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裏切られ続ける男  作者: デギリ
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出世と故郷と裏切り

「リッジス将軍、今度の戦争における功績は目覚ましいものがあった。

その功により、グリーン領を与え伯爵に叙する。

それとともに我が娘マリーを降嫁させる」


ビル・リッジスは王の言葉の前半を聞き、これまで厳しい王の酷使に応えて、命を懸け身を粉にして戦い続けてきた甲斐があったと喜んでいたが、その最後の言葉を聞いて真意を悟る。

(これは悪名高い姫の押し付け料だ!)


マリー姫といえば、その浪費癖と男癖の悪さで有名だ。

少女時代は美しく清楚で賢明という噂だったが、年頃になりそろそろ結婚相手が噂される頃から悪評しか聞かなくなる。

軍務に専念していたリッジスにも聞こえるくらいだから宮廷中の者が知っていることだろう。


王からの強い圧力で数年前にはザノ公爵に嫁入りしたものの、彼女の身持ちの悪さから大喧嘩となり公爵家から離縁されるも、愛娘を追い出された王は激怒して公爵家の過去の失態を蒸し返し、取り潰しにしている。


以来、マリー姫は諸侯から敬遠され王宮で遊びに耽っていると聞いていたが、遂に王も何処かに嫁がさなければ外聞が悪いと思ったのか。

しかし、よりにもよってなぜオレなんだ!

リッジスは内心憤懣やるかたないが、理由はわかっている。


貧乏男爵から軍功だけを頼りに昇進してきた彼には後ろ盾となる大貴族もおらず、王の言うことに反対する力はない。

いや、周囲からは王に引き立てられてきた成り上がり者と思われているだろう。

貴族や家臣に厳しい王だがオレの手柄は公正に評価してもらっていると思っていたが、こんな腹があったとは!


リッジスはそんなことを思いながらも、反論を試みる。

「陛下のお言葉、誠にありがたき幸せ。

しかしながら、王女殿下の降嫁とは男爵家出身の私にはあまりにも恐れ多いことでございます。王女殿下にも失礼かと思われるので御辞退させていただければとお願い申し上げます」


リッジスの辞退を王は歯牙にもかけない。

「貴様は余がマリーをくれてやってもいいと見込んだ男。遠慮など無用。

当然のことだが、マリーの満足のいくような生活をさせてくれ。

ザノ公爵の二の舞いを踏むなよ」

ニヤリとする王の顔を見て、リッジスはもはや返す言葉もなく平伏する。


宮廷を下がったリッジスは急いで所領の屋敷に向かう。

そこで身の回りのものをまとめて、近隣の騎士の娘で、結婚を約束したケイトを連れて隣国に逃げるつもりだった。

(軍務でボロボロにこき使われ、家に帰ればわがまま姫のご機嫌取り。

オレに忠実に従ってくれる兵には悪いが、それくらいなら隣国で傭兵でもやったほうがマシだ!)


ケイトとは幼馴染で、子供の時から将来を誓いあった仲。

早く婚約を発表したかったが王からの横槍を恐れたのと、ケイトが急がなくていいというので延び延びになっていたが、今回の功績で結婚を認めてもらおうと考えていたのだ。

(今となればそれで良かったかもしれん。

なまじ婚約者と言っていればケイトが害されていたかもしれない)


リッジスは全力で馬を走らせる。早く逃亡したかった。

屋敷に来ると、何か違和感を感じる。

ケイトの愛馬が繋いであるのだ。

(どうした?まぁいずれはここに一緒に住むのでいつ来てもいいとは言っていたが)


