復讐の甘さと苦さ
挙兵したリッジスの下には続々と兵が集まってきた。
暴政を敷く現政権は嫌だが、隣国に膝を屈するのも許せないという領主はこぞってリッジスの傘下に入る。
その中にはリッジスの元の部下たちもいる。
「リッジス様、何処に行かれていたのですか。
ずっとご帰還をお待ちしていました」
と涙ながらに再会を喜ぶ者もいれば、リッジスの追放に与したものの、部下に優しかったリッジスを甘くみて、素知らぬ顔で寄ってくる者もいる。
「リッジス様、兵が必要でしょう。昔の誼でお味方いたします」
信頼していた部下に裏切られた今のリッジスはもう甘くはない。
クーデターに関わらず、本当にリッジスを待っていた者には以前と変わらぬ親愛を見せるが、一度裏切った者に対しては、彼らの領内の大通りに首までの身体を埋めさせて、その横にノコギリとスコップを置いて放置した。
そして埋められたその部下に言う。
「恨みを買っていればノコギリで首を切られ、慕われていればスコップで助け出される。俺は領地を与える時に領民に慕われる政治をしろと命じたな。
俺を裏切ったことは見逃してやっても家臣領民にどう思われていたかで帰参できるかを決めよう」
そうした部下たちは全員が何者かに首を切られて無惨な死に方を遂げる。
「因果応報だな。
裏切った者は裏切られる。
もっとも俺のように裏切らなくても裏切られる奴もいるがな」
リッジスは自嘲しつつ冷然と述べた。
それを聞かされたソフィアは返す言葉がなく、「リッジス殿にもいつか裏切らない人が出てきますよ」というのが精一杯だった。
後方には雪だるまのように膨れ上がるリッジスの軍、前方には王を担ぐ隣国の兵、フランソワとアイザックは王都に閉じ籠もり動くことができない。
日に日に家臣や兵が逃亡する中、王都の民衆が決起した。
「リッジス様も王もいないのに、何故摂政や宰相だけがいるんだ!」
「これまでよくも重税を課してくれたな。
奴らを殺してリッジス様に帰ってきてもらおう!」
暴動を鎮圧しろと命じても、その家臣が反乱軍に加わる始末。
フランソワとアイザック、その腹心達は王宮に隠れていたところを捕まった。
「放せ!貴様ら処罰するぞ!」
そう脅すアイザック達に反乱者は冷たく言う。
「もう誰もお前達に従う者はいない。
リッジス様を追放し、民を苦しめた罪は重い。
今リッジス様に連絡しているが、それまでに今までの恨みの一部を晴らさせてもらうぞ」
そして、財産を奪われた富豪や、重税を払えず過酷な刑を受けた者、美貌を見込まれて妻子や夫を奪われた者達がやってくる。
「命を取らなければ好きにしていいぞ」
恨みを持っていた者達は、牢に入れられたフランソワとアイザック、その家臣を石を投げ、鉄棒や剣、槍で突き回す。
「やめなさい!
私を誰だと思っているの!摂政にして高貴な王母よ!」
そう叫ぶフランソワに民衆は嘲笑う。
「リッジス様を裏切った奸婦。誰にでも股を開く淫売婦。
業欲張りの色気違いだろう」
フランソワとアイザックは昼も夜もなく民衆に突き回されて、傷だらけの身体となる。食事もなく、排泄所もない。
「この女、王母だとか言いながら臭い便を垂れ流しだ。
心と同じで身体もクソまみれだな」
これまで見下していた民衆に嘲笑われ、屈辱のあまり彼らが命を断とうかと考え始める頃、リッジスは王都に入る。
早速フランソワとアイザック、その他に裏切った高官を牢で見る。
「助けて、ビル。
王位は返すわ。復縁しましょう」
「リッジス様、裏切って申し訳ありません。どうか命ばかりは助けてください」
牢からは救いを求める声ばかりが聞こえる。
「そこの裏切り者どもの中で生き残った一人は助けてやる。
頑張って生き残れ」
リッジスはフランソワとアイザックを除いた十数人の裏切った部下を大きな部屋に入れて、見張りを立てて外に出られないようにする。食事と水は大きな籠に入れて定期的に投げ入れる。
彼らはもはやゆっくりと食事することも寝ることも排便することもままならない。
隙を見せれば殺される。
隙を見せた奴は殺す。
彼らは真っ青な顔でお互いを睨み合い、隙を見せまいと頑張るが、我慢できずに寝落ちした者から殺される。そして3日と経たずに殺し合いは進み、一人が生き残る。
「リッジス様、俺が生き残りだ。
約束通り解放してくれ」
「わかった。
約束は助けてやるだったな。
この地獄のような現世から助けてやるよ」
リッジスはあっさりと剣で首を刎ねる。
「さて、アイザック。仲間の行く末も見たし、そろそろお前の番だな。
お前には慈悲はない。
ディビット夫妻の無念を晴らさせてもらうぞ!」
アイザックは流石に観念したのか命ごいもしない。
「御託はいいからさっさと殺せ!」
「そう易易と殺してもらえると思っているのか。
幼い子供を遺して死んだディビット達の無念を思い知らせてやる!」
リッジスは鬼の形相でアイザックを牢から引き摺り出し、壁に叩きつける。
「待て!
