王女との結婚
それからのリッジスは以前にもまして戦場に赴き、先頭に立って危険な戦い方を行うようになる。
親しい友人や部下からは、自殺行為かと疑われるほどであった。
そんな中、リッジスは王に呼ばれる。
王女との結婚式を急ぐようにとの督促である。
女性不信、まして遊びにうつつを抜かす王女に会いたくもなく、リッジスは戦で忙しいことにかこつけて婚姻の話を放置していた。
一応は王女への手紙を偶に出していたが、彼女からの便りもなく、自然消滅を願っていたが、王は忘れていなかったようだ。
「王女との婚姻を急げ!
いつまで待たせるのだ!」
王の言葉にリッジスは反論する。
「お言葉ながら、陛下からは火急の戦闘を立て続けに命じられました。
臣はその命に従ったのみ。
加えて言えば王女殿下もこの婚姻はお望みでないと察します」
暗に取り止めにせよというリッジスの言葉に王は激怒した。
「この馬鹿者が!
取り立ててやった恩も忘れよって!」
王は持っていた短刀を鞘ごと投げつけ、それがリッジスの額に当たり流血する。
周りは慌てるが、王もリッジスも全く動じない。
どうにでもなれというのがリッジスの気持ちである。
彼の表情を見て、王は言い放つ。
「戦闘は部下にでも任せろ。
婚姻は1ヶ月後だ。余からも王女に申し渡す。
うまくやれ」
リッジスは無言で頭を下げ、退出する。
王はそれを見て、溜息をつき愚痴をこぼす。
「アイツも昔はもっと素直だったものを。
しかし、余の庇護があってこその将軍職。
立場は弁えておろう。
まあ念のために鎖を付けておくか」
リッジスは軍に戻ると、直ぐに王からの命令として副官が派遣される。
見たところ、身体つきは細く、女と見間違うような美青年であったが、軍学校を抜群の成績で出た貴族の子息という。
(俺が信用できないとお目付け役を派遣したか)
リッジスは不愉快であったが受け入れるしかない。
副官に見せつけるように、敵国との紛争地域に砦を築き、部下に自分が戻るまでそこを守備するように命じる。
そして自分は王都に赴き、婚礼の準備を行うこととする。
しかし軍人生活しか経験のないリッジスに貴族の婚礼などわかるはずもなく、王女の下に相談に出かけてもナシのつぶて。
困ったリッジスに助け舟を出したのは副官であった。
名門貴族の出身らしく、テキパキと婚礼の支度を整え、王や王女との調整も行う。
(なるほどこいつは婚礼のために派遣されたのか)
リッジスは安堵し、副官に感謝したが、彼は冷然と「これも仕事です」と答えたのみであった。
婚礼当日、リッジスは副官から事前に渡された詳細なマニュアルに従い、煩雑な手順をきちんとこなす。
成り上がりのリッジスの失態を嘲笑おうと待っていた大貴族たちは当てが外れてがっかりした。
「リッジス、よくやったな。
さすがは余が見込んだ男。
今後は貴様も王家の一員。これまで以上に働きを期待するぞ」
王は周りに聞こえるような声でそう言うとともに、リッジスの耳元で密かに話す。
「王女とうまくやってくれ。
王女に子が生まれればすべてお前の子だからな」
王の言葉に、式が無事に終わったとリッジスはホッとするとともに、失態のないように気をつけるあまり、新婦である王女をほとんど見ていなかったことに気がつく。
そして耳元で囁かれた言葉の意味に首を撚るが、直ぐにそれは氷解した。
式後、王女に与えられた豪華な屋敷に赴いたリッジスは湯浴みをし、衣装を着替えて寝室にて王女を待つ。
しかし、王女はいくら待てどやって来ず、侍女に案内された寝室は、よく見れば小さく、調度用品も貧相でこの屋敷の主人のものとは思えない。
そして、少し離れたところから賑やかな物音がする。
リッジスは寝室を出て、物音のする方に隠れて歩く。
その音のする大広間では乱痴気騒ぎが行われていた。
中央の大きなソファーには王女らしき若い女が座り、周りを跪く若い男達が取り囲み、王女に酒を注ぎ愛想を振りまく。
ソファーの前の一段高い台では、美少年が踊りを披露していた。
「姫様、婿殿が寝室にてお待ちですが」
やや年嵩の侍女が王女に声をかける。
つまらなさそうに酒を飲み、ダンスを見ていた王女は侍女を見もせずに言い放つ。
「放っておけ。
父王からこの生活をするなら形だけでも婚姻しろと言われたから結婚式を挙げたのみ。
もう奴に用はない。従卒の寝室で寝かせておけば身分もわかるだろう。
それより、今晩は誰が妾を愉しませてくれるのだ?」
王女の言葉に周りの男達は一斉に色めき立つ。
「「今晩は、是非私に!
姫を満足させて見せます」」
男達の言葉に王女は嫣然と笑う。
「言うたな。
妾が満足できなければ宮刑だぞ」
そこまで見たリッジスは与えられた寝室に戻る。
万が一、王女や侍女がここを覗いたとき、王女を待たずに寝ていたと言われることを避けるため、彼は明け方まで起きて待ち、陽が昇るとともに武装すると寝室を出る。
大広間では酔い潰れて寝ている男娼やダンサー、隅のソファーでは裸の男女もいた。
リッジスは行く手にいる彼らの首や急所を踏みつけて歩んでいく。
首が折れて死んでいく者、急所が潰れて悲鳴も出せずに気絶する者が彼の後ろに放置される。
ようやく気づいて襲いかかる者には一撃で斬り殺す。
リッジスは逃げようとする侍女を捕まえて、王女の寝室を聞き出す。
彼は王女の寝室の前で守る護衛を斬り、扉を開ける。
中には数人が寝られそうな巨大で豪華な寝台があり、王女が数人の男と寝ていた。
「我が妻、王女殿下、別れのご挨拶に参りました!」
リッジスの大声が響く。
「何事か!」
突然の出来事に騒ぐ王女に近づくと、リッジスは言う。
「おや、昨晩寝室にお見えにならなかったのは王家のお仕事で忙しかったかと推察しましたが、暴漢に襲われていたとは。
このリッジス、拙い腕ではありますが夫として妻を守るために立ち向かいましょう」
言うが早いか、寝台の寝ぼけ眼の男達をたちまち斬殺する。
「それではこれにて。
生まれた子はすべて我が子にしていただき結構。
もはやお目にかからないことを心から祈っております」
そう言うと、リッジスは足早に立ち去る。
背後から「待て」という声が聞こえたかもしれないが気にもとめない。
リッジスにあるのは、己を小馬鹿にされたことへの怒りのみ。
あとで王女から王に報告されて、処罰されようが知ったことではなかった。
この汚れた場所を一刻も早く出て、軍の仲間の元に戻りたい、その気持ちが彼を急がせる。
血の匂いが漂う中、殺気の籠もる彼に近づく者はなく、馬小屋に繋いである馬にまたがると、リッジスは早朝の王都を疾駆し、自らを待つ軍へと帰っていった。