リッジスは何か不穏なものを感じて、屋敷の外から気配を窺う。

どうやら二階にいるようだ。リッジスは外から巧みに二階のバルコニーに上がり、窓から中を窺う。


部屋の中から男女の声がする。

「サム、こんな昼からやめてよ」

「もうすぐアイツが帰ってくるからな。今のうちにやっておこうぜ」


ケイトと従弟のサムの声が聞こえる。

軍務で所領に居られないリッジスは所領経営を叔父と従弟に任せていた。

リッジスの昇進とともに所領も増えたので仕事も増えただろうと相場よりも高額なな報酬も渡している。

どうやら近くにいるのをいいことにケイトを寝取ったようだ。


「あの人の手紙では今度も大手柄みたい。これでいよいよ結婚できそうだと書いていたわ。また所領は増えそうね」


「そうそう。アイツが外で稼いできた分を我々が使ってやらないとな。

今度はどの店で服を仕立てる?宝石も買おうか。金は思いのままだ。

君がアイツと結婚したら僕たちの子供も作れそうだな。アイツの子供のふりをして爵位を継がせよう」


「子供ができたらあの人はもういらないわ。

毒でも入れて殺しちゃいましょう」

「お前も悪い女だな」

「無垢な私を誑し込んだ人がどの口で言うの」


ハッハッハと二人は明るい未来を夢見て楽しそうに笑い、ベッドに倒れ込む音がした。


リッジスは愛する恋人と信頼していた従弟の裏切りを聞き、悪夢の中にいる思いだった。

そのまま記憶もなく王都の宿舎に戻る。


(くそっ!くそっ!)

冷静になると胸の中に怒りが燃え上がる。

これまで散々デートもしてきて好きなものも買ってやっていた。

ケイトも子供の頃から愛している、ビルのお嫁さんになると言っていたのに。


そしてサムの奴。プレゼントはこれがいいとか結婚式の準備は任せておけとか調子のいいことを言いやがって。

そしてあの屋敷で堂々と会っていたということは執事以下の家臣もみんな知っているということだ。

信頼してきた家臣にも裏切られたリッジスはどうすべきか戦場で戦略を立てるときのように熟考する。


数日後、リッジスは王に拝謁し、恩賞と王女降嫁の礼を述べ、少し願い事をする。

王は渋り顔だったが、彼が愛娘の降嫁を歓迎すると言うと喜び、彼の言うことを認める。


それからリッジスは自分の部下に命じて斥候に行かせる。

そしてその合図を受け取ると、護衛兵を率いて急遽所領に駆けていく。

深夜自らの屋敷を囲むと、ドアを蹴り破り、中に踏み込む。

突然の出来事に屋敷の中では悲鳴が上がり、従僕や召使いは逃げ惑う。

リッジスは彼らに目もくれず、二階の寝室に向かう。


そこは彼の寝室であるが、無人のはずのその部屋の豪華なベッドには裸の男女が上半身を起こして不安げに抱き合っていた。

「誰だ!ここは武勇名高いリッジス将軍の屋敷だ。

ここで狼藉を働けば縛首だぞ!」

裸で震えながらサムが叫ぶ。


そこでリッジスは目深に被っていた帽子を取り、顔を見せる。

「クックック、オレが自分の屋敷に入ってきて何が悪い。

ところでここはオレの寝室だよな。

お前の部屋は一階の管理人室のはず。いつから主人になったんだ?」

リッジスの声は低く重苦しい。


「リッジス!」

唇を震わせて、それしか言えないサムに代わり、ケイトが口を開く。

「違うの!サムに騙されてあなたが帰ってくると言われてきたら、ここに引きずり込まれたの。私が愛しているのはあなただけよ」


「そこのお嬢さんはサムの恋人か?私とはなんの関係もないお方だな。

主人のベッドまで使って楽しみたかったのならサッサと結婚したらどうだ?

