黒姫召喚‐1
新月の夜。
月が隠れるその夜に、神様に内緒でお呼ばれされるの。
黒い日に黒い娘。
さぁ見つけてごらん。
それが君の
“運命の人”
古くからこの国に伝わる詩。
成し遂げるのは王家の男。
さて、次期国王の黒い娘は誰であろうか…。
〇〇*〇〇
なんだここは…。
驚きよりも先に怒りが溢れたのは、果たして性格のためであろうか。
椿はぐるりとあたりを見回す。
薄暗い教室ほどの広さの部屋で、四隅にはロウソクが立っている。
そのロウソクは今にも消えそうな短さだった。
胡散臭い占いの館のようだと椿は思った。
しかしその胡散臭い部屋の中心に制服姿で地べたに座っているのが自分だと思うと、なんとも言えない気持ちになる。
冷静にあたりの分析ができるほど椿は大人しい性格ではない。
目の前の、それこそ占い師のような格好をした人物をとりあえず睨み付ける。
男だか女だか子供か大人か、なんの情報も読み取れないほどすっぽりと黒い布で全身を覆い、更には顔までその布で隠している。
やはり訳が分からないので胸ぐらを掴むのはやめておいた。
「…なんだよいったい」
全ての事柄が疑問なため、全ての事柄に対しての疑問として口にした。
その低い椿の言葉に、目の前の黒い布の人物はぴくっと反応した。
戸惑わしげに顔を上げたその黒い布の人物と椿は目を合わせる。
そして目を合わせると同時に、お互いが目を丸くした。
(お、女の子じゃん…)
薄暗く、しかも光はロウソクの灯りだけなため、はっきりとはその人物の風貌は分からない。
しかし整っているのだろうことは椿にも理解できた。
ロウソクのせいかもしれないが、瞳が赤く見える。
(外人?つかどこの国が赤い目なの…?)
椿の頭では見当もつかない。
しかし最近ではカラーコンタクトという画期的な物も販売されている。
占い師もそんな小細工をしなければいけないほど不景気なのか…。と、少しズレた感想を持った。
「茶色の髪…?」
占い師(仮)が椿を見ての第一声がそれだった。
椿が小さくすっとんきょうな声を上げたのは言うまでもない。
椿は肩よりも少し長めの髪をヴラウンに染めていた。
椿はまだ高校生であるため教師陣には散々注意を受けているが、本人はどこ吹く風。
何度言われようと髪を黒に戻す気はこれっぽっちもなかった。
それどころか次はもっと明るくしようと思っていたほどである。
それよりも、この占い師の女の子がヴラウンの髪に驚くことが椿は不思議だった。
今どきは普通なことなのに。
椿がきょとんとした表情で占い師の女の子を見返すと、その女の子はぶんぶんと首を横に振った。
「無事、新月の召喚が完了致しました。ご報告をお願いします」
か細く綺麗な声だった。
その声が淡々と言葉を告げている。
そこでやっと椿は占い師の女の子の背後に数人の人物が立っていることに気付いた。
この人物たちもこの占い師と同じように黒い布で全身を覆っている。
その1人が短く返事をしたかと思うと、近くの扉から部屋を出ていった。
一瞬だけ開いた扉から、キラキラと光の筋が入り込む。
その眩しさに椿は目を細めた。
この部屋が暗いからかもしれないが、その光が椿の目にはとても綺麗に映った。
この部屋から外に出たい。
そんな衝動が椿を襲った。
しかし今はこの占い師と対峙している手前、その衝動を抑えることにする。
(とは思ったものの…)
何か話せばいいのに、この占い師はさっき以来口を開こうとしない。
椿の最初の質問は完全無視。
椿がそれに癇癪を起こさない訳がなくて。
「あんた誰?ここどこ?」
冷静さを取り戻しつつ椿は目の前の占い師に問い掛ける。
冷静さを取り戻しつつあると言っても、口調はツンツンと厳しいものとなっているが。
その椿の言葉に占い師は怯んだように見えたが、やはり口は開かなかった。
彼女にとって今椿と言葉を交わすのは御法度とされている。
どんなに恐怖を煽られたとしても、言葉を返すなど持っての他なのだ。
しかし椿がそれを知るはずもない。
椿のイライラは徐々に増していく。
「なんとか言いなさいよ」
自然と命令形になっている。
それでも占い師はうんともすんとも言わない。
「言えっつーの」
「………」
「おーい」
「………」
そろそろ椿の堪忍袋の尾も切れるというもので。
頭の中で何かがプツーンと音をたてて切れ、血液が逆流するのを感じた。
どしんと音を響かせながら立ち上がり、床にそのまま座っていた占い師を上から見下ろした。
その占い師は呆気に取られたように椿を見上げ返す。
「いい加減にしろっ!」
思ったよりもその声は部屋にこだまする。
占い師の背後の黒集団も動揺しているのが椿にも感じ取れた。
しかしそんなのは構わない。
もともと目立つのはキライな訳じゃない椿にとって、悪目立ちだとしても別段気にすることは何もない。
「ここはどこで何!あんたらは誰だ!なんであたしはここにいるんだよ!」
力の限り叫んだため、言い終えた後の椿ははぁはぁと荒い息を繰り返した。
占い師はぽかーんと口を開けて椿を見つめ続けている。
その表情だけで椿の怒りはするすると終息した。
(ダメだこの子…。ケンカ慣れしてないわ…)
いつもの椿の周りの奴らならばすぐに怒号が返ってくる。
しかしそれはそういう雰囲気で育ったからであって、それに端正がなければそうはいかない。
良い例がこの目の前の占い師だ。
この占い師にいくら怒鳴ったとしても、きっと泣き出すのがオチだろうと椿は思った。
椿だって男勝りだなんだと言われてもやはり女の子。
泣かしたい訳ではなかった。
「他に誰かいないわけ?」
その占い師の横を通り過ぎて扉へと真っ直ぐ足を向けた椿に、さすがに占い師も焦ったのだろう口を開いた。
「お、お待ちくださいませっ、黒姫様!」
(くろひめさまぁ?)
