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年齢制限はありませんが、ほんの少しだけ言葉が出てきます。悪しからず。

銀髪の青年は椿にエルザイヌとだけ名乗った。

あの占い師に見せたどす黒いオーラはいつの間にやら消えていて、今は美しいだけのオーラが溢れ出している。

エルザイヌは後ろに数人の男を引き連れながら椿を誘導した。


(ベルバラに出てきそうなお城…)


椿は恥ずかしげもなくきょろきょろと辺りを見回した。

確実に先ほどまでいたカラオケボックスとは空間が違う。

いつもの女子3人メンバーでいつものように遊ぶ予定だったのだ。

しかも今日は大学生の男が来ると期待して。

別に男漁りをしたい訳ではなく、椿の場合はタダで遊べるという期待なのだが。

そう考えると終息してきた怒りがまた沸々と湧いてきた。

せっかくのチャンスが丸潰れである。


「早く帰して」


説明しますと言われて誘導されているにも関わらず、その誘導の時点で焦れている椿は、相当の癇癪持ちだ。

しかしやはりエルザイヌは気にした様子はちらりとも見せない。


「部屋はもうすぐですから」

「意味わかんない。帰るだけに説明なんかいらないでしょ」


ツンツンした椿の言葉の後に、背中に添えられた手に強く押された感じがした。

椿は怪訝そうな顔でエルザイヌを見上げる。

並んでみると意外と身長差がある。

椿は女性では一般的な高さなので、エルザイヌが高いらしい。

椿の頭がやっとエルザイヌの肩に届く程度しかない。

線の細い印象を受ける見た目なだけに、やはりそれは意外だった。


「ご説明、させていただけますか?」


椿がそれに恐れを感じ、恐れを感じたことが不快だった。

先のようなどす黒いオーラ。

こうも近距離で真っ直ぐ向けられるとさすがの椿もぐぅの根も出ない。

それでも少しでも反抗したくて、椿は小さく舌打ちをするだけにとどめた。

その時のエルザイヌの眉がぴくりと反応したことを椿は知らない。



〇〇*〇〇



無駄に広く豪華なその部屋には、銀色のテーブルを挟んだ向かい合わせのクリーム色のソファーと、その向こう側の大きな机がある。

部屋の隅にはぎっしりと詰まった本棚があるだけで、無駄な家具は一切ない。

社長室を西洋風に広くした感じだ。

大きな窓が2つ、陽当たりはとてもいいらしい。


「ここは僕の職務室です」


エルザイヌは椿にソファーに座るよう促した。

特に断る理由もないので素直に座ったが、椿の内心は反抗心でいっぱいだった。

先ほどのこともあってか、エルザイヌに敵対心を抱いている。

エルザイヌに金魚のフンの如くついて回った男たちは、1人の大男を除いて部屋には入ってこなかった。

彫りが深く陽に焼けた浅黒い肌が男らしさを示しており、エルザイヌとは違いどこまでも無表情だ。

椿がぽすんと音をたててソファーに沈むと、それを確認してからエルザイヌは椿の向かいのソファーに腰を下ろした。

大男は扉の前で立っている。


「あなたのお名前は?」

