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ダッチェスの話を聞いたスローレットも、それはそれは楽しそうに話に乗っかった。

その様子を見た椿は、げんなりとスローレットを見つめる。


「誰が行くって言った?」

「あれ、行かないの?」


行くわけないだろ!と叫びたい気持ちを抑え、代わりにため息を落とした。

なにが嬉しくて苦手な人間とデートなるものをしなければならないのか。

どう考えても理解できない。


「そもそも、あの男が断るんじゃないの?」


椿の中で、エルザイヌという男がその話をよしとするとは思えなかった。

あの男は感覚ではなく、仕事だったり役目のために動く人間だと感じている。

動きの一つ一つが計画されたことのような、無機質なロボットのようだと椿は思った。

また麗しい姿形をしているため、それはなおさらだ。

そんな男がデートなど、不釣り合いにも程がある。


「エルザは俺が説得済み」


ダッチェスが部屋の壁に身を預けた状態に得意気な顔でそんなことを言ったものだから、椿の額に青筋がたった。

説得したことも、説得されたことも気に食わない。

どこまで自分に嫌がらせをすれば気が済むのか。


「行っておいでよ、椿」

「他人事だと思って適当に…。あたしはあの男が好きじゃないの!そんな男とデートなんて、考えただけで鳥肌もんだっつの」


そう言って、椿は大袈裟に身震いをしてみせた。

スローレットやダッチェスがいるならまだしも、二人でなんて冗談じゃない。

二人が来たとしても、素直に頷けるかは疑問だが。


「そんな頑なになるなよ。エルザを知るいいきっかけになるし」

「別に知りたくない」

「それに!椿は城の外に出たことないだろ?出てみたくないか?」


と、ダッチェスからの誘惑の言葉が掛かると、椿はあっさりと頑なな心が折れそうだった。

出たい。

この狭い空間から出てみたい。

そう言われてみれば、まだこの城内でさえも一人きりでは自由に歩くことさえままならないのだ。

それがコブつきではあるが、外に出ることを許された。

それは相当な進歩じゃないか?


「僕も前から思ってたんだけど、黒姫って国のために存在するのに、この国のことを何も知らないで使命を終えて帰っちゃうんだよね。それっておかしいなって思ってたんだよ」


先ほどまでの楽しそうな笑顔から一変、スローレットは真剣そのものの表情でそう言った。

確かにスローレットの言う通り、椿がその行為に頓着しない性格であったのなら、契りを結んでさっさと日本に帰っていただろう。

長々とここに居座る理由などないのだ。

だから知らなくてもなんの支障もきたさない訳で、ゆえに教えようという機会さえなかったのだろう。

黒姫に求められるものは知識や技術でなく、その行為のみなのだ。

椿としてはそのことになんの依存もなかったのでスローレットの意見に賛同している訳ではないが、城下町なるものに興味はあった。

城がこんなに西洋風に豪華なのだから、城下町も西洋風な気がする。

メルヘンな性格ではないが、やはり女には変わりない。


(外国に来た気分。って、一応外国か…)


椿は悩みに悩み、結局二人の説得の甲斐あって首を縦に振った。




〇〇*〇〇




(二人じゃないんじゃん…)


初めての乗馬のことよりも、背後で同じように馬に乗り込む数人の男たちを見て椿は思った。

でも、と椿はその男たちを凝視した。

いつぞやのエルザイヌの部屋にいた男もそうだが、屈強そうないかつい男たち。

次期国王と言われる男に、護衛の一人や二人いたっておかしくない。

むしろいなきゃおかしい。


(護衛を付けなきゃいけないぐらい大変なら断れよっての)


承諾した自分を棚に上げ、椿は不機嫌そうに騎乗のエルザイヌを睨み付けた。

ただ馬に乗っているだけなのに、どうしてこの男はこんなにも絵になるのだろうか?

エルザイヌが乗る黒い馬は椿を見て小さくいなないた。


「不満そうな顔ですね」

「べっつにぃ?」


言ってそっぽを向いてやると、エルザイヌはくすくすと笑った。

この余裕の笑みが椿をイライラさせると気付いているのかいないのか、エルザイヌは気にすることなく椿に手を差し出した。


「…なに」

「乗らないのですか?」

「は?なんであたしがあんたの馬に…」


椿がそう言って渋ると、エルザイヌはきょとんと不思議そうに椿を見返した。


「椿は馬に一人で乗れるのですか?」

「いや、乗れないけど…」

「ならば誰の馬に乗るつもりなんです?」

「べ、別にあんたのじゃなくたっていいじゃん」


エルザイヌは「おや」と大袈裟に驚いた顔をしてみせた。

そのすぐ後にくすりと微笑みを溢した。


「僕はデートというものは、二人が同じものを同じように共有するものだと思っていますので、椿は当然僕の馬に乗ると考えていたのですけど」


エルザイヌが言っていることは間違っていない。

だからこそ椿はその端正な顔を殴り飛ばしたい衝動に駆られる。

いっそ黙ってさえいてくれたら、もう少しは違った対応もできたのだろうが。

とにもかくにも、もう逃げられそうもないと確信した椿は、エルザイヌの手を借りながら馬にまたがったのだった。

もちろん辺りに響くぐらいの舌打ち付きで。




ゆっくりと歩く馬。

さらさらと心地の良い風。

美しい草原の中の一本道。

申し分ない環境であるはずなのに、椿は居心地が悪くて仕方がなかった。

初めての乗馬は置いておくとして、何が嬉しくて好きでもない男の腕の中に収まらないといけないのか。

しかも、それを数人の男たちに見られているのだ。


(あたしは見せ物じゃないっつの)


椿は早くも怒りの沸点に達しそうなことを感じた。

その時、背後でくすりと笑う声が聞こえたので、椿は顔だけを振り向かせ、想いの限りにその端正な顔を睨み付けた。


「あ?」

「いや、そろそろかなと思って」

「なにが」

「椿が怒りだす頃」


馬の上でなければ、恐らく平手打ちぐらいはお見舞いしていたかもしれない。

わざわざ言わなくてはならないことか?

それが更に自分を煽るとは思わないのか?


「…あんた、本気でムカつく」

「お褒めに預かり光栄です」

「…黙れ」

「椿も口を閉じた方がいいですよ。舌を噛みます」


エルザイヌの言った意味が分からなかったので、椿はもう一度エルザイヌを振り返った。

どきりと、いつぞやにも感じた脈の唸りを椿は感じた。

エルザイヌはいたずらっ子のような笑顔で椿を見下ろし、そっと耳に顔を近付けた。


「この先の森に入ったら馬を走らせる。だから俺の腕をしっかりと掴んでおいて」


周りには聞こえていないであろう声音でエルザイヌは言った。

しかし説明不足にも関わらず、椿の質問は一切許されなかった。

なぜなら、もうすぐ森というより目の前はもう森で、椿が言葉を発するより早くにエルザイヌは馬を走らせたからだ。

なので椿は必死に掴まっていることしかできず、唯一できたことは、馬が走りだした直後に「エルザイヌ様!」という背後の数人の男たちの悲痛の叫びのようなものを聞くことだけだった。


意外とやんちゃなエルザイヌ兄弟でした。

さて、このデートはいったいどうなることやら…。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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