オレが口を利いてやるから明日教会で式を挙げろ。

結婚祝いに今晩はその部屋を使わせてやる」


リッジスは冷たくそう言い放つと、部屋を出ていく。

その殺気を放つ後姿にサムもケイトも何も言えない。


リッジスは一階に降りると、執事を筆頭に従僕や召使いが縛られていた。

「リッジス様、何故に我らをこのような目にあわせなさる?」

執事が叫ぶ。


「おいおい、主人の寝室で堂々と女を連れ込んでいる奴がいたぞ。

お前達の主人はそいつじゃないのか」

これまでの優しかったリッジスとは別人のように嘲笑するその顔を見て、執事たちは震え上がる。


「おい、これまでの出納簿と会計書類を持って来い」

縄を解かれた執事が持ってくる。

リッジスの連れてきた会計担当官は直ちに監査を始める。

数時間後、結果が出る。

「リッジス様、この屋敷の支出のうち少なくとも半分は彼らに水増しか中抜きされています」


それを聞いたリッジスは二階から連れてきたサムを始め、執事たちを見渡し氷のような声で言う。


「おれはサムにもお前たちにも世間の標準よりも相当高い報酬を与えていたはずだ。その方がお前たちも忠誠を尽くしてくれると思ってな。

それがこんなことになっているとは、オレも甘く見られたものだ。

全員解雇し、かつ財産を没収する。

一時間以内に着のみ着のままで出ていけ!」


「お慈悲を!」

土下座して許しを請う彼らに、なんの感情もない表情でリッジスは付け加える。

「本来ならば主の物を盗んだ罪で斬首や手足切り、鞭打ちの刑だ。

十分に慈悲を与えていると思うが」


そしてその表情のままサムとケイトを見て言う。

「そろそろ教会も準備できただろう、行くぞ」


「ビル、赦して。

サムに騙されたのよ。幼い頃から結婚を誓った仲でしょう。

二度と浮気なんかしない。

だから赦して」

リッジスが本気だとわかり、ケイトが泣き叫ぶ。


「おい!」

リッジスの一声で兵がケイトを拘束して馬車に乗せる。

サムに対してはリッジスが尻を蹴り上げ、移動させる。


近くの小さな教会には寝ぼけ眼の神父とサムの両親、ケイトの家族が集まっていた。兵に連れられて何事かと思いながら来たようだ。


リッジスを見ると叔父と叔母、ケイトの両親はすぐに訊ねる。

「ビル、これはどういう…」

そして後ろで俯きながら歩いてきたサムとケイトを見て、言葉を失う。

彼らは貧相な婚礼用の衣装を着せられていた。


「見ての通り、この二人が結婚したいそうです。昨晩は焦って行為を先にやりたいと言うので主人用の寝室も貸してやりましたよ。婚礼とは順序が異なりますがまあいいでしょう。

じゃあ私も忙しい。

従弟と幼馴染の結婚をさっさと済ませましょう」


叔父叔母、ケイトの家族も薄々知っていたのだろう。

鬼気迫るリッジスの勢いに何も言わない。

ケイトはなおも何かを叫ぼうとするが、兵に口にタオルを噛ませられ声が出せなくなる。


それを見た一同は慄きながらそのまま教会に入り、リッジスの言うがままに式が挙げられるのを見守る。


そして神父から結婚の成立を告げられると、リッジスは立ち上がり、一同を睨みつけて言う。


「では私はこれで。お二人の洋々たる前途を祈ります。

ついでですが、叔父さん、所領の監査を行うと多額の不正行為が発覚しました。管理人の解任とこれまでの損害賠償をしてもらいます。

ご新婦のご家族にも多額の貸付金がありましたな。もはや当家と御縁のないお家。借金の返済を早々にお願いします。

返却なければ取立屋に債権を売却いたしますのでご承知おきください」


それを聞いた叔父叔母、ケイトの家族とも狼狽する。

ケイトの家族はいずれは義理の親子になるという名目で、好きなだけ金をサムから融通させていたのだ。

何やら嘆願しようと近寄ってくる彼らを尻目にリッジスは外に出て馬に乗り、兵に号令をかけて駆け出す。


この所領はリッジスの生まれ育った場所だが、恋人、親族、家臣に裏切られ、もはや未練はない。王に頼んで所領を変えてもらった。もう他人の土地、来ることもあるまい。

リッジスは最後に小高い丘で故郷に一瞥をくれると、王都にいる彼の子飼いの軍に向かう。恋人も家も故郷も失い、心通わない妻を押し付けられる彼には仕事と部下以外に生きる意味はない。


