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走れ逃太郎

作者: 安達ちなお

 ――天正三年(1575年)の五月十四日、夕刻。


 逃太郎ちょうたろうは、ごくりとつばを飲み込んだ。

 目の前には、焼き立ての握り飯がある。三つもある。刻み葱を混ぜた味噌を塗ってから焼いてある。その隣ではネギの味噌汁が湯気を立てている。濃い目の味噌が、汁の中で泳いでいる。


「ぐう」


 鼻をくすぐる香ばしい匂いに、腹が鳴る。思いのほか大きな音だった。恥ずかしさのあまり、正座のまま視線を板の間に落とすが、腹が鳴るのも仕方ない。朝に薄い粥を食べただけなのだ。それも椀の底が見えるくらいに薄いのを一杯だけだ。それで夕暮れまで汗をかいて働いたのだから、腹は減るし、大仰に鳴るというものだ。

 まだ十七歳の逃太郎は食べ盛りだ。空腹が一番きつい。


 天正三年の五月十四日。逃太郎は長篠ながしの城にいた。


 逃太郎には、いくさは分からない。

 武士の身分ではあるが、一介の足軽にすぎない。それも小荷駄こにだ隊として、兵糧などを抱えて戦場いくさばの後ろを往来するだけだ。もちろん算盤そろばんなど弾けない。奉行が采配したものを右へ左へと運ぶに過ぎない。

 逃太郎には、戦というものが全く分からない。


 けれど逃太郎たちが籠るこの長篠城が窮地だということは、なんとなく察している。

 六日前、武田の大軍勢が山を越えて攻め寄せて来た。赤備えと名高い武田の武者たちを見て、長篠城主である奥平の殿様は、山ほどの鉄砲と五百の兵を連れて籠城を決めた。最初の五日は、逃太郎の目にもよく戦っているように見えた。


 迫りくる大軍に、鉄砲を撃ちかけ矢を射かけ、これっぽっちも寄せ付けない。まだ二十歳とお若いのに、さすがは奥平の殿様だ。逃太郎は、そう感心したものだった。

 だが敵もさるもので、昨日には、城内に届いた火矢が城の兵糧庫を焼いた。皆で必死に食料を運び出したが、ほとんどが炭となって残らなかった。

 それで朝の薄い粥だったのだ。


「どうした逃太郎。遠慮せずに食っていいぞ」


 顔を上げると、奥平の殿様がこちらをまっすぐに見ている。殿様も腹を空かしているだろうに、堂々とした態度で笑みさえ浮かべている。溌剌はつらつとした笑顔だ。


「あ、いえ、お呼び出しのご用を伺うまでは……」

「そうか、ならば食べながら聞いてくれ。お前を呼んだのは、ほかでもない。一つ仕事を頼みたいからだ」

「へえ、オレにできることであれば。如何様いかようなお仕事で?」


 すると奥平の殿様は、すっと外を指した。城を守る堀と土塁の向こうには、武田の軍勢がひしめいている。


「あれを抜けて、援軍の使者に立ってほしい」

「ええ?!」


 握り飯に伸ばしかけていた手が、思わず止まる。


「雲霞のごとき武田の軍勢に怯む気持ちもわかる。だが是非にも頼みたいのだ」

「敵は数が多いと聞いていますが、もしや二千や三千もいるのでしょうか」

「一万五千だ」

「ひぇっ」


 逃太郎は、怯えあがって握り飯を取り落とした。だが奥平の殿様は、握り飯を拾って逃太郎に持たせると、力強い微笑みのまま言った。


「この城には五百の兵が詰めている。多勢に無勢ではあるが、そこは長篠城だ。後ろは断崖、左右は急流、前は堀に土塁と堅牢頑強。武田の奴らをきりきり舞いさせてやるつもりだった。ところが昨日、兵糧庫が焼けたろう。あれはまずい」

