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「うそでしょ!?」


椿は部屋中に響かせんばかりに声を張った。

目の前の少年は尚もくりくりとした目で椿を見つめるだけで、特に撤回する素振りも見せない。

つまりそれは先の言葉を肯定していることになる。


「うそじゃないよ。あの人は正真正銘、僕の実の兄様」


確かに2人とも綺麗な顔立ちだと思うし、髪色も質も瞳の色も同じ銀ではある。

しかし。


「似てない…。ぜんっぜん似てない!」


綺麗というだけで、パーツは似ていない。

目だけとっていえば、エルザイヌは切れ長だがスローレットは丸いくりくりの目である。

最初の内であれば性格は似てると言えたかもしれないが、今となってはとてもじゃないがそんなことは言えない。

椿のエルザイヌの印象は最悪だ。

それはお互い様な訳だが、あんな理屈っぽくて冷たい人間は、今まで椿の周りにはいなかった人種である。

いなくて良かったと椿は思った。

それに比べてこの少年スローレットは、純粋無垢、素直、そして愛らしい。

どうしようもなく甘やかしたくなる。

これが兄弟だというのだから神秘だ。

まだ会ったばかりの兄弟に対し、椿はすでにそんな結論をつけていた。


「そんなに似てないかなぁ?」

「うん。これっぽっちも」


思わず即答である。

それにスローレットはくすくすと笑みを漏らした。

あのエルザイヌはこんな笑い方はしなかったはずだ。

きっと今までもこれからもしないだろうと椿は思った。

というより見たくもない。


「エルザ兄様になんか言われたの?」


スローレットの問いに椿は顔を渋くした。

あんな爆弾発言をみすみす放っておけるほど椿の器は大きくない。

そのせいで説明もほとんど受けないままあの部屋を出てきてしまっていた。

あの扉の前の大男は「黒姫」と声を上げたが、当のエルザイヌはどうぞと言わんばかりに椿を無視した。

1人あわてていたのがスローレットで、部屋を出ていく椿の後を追い掛けてきた。

そして「ならこっちに」というスローレットの誘導でこの部屋まで行き着いたのだ。

なんでも黒姫もとい椿のために用意された部屋らしく、エルザイヌの職務室とはガラッと雰囲気の違う部屋だった。

白を基調にされた部屋は広く、ダブルベッドには天窓つき。

ホテルのスウィートルームなんかはこんなのだろうと椿は思った。

庶民派な椿にしたら居心地が悪い。

しかし他にどこに行けばいいのかも分からないので、大人しくその部屋の白いソファーに沈んでいるのだ。


「エルザ兄様からあんまり聞いてないみたいだから、僕が説明するね」


この部屋に着いてしばらく、スローレットと椿は大分打ち解けていた。

それはこのスローレットが打ち解けやすい雰囲気を持っていたことと、椿のスローレットに対する警戒心がないからであった。

そのせいでエルザイヌの時は突っぱねていた椿も、今回は黙ってスローレットの次に続く言葉を待った。


「ここはダスティニーニ国。そこそこな大国だよ」

「ダスティニーニ…?」


聞いたこともなければ見たこともない。

高校で地理を選択していないからかもしれないが、大国であれば聞いたことぐらいはありそうなものだが。

あいにくテレビでもその言葉を耳にしたことはない。


「椿の国は倭国って言うんだよね?その国の人は黒い髪に黒い瞳を持つって」

「まぁ、一般的には…」


正確には日本だけど…。

言葉にすることなく心の中だけで椿は訂正した。

昔は日本のことを倭国と呼んでいたらしいし、大きな違いはないのだろう。

それよりも…。

椿が引っ掛かるのは黒い髪黒い瞳の方である。

この短時間で何度言われたか知れないその単語たちは、椿からしてみれば当たり前の話だ。

そんなにごり押しされても…、てな感じである。


「それが?」

「うん。この国にはね、黒い髪と黒い瞳の両方を持つ人はいないんだよ。そのどちらかでも極めて稀だしね。黒い髪か瞳を持つ人は“闇神様に愛されてる”って言うんだ」

「やみがみさま…」


椿としてはいまいちピンとこない単語である。

しかしスローレットはそれを承知のことのようで、にこりと微笑んだ。

どこまでも可愛いそれに、そんな嘘みたいな話も少しばかり信じてしまう。


「現在の国王の時も倭国の人を召喚して、契りを結んでから国王に即位したんだよ」

(でた!契りを結ぶ!)


