あやかし専門 逃がし屋“うさぎ” 3話
連載 (カクヨムコン)、または公募の予定です!
日程などはまだ未定、三話までの動向を見て決めようと思います!
「なぁあんた、ダットさん」
「なんだ」
真夜中過ぎ、井の頭通りは車もまばらで、ダットは制限速度を少し超えた速度で車を走らせている。
そんな彼の肩越しに、サブは質問を投げかけた。
「さっきから右手使ってねえけど、どうしたんだよ」
「ん、ああ」
ダットは右手を上げて、後部座席のサブに見せる。
その手首から先は、暗い車内でも分かるほど、どす黒く変色していた。
「お前さんとこの若頭に噛まれてな。蛇毒にやられてんだ」
「なっ……!」
「身体の方に回る前に毒抜きしねえといけねえんでな、少しばかり急いでるところだ」
「あんたの相棒ってやつのとこか。どこにいるんだよ」
「吉祥寺だ。このスピードなら5分もかからねえ……っつぅ」
「だ、大丈夫なのかよ」
「大丈夫じゃねえから急いでんだよ」
そう言うとダットはさらにアクセルを踏み込む。もはや高速道路さながらのスピードになっているが、彼は慣れた手つきでハンドルを捌き、まるで危なげなく車を走らせていた。
「吉祥寺駅に近くなれば、警察の目も増える。最悪捕まったらサブ、お前身代わりな」
「は!?」
「ま、大丈夫だよ。切り札もあるしな」
「切り札?」
「……」
「おい?」
「サブさん」
雪緒に袖を引かれ、サブは乗り出しかけた身体をシートに沈める。
やがて車は吉祥寺駅から少し外れた、住宅街の駐車場に停まった。
「ついたぜ。悪いが急いでくれ、手遅れで片腕になりたかねえんでな」
ダットがドアを開くと、サブ達も狭い後部座席から這い出してくる。
「こっちだ、ついてきてくれ」
ダットは駐車場の出口とは逆、金網の壁に向かって歩く。
その片隅にある物置の扉を開くと、そこには地下へ続く階段があった。
「な、なんだこれ……」
「一応隠れ家なんでな。こういう仕掛けになってんだ」
階段を降りた先は、意外なほど明るい通路になっていた。床にはカーペットが敷いてあり、隠れ家という印象とはだいぶ違っている。
少し歩くと奥に鉄製の扉が見えた。ダットが傍らの指紋認証キーに指をかざすと、扉の中でカチャ、と鍵の開く音がした。
「あ、一応言っておくが、この奥にはバニィ、つまり俺の相棒がいる。……見ても驚くなよ」
「え?」
「行くぞ」
重々しく扉が開く。その先にあったのは、昔ながらの和室だった。
彼らが入ってきた対面には開けっ放しの引き戸があり、向こう側に台所が見える。
左手の壁に襖が備わっているところを見ると、この隠れ家にはまだ他にも部屋があるようだ。
部屋の床には畳が敷かれ、真ん中には掘り炬燵が鎮座している。まだ冬には早い時期だからか、布団は掛けられていなかった。
壁には箪笥や本棚などが置かれ、いかにもここで生活している雰囲気である。
その炬燵の向こう側、ダット達が入った扉の反対側からは、少し幼げな声で鼻歌が聞こえてきた。
「ふふふんふふふんふふふふふん♪ とっても上手に焼けましたー!」
「バニィ、客だ」
「ん? あ、おかえりダット」
ダットが呼ぶと、声だけが返ってくる。
「ちょっと待っててー、今こんがり肉を大量生産してて」
「すまんがちょっと緊急事態なんだ」
「……んーわかった」
「……これが、逃がし屋の隠れ家?」
やたら生活感のある部屋。
やけに呑気な会話。
そしてその相手はおそらく、少女。
果たして、ゲーム機を片手にのそのそと身を起こしたのはやはり少女だった。
中学生くらいだろうか、上下明るいグレーのスウェットに細い身体を包み、長い髪を後ろでしばり、化粧っけは全くない。