「まずいと言いますと?」

「今朝の薄い粥を食ったろう。あれを一日二回としても、十日足らずで飯が尽きる」

「ひぇっ」


 逃太郎は、いよいよ怯えあがった。

 飯がなければ飢えて死ぬ。いや、死ぬ前に、槍も持てず戦えなくなる。そうなれば武田の赤鬼どもに蹂躙されておしまいだ。


「だから岡崎城の徳川殿へ、この危急を知らせてほしい」

「な、なんでそんな大役をオレなんかに……?」

「お鶴から聞いた」


 奥平の殿様があっさり白状すると、殿様の左隣に座っていたお鶴が「そうよ」と頷いた。このよく動くくりくりとした目の娘は、逃太郎の幼馴染だ。お鶴の父親が奥平の殿様に仕える縁で城にも出入りしていたが、最近では御新造のように付きっきりでいる。


「こいつは弱虫のくせに、足だけは一丁前に早いんです。どうせ戦働きなんてできませんから、目一杯走らせてください」

「なんだとぉ!」


 いきり立つ逃太郎を「まあまあ」となだめる殿様は、鷹揚に膳を指した。


「とりあえず、腹を満足させてから考えてみてはどうだ? 喰ったからといって無理強いはせん」

「はあ、お殿様がおっしゃるなら」


 そう言って握り飯を掴むと、一口かじる。

 美味い。

 米を噛み締めるたびに腹から元気が湧いてくる。味噌の香りが鼻を抜けるたびに、頭がしゃっきりとしてくる。


 朝からずっと腹を減らしていた。まるで体のどこかに穴が開いていて、そこから活力が流れ出ているかのようだった。まるで体中の骨が溶けているかのような、だるさがあったのだ。

 それが、さっぱりと消えていく。


 すると今度は持ち前の暢気のんきさが顔を出す。

 岡崎城までは、十六里とか十七里(約65km)とか、そんなところだろう。並みの者なら、朝に出かけて、走りに走って、夜の遅くにようやくたどり着くくらいだ。けれど、オレの足なら昼には着く。明るいうちに走るなら、大した用意はいらない。身一つで十分だ。どうせ城をこっそり抜け出していくんだから、馬は使えない。なら、オレが手ぶらで城を抜け出して走った方が、一等に早い。