リッジス、お前はおれと勝負したいと言っていただろう。
それを受けてやる。
正々堂々の戦いのため、おれの傷が癒えるのを待ってくれ」
リッジスの様子に怯えたアイザックは一騎打ちを申し込む。
「馬鹿か!
お前の腹を見ろ。ずっと剣を振ったこともあるまい。
そんな腹の出た男など戦う気も失せる。
貴様はまずこの世で地獄を見ろ!」
リッジスは獄吏に命じてアイザックを海老反りに縛り上げさせ、縛った腕から宙釣りにさせる。
この拷問は首と手足が屈折し、全体重が手にかかるため非常に苦痛を受けるが、限界を見定めれば決して死にはしない。
「やめろ!早く殺せ!」
苦痛に呻きながらかすかに言葉を発するアイザックを見ながら、リッジスは牢にいるフランソワに言う。
「お前が代わってやればその時間はアイザックを休ませてやろう。
おまけにお前にはこれより優しい逆さ吊りか石抱きでいいぞ。
どうだフランソワ。
俺を捨てて愛した男のためだぞ」
リッジスのその言葉を聞き、アイザックはフランソワに期待の目を向ける。
しかしフランソワは身震いして下を向くばかり。
「フランソワ、頼む!5分でいいので代わってくれ!
もともとリッジスへの反乱はお前が言い出したことじゃないか!」
アイザックの哀願にも彼女は耳を貸さない。
「お前たちは税を納められなかった民や反乱者に散々この手の拷問をしたと聞いたぞ。獄吏の慣れた手付きを見ればわかる。
俺が王のときは拷問用の獄吏などいなかった。
お前たちは拷問に耐えきれない者を我慢がないと嘲笑していたそうだが、人にしたことをされてどうだ」
フランソワやアイザックに罪に落とされた者達が牢から釈放され、見物に来ていた。
「ハハハ、いい気味だ!こんな直ぐに弱音を吐きやがったぞ」
「リッジス様、私の夫は鞭打ちで殺されました。
奴らに鞭打ちもしてください」
口々に彼らに呪詛を吐く。
アイザックは自分が弑虐した人々に見守られながら7日間様々な拷問でいたぶり尽くされ、苦しみながら息絶えた。
リッジスは裏切った部下の無残な死を次々と見てきたが、首魁であるアイザックへの拷問と苦悶を見て、復讐の甘味にも飽きが来たのか嫌気が差してきた。
しかしアイザックの死を聞き、ケジメとして死に顔を見に来る。
「アイザック、お前は優秀な男だと見込んで抜擢したのだが、何故こんなことになったのだろうな。俺に人を見る目がないのか、人の欲というのは果てしないのか」と言いながら、苦痛に満ちた彼の表情を見て目を瞑らせてやる。
アイザックの拷問とその死を近くで見せられていたフランソワは次は自分の番かと憔悴しきっていた。
しかしリッジスはその扱いに困っていた。
(もう復讐も飽いたが、そのまま死罪にしたのでは怨みを抱く者は収まるまい。しかしコイツとは副官時代から長い付き合い。その頃はよく尽くしてくれた。
拷問死させるのも寝覚めが良くない)
一方、これまでの被害者はフランソワにも復讐の美酒を求めてやまない。
そこへ隣国の軍に担がれている息子から手紙が来る。
フランソワを引き渡してほしいということであった。
現在、リッジスの軍は隣国の軍と睨み合っている。
その状況に触れていない息子の手紙を読んでリッジスは首をひねる。
(まあいい。
これで面倒な荷物を引き渡せる)
リッジスは息子がフランソワを修道院にでも押し込めるのかと思い、隣国の軍の撤退と退位を条件に引き渡すこととする。
難航するかと思ったその条件をあっさりと息子は呑む。
フランソワの引き渡しは、彼の退位の約定書と引き換えであった。
能面のような息子は、縛られたフランソワを受け取ったときだけ笑みが浮かんだ。
「お前、この鬼のような男から母を助けに来てくれたのね!
