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あやかし専門 逃がし屋“うさぎ”

 東京新宿、歌舞伎町。

 この妖怪怪異、魑魅魍魎のはびこる街の片隅に、小さなバーがある。

 BARラビット。

 なんてことのないごく普通の飲み屋だが、そのマスター“ダット”には別の顔があった。

 人間や別のあやかし達に虐げられるあやかしや妖怪、怪異と呼ばれる者を苦境から助け出す“逃がし屋集団”のメンバーとしての顔である。


 その日現れたのは、伝説級のあやかし“雪女”を連れたチンピラ、サブ。

 彼は、自分の組に囲われていた雪女=雪緒を逃がして欲しいと依頼してきた。

 そんな中、彼らを追う蛟會の若頭、裂山が現れ、ダットに迫る。

 一度はやり過ごしたものの、結局匿っているのがばれ、ダットの機転により三人は逃がし屋うさぎの本拠地へと脱出。

 そこに待っていたダットの仲間バニィを加え、彼らは安住の地“異界”への逃避行を開始するが、蛟會の魔の手は既に迫っていた――。


 人間でありながらあやかしを助け、無慈悲で理不尽な世界から彼らを逃す“逃がし屋うさぎ”の活躍を描く、現代伝奇アクション。

「ちょっといいかい、マスター」


 晩秋、午前1時、新宿歌舞伎町。

 その片隅の小さなバー“ラビット”では、マスターと呼ばれた男がしゃがみ込んで店仕舞いの支度をしていた。立てば優に180センチは超えているだろう、その体躯を小さく縮めて看板の電源を抜いている。

 彼に声を掛けたのはこちらも背の高い、痩せた中年の男。細いストライプのスーツに白いエナメルの靴、所々に金色のアクセサリーをつけている。

 全く表情の見えない目といい、どこからどうみても堅気(かたぎ)の人間ではなかった。


「裂山さん……すいません、今日はもう」

「ああ、飲ませろってわけじゃねえんだ。人を探しててな」

「人を……?」

「こいつ、見たことねえか」


 そう言って裂山は、スーツの内ポケットから写真を取り出した。

 そこには金髪を立たせた若い男が写っている。いかにもチンピラといった風情だ。

 マスターは写真を受け取り、少しの間眺めていたが、やがて申し訳なさそうに顔を上げた。


「すみません、見た覚えはありませんねえ」

「そうかい」


 マスターから返された写真を受け取りながら、裂山はずい、と顔を彼に近づける。そしてにぃ、と口だけで笑うと、


「本当だろうな? もしとぼけてるってんならただじゃすまねえぞ?」

「ほ、本当ですよ。この界隈で“蛟會(みずちかい)”の若頭に逆らおうなんて人間はいませんって」

「……。ま、いいか」


 張り付かせた笑みを崩さず、裂山はマスターから顔を離した。


「もし見かけたら連絡しろ。時間は気にすることはねえ、教えてくれたら悪いようにはしねえからよ」

「は、はい、わかりました」

「……ところでよ、マスター」

「はい?」


 裂山はゆっくりとしゃがみ、マスターと目線を合わせる。


「そのガキな。サブってんだが、そいつを探してる理由、知りたくねえか?」


 裂山の口角がさらに上がった。


「……いや、やめておきますよ。こう言っちゃなんだが、下手に耳にしたら取り返しがつかない気がするんで」

「まぁそう遠慮すんなよ。……こいつな、つい最近盃くれてやったばかりでよ、ペーペーもいいとこなんだが、一つ特技みてぇなもんがあってよ」

「特技……ですか」


 マスターはため息をオウム返しでごまかす。裂山は、どうしても彼に聞かせたいらしい。


「よく懐かれるんだよ。……人外にな」

「人外……」


 一瞬、マスターは渋い顔をした。

 人外というのは“人ではない何か”という意味の、いわゆるあやかしや妖怪、怪異の類に使われる蔑称である。

 既にそういった存在が認知されて久しいが、彼はこの言葉が嫌いだった。

 

「とりあえずシノギがねえってんで、うちで飼ってた(・・・・)人外の世話係にしたんだけどよ。一緒に逃げ出しやがってな」

「飼ってた、ですか」

「ああ。餌くれてやってちょいとイワせりゃいい金になるんでな。……ぶっちゃけサブはどうでもいいんだ、こいつさえ回収できればな」

「……」

「珍しいぜ、なんと人型だ」


 裂山の口角がますます釣り上がる。

 反吐が出そうだ、とマスターは思ったが、必死に呑み込んだ。


「雪女」

「……え」

「そう呼ばれてる化け物だ。雪緒って名前なんだがな」

「ゆきを、さんですか」

「こいつの作る“()けない結晶”は、でけぇもんなら一枚で億に届く。逃げたからってはいそうですかってわけにゃいかねえんだよ」

「……なるほど」

「まぁ、そんなわけで頼むわ」


 裂山はそう言って、マスターの肩を叩き、それを支えにして立ち上がる。

 そのまま振り返り、数歩歩いたところで急に振り向いた。


「あぁ、それからもう一つ」

「なんでしょう?」

「“逃がし屋うさぎ”」


 その言葉を耳にした瞬間、マスターの眉の端が、あるかないかくらいにピクリと動いた。


「人間社会に馴染めない人外どもをどっかに逃す連中がいるらしい。中でも一番やべえダット(・・・)って奴がこのあたりにいるって話だが……同じウサギのよしみで何か知らねえかい?」