 算段がつくと、自信もつく。そんな逃太郎を見るお鶴の目にも、自信が宿っている。


「行ってくれるでしょ?」

「オレが無理なら、他の誰も無理だろうよ」

 味噌汁を飲み干すと、逃太郎は笑って言った。



 ――その夜。

 上弦の三日月がうっすらとあたりを照らす深更に、逃太郎は城の西端に立った。

 下を見れば切り立った崖で、底には川が流れている。夜の闇では、黒々とした水面が見えるばかりだ。

 さっきは大口を叩いたけれど、やっぱり怖い。我知らず、体がぶるりと震える。


「ずいぶん高いし、けっこう暗いなぁ。こわぁ」

「なによ、臆病者」


 見送りに来たお鶴が、背中をぴしりと叩く。


「あんたみたいな小心者は最初っから城に入らないで、さっさと逃げればよかったのに。なんでここに来たのさ」

「なんでだろうな」


 お鶴が心配だったから、とは言えなかった。奥平の殿様のお手付きなのかもしれない。そうだったら、お互いに困る。


「岡崎城に着いたら、そのまま徳川様の下にいるといいって、貞昌様が言ってたよ。ここよりは安全だろうし、もちろん褒美も取らせるって」

「奥平の殿様もずいぶん気前がいいこと言うけど、この城が落ちたら褒美も何も、あったもんじゃないだろ」

「だから、城から出られたら狼煙で知らせてほしいそうよ。岡崎に使者が届きさえすれば、徳川様なら十日以内に援軍を送ってくれるはず。それまでは絶対に城を守るって」

「そりゃ大したご覚悟で」


 お鶴の言葉を振り切るように服を脱ぎ捨て、ふんどし一丁になった。


「気を付けてね、長太郎」


 お鶴のか細い声が後ろに聞こえたが、かまわず崖にとりついた。

 川へと続く断崖だが、ところどころに草木が生えている。それを手がかりにどんどん崖を降りていく。そして夜陰の先に川面の揺らめきが見えたところで、川に飛び込んだ。

 春先の川は、水も多くなければ流れも速くない。ざぶざぶと水をかき分けて進むと、あっという間に対岸だ。


「案外、楽ちんじゃねえか」


 そのままひょいと林に駆け込もうとしたのが、迂闊だった。足元に張られた縄に気づかず、思い切りひっかけてしまった。すると盛大にからんころんと音が鳴る。


「鳴子か、まずい!」


 焦った時にはもう遅い。どこからか武田の兵が湧いてきて「曲者じゃ!」「逃がすな!」と寄ってくる。矢も飛んできた。逃太郎は、持ち前の逃げ足で慌てて川に戻ると、鼻まで水に浸かった。そのまま息をひそめるが、あたりに武田の兵が増えていき、一向にあきらめる気配がない。


「くっそ、しょうがねえ」


 下流を目指して、ひっそりと泳いだ。

 時折、逃太郎を探す声が聞こえ、矢弾が飛んできたりもした。当てずっぽうなのでかすりもしないが、それでも頭の上を音で矢音が響くと腰が抜けそうになる。恐ろしさのあまり小便を漏らしたが、川に浸かっていたのが幸いだった。

 川に隠れながら少しずつ少しずつ進み、空が白むころにようやく水から上がることができた。


「寒いし、腹が減ったなあ」


 すっかり体は冷え、空腹でおなかがしくしくと痛む。だがのんびりともしていられない。川岸や林の傍には、武田の兵がうろうろしている。地面を這ったり、藪の中をこっそりと歩いたり、息を殺して進んだ。

 自然と、涙と鼻水が流れてくる。


「もう嫌だ、もう嫌だよ」


 泣きながら杉林を抜け、武田の兵が見当たらなくなったころ、逃太郎の住む村が見えてきた。小さな村だが、逃太郎にとっては唯一の帰る場所だ。


「ちょっとだけ……ちょっとだけ休んでいこう」


 足は自然と自分の家に向いている。老いた母と十六になる妹がいるだけの小さな家だ。二人は、裸でびしょ濡れの逃太郎を見るなり、何も言わずに手を取って囲炉裏の火に当たらせてくれた。

 「怪我が無いようで何よりだよ」と言って母親が蕎麦餅を出してくれる。すきっ腹に、塩っ気のある餅がなんともたまらない。蕎麦餅を夢中でかじっていると、今度は妹が覗き込んでくる。


「お鶴ちゃんは、元気そうだった?」


 妹はお鶴と仲良しだった。最近はお鶴が城に出仕したっきりだから、気になるだろう。


「うん、元気そうだったよ、今のところは……」


 でも今頃、城で腹を空かしているかもしれない。きっとそうだ。オレのことを逃太郎だなんて馬鹿にしないのは、家族とお鶴くらいのもんだ。大事にしねえとな。

 腹がくちくなったせいか、俄然やる気がわいてきた。


「ちょっと寄っただけなんだ。オレ、行かなくちゃ」


 蕎麦餅を口に詰め込み、薄っぺらい着物を一枚羽織ると、逃太郎は立ち上がった。


「気を付けるんだよ、長太郎」


 母の声を背中で聞きながら、逃太郎は家を出た。

 おっかなびっくり近くの山に登ると、長篠城が見える場所を見つけ出す。家から持ち出した牛のふんと柴を重ね、石を打つ間ももどかしく狼煙に火をつけた。するとそれを見つけた長篠城から、歓声が上がった。何を言っているかまでは聞こえなかったが、喜びと興奮は伝わった。