そのくせ目鼻立ちはくっきりしており、いわゆる“猫っぽい”顔をしていた。
「緊急事態ってなぁに……! ダット、その腕!」
「蝮の若頭にやられた。……頼めるか」
「もちろん! あ、あなた達がお客さんね? あたしはバニィ、ダットの相棒よ」
「あ、俺はサブ、この人は雪緒さんって言って」
「悪いけど一時間ほど待ってて! お茶とかお菓子とか、そこの台所にあるから好きに! 行くよダット!」
「てことで、この腕なんとかしてくる。すまんが、楽にして待っててくれ」
「あ、あぁ……」
ダットの右腕を見たバニィが、慌てた様子で襖に手をかけ、奥に入っていく。ダットがそれを追い、後にはサブと雪緒が残された。
――――
「……と、とりあえずお茶入れます、ね」
「あ、すんません。……雪緒さん、この部屋大丈夫すか、暑かったりは」
「大丈夫ですよ。確かに涼しい方が好きですけど、暖かいのがダメってわけじゃありません。ラビットではダットさんが冷房を付けてくれてましたけど、いくら雪女だからって、溶けちゃうわけではないので」
「そうなんすか」
「ええ、温かいお茶も好きですよ」
そう言ってくす、と微笑むと、雪緒は台所に向かった。
手持ち無沙汰になったサブは、炬燵の傍らに座り、手を後ろにつきながら部屋を見回す。
――なんてことのない、ごく普通の和室。
だが、その“ごく普通”がむしろ、その違和感を生み出していた。
――ほんとにここが逃がし屋のアジトなのか? ただの家にしか見えねえけど……。
「お待たせしました」
ぼーっと考え事をするサブに、盆に急須茶碗と煎餅をのせて戻ってきた雪緒が声をかける。
主人のいない居間で客人が二人、茶をすする。
今が真夜中過ぎで、ついさっきまで修羅場からの逃避行をしていたとは思えない落ち着き具合だった。
――雪緒さん、だいぶ回復してきてるな。
彼女の様子を見ながら、サブは安堵した。
文字通り身も心もズタズタにされ、それでも休むことなく融けない結晶を作らされつづける日々。
世話役を任命された時は“しょせん使い捨ての人外”としか感じていなかったサブが心変わりしたのは、結晶を作成する工程を知った時だった。
「異界って、どんなところなんでしょう」
「雪緒さんも知らねえんすか」
「ええ。聞いたことはありますけど、行ったことはなくて」
「……そこに行きゃ逃げ切れるって話だし、悪いところじゃねえっすよ、きっと」
「そうですね……」
雪緒が湯呑みを置き、サブを見つめる。
その視線の優しさに、面映いような、照れ臭いような居心地の悪さを感じたサブだった。
二人が茶を二杯飲み干したところで、再び襖が開く。
「すまん、待たせたな」
「ごめんなさいね、お待たせしちゃって」
そう言いながら入ってきたのはダットとバニィ、のはずだった。
が。
「あら?」
「……ここ、他にも人がいたんすか?」
そこに立っていたのはダットともう一人。
さっきの少女とよく似た、二十歳を超えたくらいの美人だった。
少女と同じく細身ではあるが、彼女より背も高く、女性らしい丸みを帯びた体型をしている。
「え? あ、そうか」
彼女は一瞬キョトンとした表情になったが、すぐに納得したように笑いかけ、いたずらっぽい顔で言った。
「とっても上手に焼けましたー!」
「……え」
「あ、あんた……」
「……おい、ちゃんと説明しろって。二人ともすまんな、こいつはバニィだ」
「……はい?」
「バニィ、さんっすか!?」
「そうよー、こんな美人さん、見間違えちゃ困るわよ、サブくん」
少女と同じ名を名乗る彼女は、サブに向かって妖艶な笑みを投げかけたのだった。




