012
父アスペラから正式に許可をもらった僕は、サイプレスと一緒にリョーマイケル伯爵邸の空き地で魔法の訓練をすることになった。
大貴族の邸宅だけあって、自由に使って良い空き地はすぐに見つかった。
さっそく、サイプレスは講義を開始する。
「まず、坊主には位階を上げてもらおうと思う。位階を上げる方法はシンプルだ。とにかく魔法を使いまくればいい。とりあえず第六位階に到達するまでは、死に物狂いで魔力を消費しろ」
「魔法を使いまくる、ですか。しかし、どうやって魔法を使えばいいのか……」
「おいおい、何を寝ぼけたこといってんだ。ユリネに魔力を渡していたじゃないか、もうすでに坊主は魔法を使ったことがあるんだよ」
ユリネは今も僕の右腕に密着している。
サイプレスの言うように、魔力を動かす感覚についてはなんとなくわかるような気がする。
「あとはそれぞれの位階ごとに使える魔法を教えてやる。まず、第一位階は【性質変化】だ。魔力を【性質変化】させると、このようになる」
サイプレスはそういって掌を上に向けると、手から火を出した。
「これは正確に言うと、手から出した魔力を【性質変化】させて火にしている。だから、同じ要領でこのようにすることもできる」
サイプレスは火を消して、今度は水を出す。
これが第一位階の魔法【性質変化】か。
僕も掌を上に向けて、手から火を出そうと念じたが、なかなかうまくいかない。
「初心者はまず、掌から魔力を出すことを練習するんだ。その後、魔力を出すことに慣れたら、【性質変化】することを試してみろ」
僕はサイプレスに言われた通り、掌から魔力を出すことに集中した。
すると、目には見えないが魔力が動いて出ていくのを感じる。
「そうだ、どんどん魔力を出していけ。どうせお前は魔力切れしないから、無駄使いしても問題ない」
一度魔力を掌から出す感覚を覚えると、脳の中で回路が繋がったようにスムーズに魔力を動かすことができるようになった。
「慣れれば掌からじゃなくても、全身至る所から魔力を出すことができるようになる。その調子でどんどん魔力を消費しろ」
僕は言われるがまま、手、足、頭、腹、背、そして全身から、どんどん魔力を出していった。
出て行った分の魔力は一瞬で回復するので、疲労や倦怠感などは全く感じない。
「よし、それでは【性質変化】を試してみろ。火でもいいし水でもいい。なんなら全く別のものに変化させてもいいぞ」
僕は掌から出した魔力が火に【性質変化】するようにイメージした。
すると、見事にイメージ通りのオレンジ色の火が出てくる。
そういえば、火って温度によって色が変化するんじゃなかったっけ。
僕は火がもっと高温になるように青い炎をイメージした。
ガスバーナーが燃焼する時のように炎が勢いよく飛び出し、真上に立ち上っていく。
「そ、そんなもんでいいぞ、もうやめろ。次は風の【性質変化】をやってみろ」
(なんで坊主は教えてもいないのに蒼炎が出せるんだよ……)
サイプレスの心のぼやきには全く気が付かず、僕は魔力を風に【性質変化】させて掌から出した。
「なかなか上達が早いな。それではその風を足の裏から出してみな。するとこのようになる」
サイプレスは直立したまま、わずかに宙に浮かんだ。
これはサイプレスが狼人間から僕を救出するときに使っていた、浮遊する魔法に違いない。
「うわわ!すごい、うっ、浮きました!」
「ははは、初めて浮く時はびっくりするよな。さらに、これを応用するとこのようになる」
サイプレスはその場で軽くジャンプした。
すると、サイプレスの体は5m以上飛び上がった。
「これは風ジャンプと呼ばれる魔法で、便利だから必ず使えるようにしろ。高いところから落下した時も、これの応用で安全に着地できるようになるぞ」
音もなく着地したサイプレスは、僕にそう言うとさらにぴょんぴょんとジャンプを繰り返した。