「……へへ、こりゃあ頑張らねえとなあ」


 何となく嬉しくなって鼻をこする。そのうちに狼煙に気づかれたのか、武田の兵の気配がしたので、西に向かって一目散に走った。


「オレが早く着けば、それだけ援軍も早くなる。援軍が早ければ、城のみんなも飢えずに済む」

 これを口の中で何度も繰り返して、ひたすらに走った。


 一度も休まず、急ぎに急いだ。あんまり急いだものだから、せっかく羽織った着物はぼろぼろに破れるし、息ができずに少し血を吐いた。

 岡崎城にたどり着いたころには、陽は天高く昇っていた。逃太郎が「長篠からの急使だ! 武田が攻めてきた!」と伝えると、城の番兵たちは仰天してすぐに取り次いでくれた。


 そうして逃太郎が引見の間に出ると、そこにいたのは徳川(家康)様だけでなかった。織田弾正忠(信長)様がいた。


「長篠城が、武田の兵一万五千に囲まれております! 昨日には兵糧が焼かれ、あと十日と経たずに落ちてしまいます!」


 逃太郎の必死の訴えに、織田弾正忠様は力強く頷いた。


「三河国を狙う武田の蠢動は、耳に入っておる。だからこうして三万の兵を率いて岡崎まで来ているのだ。だが、この岡崎ではなく長篠城を襲うとはな。お前の知らせはありがたかった。すぐにも兵を動かそう」

「三万!」

「それに家康殿も八千の兵を出す。案ずるがよい、もう二日か三日の辛抱だ」


 そういえばいつにも増して城兵が多かった。そうか、徳川様は武田に備えて織田弾正忠様のご助力を得ていたのか。

 三万八千となれば、武田の一万五千よりだいぶ多い。数の苦手な逃太郎にも、それくらいは分かる。思わずほっと息を吐いた。


「腹も減ったろう。一服しながら長篠の様子を聞かせてほしい」


 織田弾正忠様のお指図で運ばれてきたのは、粥だった。

 きっと走りづめでへとへとの逃太郎に、腹に優しいものを食わせてやろうと気を配ってくれたのだろう。でも長篠の城で食べた薄い粥とは違う。椀には、とろとろの米が山と盛られている。口に含むと、なんとも美味い。ほぐした焼き魚も入っている。付け合わせに梅干しと昆布もある。

 一口食べると、もう止まらなかった。我を忘れて粥を口に運んだ。食べながら、問われるままに長篠城の様子を織田弾正忠様と徳川様に語って聞かせた。

 逃太郎の食べっぷりを見たのか、鶏肉も出てきた。味噌で煮込んだ雉だ。これも美味かった。


 腹が満たされていくと、だんだんと罪悪感が芽生えてくる。長篠の城では、みんな腹を空かせているだろうな。オレばかりがこんなに食って、いいのかな。

 けれど自分にできることはない。織田弾正忠様と徳川様が武田を蹴散らしてくれるのを、待つしかない。

 走っているうちは、みんなを城に待たせていると思うと気がせいたものだが、こうして待つ身になると、これもつらい。いや、待てよ。


「あの、織田様。オレ、長篠の城に戻ろうと思います。城のみんなは、十日は援軍が来ないと思っています。あと二、三日の辛抱だと教えてやれば、士気も上がるはずです」

「しかし岡崎ここまで走って、疲れているだろう。こちらで急使を立てる。なに、心配するな。明日の昼頃には着く」

「いえ、オレの足なら今日中に帰れるんです。行かせてください」


 逃太郎の剣幕に、織田弾正忠様は「その心意気、見事」と感じ入った様子で、焼いた餅をいくつも持たせて送り出してくれた。

 岡崎城を出た逃太郎の足は速かった。腹はいっぱいだし、援軍は思ったよりも早く着くという話だ。足が軽くならない方が嘘だ。

 折から午後は灼熱のような日が差したが、気にならなかった。汗をかきながら走った。途中の川では鉄砲水の濁流があったが、これもひょいと飛び越え走った。


 そして夕暮れごろには、狼煙を上げた山に戻ってきた。出てきた時のように、川を伝って城まで行こうか。それとも、山林を抜けて城の裏手に出ようか。

 餅をかじりながら暢気に思案していると、目の前の藪から急に刀を担いだ兵たちが現れた。


「やい、長篠のもんか!」


 そう言って武田の兵たちがすらりと刀を抜く。


「ひぇっ」


 踵を返して逃げ出したが、無駄だった。後ろにも右にも左にも、槍や刀を持った武田の兵が現れた。


「逃がさんぞ。今朝も鈴木何某とかいう侍が長篠城を抜け出そうとしていてな。捕まえて締め上げたら、自分より前にも、一人の足軽が援軍の使者に立ったというではないか。次いで狼煙が上がったものだから、この辺りは見張っていたのよ」


