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処刑された元聖女ですが、名も無き破壊神様に愛されてもいいですか?

神ファルザの名の下、聖女として勤め上げてきたリシェルは

叔父の陰謀より邪神崇拝の疑いをかけられ、死罪を言い渡される。


処刑が行われた後、気がつくとリシェルは目覚めると

それは自分が今まで見たことのない部屋の中だった。

激しい痛みと動かない体に苦慮しているところに一人の男性が現れる。


リシェルはそれが崇拝していた神ファルザであると感動するが、

彼は、自分はファルザではなくかつて世界を滅ぼそうとした神であると名乗る。


これは用済みだと捨てられた元聖女と多くの記憶とともに名を失った破壊神が、

自由の名のもとに二人が失ったものを取り返す物語。

「――以上により、罪人リシェル・エルメリアが我が国で禁じられていた邪神崇拝を行っていたことは確かである」


 会場中にいる無数の人の視線が会場の中心で判決を待つリシェルへと向けられている。

 これがいつもの自分が行っている鼓舞や宣告の儀式であれば彼女にとっても慣れたものであったが、今回は全く違う状況だった。

 その多くの視線が意味するものは良くて憐れみで、大半以上が失望の色で自分を見つめているのが彼女にもよくわかった。


 そんな負の感情に溢れた思いをリシェルは黙って受け続けていた。

 皆の失望は当然だろう。自分は皆の期待を裏切った罪人としてここにいるのだからと彼女は事の顛末を待つことしかできなかった。

 散々抵抗はした、否定もした。それでも今の自分の状況を覆すようなことはもう起きないことがわかっているのにこれ以上何かをするつもりにはなれなかった。


 リシェルは多くの拘束具などを付けられ、ろくに動くことすらできない状態でずっと立たされている。

 これも罰のつもりなのだろうか。もう自分には逃げるつもりなどないというのに。


 リシェルが行ったとされる邪神崇拝の嫌疑に関して無数の証拠が用意され、リシェルの知らない人たちが証人として現れ、彼女を罪人であることを証言していく。だがそれらの言葉に対してリシェルが何か意見することは許されていなかった。


 リシェルを徹底的に罪人として信じ込ませるように完璧に事が行われた結果、ここにほぼ全ての人たちがそれが正しいのだと信じてしまった。

 もちろんそれは全てデタラメなものだとリシェル本人はわかってはいるが、もう何をしても無駄なのだと諦めていた。



 憧れの視線を集めていた青い宝石のような目を配したリシェルの美しき顔は絶望の末にくすみ濁った瞳とともに痩せこけ、いつも丁寧に手入れをしていた白銀色の長髪は泥や煤で見る影もなく黒く汚れていたこともあり、短く切り取られていた。

 そして彼女の地位を象徴するものであったはずの思い出の詰まった法衣は奪われ、その代わりとして薄汚れた囚人服を着せられていた。


「……最後に一言を許可する」

 リシェルの眼の前にいる彼女の叔父であるアグゼスは自分の代わりに立派で華美とまで言えそうな法衣を身にまとい、リシェルの顔をろくに見ることもないまま手続きを進めていく。

 自分に期待されていることは唯一つだろう。呪詛の一つでも口にしろと彼は思っているのだ。そうすればリシェルが邪神崇拝を行っていた証拠の一つになるのだから。


 実際リシェルももう限界だった。

 今までアグゼスにさんざん都合良くこき使われてきた。そしていま用済みとして捨てられようとしている。

 そう考えれば腹の奥底からふつふつと黒い感情が少しずつこみ上げてくる。


 ――こんな世界滅んでしまえばいい。

 喉元を通過したその言葉が口から出る直前、その音がリシェルの舌の先で止まる。それを口にするべきではないと。自分はまだ聖女であるはずなのだからと思い息を吸いなおす。


「皆様に神のご加護があらんことを……」

 リシェルの口から出たのは何度も繰り返してきた祝福の言葉だった。そしてその言葉とともにリシェルの周囲から白い光が僅かに発せられる。

 その現象に今までリシェルを蔑んでいたもの達はざわつき始める。


 彼女は悪しき神に心を投げ売った悪女だったはずなのに神の奇跡を起こす力がまだ彼女に残っているのを見てしまったのだから。

 一方で今も彼女を聖女と見ていた僅かなものはその行為がバレてはいけないと声を殺しながら泣き始めた。


 その会場のざわめきをみて青ざめたアグゼスは槌で何度も机をたたき、騒音を抑え込む。そしてこの結末が決まっている裁判を終わらせるために締めの言葉を口にする。


「リシェル・エルメリア! 聖女でありながら我らが神を裏切り邪神を崇拝した罪は非常に重いものである。我らが神――ファルザに代わり、汝の聖女としての役職を剥奪し、罪人として……、死刑を言い渡す!!」