この愛らしいスローレットからはあまり聞きたくない単語である。

無理とは分かっているが、スローレットにはいつまでも子供らしくいて欲しいと椿は思った。

もちろん自分のために。


「その人、今どこにいるの?」


同じ日本から来たのならば、説明を受けるならその方が断然話は早いだろうと椿は判断した。

しかしスローレットは可愛らしく「うーん」と唸りながらあさっての方向を向いた。


「早く結婚したいって言ってたから、今ごろ旦那さん見つけて子供でも育ててるんじゃないかなぁ」

「は?」


椿の想像とはあまりにかけ離れた返答に、目が丸くなる。

てっきりこの城に在住していると思ったのだ。

しかしスローレットの話ではこの城にはいないだろう雰囲気が感じられる。

追い出したのか?

それとも案外簡単に帰れるのだろうか?


「あぁ、呼んだんだから帰せるに決まってるじゃん」


と当たり前のように椿は声を上げた。

簡単なことじゃないか。

自分にはできないから帰してくれと、ただそう頼めばいいのだ。

そもそも世界から見たら小さいかもしれないが、日本にだってかなりの人口がいるのだ。

その中から女性の、しかも自分と同じほどの年齢を抜粋したとしても、それは結構な数字になる。

どんだけの確率だったのか、今さら椿は呆れにも似た感情を示した。

こうなれば自分の運のなさを呪うしかない。


「椿を倭国に帰そうと思えば帰せるけど、それは契りを結んだ後じゃないとダメだよ」

「な、なんで!?あっちには黒髪に黒い瞳なんてごろごろいんじゃん!別にあたし以外だって構わないでしょ?なんならそーゆーことに頓着しない子紹介するし!」

「黒姫が適当に選ばれてたんだったら、そうしたいんだけど…。どうもそうじゃないみたいなんだよね」


どこかすまなそうにスローレットは言った。

しかしその返答は椿にショックを与えるには申し分ない言葉である。

つまりそれは椿にしかできないことで、椿の代わりは誰にもできないということで。

しばらく反論もできないほどにはショックだった。

そんな椿の様子を伺いつつも、スローレットは話を続けた。


「契りを結ばなきゃ国王には即位できないから、この国にはどうしても黒姫を召喚しなきゃいけないんだ。それで、たぶん相手はエルザ兄様だと思うよ、今のところ…」


今のところ、というスローレットの言葉に椿はふと顔をそちらに向ける。

一番最初に会った時に「僕の黒姫」と言われた記憶は薄々残っているので、相手がエルザイヌというのには特に驚くことはなかった。

しかし今のスローレットの言葉はひどくあいまいだ。

そんな表情を椿がしていたのだろう、スローレットは苦笑して頷いた。


「実は今回はちょっと特殊で…。国王候補が4人いるんだよ。一番その座に近いのはエルザ兄様、その次は僕、そして叔父のシェンリルと、いとこのダッチェス。本当なら黒姫召喚までに決定されてるはずだったんだけど、今回は本当に異例なことだらけで…。決まらなかったんだ、最後まで。だからいっそのこと黒姫に決めてもらおうと…」

「待て待て待て待て」


そこで思わず椿は制止の声を上げてしまっていた。

話は驚くべき方向へと向かってしまっている。

いったいどこをどう考えたら女子高生に国王を選ばせようという答えにいきつくのか、椿には皆目見当もつかない。

国王といえば国の最上の地位というのは、日本人の椿にでも分かる。

そう簡単に決められる話ではないのではないのか?

それが国の命運を決めるのではないのか?

それとも国王とは椿の概念とは違い、ただのお飾りなのかもしれない。

だとするとそこまで悩まなくても良い気がしてきた。

だからと言って見ず知らずの男に体を許す気には少しもなれない。

なぜ国王候補が絞れなかったのかと椿の好奇心をくすぐったが、あえて問いただすのはやめておいた。


「…こっちの事情はよくわかんないけど、でもあたしにだって事情はあるんだからね」

「うん」

「だから、その…、見ず知らずの他人とそーゆーことはできない」


恥ずかしくて言葉こそ濁した椿だが、スローレットにはそれだけで伝わったらしい。

スローレットは少し寂しそうな笑顔で小さくうつむいた。


「…そうだよね。突然召喚されたんだもんね。ごめんね…」


そう素直に謝られても、椿としては困ってしまう。

かわいそうで責めることもできやしない。

エルザイヌであればズバズバと不平不満も言えたのだが。

それはエルザイヌが少しも悪怯れた様子を感じさせないからだ。


(感じさせないっていうより、微塵もなかったんだろうけど)


あの皮肉な笑みを見せた美形の顔を思い出すだけで、椿の腹の虫が疼きだすのだった。


スローレットめちゃめちゃ書きやすいです。

なんでしょうね、この可愛らしいいじらしい青年は!


最後まで読んでいただきありがとうございました。

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