風ジャンプはかなり汎用性の高い魔法のようだ。
そういえば、ジッペリアナ老人が父の書斎から飛び降りた時も、風ジャンプを使用していたのかもしれない。
僕は足から魔力を出して、風に【性質変化】させてから飛び上がった。
しかしサイプレスのように高くまで飛び上がることができない。
「足の力で飛ぼうとするんじゃなくて、飛ぶ瞬間に魔力を素早く放出するんだ。タイミングよく魔力を出さないと高く飛べないぞ」
僕はその後も何回か練習を繰り返して、1時間ほどで風ジャンプを習得したのだった。
しばらく風ジャンプを繰り返していると、なんとなく体の内部から力が込み上げてくるような感覚があった。
「あれ、なんか力が込み上げてくるような、不思議な気分になりました」
「おっと、位階が上がったようだな。その不思議な感覚をよく覚えておくんだ。坊主は今、第一位階から第二位階に上がったんだ。ちなみに、次の位階に上がるためには、今の位階で消費した魔力の十倍を要することになる」
第一位階に達するまでに必要な消費魔力が十だとしたら、第二位階で百、第三位階で千、第四位階で一万、第五位階で十万、第六位階で百万となる。
位階を上げるためには、とにかく魔法の訓練をして魔力を消費する必要があるようだ。
「サイプレスさん、質問があります。位階を上げるために魔力を消費する必要があるとのことですが、内容は関係なく、とにかく使いまくればいいんですか?」
「そうだ。細かいテクニックの習得は第六位階に到達してからでいい。魔力を効率良く消費するために、何か考えがあるのか?」
「はい、風の魔法を全身から出し続ければ、かなりの速度で魔力を消費することができるかと。やってみてもいいですか?」
「試してみろ」
僕はありったけの集中力でもって、身体中のありとあらゆる場所から魔力を放出して【性質変化】で風に変化させた。
しばらくすると、体の内部からさらに力が込み上げてくる感覚があった。
「これで第三位階、よし、さらに位階を上げるぞ」
僕の体からは大型扇風機のような風が噴き出しており、サイプレスさんは舞い上がった砂埃から顔を隠すように腕を構えた。
十分ほどその状態を維持すると、さらに位階が上がった感覚を覚える。
「よし、第四位階、こうなればとことん行くぞ!」
まるで嵐のように凄まじい暴風が発生し、いつしか僕の体は20mほど浮かび上がっていた。
洗濯物は舞い上がり、メイドさんたちが慌てているのが見えたが、今日の僕はとことんやるつもりだ。
みんな、ごめん!
僕はさらに魔力の消費スピードを上げるべく、上空に向かって竜巻を発生させた。
「第五位階まで来た!さあ、ラストスパートだ!」
こうなればヤケクソだ!
僕は位階がどんどん上がったためハイテンションになっており、街に被害が出ないように気を付けながらも竜巻や風の塊を放出しまくったり、無駄にハイスピードで大空を飛び回ったりした。
そしてもうすぐ日が暮れるというころに、僕はようやく第六位階に到達することができた。
「おーい、サイプレスさーん!僕もう第六位階まで上がっちゃったよ、あはははは!」
ハイテンションのままリョーマイケル伯爵邸の空き地に戻ってきた僕は、大勢の使用人たちが見守る中、ド派手な帰宅を果たした。
サイプレスはそっぽを向いて顎髭をいじっている。
「ゼルコバ様、これは一体どういうことでしょうか。ご説明をお願いしたいと思います」
鬼の形相で目の前に立っていたのは、執事のラムズホーンであった。
その後僕はこってりと叱られて、無茶や無謀は決してしないと誓って、反省文を木板10枚分ほど書かされたのであった。
城塞都市リョーマではその日、原因不明の突風が吹き荒れたが、物や人への被害は確認されなかった。
ある町人は空に浮かんでいる人間を見たと証言したが、その噂はリョーマイケル伯爵家によって揉み消されたのであった。




