揺れる未来、運命を溶かす虚言 2話
後夜祭に参加させていただき、誠にありがとうございました!!
うわ疲れてたんやろな、みたいな文章で後夜祭を荒らして本当に申し訳ありません。
本作は南雲皐さんの血まみれ短編企画「 #流れる赤に浸って嗤え」に霊能力者デスゲームコメディとして参加させていただくことを検討しています!よろしくお願いいたします!
めちゃくちゃしんどかったんですけど(題材のせい)、なんとか形にしました。これは全て、諦めかけていた時に声をかけてくださった方々のおかげです。
ご期待に添えるよう、自分の持つ全力を出したので、ご笑納いただければ幸いです。
皆さま、お声がけ本当にありがとうございました!
【第十四話】死ぬよりもっと辛いこと
気付けば桜子はフェラーリの助手席に座っていた。右を見ると芹沢が無表情でハンドルを握っている。
「起きました? 落合桜子さん」
「……記憶、あるんですか?」
芹沢は首を振った。
「僕も気づけば、こうして車のハンドルを握っている状態でしてね。途中でサービスエリアに寄って、気絶している貴女の免許証を見たんです」
「……この車、どこに向かってるんですか」
「とりあえず、カーナビに登録された自宅に」
芹沢はため息をついてゆっくり首を振った。自宅の場所すら覚えていないらしい。
「僕の記憶が飛んだ時、隣に人がいるなんて初めてです。僕の能力のことを知っていなければ、ここにいるはずがない。貴女、何者ですか?」
「……落合桜子、二十七歳。善良な霊媒師で、あなたに詐欺の片棒を担がされています。その過程で、芹沢さんには能力の事を教えてもらいました。記憶がどれくらい飛んでいるのかは知りませんが、あなたの名前は芹沢真澄、三十歳です。インチキ占い師で、詐欺で稼いでいる怪しい金持ちです」
「三十歳ということは三年くらい記憶が飛んでますね」
芹沢にさり気なく過去の被害を吹き込んだが、完全に無視された。
「もっと前に別件で二年くらい記憶を飛ばしたそうですよ。だから、今回は一年くらい記憶が飛んでいるのではないかと……」
「申し訳ないのですが、僕の話はあまりしないで下さいませんか? 失った記憶について知ると、記憶と一緒に未来が戻ってしまうので……」
「すみません……」
頭を下げつつ、桜子は衝撃を受けていた。芹沢の言葉が丁寧すぎる。普段なら丁寧なのは口調だけ、『記憶が戻れば未来も戻るって言ったでしょ。貴女も記憶ないんですか?』とかなんとか、嫌味を言いそうなのに。
彼らしくない他人行儀な姿に落ち込む桜子を、芹沢は困惑したように横目で見ている。
「すみません、桜子さん。面倒なことに巻き込んでしまって」
「違います。巻き込んだのは私です。芹沢さんは私のために未来を変えてくれたんですから」
「だからあまり言わないでくださいってば。中途半端に記憶と未来が戻るのが一番まずい」
「……すみません」
桜子は肩を縮めて頭を下げる。
「……僕も熱くなりすぎました。未来が変わりすぎて、何が起こっているかもわからないから焦っているのかもしれません」
「こんな時、命なら何とかしてくれるかもしれないのに」
桜子は唇を噛んで俯いた。桜子が霊能力者なら、弟の命も霊能力者である。死んだ命には、世の中の真実を見通す力があった。彼がいれば、これからどうするべきか教えてもらえたかもしれないのに。
「弟さんがいるんですか?」
「死にましたけどね」
なるべく冷静に言おうとしたが、少し涙声になった。
「私、霊が見えるんです」
「……知ってますよ」
「なのに、死んだ弟の霊だけ見えないんです」
芹沢が唾を飲む音が聞こえた。
「成仏だか昇天だかしてるんだと思います。そんなはずないのに」
桜子の弟、命は首を吊っていたところを見つかった。つまり自殺なわけだ。人間の霊は、自然死から死に方が遠くなるほど昇天しにくくなる。だから命が昇天しているとは桜子には思えなかった。