 最初はその判決に対してざわめきが消えなかったが、アグゼスが仕込んだ者達から拍手や賛同する大声が起き始めるとそれは次第に大きくなっていき、最終的には会場全体から響き渡る拍手と大歓声がリシェルの耳を支配した。


 神の奇跡を起こしてもリシェルが救われることはなかった。

 その事が彼女に残っていた最後の希望を粉々に打ち砕く。



「――やっぱり、こんな世界滅んでしまえばいいのに」

 誰にも聞こえない小さな声で、リシェルはそんな願いを呟いていた。








 そこまでがリシェルの覚えている最後の記憶だ。

 目を覚ますと目の先には薄汚れた黄色い天井が目に入った。どうやら眠っていたようなのだが、なぜこうなっているのかが全くわからなかった。

 なんとか思い出そうと少し考えるが、先程の悪意に染まった大歓声とその後に起きたはずの出来事が頭をよぎり思い出すのを諦める。


「……?」

 ここは? と言おうとしてリシェルは上手く自分の声が出せない自分に気が付いた。口が上手く動かない。喉が上手く動かない。

 まるで自分の体ではないようだと思いながら体の何処か一部でも動かせないかと調べていく。

 やはりうまく体が動かない。特に首は少し動かそうとするだけで、すごい痛みが走るので首は動かさないように慎重にかろうじて動かせる目だけを使い周囲を見回す。


 リシェルの知っている牢屋よりは遥かに綺麗ではあるが、薄汚い部屋だと思った。部屋のイメージとしてはかつて自分が聖女として務めていた部屋に似ている気がするが、どこか違う気がする。


 リシェルが考え込んでいるとドアが開く音が聞こえた。そちらの方へ首を動かそうとして激しい痛みに襲われ思わず咳き込んでしまう。


「目を覚ましたのだな」

 不思議な声だった。

 その声は何故か聞いてて落ち着く感じがして、そしてどこかで聞いた記憶がある声のように感じ取れたからだ。


 少ししてリシェルの視界に、声の主と思われる人物の顔が目に入る。

「――!」

 リシェルから漏れたのは声というよりは息のようなものだった。


 神様だ。リシェルはひと目見ただけでそう確信した。

 間違いない。自分が信仰している神様の顔だ。

 汚れや乱れすら一切ない黄金の髪に、緑色の瞳。シミ一つすらない雪のように白い肌。ありとあらゆるところに美しさと威厳が調和して存在している。そんな顔を持つ存在はリシェルが知る範囲では神以外であるはずがないのだ。


 もちろん、リシェルは本物の神を見たことがあるわけではない。

 しかし、その姿を想像して作られた像や絵などは無数に存在する。

 聖女であったリシェルは常にそれらを見ては神への憧れと敬意を抱き、信仰し続けてきた。

 その信仰によって、リシェルは崇拝する神の元へ来ることができたのだと思うと自分の心の中から沸き立つ興奮を隠せなかった。


「ファ……」

 神様の名を呼びたい。そう思うのにリシェルの喉は上手く動かず、声が出ない。

 あなたの言葉に答えられない自分が実に情けなかった。


「無理をしない方がいい。君の首は先程まで離れていたのだから」

 神様は優しくリシェルに話しかける。言葉をかけてくださるだけでも恐れ多いと言うのに。

 しかし、自分の首が離れていたというのはどういうことだろう。

 そんなことを考えていたところに、神様はもっと驚く言葉を口にする。


「……残念だが、私は君が思っている神様ではないよ」

 そんなはずはない。だって目の前にいるのは確かに神様だ。

 それはリシェルにとって直感とでもいうべきものではあったが、外れているとは考えられなかった。

 でも、神様が嘘をつくとも思えない。ではこのお方は一体誰だというのだろう。

 リシェルの心を読むかのように、彼は話し始めていく。



「神様ではないと言うのは適切ではないな。私も一応神様ではある。いやあったというべきかな」

 彼は何かを思い出すかのように遠い目をする。


「私は……かつて、この世界を破壊しようとした神だ」

 ――破壊神。

 リシェルが聖女として学んできた知識の中にそのような存在がいたということは覚えていた。

 それはかつて善良なる神々から袂を分かち、世界を滅ぼそうとした悪しき存在。


 とはいえ、そんな世界を滅ぼそうとした存在が自分の目の前にいることがまず信じられなかったし、これほどまでに優しい言葉を語りかけ、自分を心配するような優しき表情をする彼がとてもそうだとは思えなかった。


「まぁ、今となっては世界を破壊しようという気持ちはないがね。そもそもとして私にはもうそんな力はないのだ。神という存在は信仰してくれる者がいなければ、宿る力は消えていく一方なのだから」

 信仰するものがいなければ神は力を失う。それはリシェルが初めて知る神様に関する知識だった。

 とは言え実は彼が本当はただの人間で妄想を語っている可能性すらあるというのに、その言葉を否定することは何故かリシェルにはできなかった。



「本来であれば、私はこのまま消えていくだけの存在だった。それでも良いと思っていた。そんな中で君の声が聞こえたのだ。『――こんな世界滅んでしまえばいいのに』という声が」