「……さぁ、聞いたこともありませんね」

「そうかい」


 再び踵を返す裂山。

 軽く手を上げ、今度こそ彼は暗闇に姿を消した。


「……ふう」


 裂山の姿が見えなくなると、マスターは深くため息をつく。

 看板を店の中に引きずり入れ、冷房を最大にすると、奥のカウンターに向かってラフな口調で声をかけた。


「行ったぜ」

「……」


 その声に応え、カウンターの下から頭を出したのは、裂山に見せられた写真の男だった。

 遅れてもう一人、男の陰に隠れるように、真っ白い肌の美少女の姿も現れる。肌寒い季節にも関わらず冷房を強くしたのは勿論、彼女のためだ。


「とはいえだいぶ疑われてるのは間違いねえ。早いうちにここを出るぞ」

「お、おう」

「その前に依頼の確認だ。お前さん、サブだったか、依頼はこの雪女さんの“逃がし”だけでいいんだな?」

「……どういう意味だよ」

「お前さん自身はどうすんだって聞いてんだよ。裂山が探してんのはお前だが、本当はそっちの雪女さんだ。それを逃がしたとなりゃあ、あんた間違いなく殺られるぞ」

「……仕方ねえだろ、金がねえんだから。組から持ち出した一千万しか持ってねえんだよ。それじゃ人外の分だけだつったのはてめえじゃねえ……うおっ」

「あやかし、だ」


 サブの口から“人外”という言葉が出た瞬間、マスターは彼の胸ぐらを掴み上げていた。手を外そうともがくが、マスターの腕はびくともしない。


「……二度と人外とかって言葉を使うんじゃねえ。バカにも分かるように教えておいてやる。それは、彼らあやかし達にとって、最大の蔑称だ。分かったか」

「う……くぅ……」

「やめ、て、あげて、くだ、さい……。私は、いい、から……」


 それまで一言も発しなかった雪女から、ぽそぽそと掠れた声が聞こえる。毎日泣き腫らしていたのだろうか、まともに声を出せない様子だった。

 彼女の言葉に、マスターはようやく手を緩める。半分浮き上がっていたサブは、どさりと床に尻餅をついた。


「サブ、さん……」

「雪緒さん、すまねえ」


 サブの傍らにしゃがむ雪緒に、彼は深々と頭を下げていた。


「知らなかったんだ、人外……その言葉がそんな意味だったなんて」

「気に、しない、で……」


――ほう。


 マスターは、サブを少し見直していた。

 ついさっき店に来て、すごい勢いで捲し立て、勢い余って脅迫まがいの台詞を吐いてきたチンピラ小僧とは思えない程、その謝罪には心がこもっている。

 そんなサブを穏やかな目で見ていた雪緒が、マスターに提案した。


「融けない……結晶、1枚で……いか、がです、か」

「雪緒さん!? いけねえ、俺なんかのために無理することはねえ!」

「い、いの。……それ、に」


 雪緒はサブに向かって微笑んだ。


「ずっと、守って、くれる、んで、しょう……?」

「雪緒さん……」

「……あんたも身を削るってか」


 雪女がどういう方法で融けない結晶を作るのかはマスターも知らない。だが、二人の様子から見て、そう楽なものではないのだとは察していた。


「……いいだろう」


 深い事情は知らない。知る必要もない。

 ただ、このチンピラはこの美しいあやかしを逃がしたくて、あやかしはこの、自分が信じたチンピラを助けたい。

 お互い、身を削ってでも。

 それだけ知れば、充分だった。


「厨房の奥の扉から裏に出ると、俺の車がおいてある。狭い車(RX-8)だが、二人とも後ろに乗って待っててくれ」

「じゃ、あ……」

「話は後だ、早くしろ。……戻ってくる」


 マスターがそう言った直後。

 店の外がにわかに騒がしくなり、数人の足音がバタバタと聞こえてきた。


「あ、あんたはどうすんだ」

「後から行く。鍵は開いてる」


 二人が厨房に入り、裏口から出ると同時に、表のドアが乱暴に開く。

 そこには、裂山が手下を数人従えて、片頬をつりあげて立っていた。


「やっぱりいたんじゃねえか」

「……もう閉店したよ」


 マスターがため息混じりに応える。その口調は先程とうって変わって、乱雑なものになっていた。


「いいや、開いてるぜ。……“逃がし屋”の方はな?」

「……」

「正直、ちょっと意外だったよ。……まさかあんたがあの“ダット”だったとはなぁ?」

「よく言うぜ」


 マスター(ダット)は、わからない程度に腰を落としながら笑う。


「さっき来た時から目星はついてたんだろう?」

「分かっててあそこまでしらばっくれるとはな。一瞬本当に違うのかと思っちまったよ」

「どこで気づいた」

温度(・・)だよ。俺が人外って言った瞬間、おめえの体温が上がった。逃がし屋って言った時もそうだ。それでもとぼけてやがるのには笑ったぜ」

「……ピット器官か」


 ピット器官とは、蛇特有の知覚器官である。それにより獲物の体温をサーモグラフィのように感知出来るのだ。

 つまり、裂山もまた、人間ではないということになる。


「よく知ってるじゃねえか。ついでに言やあ、蛟會(ウチ)の幹部は全員同胞だぜ」

「つまり、あやかしがあやかしを奴隷のように扱ってるってことか」

「なに、よくあることさ。俺達が人間社会で生き抜くにはな」


 裂山が顎をくい、と動かす。それに合わせ、背後にいた数人の組員が動き出した。

 それを見たダットは、店の奥に進もうとする一人に足を掛ける。

 思わずたたらを踏んだ組員の顎を右掌底で打ち抜くと、開きかけた口を強制的に閉じられ、ばぐん、という音と共にそのまま倒れ込んだ。


「脳を揺らしたかよ。やるじゃねえかマスター」

「今はマスターじゃねえ」


 腕を顔の前に交差して構える。その左手にはいつの間にか、黒光りする包丁が握られていた。


「ダットだ。ここから先は行かせねえ」

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