ああ、これで自由に彼に会える。一報を聞いた時、桜子が真っ先にそう思ったほど確信はあった。
なのに、命はどこにも姿を見せなかった。
「……なんで見えないんだろう」
「命さんに会いたかったんですか?」
桜子はあふれる涙を手で拭いながら頷いた。
「ここに居ないだけでは?」
「弟はこの家で首を吊ったんです。ここ以外のどこに行くっていうんですか?」
火災現場の少女二人を芹沢は思い出した。桜子によれば、幽霊というものは、いわゆる地縛霊のように、場所につくものらしい。
「会えないのが悲しいんですね」
「昇天なんてありえないと思っていたんです。自殺、事件、事故、とにかく自然死から遠ければ遠いほど、昇天しにくくなります。半年や一年そこらで昇天するはずがない、と。それに、真実を見通せる子が自殺するなんて、きっと苦渋の決断に違いないと思って」
「でも、実際は昇天しちゃってるわけでしょう?」
「その通りです。だから私はいろいろ考えたんです。芹沢さんの話がおかしいことも分かりました」
丁度その時、芹沢の豪邸が見えた。車の速度を落とした芹沢は、首を軽く振って桜子に続きを促した。
「芹沢さん、今いくつ嘘ついてるんですか?」
「いっぱいですね」
玄関の鍵を開けながら、悪びれるわけでもなく芹沢は微笑んだ。
「僕の嘘、いくつだと思います?」
「私が気づいたのは三つです」
三本立てた指を、芹沢が優しく触れる。
「一つはあなたの彼女。二つはあなたの日記。もう一つは、未来は変わらない、ということそのものです」
「おや、僕の日記、見たんですか?」
「……嘘ついてごめんなさい。つい出来心で」
しかし芹沢は日記を見られたというのに平然としていた。その態度が芹沢の嘘を克明に表していた。
「日記によれば、あなたの彼女は事故で亡くなったそうですね。芹沢さんの日記が本当なら、彼女さん――但馬薫さん――の霊は、ここに居なきゃいけないんですよ」
なぜなら彼女が事故で亡くなったのはこの教団の前だからだ。
「薫さんは、天授会の二世信者だった。教団を嫌がった彼女は、あなたと共に教団を抜けようとしたが、この教団の前で交通事故に遭って亡くなった――」
桜子は自らが覚えている限りの記憶を、滔々と芹沢に語る。何度か相槌を打ちながら、芹沢は静かに聞いていた。
「いいんですか、私の話を素直に聞いて。記憶と未来が戻るかもしれないのに」
「構いませんよ。あの日記は半分くらい嘘なので、全部目の前で読み上げられても、記憶も未来も戻りません」
「やっぱり。芹沢さんって本当に嘘つきですね」
「僕は誰も信じてませんから。誰かに見られることも考慮しています」
「……すみませんでした。勝手に日記を見て」
「別に。見えるようにしていた僕が悪いんですよ」
芹沢の優しい言葉が、却って桜子の心をむしばむ。
「あの日記、どこまで本当なんですか?」
「少なくとも桜子さんの指摘は全部正解ですね。僕の日記は嘘、従って彼女の話も嘘が混じっていますし、未来が変わらないというのも嘘です」
「未来って、変わるんですか?」
「変わっていると思ったから、僕に訊いたんでしょ」
「……はい」
さり気なくかわされたが、芹沢の素が戻っているような気がする。やはり、桜子と一緒にいるせいで記憶と未来が徐々に戻ってきつつあるのだろうか。
「命も、薫子さんも、不本意な亡くなり方なのに急に昇天するなんておかしな話です。死に方が変わらないとすれば、一つしか理由はひとつしかありません。昇天せざるを得ない状況になったんです」
「そんなことがあるんですか?」
「霊に生者は干渉できません。多少の会話くらいなら成り立つこともありますけど。霊に干渉できるのは霊だけです。つまり、運命が組み変わって、新しい霊が生まれて、その霊に干渉されたから昇天したのではないか、と」