 破壊神である存在がリシェルを見つめる。


「私には信仰してくれる者達がもう存在しない。もう誰の声も聞こえないはずなのだ。だが君の想いは私にはっきりと届いた。そのことに私は驚いた。あまりにも大きなその想いに応えるがために、残された力を使って君の遺体を回収して、その肉体を修復し命を与えたのだ」

 それは普通の人が聞くのであれば、あまりにも荒唐無稽な話とでもいうべきものだった。


 あの時リシェルは自分が死罪を受けていたことを覚えている。その後おそらく自分は処刑されたのだろうというのも理解できる。

 だがそんなことよりも、リシェルの誰にも聞こえないように願い呟いたはずのその想いを彼は知っていた。その事こそが彼が確かに神であることの証明というしかなかった。


「わたっ……!」

 私はどうすればいいのですか? と絞り出そうとした声は相変わらず激しい喉の痛みと遮られてしまう。


 死者の蘇生という奇跡はあまりにも膨大な力を使う。リシェルですら起こしたことのない奇跡の一つだ。

 それを神が直々に行ったとなれば、考えるだけでとんでもないことであり、それ相応の対価が必要になるはずだった。


 だが自分は神様――ファルザ様を信仰している。リシェルにとって神様とはファルザ様なのだ。すでに自分はファルザ様の聖女の任を解かれ、罪人として殺された身ではあるが、ファルザ様への信仰を捨てたわけではない。


 だとしても奇跡で生き返らせてもらった以上破壊神であろうと彼に忠誠を誓うべき状況なのは間違いなかった。

 

「無理をするでない。君の首は切断されていた状態から先程繋がったばかりなのだ。故に声をだすことも容易では無いだろう」

 その言葉を聞いてリシェルは自分の首を触ろうとするが指一つすら満足に動かせない。

 それを見て神様がリシェルの首元へ指を伸ばす。

 神様の指がリシェルの首を優しくなでていく。


「すまなかった。私にもっと力が残っていれば、君の美しき体にこのような跡や痛みを感じさせることなどなかっただろうに」

 それはまさかの神からリシェルへの謝罪だった。首から伝わる痛みより、その思いもしなかった言葉のほうがリシェルの心に響いていく。


「私は君に何も望まぬ。私はすでに多くの力や記憶を失い、もう自分の名前すら思い出せぬのだから……」

 神様の目は薄く濁り、その視線はリシェルから外れどこか遠いところを見ていた。それはリシェルが先程まで抱いていた感情と同じもの――諦めだと思った。


「君は自由を得たのだ。願うならば君を殺した者たちへの復讐を行ってもよい。せっかく得た命なのだから新たに世界を放浪するのもよいだろう。君は……君がしたいと思うことをして良いのだよ」

 神様が優しく微笑む。

 それはかつて世界を滅ぼそうとした神とは思えぬほどに美しく儚い笑みだった。


 自由。それはリシェルが憧れていたものであった。

 聖女として籠の中の鳥として生きつづけて、用済みとして捨てられた自分にとって、どれほど望んでも手が届かないもので、もう手に入らない物だと思っていたからだ。



 リシェルの口が動く。息を吐き、言葉を紡ごうとする。その度に激しい痛みがリシェルに襲いかかる。それでもこの言葉を言わなければいけないと、痛みに耐えリシェルはついに言葉を口にする。


「あっ……。ありがとう……ござっ、い……ますっ」

 リシェルもびっくりするぐらいにかすれた声だった。自分の声とは思えぬほどにあまりにも小さな声。

 それでも神様に感謝の言葉を言いたかった。たとえこれで自分の首が再びちぎれたとしてもリシェルは後悔しなかっただろう。


 神様、私の声を聞いて下さって。私を助けてくれて。私を生き返らせてくれて。

 私に自由を与えて下さって。

 ――ありがとうございます。


 それこそが、リシェルが自由をもらって初めて自分の意志で行った行動だった。

 たとえそれが自分が今まで信仰していたファルザ様ではなく破壊神であったとしても、自分の願いを――声を聞いて行動を起こしてくれたことに感謝したかった。


 神様がリシェルの発せられた言葉を聞いて驚きの表情を見せる。

 そして先程まで濁っていた彼の緑色の目に光が僅かにだが灯り始める。



 神様がリシェルの髪を優しく撫でる。

「今はゆっくり休みなさい。私が君を守ろう。もはや私は名もなき脆弱なる神なれど、その言葉には応えなければならぬ」


 リシェルはその優しい声に自分も神様のために何かをしたいと心の底から思った。自分に何ができるだろうかと考えているうちにリシェルのまぶたはゆっくりと閉じていくとすぐに眠り始めていた。

 それは彼女が久方ぶりに得る安らぎに満ちた眠りであった。

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