やはり母を愛してくれていると思っていたわ!」
フランソワの叫び声に応えることもなく、息子は退位の約定書を渡しなからリッジスに言う。
「リッジス殿、隣国の兵の撤退は今調整しております。
しばしお待ちを」
「わかった。
フランソワはどうするんだ?」
「それは私にお任せください。
無惨に殺された妻の恨みが晴れるようにしてやるつもりです」
それだけを言うと息子は去っていく。
リッジスも踵を返す。
隣国の王は兵を貸した貸しを多大な利子を付けて返さねば撤退すまい。
あの甘ちゃんの息子に説得できるはずもない。
しかし名目となる王位は奪い取った。
リッジスはこの流れでやむを得ず王に復位することとし、同時に隣国との戦の準備に忙しい。
10日程も経ち、息子から手紙が来た。
『隣国兵に引いてもらう準備ができたので、一度お会いしたい』
強欲の隣国王にどうやったのか?
リッジスにはその謎が解けなかったが指定の場所に出かけていく。
しかし息子の言葉は信じず、その場での暗殺や奇襲を警戒して密かに軍兵を周囲に潜ませ、合図とともに攻撃の手配を整える。
待ち合わせの場所に息子はいた。
二人で話をしたいという彼の望みを受けてリッジスは東屋に入る。
多少の人数に襲われても勝てる自信はある。
建物に入ると早々に息子は頭を下げて謝る。
「父上、ご迷惑をかけましたが、全ては済みました」
「何を言っている?フランソワはどうした?」
戸惑うリッジスは聞き返す。
「あの女は兵の慰み者として暫く働いてもらった上で、四肢を斬り便所に放り込んで人豚にしました。もう声も聞こえないので死んだのではないですか」
「なんと!
お前の母親だぞ!」
「そして、アイツに幼い頃から抑圧され、操り人形だった私に生きる意欲をくれた最愛の妻の仇です。
このくらい当然の処置です」
そう言うとせいせいしたように晴れやかに話す。
「この世に未練もありません。
父上の言うように私に政治の世界は無理でした。
あの時に父の言うことを聞き、本の世界に生きればよかった。
不肖の倅で申し訳ありません。
一つ最後にお願いです。
彼女の産んでくれたこの子をお願いします」
そして陰にいた幼い男の子を押し出してリッジスに押し付けると、東屋を飛び出し、周囲を囲む多くの人々に聞こえるように大声で言う。
「私は偉大な父リッジスの不肖の息子であった!
ここで父と国民に謝罪し、国政を混乱させた責任を我が命で償う。
隣国の方々にはすまないが、契約者たる私が居なくなるのでこれまでの約束は全て反古となる。さっさと故郷にお帰りいただきたい。
文句があればあの世で聞こう!」
彼はそのまま剣で自らの胸を差し、溢れる血とともに倒れた。
リッジスが駆け寄ると既に息絶えていた。
リッジスは遣り場のない怒りを滾らせ、連れてきた兵に命じる。
「なんの名目もなく我が国を侵す隣国兵を殺せ!」
何が起こったわからないまま、暫くは交渉の期間と油断していた隣国の軍はリッジスの軍や占領地の民衆の蜂起により襲撃され、多大な犠牲を払い本国に逃げ帰る。
リッジスは敵軍を国境まで追い返すと、王都に戻り現実と向き合う。
「ソフィア、これからどうしよう」
この時の相談相手は長年の付き合いであり、挙兵を勧めたソフィアしかいない。
オリバーとアメリア、更に息子の残した孫ノーランを抱きかかえながらリッジスは尋ねる。
「わかっていらっしゃるでしょう。
この子達が後を継げるまで王でいるしかありません。
大丈夫。この子達には王族と同じ教育をしてあります。
もう一人増えたけれど、この子も面倒を見ましょう」
微笑んで言うソフィアにリッジスは少しイラッとした。
「こいつらが使えるまで十年近くかかるな。一人では耐えられん。
ソフィア、共同責任で王妃となってくれ」
「いや私はマリー王女に仕える身、王妃になどもっての外。
そんな身分不相応なことをすれば、あの世で王女様に合わせる顔がありません」
固辞するソフィアを宥めすかし、なんとか応じさせる。
(お前達はしっかり真っ当に育ってくれよ。
居るかわからない神よ。最後にそれくらいは俺に幸運を与えてくれ)
リッジスは周りにまとわりつく3人の子供を見て、ケイトの裏切り以来初めて神に祈った。
今回で終わらせるつもりが…
なんとか次回で終わらせます。