いずれも桜子の予想でしかない。予想しかできないような異例な状況続きだった。主に、芹沢の能力のせいで。
「運命を組み替えたせいで、本来死ぬはずじゃなかったタイミングで死んだ人がいるんですよ。その霊です」
「うーん、確かにそういうことも起こりえますけどねぇ」
「芹沢さんは霊が見えないんだから、霊の未来が変わるのは予想外のはずです。そう考えたら、おかしな話じゃないですか。未来が変わらないなんていうのは……」
「うーん」
芹沢は煮え切らない様子で首を傾げた。
「僕はね、火災現場の少女のときに、僕は『目先の未来が変わるのは事実だ』と言ったと思います。一方で『運命は変わらない』とも。どちらも正しいんですよ。ただ、目先の未来、に皆さんが想像するより広い範囲が含まれるだけです」
屁理屈だ。しかしそれでもよかった。芹沢の嘘が今一つ、明らかになったのだから。
「だからこうして、僕は桜子さんと一緒にいるんです。桜子さんが余計なことを言いまくって、未来が中途半端に戻ろうと、ある程度は未来を調節することができますから。絶対に変えられない運命さえどうにかなれば、それでいいんですよ」
余計なこと、と言外にくぎを刺されて桜子は肩をすくめた。
「で、桜子さんは僕の嘘を暴いてどうしたいんですか?」
全く罪悪感のなさそうに、芹沢は自分で入れたコーヒーを飲みながら尋ねる。
「私は嘘が嫌いなだけです。だから、隠し事ができません」
「知ってますよ」
「隠しててすみません。但馬薫さんのこと、私、知ってると思います」
「……え?」
「但馬薫さん。その名前も、二世信者というところも、本当ですよね」
桜子は嘘をつかない。だから、桜子が口を開くときは、はったりなどではなく本気だ。それを知る芹沢の目が大きく見開かれた。
「やめろ!」
芹沢は声を荒らげて桜子の腕を掴んだ。しかし口を塞げたわけではない。桜子は構わず、但馬薫のことを語る。
「薫さん、私と同い年なんです。幼い頃から私をずっと見張っていた信者の一人だと思います。変な信者ネームがついていたので本名は分からないんですけど、思い当たる方がいます」
桜子を殴ったり蹴ったりすることはなかったが、じっと暴行を受ける桜子を悲痛な眼で眺めていた少女。恨みを込めて見つめ返したことも、桜子にはあった。今から考えれば、悪いことをしたと思う。桜子が睨んだせいで怯えてしまった彼女の幼い顔が、桜子の脳裏に思い浮かんだ。
「日記に書いてあった、薫さんの人物像は、芹沢さんが駆け引きをしたくなる女性だということです。それがどうも引っかかったんです。いくら恋愛のためとはいえ、芹沢さんが未来を全く見ないということがあるだろうか、って。でも、芹沢さんは金のために定期的に未来を見ているはずです。見る未来にもいろいろあるでしょうけど、薫さんとの将来だけ全く見ないということがあるでしょうか?」
薫の死に後悔するほど、その死をも全く予想できないほど、芹沢は未来の透視を徹底して行っていなかったということになる。
「私は思いました。もしかして、薫さんも能力者だったんじゃないか、と」
「…………」
「薫さんは芹沢さんの能力を邪魔する能力があったんじゃないでしょうか。なら、私も心当たりがあります」
ある特定の信者がいるときだけ、桜子の能力が使えない。そんなことが昔からあった。
「それが薫さんだったんです。あの日記には書いていませんでしたが、聡明な芹沢さんならそれを知っていたんじゃないですか?」
「……やってくれましたね」
珍しく芹沢が強く低い口調で呟いた。桜子は息を切らせながらも返事はしなかった。
「あなたがそんなに薫ちゃんのことを語ったら、記憶も、未来も、全部戻っちゃうじゃないですか」
薫ちゃん、という名前が芹沢の口から飛び出した。おそらく記憶も未来も、全て戻っているに違いなかった。芹沢の声色は落ち込んでいて、随分と平坦な口調だった。
