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裏切られ続ける男  作者: デギリ
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蘇った記憶と復讐の挙兵

故郷でのリッジスの生活は平穏であった。

荒れ果てながらもまだ残っていた生家の小さな館を自ら修繕し、そこを住居として領地の経営や揉め事の裁判を行う。

空いた時間で子供たちを野山に連れていき、釣りや狩猟、菜園や森林の手入れ、剣の稽古に汗をかく。

王都での権力闘争から解き放たれ、リッジスは健康的な暮らしを満喫する。


しかしながら、悩みのタネはケイトである。

彼女は当然にリッジスの妻であるかのように家に住み、家事に勤しみ、使用人に奥様と呼ばせる。

そして不可思議なことにあれだけ懺悔の手紙を送ってきた彼女が一言もそのことについて触れない。

今更謝って欲しいわけでもないが、どういうことだとリッジスは首をひねる。


ある日、ケイトから、「散々待たされたけれど、最後はビルがもどって来てくれて良かったわ。ビルも身分違いの王女様より息のあった幼馴染の方がいいでしょう」という言葉が出る。


??とおもったリッジスは遠回しに探りを入れる。

するとどうやらケイトの口ぶりでは、故郷で待っていた彼女を見捨てて、リッジスが王都で立身出世して王女を妻に娶り、絶望したケイトは修道院に入ったということになっているようだった。


(道理で悔いることも謝ることもなく、堂々としているはずだ)

リッジスは内々にケイトが入っていた修道院長に彼女のことを聞いてみる。

すると院で長年一人で思い悩んでいるうちに、強い後悔とリッジスへの恋慕が複雑に絡み合い、心の防衛のために無意識に記憶を操作したのではないかとのことだ。


「なにかの弾みで記憶が戻るかもしれませんが、ずっとこのままかもしれません。

心のケアのためには昔のタブーに触れないほうがいいでしょう」

医学も学んだという院長の言葉に礼を言って帰ったあと、リッジスは歯ぎしりをする。


(心の傷を受けたのは俺だろう。

加害者に配慮しろと言うのはおかしくないか)


しかし、あの頻繁に来ていた手紙のようにケイトから執拗に懺悔されるのも憂鬱だ。

迷うリッジスだが、だんだんに日々の生活に慣れていく。

もともと子供好きだったケイトは二人の子供を可愛がり、ギクシャクするリッジスを気にせずに世話を焼き、家族のような関係を築いていく。 

リッジスの憂鬱顔を、自分を捨てて王都に行った負い目だとでも思っているようだ。


そして意に介さず世話を焼くケイトにリッジスも慣らされていく。


(時の経過というのは恐ろしいな。

怒りで気が狂わんばかりだった女にも慣れられる)

リッジスは一人胸の中で述懐する。


確かに慣れてしまえば幼い頃から好みや習慣を熟知していた相手であり、生活をともにするのには便利である。


もっとも彼女の望む子づくりはできなかった。

寝取られた景色がフラッシュバックし、どうしても勃たないし、無理に続けられると吐き気がしてくる。

しかし、リッジスが何度断ってもケイトは夜の同衾を求めてくる。

それがリッジスの最大の憂鬱であった。


リッジスは近隣の修道院に子供を迎えに行くついでに、顔馴染の元の侍女長ソフィアと会って愚痴をこぼす。

彼女は王宮の奥を取り仕切っていた能力を買われて修道院の事務を扱うとともに、リッジスの子供に教育をしてくれている。


リッジスはディビットの子どもたちを養子として自分の跡を次いでもらうつもりであり、貴族の子弟に相応しい教育をソフィアに頼んでいた。

もっとも彼女は、田舎貴族の為以上の、王族用の高等教育をしているようで、リッジスはそれが気になったが。


「まあ、リッジス殿は相変わらず女難続きのようで、ご愁傷さま」

困り顔のリッジスの悩みを聞き、ソフィアは笑っていう。


「ソフィア、俺は困ってるんだ。

いっそあいつのやった裏切りを面と向かって言ってやるか」


「せっかくの平穏な暮らしを捨てるのですか?