 そうか、自分の臆病で狼煙を上げるのが遅れたから、長篠城から補欠の使者が出発したのか。それで自分が見つかるというのだから自業自得だ。情けない。

 だが後悔しても、もう遅い。逃太郎はあっという間に縛り上げられてしまった。

 そのまま摘まみ上げられて、連れていかれたのは武田の陣の真ん中だ。


「どこで何をしてきた? 奥平貞昌は何を企んでやがる?」


 逃太郎は、問われたことのすべてに答えた。

 兵糧庫が焼かれ、籠城の限界が近いこと。長篠城の窮地を、岡崎城へ伝えたこと。織田・徳川の連合軍がこちらへ向かっていること。

 仕方がなかったのだ。抜き身の刀を持った武田兵が、鬼のような容貌であれこれと尋ねてくるのだ。答えないわけにはいかないのだ。

 小便を漏らしながらひと通り白状し終えた逃太郎は、最後にこう命じられた。


「お前、城の前に立ってこう言え。“徳川の援軍は来ない”ってな」

「なんでオレがそんなこと……」

「城を一万五千の兵に巻かれて、飯がない。そこに援軍も来なけりゃ、諦めるだろう。断るなら、これだぞ」

 逃太郎の目の前で刀がびゅんと振られた。



 ――翌朝。

 逃太郎は、屈強な武田の兵らに連れられて、長篠城の前に引き出された。

 城を見れば、みんながこちらを見ている。

 奥平の殿様もいる。お鶴もいる。みんな、険しい顔をしてる。お鶴なんて泣きそうな顔だ。少し頬がこけたように見える。でも大丈夫だ。城が落ちちまえば、飢えて死ぬこともない。降参しちまえば、殺されることはないんだ。


「城が落ちても、みんなは助けてくれるんだろ?」

「ああ、そうだ。だが、貞昌とその郎党は首になるだろうな。何せ、裏切り者だ」

「ええ?!」

「そりゃあそうだろう。奥平貞昌は、元は武田の家臣だったのに、信玄公が亡くなったとたんに徳川にすり寄った。そりゃ、殺されるだろう」


 なんてこった。それじゃあもしかすると、お鶴も殺されっちまうかもしれねえ。逃太郎は、なぜだか小便をちびりそうなほどに怖くなった。

 しょうがねえ。もう、しょうがねえよ。

 ここまで来ちまったら、やるしかねえ。

 逃太郎は、腹いっぱいに息を吸い込むと、力いっぱいに叫んだ。


「みんな、安心しろ! 岡崎の城には、織田様の兵が三万もいた! 徳川様は、すぐに援軍を出すって言っていた! あと二日か三日の辛抱だぞ!」



 ―――織田・徳川連合軍は、強かった。

 わずか二日で長篠城を救援すると、設楽が原で武田の兵をさんざんに打ち破った。

 山のような鉄砲を浴びた武田軍は、歴戦の将たちを軒並み失い、ほうほうのていで信濃国へ逃げ帰っていった。


 危地を脱した長篠城には、山のように食べ物が運び込まれた。皆が腹いっぱいにご飯を食べることができた。

 お鶴の目の前にも、炊き立ての飯があった。椀に山と盛られている。

 なかなか箸を取ろうとしないお鶴の隣で、奥平の殿様が自分の椀を持ち上げ、これでもかと米を頬張った。


「喰え、お鶴。逃太郎のおかげの一膳だ」

「はい」


 お鶴は、目に涙を浮かべながら米を噛み締めた。

 逃太郎の姿はどこにもなかった。

好きな歴史上の人物は鳥居強右衛門です。

好きな小説は走れメロスです。


なお奥平貞昌は、長篠の戦いの後に家康の長女を娶り、側室は一人も持たなかったそうです。

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