「すみません。でも、そうせざるを得なかったんです。だって、愛する人に存在を忘れられたら、薫さんが可哀想でしょう」
「でも薫さんがあなたの記憶から消えたら、それこそ……」
「彼女を思い出したら僕は幸せになれるんですか?」
「え?」
「いくら思い出そうと、いくら彼女に焦がれようと、辛くなるだけなんですよ。二度と彼女と会えないのには変わりません。その辛さを知らない人は、みんなそう言いますね」
冷たい声が震えていた。明確な拒絶だった。
「貴女のせいというか、おかげというか、僕が彼女の記憶を失った時に見た未来を思い出しました。僕が彼女を追いかけて首を吊る未来です」
だから未来を変えたのだろう。自分の心が死ぬことよりも、彼女を捨てることを芹沢は選んだのだ。
「…………」
「この未来に戻るのならば、恐らく僕は死にます」
桜子が青ざめた。それを芹沢は切れ長の瞳でじっと見つめていた。
「ただ、本当に死ぬかどうかはわかりません。さっきから、貴女が中途半端に僕の記憶を吹き込んでくれたおかげで、ついさっき変えた未来の方も、中途半端に戻りつつあります」
「……その未来って」
「貴女が死ぬ未来ですね」
どちらに転んでも面倒なことになるのは変わらない。未来をかき回した元凶であるところの桜子は、目を逸らして俯いた。
「ほんと、面倒なことをしてくれましたね」
芹沢の苦笑には寂しさが含まれてるような気がした。
「……今から未来を予知したら、結果が分かるんじゃないですか」
「それがねぇ。未来が揺れてるんですよ。だから何も分かりません。分からない未来は、組換えもできません。白いピースをいくら組んだところで絵にはならないでしょ」
「じゃあ……」
「僕らにできることは何もありません。どっちが死ぬか、待ちましょう」
「もし芹沢さんが死んだら、私のせいですよね」
「気に病まないでくださいよ。こうなることも、きっと過去の僕は想定していたはずです。その上で、未来を組み替えたはずですから」
「……それは嬉しいんですけど、正直、信じられません」
「僕が嘘つきだからですか」
桜子は目をこすって涙を誤魔化しながら頷いた。
「桜子さん、前に僕がどうして嘘をつくのかって聞きましたよね」
「……はい」
「さっきの桜子さんの話、かなりいいところまで行っていたと思うんですけどね」
「えっ」
芹沢はどこからかパズルを引っ張り出して、手早く組み立て始めた。
「パズルも運命も、無理やり組み立てたら、すごく脆いんですよ。パズルならすぐ崩れてもいいんですが、運命が崩れたら大変なことになるでしょう?」
「……運命が崩れるって、どんなことが起こるのか分かりませんけど」
「僕も知りません。ただ、大変なことになるだろうな、っていう僕の直感です」
ミレーの落穂拾いのピースを、絵にもならないまま、無理に組み立てては崩し、という行動を芹沢は繰り返していた。
「だから、運命を組み替えたら、脆いピースを補強しなきゃいけないんです。パズルで言えば、ボンドか何かで接着するかのように」
「……それが虚言だって、そう言いたいんですか」
芹沢は頷いた。
「僕の虚言が、運命を支えているんです。だから僕は嘘をつくんです」
「……それも嘘ですか?」
「これは本当ですよ」
「じゃあ、芹沢さんは本当は、嘘をつきたくなんかないってことですか?」
「さあ。僕自身が嘘つきかどうかは、正直分からないんですよね。だって小さい時からずっと、嘘をついてきた人生だったので――」
芹沢は高身長に似合わない、少し童顔なその顔をほころばせ、にっこりと笑う。
「私の為に未来を変えてくれたのは、本心だと思っていいですか」
「桜子さん、お腹すきません?」
芹沢が無理に話を逸らすのは、嘘をつきたくも本心を言いたくもないときだということを、嘘をつけない桜子はまだ知らない。
次回
【第N話】神の遺言




