表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
裏切られ続ける男  作者: デギリ
5/9

意に沿わない即位と結婚

王女の死は、リッジスに大きな衝撃を与えた。

ようやく巡り会えたと思った相愛の相手が自分を庇って目前で死に、しかも死に際に愛を言った相手は自分ではない男だった。

何度も裏切られたリッジスにもこれはこたえた。


第一王子の残党の征討で日中は兵の先頭に立って敵を斬り伏せていたが、夜になると王女やその前の女達との触れ合いと裏切りを思い出し、切歯扼腕する。


そのリッジスが唯一近づけたのがエリスの弟ディビットである。

残党討伐が終わった時、リッジスが「もう生きている甲斐もないな」と呟いた時、ディビットは泣いて怒った。


「ビル兄さん、僕は両親も姉も死に、頼るのは兄さんだけです。

僕を引き取った兄さんには僕が大人になるまで育てる義務があります。

死ぬなんて言わないでください!」


それを聞いたリッジスは苦笑する。


「ディビットの言うとおりだ。

お前が一人前になるまで頑張るとするか」


そしてリッジスを手伝いたいというディビットの希望を聞き、騎士見習いにつけて、軍務に従事させる。

彼には軍事の才能があったようでメキメキと頭角を現わす。


国内の平定が済んだリッジスだが、王位をどうするかという問題があった。

正統な王位継承権を持っていたのは王女であり、リッジスはその夫に過ぎない。

王女亡き今、リッジスに王位の資格はないという意見が貴族には多い。


リッジスにも王位に執着する気はさらさらなかった。

適当な王家の縁者に王の座を渡すつもりだったが、リッジスと苦楽をともにした子飼いの軍はそれを承服せず、リッジスを王にとの声を上げ、良好な治安を求める民衆もそれに同調する。


しかし、王家一族と大多数の貴族は、貧乏男爵上がりが王などとんでもないと激しい不満を持っていた。

そして、リッジスを王にという声の高まりとともに危機感が強まり、ついに王家の血を引く隣国の王に介入を求めた。


内戦の続く王国を狙っていた隣国王は大義名分を得て、ここぞとばかりに軍を攻め込ませた。

思わぬ敵兵にリッジスは動揺するも、強敵との戦いに生き甲斐を見出したかのようにいきいきと軍を率いて出陣する。


戦いは当初の大軍の奇襲により、リッジス軍は大きく退却することを余儀なくされていたが、隣国兵の略奪暴行に憤った民衆の蜂起を契機に、泥沼のゲリラ戦に持ち込み、敵の補給や休養するところを狙い、粘り強く戦いを続ける。