リッジス殿が我慢すればいいでしょう」

ソフィアは笑ってそういった後、耳に口を寄せて囁く。


「新王の治世が乱れています。

貴族達は昔と同様に民に横暴を働き、不満を力で押さえつけています。

王も成長し、母の摂政や宰相アイザックとも不和を来たしている様子。

リッジス殿を懐かしむ声が街に溢れ出ているようです。

もうすぐ嵐が来て、また国政に担がれますよ。

それまで平穏な日々を愉しんだらいかがですか」


王宮に強い伝手を持つ彼女の言うことに間違いはあるまいが、リッジスはもう親しい人間の裏切りにウンザリしていた。


「勘弁してくれ。

そのくらいならケイトの夜襲を我慢して、ここで貧乏男爵で一生を終えたほうがマシだ」

そう言って子供たちと帰宅の途に着く。


その話からしばらくすると、田舎で人付き合いも絶たされていたリッジスの元にも行商人や領民から不穏な噂が聞こえてくる。

あちこちで暴政に反抗して一揆が起こっているとか、王都では摂政と宰相への反対運動が起きて王が親政を行おうとしているとか、民衆がリッジス前王を探し求めているなどというものだ。


そんな話を聞いてリッジスは密かに領内から脱出する道を探しておく。

フランソワやアイザックが禍根を絶たんといつ自分を殺しに来るかわからない。

自分はともかく、ディビット夫妻に託された二人の子供のため、領内外の見張りの眼を盗み、国外への逃げ道を確保しなければならない。


しかし、民の一揆や王宮の不穏な動きをフランソワとアイザックは力と謀で抑え込み、国とリッジス一家は危うい平穏を保っていた。


暫くが経ち、さすがのケイトも子づくりを迫るのを諦め、リッジスがほっとした頃、ある寒い雨の夜、リッジスの家のドアを激しく叩く者がいる。


「誰だ?」

ドアを開けたリッジスの前には疲れ切った若い男女の姿があった。

「父上、お久しぶりです」


よく見るとずっと以前に会ったきりの息子であった。

「これは僕の妻の王妃です」

「はじめまして、お義父様」


「さて、私はジョン・ドゥ。唯の貧乏男爵です。子供はここにいる二人だけ。

誰かとお間違えでは?」

リッジスの対応は氷点下の冷たさであった。


「父上、私の話を聞いてください」

ドアの外に追い出そうとするリッジスに王は取り縋る。


「ビル、外は雨だし朝まで泊めてあげたら」

ケイトが口を出す。


確かに二人とも疲れ切り、震えている。


リッジスはやむなく中に入れて温かい食事を提供し、一晩部屋に泊めることにした。

「これは見知らぬ旅人が困っているから手を差し伸べるだけだ。

明日には出ていってくれ」

と言い渡す。


王夫婦は頷くが、独り言を言わせてくれと言って、リッジスに話を聞かせる。

要は宮廷の権力闘争であった。

王母とその愛人のアイザックが権力を持ち続けていることに、王妃の実家などの貴族が反発し、王を担いでクーデターを企てるも事前に察知され、ここまで逃げてきたらしい。


「父上、いやリッジス将軍、民は摂政や宰相の暴政に苦しめられている。

彼らを倒すために立ち上がってくれないか」


「そうです!

建国の英雄ともあろうお方がこんなところで燻っているなど恥ずかしくないのですか。

あなたは民のために立ち上がる責務があります」

息子とその妻が滔々と述べるのを冷たい目でリッジスは眺める。


(今更何を言いやがる。

この様子では、息子は嫁の尻に敷かれて、立ち上がらされたようだな。

どこまでもしっかりしない奴。

おまけに母親への反抗まで人の手を借りたいとは、情けなくて涙が出る)


奥にいる二人の子どもも冷たく眺めている。

ケイトはどこかに行ったのか姿が見えない。


息子たちは一通り熱弁を振るうと長旅で疲れたのかウトウトする。

リッジスは無言で部屋に案内した。


翌早朝、ドアを激しく叩く音がする。

「うるさい!」

剣の稽古を終えたリッジスがドアを開けると、百を超える程の武装した兵が囲んでいた。

その前にいるのはフランソワとアイザック。


「お久しぶり。

田舎者には田舎が合っているようで元気そうね」

フランソワはリッジスに話しかける。


「お前に話すことなどない。

それとも俺を殺しに来たのか」

リッジスは剣を構える。

田舎暮らしでも剣は磨いていた。昔より力がみなぎり、百名でも勝てる気がする。

そんなリッジスの覇気に当てられたのか、フランソワは慌てて言う。


「そんなに肩肘張ることはないわ。

可愛い坊やを迎えに来ただけよ」


そして家の中で立ち尽くす息子に呼びかける。

「可哀想に、そんな女狐に騙されて。

今度はもっといい女の子を宛てがって上げるわ」


「やめろ!