「なんで答えなきゃなんないの」


エルザイヌとは決して目を合わさずに椿は言った。

ここがどこかはこの際もうどうでもいい。

早く帰してほしい。


「話が進みません」


柔らかそうで、その実空気は張り詰めていた。

意外とエルザイヌは短気なようだと椿は思った。


「進めれば?」


まるで他人事のように椿は吐き捨てた。

先ほどのように負けたくなかった。

この優男に、この自分が負けるものかと、意地にも似たようなものが椿の中に芽生えている。

ケンカをすれば口では絶対に負けなかった。

それをこんな訳の分からない場所で訳の分からない人物に崩されたくはない。


「どうやら長い説明は不要のようですね」


エルザイヌもさすがにキレたらしい。

言葉こそ丁寧だが、棒読みというのは否めなかった。

それでも椿は目を合わせない。

それどころか偉そうに腕組みをする始末である。


「あなたはこの国の“黒姫”として倭国から召喚されました。そして黒姫にはこの国の次期国王と契りを結んでいただきます。つまりその人とヤるってことですね」


エルザイヌの説明はかなりぶっ飛ばしたものである。

それは扉の前にいた大男が気付き、小さくため息をしたのは椿の知らぬところだ。

しかし椿が耳を疑いたかったのはある単語だけ。

黒姫とか意味は分からないが、それは後でもいい。

倭国というのも、まぁいいだろう。


「ヤる…?」


意味が分からないのではない。

自分が想像しているものが当たっているのならば、それは相当に凄いことを言われたのだと思う。

むしろ当たっていて欲しくない。


「分かりませんか?いろいろ言い方はありますけど…、性行為…」

「わかってるわ、バカ!」


椿は顔を真っ赤にしながら叫んでいた。

そんな言葉聞きたくはなかったし、当たっていたことにも愕然とする。

その反応から椿は初なのだろうということが容易に理解できた。

しかし椿の最後の余分がエルザイヌの不興を買ってしまっていた。

恥ずかしそうに顔を真っ赤に染めている椿は未だ気付いていないが、エルザイヌの顔からはすっかり笑顔は欠如し、頬がぴくぴくと痙攣している。


「バカ…?」


底冷えするようなエルザイヌの声に、椿はやっと顔をエルザイヌへと向けた。

その顔はまだまだ赤い。


「俺に向かってバカ?」

(お、俺…?)


さっきまでは確かに一人称は僕だった。

椿の周りには自分のことを僕と呼ぶ人はいなかったが、エルザイヌにはそれも似合っていたからなんとも思わなかった。

しかし今は俺と言った。

それが違和感がないようなエルザイヌの表情なものだから、椿はぽかーんとしてエルザイヌの顔を凝視していた。


「俺に向かってバカとはどういう要件だろうね?俺にバカと言えるということは、君は相当に自分のことを評価していることになるが」

「は…?」


さすがの椿もすぐには反論できなかった。

大した意味を持って言った訳ではなかったので、エルザイヌがここまで怒りを表すとは思っていなかったのだ。


(怒ってる、んだよね…)


