クーデターと思わぬ再会
ドアを破り、寝室に押し込んできた黒装束の男達をリッジスは軽々と斬り伏せる。
「俺を誰だと思っている?」
「流石はリッジス将軍、いや王陛下ですか」
兵を従え、入ってきたのは片腕と思っていたアイザックである。
「お前には将軍位を与え、ディビットを助けてやってくれと頼んだはず。
何が不満だ?」
リッジスの問いかけにアイザックは激したように言い募る。
「何故おれがディビットの下に立たねばならん?
おれのほうが戦果は上げた。
アンタの身内贔屓が無ければおれが王のはずだ!」
「お前は戦果は上げたが兵の犠牲を出しすぎる。
これでは政治は無理だ。
悪いことは言わん。ディビットを支えて将軍として更に精進しろ」
「ハッ、老いぼれの説教はもう十分だ!
お前に不満の連中はいっぱいいる」
そして入ってきたのはリッジスが貴族に取り立ててやった部下たち。
「リッジス様、せっかく貴族にしてもらったけれどアンタはうるさすぎる。
オレの領地の女をオレが好きにして何が悪い」
そう言う男は領内の人妻を手籠めにしたため、その夫からの訴えを受けてリッジスが鞭打ちの上、領地を取り上げた男。
他にも高い税を課して贅沢三昧に耽った男や、娼館に居続け領内を放置した男などリッジスが罰した男たちが並んでいる。
「「俺達はせっかく出世したんだから好きにやりたいんだ。
真面目に領地を治めろ、贅沢するなとアンタはうるさすぎる。
それでアイザックにつくことにした」」
更にその後ろからはフランソワが現れた。
「やはり黒幕はお前か。
副官の時から陰謀が得意だったからな」
そう言うリッジスをフランソワは嘲笑する。
「信頼していた部下に裏切られた気持ちはどう?
自慢の子飼いの部下だったのに、みんな偉くなると自分の利益が大事なのよ。
いつまでも清廉潔白なアンタに付き合えないの。
わかったかしら」
勝ち誇った妻の顔を見ながら、リッジスは腕を鳴らして面白げに言う。
「わかった。
それで俺はここで斬り死をすればいいのか。
老いてもまだまだお前らには負けん。
どれくらい腕が上がったか見てやろう。
アイザック、お前からか?」
やる気満々のリッジスに部下たちは後退りする。
リッジスの腕は十分すぎるほどに知っている。
アイザックはリッジスの殺気に冷や汗をかきながら言う。
「早まらないでくれ。
アンタに死んでもらうつもりはない。
王を引退し望んでいた隠居生活をしてくれればいい」
それを聞きリッジスは殺気を収める。
「わかった。俺だって好きで王位にいるんじゃない。
ではディビット一家とともに田園生活を愉しむか」
「クックック」
アイザックはそれを聞いて笑い出す。
「アンタはおめでたいな。
オレの警戒する相手はアンタよりもライバルのディビットだ。
それを放置してここに来るわけがあるまい。
見ろこれを」
後ろの兵が持ってきた袋の中からアイザックが取り出したものはディビットの首であった。
「貴様!
同じ釜の飯を食い、苦労を分かち合った仲間を殺したのか!」
リッジスは先程とは比べ物にならない殺気を放つ。
今にも刀を抜かんとするリッジスに、後退しながらアイザックは呼びかける。
「待て、あれを見ろ!」
離れたところにいるフランソワの前には幼い二人の子供。
リッジスがよく遊んでやったディビットの子供である。
そしてフランソワはその首に短刀を当て、子どもたちは「リッジスおじさん、助けて!」と泣いている。
「オリバーとアメリア!