彼女に手を出すな!」

王は叫ぶが、アイザックが指揮して王と王妃を兵が連れ出す。


「助けて父上!」

息子の呼びかけにリッジスは反応しない。


「アイザック、久しぶりに立ち会わないか?

随分と横に成長したじゃないか。鍛えてやろう」

すっかり腹が出た昔の部下を挑発する。


「ふん、貧乏男爵の分際で宰相に何を言う。

無礼だぞ!」


「この多数の兵でかかってくるか。

冥土の土産に俺がどこまで倒せるか、お前に見せてやろうか。

まず貴様から殺してやるがな」

リッジスとアイザックの殺気をはらんだ睨み合いに、フランソワが口を出す。


「アンタは子供を育てるまで死ねないのでしょう。

むやみに反抗せず静かにしていれば見逃してあげるわ」


「チッ

ところで何故ここにいると解った?」

リッジスの疑問にフランソワはニヤリとして答える。


「アンタの妻と言い張るこの女が知らせてきたわ。

アンタの側に置く代わりに、来客があれば知らせることが条件だったのよ。

裏切り者は何度でも裏切るということね」


リッジスがフランソワの言葉を聞いて、部屋の片隅にいたケイトを睨むと、彼女は膝を付いて頭を抱えていた。


「裏切り、何度でも裏切る?

それは私のこと?

私は何をしたの?」


リッジスがケイトの側に行く間に、フランソワとアイザックは王夫妻を引っ立てて去っていく。

その去り際にフランソワは「その二人の子供は王都で教育して上げる。そのうちに引き取りに来るわ」と言い残す。


「僕たち、王都に行くの?」

その言葉に不安げな子供たちを抱きしめ、リッジスは言い聞かせる。

「誰が何を言ってきても、父さんがお前たちを守ってやる。

心配するな」


リッジスが不安げな子供たちを落ち着かせて部屋に連れて行ったあと、ケイトの様子を見に行くと、寝室で彼女は手首を切り、膨大な血が流れていた。


「ケイト、しっかりしろ」


「ビル、ごめんね。

全部思い出したわ。

なんであんなに反省したのに忘れていたんだろう。

そりゃあんな裏切りをしたアタシなんて抱けるわけないよね。

それなのに今まで一緒に暮らしてくれてありがとう。

もし生まれ変わって一緒になれれば絶対に今度は裏切らない。

ビル、あなただけを愛しているわ」

そう言うとケイトは事切れる。


(確かに裏切ってくれたが、それ以外のお前はいい妻だったよ)

リッジスは子供たちとともにケイトを葬る。


そしてその数カ月後、修道院のソフィアから、王妃が処刑され、その後に王が姿をくらませたこと、そして王が隣国の軍を借りて王都に攻めてきたことを聞かされる。


同時にソフィアは言う。

「リッジス殿、王都からあなたに追手が放たれたようです。

隣国との戦争に加えて、後方からあなたに蜂起されては一大事と思ったのでしょう。

そしてこれは好機でもあります。

この機会に兵を挙げ、フランソワやアイザックに復讐されてはいかがですか」


リッジスは迷った。

復讐したい気持ちは山々だが、それは二人の子供を戦火に巻き込むことになる。


彼の行き先を決めたのは子供たちの言葉であった。

「お父さん、あいつらをやっつけてよ。

僕も一緒にやっつけてやる!」


「ディビットお父さんとお母さん、それにケイトお母さんもアイツらが殺したんだよ。

お父さん、仇を取って。

私達なら心配いらないわ。

お父さんと一緒なら敵に討たれてもいい。

もう逃げるのはやめて」


「オリバー、アメリア!」

リッジスはその言葉で決意した。

そして数日後、王都からの討手の兵はリッジスの館の燃え跡だけを見ることになる。









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― 新着の感想 ―
[良い点] この3人も裏切るのか… いや、デイビット達は死んだだけで裏切ってないからワンチャンある
[一言] と う せ ま た 裏 切 ら れ る
[一言] 敵国である隣国に自国を売り渡す同然の行為をするわ、父親に縋りついて一人で立てないわ、とても主人公の息子とは思えん、不倫してできた子の方がまだマシ。 ケイトは自殺したのが許せんな、罪から逃れる…
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