リッジスは、あちこちでの敵への襲撃に若手を起用するが、その中でも叩き上げの軍人アイザックと義弟ディビットはリッジスの両腕と称され、大きな殊勲を上げる。


隣国王は予想外の長期戦と戦費の増大に苛立ちを募らせ、出征の指揮官に解任をちらつかせて早期の勝利を強く要求した。

リッジスは敵軍の焦りを見透かし、最後は自らをえさにして山岳地に引き摺り込み、四方から包囲して敵軍を殲滅した。


そして逆に隣国への攻勢を行うと、腰の引けた敵王との和平交渉を有利に進め、領地の割譲や賠償金を奪い取ることに成功する。


故国に凱旋したリッジスを王に擁立することに異論を挟む者はいない。


もっともリッジスはこれを機に田舎での隠退を希望していた。

そもそも政治のことに興味もなく、後を継がせたい子供がいるわけでもない。

ディビットも一人前の立派な将校となった。

もはややりたいこともなく、余生は田舎で狩りや釣りを愉しむ生活が希望であった。


ディビットに言うと、長年の彼の苦労を見てきたためか賛成してくれたが、副官や他の部下は、リッジス以外に国を治める人物はいない、私達を見捨てるのかと強く引き留る。

部下への情に厚いリッジスはため息をつき、暫くの間という条件付きで王位に就くことを承諾する。


王となったリッジスが行ったことは、まず苦労をともにした部下への恩賞である。

味方となった一部の貴族を除き敵方の貴族を追放し、部下を功に応じて、貴族の位と領地を与える。

副官と相談して部下へ与える褒美を決めると、彼らに順々に言い渡していく。

喜ぶ部下の顔を見て、リッジスも笑顔となるが、最後に残ったのは副官である。


「フランシス、長い間よく仕えてくれた。

最初は王からのスパイかと思ったが、誠心誠意頑張ってくれて感謝している。

それで褒美だが、お前の家は伯爵だったな。

侯爵に上げて、所領を三倍としよう。

他に望みがあるか」

リッジスの問いに副官は答える。


「実は、長い軍隊生活で結婚相手を探す暇がなく、配偶者をお願いいたします」


「それは悪かった。

誰か好きな相手がいるのか。

どんな相手でも俺ができることはしてやるぞ」


副官はニヤリと笑い、言う。

「言質を取りましたよ。取り消しは認めません。

実は我が家には男の子が生まれず、娘の私が男子のふりをして世子となっていました。本当の名はフランソワです。

早めに相手を見つけて子を産み、後を譲る予定でしたが、思わぬことで軍生活が長くなり、急いで相手が必要です。

リッジス将軍、いや王よ。

私の夫になってください」


思わぬ発言に呆然とするリッジスに副官は服の前をはだけて小さいが膨らみある胸を見せる。

「それともこんな女らしくない女は嫌ですか」

いつも冷徹な副官の思わぬ行動に、リッジスは動揺する。

言われてみれば、最初ナヨナヨして男らしくない奴だと思っていたし、顔立ちも女らしく思えてくる。


「しかし、お前も知っている通り、オレは何度も女に裏切られていて、もう女を愛することはできないと思う。

他の相手を探したほうが良いだろう。

誰であれ、俺が首根っこを押さえて承諾させてやる」

リッジスは彼女の申し出を断った。

もう自分に女と一緒になる気持ちが枯れ果てていると思っていたからである。


「いや、是非にリッジス様にお願いします。

先程、何でもすると言われましたよね。

愛がなくても構いません。貴族の政略結婚はそんなものです。

愛よりも利害が一致し家が存続することが大切です。

リッジス様が相手なら誰よりも我が家は安泰。


それに私は長くリッジス様にお仕えしました。

お互いのことをよく知っており適任だと思います」


そういう副官の言葉に、上司と部下の関係で仕事をともにすることと結婚生活は別だろうとリッジスは思うが、彼女を長く軍に拘束したのは自分であり、先程言質を与えたことも加わり、強く断りきれない。


「そこまで言うならやむを得ない。

しかし上手く行かないと分かれば早めに別れよう」

力なくリッジスは承諾した。


リッジスの婚姻を一番喜んだのはディビットであった。

「ビル兄さん、おめでとう。副官さんが女とはびっくりしたけど、これで子供もできれば兄さんも落ち着けるね」

リッジスは、笑顔で話しかけるディビットを見て、恩賞のための愛のない政略結婚とは言えなかった。


「兄さん、僕も結婚しようと思うんだ。

相手は昔に隣りに住んでいた幼馴染。彼女も騎士の娘で僕と話も合うんだ」

リッジスの義弟で、軍の若手幹部であるディビットには多くの有力者が娘を紹介しようとしていた。

ディビットはそういう政略結婚を断り、子供の頃から好きだった幼馴染を選ぶ。


「それはおめでとう」

リッジスは彼を祝福するとともに、自らの幼馴染ケイトを思い出し、裏切られないようになと言いかけて慌てて口を閉じる。


幸せいっぱいのディビットには余計なことだと感じたし、自分だって浮気の現場を見るまではそんなことを言われても余計なことを思ったに違いない。

リッジスは、ディビットが自分と違って幸せを掴んでくれることを祈る。


リッジスは結婚前にエリスとマリー王女の墓参りに行く。

そんな義理もないのだが、過去に愛を誓った彼女達になんとなく仁義を切ったほうがいい気がしたのだ。


ついてくるのはディビットと元王女の侍女の侍女長のみ。

侍女長は王女の死後行くところもなくなり、修道院で王女の冥福を祈りたいと願ったが、引き続きリッジスが奥向きのことを取り仕切るように頼んで使っていた。

王女を亡くし欲得もなく半ば世捨て人のような彼女はリッジスにとってはいい相談相手となっていた。


エリスの墓は両親の墓とともに、ディビットが作ってよくお参りしていた。

彼女は厳密に言えば反逆者だが、リッジスは黙認している。


マリー王女の墓については、当初彼女の遺志を汲んでリッジスはエヴァンズと一緒に葬ろうとした。

しかし、侍女長が「姫様が本当に愛していたのはリッジス様です。最後の言葉は朦朧とした中で罪悪感から言ったもの。気にする必要はありません」と強く言い立て、彼女だけの墓としたものである。


それぞれの墓の前でリッジスは心中で呟く。

(お前たちともっと長く一緒にいれば、仲睦まじい夫婦として愛を育めたかもしれないな。

申し訳ないが、義理立てで結婚することになった。

愛はないかもしれないが、できれば仲良くやっていきたいと思っている。

許せ)


