01.目覚め
――目が覚めた。
揺蕩うような意識の中、形無いものが寄り集まって自分の輪郭が形成されていくような感覚。そのような感覚に身を任せていると、段々と意識が覚醒してくる。
目を開いて真っ先に視界に入ったのは、見知らぬ天井だった。
身体を起こして周りを見渡す。苔生した、石製の煉瓦が使われた部屋。そこにあるアンティーク調の木製の家具、本棚に並んだ本、その背表紙に刻まれた文字に至るまで、全く見覚えがない。
慌てて記憶を掘り返すも、どのようにしてここまで来たのか、どうしてここで寝ていたのか、このような部屋に自分が居る理由が全く分からない。
それどころか、自分が何者なのかさえ曖昧な感覚がある。日本に住んでいたことなどは思い出せるが、容姿や名前、年齢など、自分に関する事がまるで靄がかったように思い出せない。
――寝ぼけて頭が働かないのだろうか……。
そう考えつつ、ひとまず立ち上がる事にした。
改めて部屋を見渡してみる。窓はなく、木製の扉も閉め切っているが、不思議と暗さは感じない。そして、部屋にはやはり見覚えのないものばかり並んでいる。
家具や調度品は古めかしいものばかりだ。しかし、デザイン自体は古く見えるが、かなり状態が良いようだ。老朽化などは見受けられず、新品同様にすら見える。
本に刻まれた文字に関しては、このような文字を使う言語は目にしたことがない。考古学的な史料か何かだろうか。
それに加えて、部屋に電化製品の類がひとつも見受けられないあたり、この部屋の主は相当古風な趣味をしているのだろう。
まぁそういう趣味も嫌いではないけど、などと考えつつ先程まで自分が寝ていた場所を見ると、装飾の施された黒い箱が鎮座している。
見ようによっては棺にも見える箱の中には柔軟性のある素材が敷き詰められ、その上をシルクのような手触りの赤い生地が覆っている。
比較的シンプルなこの部屋において、突然ここに現れたかのような異物感さえあるほどのそれだが、見ていると何故か不思議な安心感を覚えた。
自分の感じた妙な感覚に首をかしげつつ、他になにか無いかある程度確認してみるが、これ以上の情報はここでは得られそうにない。
このままここにいて状況が変わる気もしなかったので、一先ず外に出ようと扉に手を掛け押し開ける。
唖然とした。
扉を開けるとそこは廊下だったが、広がっていたのは思いもよらない光景だった。
広めの通路にはガラスの無い縦長の窓がいくつも空いていて、そこから陽光が差し込んできている。
しかし、窓から入ってきているのはそれだけではなかった。
大きく育った木の根と思われるものが入り込み、廊下の窓側半分を覆っている。
根が入ってきていない窓から外を見てみると、自分は結構な高さに居るらしい。
周りに木々の梢が立ち並んでいるのを見るあたり、どうやら森の中のようだ。
改めて自分の置かれている状況が分からなくなる。この様子だとここに人が住んでいるのかさえ怪しくなってきた。しかし、それにしては先程の部屋の家具などは綺麗に保たれているようにも見えた。
他の部屋も見てみようと思い、廊下を歩き始める。
手触りの良い布や木材の置かれた倉庫のような部屋や、様々な実験器具のようなものが置いてある部屋、客間だと思われる広々とした部屋や寝室のような部屋など順番に見ていったが、人影は見受けられず気配も感じない。
建物は所々植物に侵食されているようで、レンガの隙間から雑草のようなものが生えている部分も見受けられる。
しかしいくつかの部屋を見た限りでは、やはり家具や調度品の類といったものは綺麗なものだった。建物の古びた感じと比較すると違和感すら覚える。
やはり人が住んでいるのだろうか……だが、もしそうだとすると建物自体の荒れた様子は何なのか……。若干の困惑を感じながらも、探索を進めていくことにした。
――そして、
「なっ……」
思考の海に投げ出されつつあった頭は、一つの部屋の扉を開いた時に一気に引き戻される事になった。
そこでは、一糸まとわぬ姿の少女――太腿まである長い純白の髪に赤い瞳をした少女が、部屋の奥で目を見開いてこちらを見つめていた。