椿が振り返って占い師を見つめると、罰が悪そうな顔をされた。
やってはいけないことをやってしまった!というように、その顔から徐々に血の気が引いていく。
若干の申し訳なさが込み上げるがしかし、椿にはなぜ罰が悪いのか分からない。
「何?」
と聞いたところでやはり話さない。
更に椿を逆撫でするとも知らずにやっているのだとしたら、それはかなり質が悪い。
ムキーとなった椿はもう止められなかった。
またドシドシと歩みを始めた椿に占い師が尚も同じように呼び止めるが、次は止まるのをやめた。
一言でいえば「めんどくさい」。
扉付近に控えていた黒の集団もおたおたするばかりで、椿を止めようと手を伸ばす者はいない。
止めたいのに、だ。
それをいいことに椿はバンッとけたたましい音をたてながら扉を開けた。
あまりの眩しさに椿は目を閉じる。
光だ。
白い光。
昼間の太陽という、そんな光ではなかった。
(真っ白い光…?)
椿は少しづつ目を開けていった。
完全に目を開いたところで、椿は呆然とした。
(な、なんだ…?)
城か、豪邸か。
どちらにしても椿とは縁がない建築物である。
しかし現在自分はそう呼ばれるであろう場所にいると思われる。
右を見ても左を見ても正面を見ても、豪華豪華豪華…。
赤いどこまでも長く続く絨毯。
キラキラと光を吸い込んだような窓枠。
白光りしている壁には中世のような絵画。
ゴッホが書いたと言われても、椿は納得しただろう。
廊下、なのだろう。
椿の中の廊下の概念とは程遠いが。
「あなたは…」
声に振り向くと、男が目を見開いた状態で立ちすくんで椿を見ていた。
その男を見て、椿は息をつまらせた。
(こんなのアリ…?)
男の人には言うべきかは分からないが、その男は間違いなく美人だった。
女性らしい訳ではない。
顔のつくりとか、その身のこなしとか、その人の持つオーラとか。
何もかもが美しい。
(あぁ、髪のせいかも)
男の背に流れる髪は椿よりも長い。
腰ほどまでのクセのない髪は少しの風でもサラサラとなびいた。
そして目を引いたのはその色だ。
椿には見慣れない銀色の髪だった。
(こんな綺麗な人間アリなわけ…?)
アリとか無しの話ではないのだが、椿は頭の中でそんな自問自答を繰り返した。
またその男性の服装がシミ一つなく白く輝いてるものだから、自分がこんな紺の制服を着ていることが恥ずかしくなった。
地元じゃ可愛いと評判の制服なのだが…。
しかも髪は毛先があっちこっち自由に遊びまくっているので、そのストレートの髪が羨ましく感じる。
(ただロン毛の男性はいかがなものかねぇ…)
その男性に対する椿の最終的な感想はそれで締め括られた。
「あなたが僕の黒姫ですね」
そう言ってふわりと微笑むその男性。
ドキリと胸が音をたてたのは致し方ない。
「エルザイヌ様っ…!」
椿の背後からの焦ったような声は、占い師の女の子のものだった。
椿がそちらに目を向けると、占い師は今にも泣きそうな顔で綺麗な男性を見つめていた。
すがるように、しがみつくようなその目。
椿はあまり好きじゃない目だった。
「言い訳はいらないよ、リーナ。後で僕の職務室に来なさい」
美しいだけに威圧感はバッチリだった。
椿に向けられた訳でもないのに、思わず椿まで竦んでしまう。
一見微笑んでいるだけにしか見えないが、オーラは確実にどす黒い。
いったいこの占い師がこの人の何に不興を買ったのかと占い師を覗き込むと、今にも倒れそうなほどに真っ青で、小刻みに震えているようだった。
「だ、大丈夫…?」
それは椿でさえも心配になってしまうほどに。
椿にそう声を掛けられた占い師は、これでもかと言うほどに目を丸くしたため、椿は首を傾げることになった。
心配するというのは、これほどまでに驚かれることなのだろうか?
「黒姫、あなたは僕と契りを結ぶまでは他の誰とも会話をすることができないのですよ」
「は?」
契り?結ぶ?
椿には全く理解できない言葉の羅列。
今度は不審げな様子でその男性を見つめた。
椿とはまだ会ったばかりなのだが、この可愛い占い師をここまで追い込む言葉を述べる男性に、あまり良い感情は抱けなかった。
そんなこともあり、見つめるというよりも睨み付けるようになっていた。
「まだ何も理解できないでしょう。ゆっくりご説明いたします」
しかしそんな椿を何も気にした様子もなく、微笑みのまま男性は椿の背中に手を添えた。
背中がゾクリとした。
少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
きっとのろまな投稿になると思いますが、気長に楽しんでくださいませ。
ご意見・ご感想気軽にお願いします。
最後まで読んでいただきありがとうございました。