我の具合をひどく心配してくれた。繁忙期にもかかわらず、上司は体調を気遣って早めに帰宅するよう促してくれた。


 私の好きな歌手のいつもの歌を聴きながら電車を待つ。いつもより早い帰宅時間のせいか、駅のホームは比較的空いている。それでも、ホームの先頭に並ぶ気にはなれなかった。電車を待つ列の先頭から少し離れて、適度な距離を置いて電車を待つことにした。


 ふと、前を見た。反対側のホームに人はおらず閑散としている。電車を待つ。いつものホームで、いつもの音楽を聴きながら。


 やがて、電車が来た。


 駅のホームと同様、電車の中も比較的空いていた。開いている席に座ろうとすると――――――


「あっ」


 今朝のスーツ姿の男がいた。私が座ろうとしていた席のちょう隣に腰掛けていたのだ。


「こんにちは」


 声を掛けられた。それは掛けるだろう、目が合ったんだから。


「こんにちは」


 そのまま男の前に立ち続けるのも、別の場所に移動するのも不自然に思えたので、私は男の横に腰掛けた。


「今、うたた寝をしていて、あなたが夢に出てきたんですよ」


「私が、ですか?」


 唐突な話をされて、どう答えればいいか分からなかったが、とりあえず相槌を打ちながら男の話に耳を傾けた。


「結構派手な落ち方をしていましたから、気になっていたんです。怪我の具合はどうですか? まだ痛みますか?」


 黒い瞳が私を見つめる。ずっと気にかけてくれていたなんて、案外優しい人なのかもしれない。


「大丈夫です、もう痛みませんよ。治療も受けましたし、しばらく安静にしていれば治るそうです」


 私は下手糞な愛想笑いを浮かべた。その後、特にお互い話すこともなく、ただ静かに到着駅に着くのを待った。


 電車に揺られる 


 ガッタンゴットン ガッタンゴトン


 目的地はそれほど遠くない。電車に乗って2駅だ。車内放送が流れると、ドアが開く前に私は席を立った。一応挨拶をしようと思い振り返ると、男も席から立ち上がっていた。


 そうか、今朝私が階段から落ちた駅で男に会ったのだから、同じ駅で降りるのだろう。私たちは一緒に駅のホームに降り立った。


「昨日の夕方、この駅で飛び降り自殺があったらしいですよ」


 唐突な話題に驚き、男に曖昧な視線を向けた。男は、事件があったであろう駅のホームの先をじっと見つめていた。


「そうだったんですか? 全然知りませんでした」


「多くの人が目撃たらしいんですけどね。不思議なことに遺体はどこからも見つからなかったそうですよ」


 男は私を振り返り意味深な視線を送った。



「良かったですね。落ちたのが線路じゃなくて」



 冷たいものが背筋をゾッと駆け抜けた。


ここまでお読みいただき、ありがとうごさざいました。

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