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御用商人イレックス、彼の存在については以前から知っていた。
何か入り用になると、父はイレックスを呼びつけていたからだ。
イレックスはリョーマイケル伯爵家の御用商人としての地位を確固たるものとしていた。
イレックスは契約書の作成ができる。
契約書を作成するためには商人組合が発行する資格を取得する必要があり、多額の寄付と長年の貢献が必要となる。
商人にとって契約書の作成は必須技能とも言えるため、契約書の作成ができないと一人前の商人としては認められないことだろう。
「いつもお引き立ていただきありがとうございます、旦那様」
使いの者に呼びに行かせると、イレックスはすぐに屋敷に駆けつけた。
御用商人の最大の取り引き相手は伯爵家なので、いつ呼び出されてもいいようにイレックスは基本的に事務所で待機しているらしい。
「おお、イレックスよ、忙しいところ悪いな。ところで今日は息子のゼルコバが商会を立ち上げたいと言うので、相談したいと思ったのだ」
父はイレックスに先ほどまでの経緯を説明した。
話を聞くとイレックスは不思議そうな顔をしていたが、父が僕に金貨30枚を投資するつもりだと話すと、二つ返事で契約書の作成を了承した。
「これは若様は聡明であらせられる。そのお年で商会の立ち上げを決意なさるとは並々のことではありますまい。私も微力ながらお力添えさせていただきたいと思います」
「イレックスさん、ありがとう」
イレックスはそう言うと、部下に木板を持って来させた。ここに文字を刻むことによって契約を取り交わすのである。
木板は2枚用意され、契約者の甲と乙は契約が完了するまでそれぞれ木板を保管する。
ちなみに紙はめちゃくちゃ高級品のため、基本的に日常生活の中で触れる機会は滅多にない。
「えー、それではアスペラ様とゼルコバ様の契約を取り交わすにあたりまして、いくつか確認したいことがございますがよろしいでしょうか」
「うむ、進めてくれ」
イレックスは木板にさらさらと文字を書きながら、いくつか質問してきた。
「まずは金額について、アスペラ様がゼルコバ様に金貨30枚を投資する、ということでお間違いありませんかな」
「うむ」
父はうなずくと、先を促した。
「次に期間ですが、本日より2年間の期限をもって、ゼルコバ様はアスペラ様に金貨30枚を返済すること、ということでよろしいでしょうか?」
「はい、間違いありません」
イレックスが今度は僕に向かって確認してきたので、肯定した。
「それで、通常は金銭のやり取りが行われる場合には利息をつけることになっていますが、今回はいかがいたしましょうか」
イレックスは利息について確認してきた。
父はうーむと言ってしばらく考えた後、こう言った。
「利息は金貨3枚とする。これを2年後の返済の時にあわせて返すように。ゼルコバもそれで構わんな?」
「承知しました。寛大なご提案に心より感謝します」
2年間で利息1割は破格の安さだと思ったが、僕は父の提案に甘えることにした。
「ちなみに契約が履行できなかった場合にはどうなりますか?」
「良い質問です、若様。これを確認しておかないと後で奴隷に落とされることもありますので、もし他で契約を交わす際にも必ず確認することをおすすめします」
そう言ってイレックスは木板の下部に設けられた特記事項記載欄を指で示した。
「もし若様が指定された期日までに金貨33枚の返済をすることができなかった場合、どのように処理するかを決める必要がありますな。通常は価値のありそうな物や不動産の差し押さえか、保証人などを立てて代わりに返済してもらうことになります」
価値のありそうな物か……
僕はまだ10歳なので資産となるものは何も持っていない。
「残念ながら資産になりそうなものは何も持ってないよ」
「本当にそうでしょうか。実は若様は一つだけ、とても価値のあるものをお持ちですよ」
イレックスは意地悪そうににやりと笑った。そこまで言われれば彼の言いたいことはなんとなく分かる。
「価値のあるもの、それはつまり僕自身てことかな?」
「ご明察にございます。御身は高貴なお血筋でございますので、そのものに価値がございます」
「ちなみに僕の価値って金貨にするとどれくらいになるかな?」
この質問にはイレックスも目を丸くして、ちらりと父の顔色を伺った。
「良い、この場は無礼講とするので、ゼルコバに相場を教えてやってくれ」
「はっ。若様の価値は、私が値段をつけるとすればおよそ金貨300枚程度となります。これは奴隷として売りに出された時の金額ですので、私が貸し付けをする場合には金貨100枚ほどご融資が可能です」
なんと、僕は金貨300枚で売りに出されてしまうようだ。
借金の返済が不可能となった場合には奴隷落ちとなる、いわゆる借金奴隷だ。
「しかしながら息子を奴隷にしたい親はどこにもいないだろう。2年後に金貨33枚の返済ができなかった場合には、その後3年間小遣い無しとする」
「承知しました。そのように特記事項欄に記載させていただきます」
「……」
わざわざ契約書まで交わしているのに、罰則が小遣い無しでいいのだろうか。
まぁ、僕にとっては都合が良いので何も言わないけど。
「それでは契約書の内容をご確認の上、ご署名をお願いいたします」
テーブルの上に用意された2枚の木板に、父と僕がそれぞれ署名をした。
これを持って契約が成立し、2年後の返済期日に向けて頑張ってお金を稼ぐこととなった。




