007
「ただいま〜」
「おかえりなさいませ、ゼルコバ様」
「それじゃあゼルコバ様、明日の朝また迎えにくるぜ」
出迎えてくれたのは執事のラムズホーンだった。
ラムズホーンはいつもながら、ピシッとした姿勢で頭を下げた。
「お客様をお連れでしたか、失礼いたしました」
「あ、ラムズホーン。こちらは護衛として僕が雇った、魔法士のサイプレスさんだよ」
「ああ、サイプレスだ、です。よろしくお願いします」
「それは素晴らしい。ぜひ夕飯を召し上がって行ってください。すぐに用意させますので」
「あ、いや〜、俺はすぐに帰ろうかなぁと思っていたんですが……」
「熟成発酵したワインもご用意がありますので、ぜひとも寄っていっていただけないでしょうか。旦那様もお喜びになられると思いので」
「いやぁ、俺は堅苦しいのが苦手で……」
サイプレスの頬が引き攣っていたのでなんとなく嫌がっているように感じた僕は、無理にお誘いするのも悪いかなと思った。
「むっ……」
その瞬間、サイプレスの動きが一瞬止まって、目が虚空を見つめたようになった。
「(サイプレスさんどうしたんだろ?)」
「えっと、実は俺は無類の酒好きでして、もしよければこちらに泊めてくれないか、いただけないでしょうか?」
「もちろんでございます。こちらへどうぞ、当家の客室にご案内させていただきます」
サイプレスが突然意見を翻したことを不思議に思った僕だったが、お腹も空いていたのであまり深く考えずに夕飯を食べることにした。
ーーー
「父上、母上、紹介させていただきます。僕の護衛をしてくれることになった魔法士のサイプレスさんです。熟練の魔法士なので、頼りにしています」
「これはサイプレス殿、私は当主のアスペラ・リョーマイケルです。こちらは妻のカマツと、娘のキエノです」
夕飯は、家族揃っての晩餐会となった。
葉物野菜を使った前菜から始まり、カブラのスープ、魚料理、肉料理と続く。肉は新鮮な鴨肉のローストであった。
ワインも振る舞われ、楽しい夕飯となった。
「ところでサイプレス殿、もしよければ武勇伝をお聞かせいただけないだろうか。貴殿ほどのベテラン魔法士であれば、あまたの強敵を倒してきたのではないかと思う」
「私も実は興味がありますわ」
「私も聞きたいです!」
父、母、キエノが興味を示したので、サイプレスが渋々武勇伝を語り始めた。
かくいう僕もとても興味がある。
「武勇伝ですか、そんなにかっこいい話はないんですがね、レッドドラゴンと戦った時の話でもしましょうか……」
「ド、ドラゴン!?」
「すごい、伝説の魔物ですわね」
「ほぇぇ……」
ーーーあれはまだ俺が未知の現象や未開の地を求めていた駆け出しの頃、フジ山の麓にある樹海の調査依頼を受けた時の話。
フジ山には不治の病を治す霊薬か、もしくは不老不死を現実にするアイテムがあるらしいという噂があり、定期的に調査依頼が出されていた。
怖いもの知らずだった俺は、地元で活動している弓使いの狩人に声をかけ、そいつと二人で調査に行くことにした。
狩人は経験豊富で、森の中で一人で活動することは日常茶飯事だったが、樹海の奥深くに行くことは滅多になかった。
それはなぜか。
フジ山の火口付近にレッドドラゴンのつがいが巣を作っており、そいつらの縄張りに侵入することになるためだ。
樹海の深部には樹齢500年を超える樹木が林立しており、それらは全て魔力を帯びた強力な魔木となっていた。
魔木に接近する時は、露出している根や幹を踏んだり蹴飛ばしたりして傷をつけないようにしないと、魔木が攻撃してくる恐れがある。
そのため、俺と狩人はブーツではなく、地下足袋という特殊な靴を履いていた。
地下足袋は足の親指の付け根が少し食い込むが、足の裏の感覚がよくわかるため、樹海の調査には適した靴だと思った。
俺と狩人はなるべく魔物との戦闘を避けつつ樹海の深層へと進んでいたが、そろそろ引き返そうかと思っていた頃に、魔木に絡みつく太いつる植物を見つけた。
魔木に絡みついたつる植物の上部には黄金に輝く果実が実っており、狩人がその果実をなんとかして持ち帰りたいと言い出した。
せっかくここまで来たのだからと思い、俺も果実を入手したい気持ちがあったため、果実の採取に挑戦することにした。
採取方法は、果実の付け根を狩人が弓で撃ち抜いて、落ちてきた果実を持ち帰ろうというものだった。
樹齢500年クラスの魔木の上部に絡みついたつる植物の果実の付け根を弓で撃ち抜くなんて神技に近い芸当だが、1射目は惜しくも果実の表面を掠めて魔木の幹に矢が当たってしまった。
その瞬間、森が大きく騒めいた。
矢が当たった魔木の根が蠢いて、ところ構わず地下から飛び出してきた。
さらに、葉を鋭い刃のように変形させて四方八方に飛ばし始めたのだ。
これはもう大人しく撤退するしかないなと俺は思ったが、狩人は欲を出してもう一度矢を放ってしまった。
その際に狩人は足を魔木の根に貫かれて負傷してしまい、いよいよピンチだなと思ったところにさらにヤバいやつが現れた。
そう、レッドドラゴンだ。
そいつは魔木が騒めいているのを上空から発見して様子を見にきたんだろうと思う。
負傷した狩人を金色の瞳で見つめると、瞳孔が収縮してニヤリと笑ったように感じた。
おそらくあの時遭遇したのはレッドドラゴンのオスで、餌を探していたのだろうと思う。
俺はあらかじめ練っていた魔力をさらに高めて、その当時放つことができる最強の魔法攻撃をレッドドラゴンに向けて放った。
レッドドラゴンは狩人に気を取られて俺に気がついていなかったため、俺の魔法はヤツの左眼に直撃した。
ヤツは怒り狂って暴れまくったが、俺の攻撃はヤツに致命傷を与えることはできなかった。
レッドドラゴンは魔法障壁を常時展開しているため、障壁を貫通してさらに頭蓋骨を吹き飛ばすくらいの威力がないと、レッドドラゴンを倒すことはできないだろう。
俺はヤツの気が逸れた瞬間に魔力回復ポーションを一気飲みして消耗した魔力を回復させ、負傷した狩人を回収し、なんとか命からがら逃げ切ったというわけだ。
街までたどり着く頃には日が暮れていたが、なんとか二人とも無事に帰ってくることができた。
俺の魔法ではレッドドラゴンを倒すことはできなかったが、それ以降、挑む相手は慎重に吟味するようになった。
ーーー
「……という面白くもない話が、俺の武勇伝だ、です」
僕たちはサイプレスの話が終わってからしばらく、声を発することができなかった。
プロの魔法士の本当にヤバかった時の話は、とても参考になったし、手に汗握る迫力があった。
素晴らしい武勇伝の後には食後のデザートが振る舞われ、ハーブティーを飲んで晩餐会はお開きとなった。




