あやかし専門 逃がし屋“うさぎ” 2話
連載 (カクヨムコン)、または公募の予定です!
日程などはまだ未定、三話までの動向を見て決めようと思います!
「行かせねえ、だと?」
裂山が薄く笑う。
それは既に獲物を捕らえた、獣のような笑みだった。
「行くか行かねえかは俺が決める。てめえにその権利はねえんだよ、この歌舞伎町ではな」
さっき気絶させた一人を除き、残る子分が同時に動き出す。
一番前の子分がダットの横を通り過ぎようとした時、ダットは体勢を変えずに身体を子分にぶつけた。
軽く当てたように見えたそのタックルはかなり強かったらしい。子分はそのまま真横に吹き飛び、壁にぶつかって肺の中の空気を全て吐き出す。
「がっ……かはっ」
「行かせねえっつったろ? ガキがうろちょろするんじゃねえよ」
そう言いながらもダットはすでに次の行動に移っていた。
急いで奥に行こうとする別の子分の足を踏み、踏んだ足を軸に顔面に頭突きを入れる。たまらずのけぞる彼に追撃の前蹴りを入れると、他の子分を巻き添えにしながら盛大に吹き飛んだ。
「てめえ……」
「下っ端使って高みの見物かよ。だがその下っ端がただのチンピラじゃあ、ちと物足りねえぜ?」
ダットの目が細くなり、口角がにいいっと上がる。
「調子のってんじゃねえぞ、人間如きがっ」
「ふんっ」
裂山の長い腕が鞭のようにしなり、左右からダットの顔面に襲い掛かる。ダットはそれをギリギリまで引きつけ、首をひょい、と捻って躱した。
「ちっ!」
「やる気になったかよっ!」
攻撃を躱して反った身体をそのまま後ろに倒しざま、ダットは左手に持った包丁を裂山の腕目がけて振った。
ぞぶ、という肉を斬る感触と共に、彼の腕と顔に鮮血が飛び散る。
「くそがっ!」
腕を斬られたにも関わらず、裂山は大きく一歩踏み込み、今度は上から腕を叩きつけた。
ダットは大きく体を反らして避けようとするも無理と判断し、腕を交差させて鉄槌を受けるが、衝撃に耐えきれず床に叩きつけられる。
「おらあああっ!!」
続けざまに拳を振り上げる裂山だったが、その時には叩きつけられたはずのダットは、そこにいなかった。
ほんの一瞬、裂山の動きが止まる。次の瞬間、裂山の左腹が弾けた。
素早く横に回ったダットの右フックが、彼の脇腹に突き刺さったのだ。
「ぐはっ!」
「まだっ!」
たまらず身体をくの字に歪めた裂山に、ダットが追撃を加えていく。
みぞおちに膝を入れ、下がった裂山の顎に掌底を叩き込む。
たまらず腕でガードするも、その上から連打を加えていく。次第に裂山のガードが緩くなる。
とどめとばかりに顔面に拳を捻り込んだところで、ダットの動きが止まった。
「……!」
「くひっ……!」
ダットの拳に、裂山の牙が突き刺さっている。
刺さった牙からゾワリ、と嫌な感触が拡がった。
「……毒か」
「ピット器官で疑うべきだったなぁ」
ぞろり、とダットの拳から牙を抜き、裂山が嗤う。
「蝮にもピット器官はあるんだぜ」
「ちっ……」
ピット器官を持つ蛇は、その種類が限定される。
ニシキヘビなど、哺乳類つまり恒温動物を捕食する種に備わった器官で、その多くは毒を持たない蛇なのだ。
裂山の言う「蝮にも」という意味はこれである。
つまり、裂山は蝮のあやかし、ということであった。
「くっ……」
「即効性の神経毒だからよぉ、これでてめえの腕はしばらく使い物にならねえなぁ? つーか、そのまま死ななきゃいいけどなぁ!」
「この……クソ蛇が……っ」
「おーいおい、そんな口利いていいのかダット先生?」
そう言うなり、裂山のつま先がダットの腹に突き刺さった。
くの字に折れ曲がるダットを、今度は裂山が蹴り、踏みつけ、にじる。
見る間にダットの顔や腕から血が滲み、赤く腫れ上がった。
裂山の吊り上がった口の端から、細長く2つに割れた舌がちろちろとのぞく。
踏みつけようと、一際大きく振り上げた脚の足首を、ダットが掴んだ。
「あ? まだ抵抗するのか?」
「……ようやく掴めたんでな。ところでよ、若頭」
「あぁ?」
「だいぶ動きが鈍ってるぜ? そろそろオネムなんじゃねえのかい?」
「……!」
言われて裂山の動きが止まる。
その目は驚愕で見開かれていた。
「図星ってところかよ。あんたの温度計もいい加減ポンコツだなぁ?」
「てめえ……何しやがった」
「別に何も。ただ、ここにはついさっきまで雪女がいて、そのために冷房を全開にしてるだけだ」
「冷房、だと……」
「どうやら、外気温を測るのは無理だったらしいな。興奮して気づかなかっただろうが、今この店の中は外より気温が低いんだぜ? さしずめ忍法冷遁の術ってところか」
今度はダットが口角を上げる。
「雪女の世話を人間、サブにやらせてたのも、環境の問題があるからだよな?」
「ちっ……!」
「あんたが変温動物のあやかしで助かった。……さて、あんまりあいつらを待たせてもいけねえ。俺はいくぜ、若頭」
「てめえ、このままじゃ済まさねえぞ……」
「まあそうだろうなあ」
「ぜってえ逃さねえ……」
「そりゃあ困るな」
既に後ろを向いて歩き出していたダットが背中越しに嗤う。
「逃がし屋は依頼人を逃すのが仕事だからなぁ」
「ああ?」
「自分が逃げるのは苦手なんだよ」
「く……そ……」
「朝になったら帰れよー」
そう言って手を振るダットの姿を、裂山は見る前に意識を手放していた。
――――
「待たせたな、行こうか」
サブと雪緒の待つ車に乗り、エンジンをかける。
ロータリーエンジンが、きめの細かいアイドリングを唸らせ始めた。
真夜中のややハイペースな道の流れに合わせ、ダットはアクセルを踏み込む。
甲州街道の流れに乗ったところで、サブがダットの後ろから声を掛けた。
「な、なあ、若頭はどうしたんだよ?_」
「気持ちよく冬眠してるよ。さすがは蝮のあやかしってところだな」
「冬眠?」
「ああ。蛟會ってのは、蛇のあやかし、妖怪が中心になってんだ。お前が盃をもらったのも、寒さに弱いあいつらの代わりに雪緒ちゃんの世話をさせるためだったんだろうな」
「雪緒の……」
サブは何かを考えている風だったが、今度は話題を変えて質問してくる。
「行くって、どこ行くんだよ?」
「俺の相棒んとこだ。そいつがお前らの逃げる場所を知ってる」
「逃げる場所、ですか」
さっきより随分滑らかに声が出るようになったのか、雪緒が透き通る声で尋ねる。
「ああ。詳しい話は俺の相棒、バニィに聞いてくれ」
車は法定速度よりやや速い流れに乗り、環七を過ぎたところで井の頭通りに入っていった。