一方、ケイトは教会の床に倒れ込み、慟哭していた。

最初は危険な軍務に赴くリッジスの無事を祈っていたが、そのうちに毎回死地に赴くような彼の安否を心配するのに疲れたところに、働く気もなくリッジスに依存し女の扱いにだけ慣れたサムに言い寄られ、やがて身体を許す仲になってしまった。


ビルが出征している間、ケイトはひたすら教会で祈っていたがいつ戦死の知らせが来るかと生きた心地がしなかった。このままずっと心配を続けていてはおかしくなってしまう、そう思ったところにサムが甘言を弄して誘ってきた。サムと肉欲に溺れている間だけはビルの心配をしなくていい、ケイトにとってサムは正気を保つための道具に過ぎない。

だからビルが戻っている間はサムなど見向きもしない。


勿論その言い訳が通じるとは思わない。

婚約を延ばしたのはサムと切れて、きれいな身体になってからというせめてもの彼女の良心の呵責だったが、今となれば、婚約しておけばその解消なりで時間をかける間にリッジスに弁解できたかもしれない。


(サムとはビルが戻ってくるまでの遊び。話を合わせていたけど大事なのはビルよ。結婚すれば貞淑な妻として彼の世話をして、子を産んで彼のために暖かな家庭を作るつもりだったのに)

ケイトは、幼い頃に両親を亡くした彼が親族を大事にし、暖かな家庭に憧れていたことをよく知っている。

それを裏切ったサムとその親を軽蔑していたが、一番悪いのは彼の愛を裏切った私だ!


ケイトはたくさんの身につけた宝飾品の中で、最もみすぼらしいネックレスを握る。

これはビルが最初の任務を果たしたときの報奨金を使って買ってくれたものだ。

その時はあちこちに包帯を巻いた彼を見て大泣きして、それから一緒に勝利の女神にお礼のお参りに行き、その後に少し赤い顔をした彼から渡された。

そして身を立てられるようになれば結婚しようと言われ、頷いたのだ。

その後も色々な物を買ってくれたが、ケイトはこのネックレスだけは肌身放さず持っていた。これがあればビルは帰ってくると思っていたのだが、自分の愚かな行いですべてはぶち壊れてしまった。



でも、と彼女は心で思う。

ビル、あなたが貧乏男爵で下っ端の士官だった頃は、みんなあなたの身を案じ、一生懸命に所領の管理をして、少しでもいい装備が買えるようにと仕送りしていたのよ。

それがあれよあれよと手柄を立てまくり出世していくと、どんどんお金が入ってきたわ。そしてあなたは貧乏暮らしで苦労をともにした身内にベタ甘だった。

そうするとお金に慣れていないみんなは、甘いあなたを侮ってどんどん悪いことを始めたのよ。


そう、手柄なんて立てずに貧乏男爵のままの方が良かった、そうすればビルと私は夫婦となってここで暮らし、叔父さんやサムやうちの家族もまともに働いて、家臣も忠実に仕えていたわ。

ビル、あなたが悪いのよ。


そんなことを考える彼女の周りでは、このままでは無一文になるサムの家族とケイトの家族が何とかリッジスを宥められないか相談しており、外では兵に屋敷を追われた執事や従僕たちが家族を連れて、後悔の言葉を呟き、泣きながら歩いている。そこにはあわよくばこれまで優しかったリッジスが許してくれないかという思いもあるようだ。


ダメよ、ビルのあの顔は不退転の決意を決めたとき、もう私達には彼を裏切った対価を払い、それにふさわしい破滅しかない。

ケイトはすべてを諦め、残る人生を修道院で彼のために祈りを捧げて生きようと考えた。





これで完結したような気もしますが、押し付けられた姫君との話も気が向けば書くかもしれません。

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前半の暗殺計画が邪悪すぎて後半の懺悔に説得力がなさすぎる。 なんて女だケイト。
[気になる点] 修道院って寄付金をある程度しないと入れないと思いますが。借金地獄の人間が逃げる場所ではないはず…屑女の勘違いですね。 奴隷娼婦が関の山では?
[気になる点] みんなのその後を是非
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