彼らに手を出すな」
リッジスは叫ぶ。
「アンタがアイザックの言う通りにしたら、この子達も安全よ」
「そうだ、リッジス聞け。
ディビットの屋敷を何重にも手下に囲んでやった。
それでも奴は襲ってきた兵を斬りまくり、危うく逃亡されるところだったが、おれが、逃げればリッジスの屋敷に火をかけ焼き殺すと言ったら、おまえの命を救うという約束を自刎した。あいつの妻もそれを見て、その子達をお前に頼むと言って隣で自裁した」
リッジスは、ディビットと可愛らしい少女のようなその妻を思い出し、「バカが、この老いぼれなど見捨てれば良いものを」と言いつつ涙を流す。
「本当ならお前の命ももらうところだが約束だ。見逃してやる。
代わりに市民や兵たちに演説してもらう。
内容はこうだ、隣国の暗殺者によりディビット夫妻が殺され、自分も負傷した。後は王子を後継の王とし、摂政を王妃に、宰相兼大将軍にアイザックを任じ、自分は慰霊に巡礼の旅に出ると言え」
自分たちに都合のいいシナリオに俺を演じさせるのか、リッジスは馬鹿馬鹿しくなるが、ディビットの遺児のためにピエロを演じることとする。
「好きにしろ。
ただしその子達に指一本さわるな」
リッジスは、まだ短刀で子どもを脅しているフランソワのすぐ横の柱に刀を投げつける。
「ひっ!」
荒事から離れて久しいフランソワは、すぐ横に突き刺さる刀を見て腰が抜けたように座り込むが、アイザックに手を取られて部屋を去る。
「アイザック、俺のお古だが、仲良くしてやってくれ」
リッジスの皮肉に返ってきたのは舌打ちだった。
リッジスが約束通りの演説をして、泣いて引退を止める兵や市民と別れ、遺児たちと部屋に引っこんだところにアイザックとフランソワ母子が来る。
「新王に摂政殿下、それに宰相閣下。
我らは今後どこに巡礼に行けばよいのか」
リッジスは皮肉たっぷりに言う。
「安心しろ。巡礼には行かずと良い。あれはお前が国内にいると知ればうるさいからだ。
貴様らに落ち着ける場所を確保してある」
アイザックの言葉に続いて、フランソワも笑いながら言う。
「アンタにピッタリのところよ。
そうそう名前はジョン・ドゥにしてね。
なんとか食べていける痩せた領地と男爵位も用意したわ。
アンタはスタートの貧乏男爵に逆戻りよ」
今更富にも栄誉にも興味のないリッジスは気にもとめないが、一言我が子の新王に声をかける。
「おい、いつまで母親の人形でいる。
王というのは国のすべてを背負うことだ。
その覚悟なくして地位に居るのならお前にも国にも不幸しか呼ばないぞ。
最後の父の言葉をよく覚えておけ!」
「うるさい!
この子には前の王家の血を引く公爵家の娘を嫁にもらう。
私が筋書きを立てて、最高の血筋を引き王の権威を確立するのよ。
アンタにはもう関係のないこと。
僻地で私達の王家の輝きを眺めてなさい!」
新王は何も言わずに代わりにフランソワが金切り声を立てる。
リッジスはその言葉を聞こうともせずに、子供たちの手を引き用意された馬車に乗り込む。兵たちが厳重に囲んでいる。
そしてそこには侍女長も同乗していた。
「王妃様の歳費を出さなかったのでご機嫌を損ね首になりました。
リッジス様の近くの修道院で姫様の慰霊に勤めます」
という彼女の表情は以前と変わらず平静である。
リッジスは幼い子供たちの養育に彼女の力添えを頼む。
そして何日後、馬車が停まった。
リッジスが降りると見覚えのある景色である。
「ここは…」
そこはリッジスが捨てた生まれ故郷。
呆然とするリッジスに声をかける者がいる。
「ビル!会いたかったわ。
あなたともう一度暮らせるなんて夢のよう。
修道院に居たら、王妃様がビルと暮らせるように段取りしてあげるからおいでなさいって。
なんていい人なのかしら!」
そこにははるか昔に浮気して別れたケイトがいた。彼女は年老いた姿で待ち構え、リッジスに抱きつき、そしてフランソワから預かったという手紙を渡す。
『昔の恋人と会えて嬉しいでしょう。
まだ時々夜にうなされていたものね。
彼女と仲良く暮らしなさい。もし彼女を追い出すようなことをすればその子達の命はないわ』
(フランソワ、お前の悪意を存分に感じるぞ。
これは最高に地獄の場所だ)
すべてのことに達観しているつもりのリッジスも、悪夢の場所でその相手と暮らすこととなるとは想像を絶していた。
頭が白紙となるが、不安げな子どもたちに手を引かれて我に返る。
(ああ、俺はこの子達の命をディビット夫妻から預かった。
石にしがみついても彼らの成長までは生きなくては)
ケイトはその子達を見て、眼を鋭くする。
「まさかあなたの子供じゃないわよね」
「義弟の子供、俺の甥姪だ。
親が亡くなったので俺が育てる」
その言葉にケイトはニッコリする。
「いいわ。
私も育てるわ。子どもを育てたかったの。
でもビルとの子どもも作りたいわ」
リッジスはその言葉にゾッとする。
ケイトの表情や言葉に狂気を感じ、今後の生活が思いやられて仕方がなかった。