リッジスの心の整理が済むと、即位と結婚が行われ、リッジスは王位と妻を得た。

王となっても政治経験のないリッジスは有能な家臣を取り立て、政治を任す。


彼が彼らに最初に言ったのは

「戦が続き民は疲弊している。

王宮などは雨漏りがしなければ良い。

税を安くし、犯罪への罰則を重くしろ。

俺が王である間は、殺人、盗み、姦通は死罪だ」と言うことであった。


リッジスは王となって半分廃墟と化した昔の王宮を修理して暮らしていたが、予想外だったのが妻となったフランソワの動きであった。

リッジスは、彼女が女候爵として自領にいるものと考えていたが、王都で王妃として振る舞う。


「お前の夫になるとは言ったが、王妃にすると言った覚えはない。

そもそも王位だって適当な後継がいれば俺は隠居する」

というリッジスに、フランソワは言い返す。


「王の妻が王妃になるのは当たり前です。

王国の政治は私も担いますので、勝手なことはなさらないで」


二人の口論は水掛論となるが、王都にいる彼女は自然と王妃の扱いを受ける。

しかし、リッジスは侍女長に指示して王の収入から王妃費を出させず、彼女の所領から出させるようにした。

それでは彼女の望む威厳ある王宮や王家らしい装飾などは難しい。


フランソワは不満であった。

彼女は大貴族の出。

王や貴族にはそれに相応しい威厳を示す生活が必要だと考えて、自分に王妃にふさわしい待遇と権力を当然のこととして求める。

そして貧しい男爵出身のリッジスがそのことに理解を示さないと、育ちが悪い夫を見下し、隔意を置くようになる。


(やはり仕事は一緒にできても、ともに暮らすことは難しいな)

一度承諾した婚姻を早々に破談にするのはよろしくないと、リッジスはフランソワが文句を言うたびに、数え切れないほど話し合いを重ねて、妥協しながら王と王妃のあり方を探る。


やがてフランソワに男の子が生まれた。

それを機に彼女は更に政治に口を出し始める。

リッジスに権威を高め、他と懸絶した権力を持ち、王子に継承するように求める。


リッジスも初めての我が子を可愛がろうとするが、王妃は我が手に抱え込むように育て、手を出ささせない。そして甘やかされ、気弱に育った王子が成長して、リッジスが武芸を教えようとしても嫌がった。


(こいつは俺とは違うな)

何度も武芸や狩猟など野外の活動の楽しさを教えようとしたリッジスだが、王宮で本を読むことを好む息子とは肌合いが合わないと思わざるをえない。


子どもが懐くこともなく、また顔を見れば王の権威を説教する妻に嫌気が差し、リッジスは田舎の別荘に引っ込むことが多くなる。

もう離縁かと覚悟したリッジスに舞い込んだのは、隣国の再侵攻であった。

再び軍を率いたリッジスだが、久しぶりの軍務に年齢を感じ、後継者となる人物を探し始める。


自らの子である王子も出征させてみるが、思っていた通り、戦場の景色に恐れおののき、王宮への帰還を願う。そんな息子を見て、軍務を務めるのは無理だと早々に見切りをつける。

そうなると、両腕と言われるアイザックと義弟ディビットが浮上する。


部下の犠牲を問わずにひたすらに最大の戦果を求めるアイザックに対して、ディビットは味方の犠牲を最小限としつつ戦いを優位に進めるやり方を取る。


(どちらも必要なやり方だが、王になるのであれば民に多大な犠牲は課せられない)

リッジスは彼らを巧みに使いつつ、敵軍を撃破し、和睦をまとめる。


凱旋後、リッジスは王妃と王子、重臣を集めて、内々の会議を開き、自らの隠退と後継者をディビットにすることを発表する。


「隠退したいなら勝手にすればいい。

だけど次の王はこの子です!」

フランソワが鬼のような形相で叫んだ。


「今回は勝ったが、また隣国といつ戦争になるかわからない中、戦場にも赴けないのでは王は無理だ。

お前の持つ侯爵位を継がせて、読書を楽しむのがこの子にとっても幸せだ」

リッジスは諄々に説くが、フランソワは納得しない。

王子は下を向いて何も言わない。


一方でディビットは強く固辞し、自分が王子を支えると言い続ける。


埒が明かないと見たリッジスは、「これは俺の決定だ。従わない者は兵を挙げて掛かってこい」と言い放ち、話を終わらせる。

憤然としてフランソワは王子を連れて退出し、リッジスは重臣達とともにディビットへの説得を続け、なんとか彼を承諾させた。


やれやれと安心したリッジスを数日後の夜、何者かが襲撃する。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 腐乱粗悪の子供は企ン坊?(• ▽ •;)(マァ、愛雑苦とのお約束で。)
[一言] ここまで頼りになる漢を裏切るしかないなら、もうこの国終わりだよ。 その辺の幼児引っ張ってきて仕事任せた方がマシでは。
[一言] 隠居したいと言ってる主の意向を何度も無視して神輿を引っ張り回す部下たちはある意味最大の裏切り者と言える ぶっちゃけ無関係なやつのほうが信用できそうなくらい、周囲に『敵』しかいない気がする …
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