普通の人間とは怒り方がいまいち違うようだが。


「黒姫といえども、君の俺に対する態度は考えようだな。そもそも君は本当に黒姫なのか?瞳は良いにしても髪が…」


と疑わしそうにエルザイヌは椿を見据える。

言われ放題は癪だ。

そろそろ椿の頭にも血が昇る。


「ヴラウンの何が悪いだよ!今どき染めるなんて常識でしょ!?」

「常識?自分の髪を染めることが常識?」


心底信じられないといった風にエルザイヌは顔を渋くした。

椿としては当然のことを言ったまでなので、そのエルザイヌの反応に戸惑いを隠せなかった。

もともと感情を隠すことはしない質なので不思議はない。


「自分の髪を染めて痛め付けて、それのどこが常識だと思うのか理解に苦しむね」


確かに何度も染めている椿の髪は、毛先をはじめ痛んでいるといえる。

椿の場合染めるだけにとどまらず、巻いたりアイロンを掛けたりしているのだから余計だろう。

しかしそんなあからさまな嫌悪を向けられると、正しいことを言われても反発したくなる訳で…。


「自分のものさしで人を測るんじゃねぇよ」


怒ると口調は悪くなる。

椿自身自覚症状はあるのだが、直そうと思ったことは一度もない。

ケンカした時はその方が相手への牽制になる。

まぁそれだけでケンカに勝てたら苦労はない訳だが。


「その口の悪さも常識か?そうだとしたら君の世界の常識はどこか間違っているのでは?」


バカにしたように鼻を鳴らしたエルザイヌを、理性がなければグーで殴るところだった。

先の柔らかい笑みはどこに行ってしまったのか。

このままこの意味不明な言い合いを続けてしまえば、椿の理性は簡単に崩れてしまうだろう。

それをさせなかったのが、新たなる人物が登場したからだった。

ノックもないエルザイヌの職務室の訪問者は、エルザイヌ同様、銀髪の少年らしい人物だった。

ただその髪は肩先の短めである。


「黒姫様は!?」


明るい声と共に部屋へと侵入しようとした少年は、扉の前に立っていた大男にぶつかった。

大層な身長差で、下手すればその少年は大男の腰までしかないんじゃないだろうかと椿は感じた。

そこまではいかずとも、しかし少年は大男の腹筋に顔をぶつけている。


「…スロー、何してるんだ」


エルザイヌはため息混じりに言葉を落とした。

どうやら呆れているらしい。

少年は「ごめん、ゼーレ」と小さく言葉を漏らして、エルザイヌへと顔を向けた。

そしてちろりと舌を出した。


「失敗失敗。黒姫様に恥ずかしいとこ見せちゃいましたね」


椿の胸がきゅーんとした。


(か、かわいい…!)


弟か、あるいは小動物のようだと椿は思った。

その少年の愛らしさに保護欲をくすぐられる。

さっきまでのエルザイヌへの怒りはいつの間にか、少年への興味にすり代わった。

この少年になら黒姫と呼ばれるのも悪くない。

少年はエルザイヌから椿へと視線を向け、にこりと笑った。

まだ男になりきらない、少年のあどけなさを残した笑顔が更に椿を高揚させる。


「はじめまして、黒姫様。僕はスローレットと申します。スローって呼んでくださいね」


もちろん呼びますとも!と、心の中で親指を持ち上げる。

こうも愛らしいと自分の今の状況も忘れてしまいそうだ。


「控えなさいスローレット。今の状況が分からないほど愚かではないだろう?」


冷めたエルザイヌの言葉は、真っ直ぐにスローレットを射ぬく。

どす黒いオーラとまではいかないが、有無を言わさぬ威圧感をもっていた。

せっかく椿の中に芽生えた光さえもエルザイヌは振り払おうとする。

また椿の腹の虫が暴れ出しそうだ。


「冷たいヤツ」


部屋の空気は突然零下まで降下した。



〇〇*〇〇



エルザイヌは深い深いため息を、今日の、しかもこの一時間程度で何度したか分からない。

それもこれも大切に崇めなければならない黒姫のせいなのだから、ため息も二倍となってしまう。


(なんなんだ、あの黒姫は…)


姫と呼べる代物ではない。

それは確実だとエルザイヌは思った。

不細工ではないが、特別綺麗だったり可愛らしい顔立ちでもない。

あれを月並みの顔というのだろう。

口調は男か、いや、悪く言って賊のようである。

あれを崇めろというのは無理がある。

選ばれてしまったのだから仕方ないとしても、あれを召喚した新人の預言者を疑わずにはいられない。


(あぁ、新人預言者リーナ…)


彼女もまたエルザイヌの悩みの種の1つである。

預言者になってそろそろ1年になるというのに、いつもオドオドして、その威厳さえ感じられない。

力がない訳でもないのに、だ。

また実年齢よりも幼い顔立ちのせいか、余計に部下になめられやすい。

そのせいでいつまでたっても新人である。

しかし彼女がいくら新人だといっても、あの黒姫を召喚したのはどんな預言者でも同じなのだろう。

だから彼女に怒りを向けるのはお門違いな訳だが、いかんせん、思わずにはいられなかった。


コンコン


控え目に小さなノック音の後、やはり小さく弱々しい女性の声がした。

また彼女の良からぬ噂が流れるかもしれないが、そんなのはエルザイヌの知ったことではない。

自分のやった不始末だ。

エルザイヌはふぅと一呼吸おいてから扉の向こうに冷たい返事をした。


最後まで読んでいただきありがとうございました。

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