乙女ゲームのモブに転生したので、男装薬師になって虚弱な推しキャラを|健康体《マッチョ》にします~恋愛? 溺愛? 解釈違いです~ 3話
連載予定あり
投稿開始日は未定(1か月以内に投稿開始予定)
投稿サイトは「小説家になろう」「アルファポリス」
私とアンティ嬢の距離に気がついたアトロが荒い足音を立てて近づく。
「離れろ!」
アトロが片膝をついている私の肩に手をかけて引っ張った……が、私の体はまったく動かない。
というか、アトロの力の入れ方が無駄だらけ。私を動かしたいなら手先だけの力ではなく、腰を落として全体重を使わなければ。
「な、なんだ!? 石のように動かない!?」
驚くアトロにアンティ嬢がお願いをする。
「お兄様。レイ……様と二人でお話させていただけませんか?」
「なっ!? ふ、二人で!? 婚約者でもない男と二人きりになりたいなど……」
明らかに動揺するアトロにアンティ嬢が黒瞳を潤ませ、胸の前で両手を重ねた。
「お願いいたします」
美少女からの上目遣いのお願いポーズ! これは効く!
アトロがグッと息を呑むのが分かった。そこから額を押さえて苦悶する。
そこにアンティ嬢のトドメの一声。
「お兄様……」
「ガハッ!」
甘く縋る声に貫かれたアトロが胸を押さえて床に沈む。温和で知的なイケメン攻略キャラだったはずなのに、その様相は微塵もなく。
「わ、わかった。五分だけだぞ」
「ありがとうございます」
アトロが推しを連れて部屋から出て行く。
(推しだけは置いていってぇぇぇえ!)
声に出せない叫びをどうにか堪えていると、二人を見送ったアンティ嬢が息を吐きながらベッドに倒れた。その顔は青白く、苦悶に満ちている。
これまでの気丈な声が一転、力の無い声でアンティ嬢が申し訳なさそうに微笑んだ。
「……このような姿で、申し訳ございません」
「無理をしないでください」
焦る私にアンティ嬢が目を伏せる。
「座っているのも辛くて」
「私に気を使わず。楽な姿勢になってください」
「ありがとうございます。どうしても、お話したいことがありまして。私の目の奥に虹があることに気づかれたのでしょう?」
ここは下手に誤魔化して話が長引いたら、アンティ嬢の負担になる。
私は余計なことは言わず黙ったまま頷いた。
表情を消したアンティ嬢が顔を天井に向ける。
「私は真実の目と呼ばれる瞳を持っています」
「真実の目?」
そんな設定、ゲームでは出てこなかったような……そもそも、アトロの妹はゲームに登場しなかった気がするけど……
私が記憶を辿っていると、アンティ嬢が小さく頷いた。
「はい。その名の通り、真実を見る目です」
「あ、それで私の性別を見抜いたのですね」
「はい。話が早くて助かります」
アンティ嬢が息を吐いて目を閉じた。
胸の上に手を置いた姿はまるで眠れる森の美女のよう。王子がキスをした気持ちが分かる……って、私は男装しているだけ。男にはなっていないから!
自分に言い聞かせていると、アンティが目を閉じたまま話を始めた。
「この目は見たくないモノまで見えてしまいます。今までも、幾人もの治療師が回復魔法で私を治そうとしました。しかし、その本心は宰相である父に気に入られたい。我が侯爵家の専属の治療師になりたい。という己の欲ばかり。誰も私を見てはいませんでした」
「それを言ったら、私も欲にまみれていますよ? 正直なところアンティ嬢を治療するのは、別の目的がありますから」
どうせ黙っていても真実の目で分かること。
包み隠さずに言うと、アンティ嬢が目を開けて面白そうに笑った。
「その部分も見えました。ですが、それよりも体を健康にしたいという、強い意志が見えました。あなたは、その身をもって苦しみを知っている。だから、相手の体の健康について誰よりも真剣に向き合う。そんな、あなたの治療を受けたいと思いました」
私より年下、十五歳とは思えない思考と雰囲気。これもゲームの設定の影響なのか、それとも侯爵家という環境のせいか。
もしくは真実の目で、いろんな人を見てきたからか。
「その話をするために私と二人に?」
私の質問にアンティ嬢が首を横に振る。
「いえ。あなたの本当の名前を教えて頂きたいと思いまして。真実の目では名前まで見えませんから」
「それでレイソックとは呼ばなかったのですね」
「はい」
私は立ち上がりズボンのままカテーシーをした。
「名乗りが遅れて申し訳ございませんでした。マルッティ・ヤクシ・ノ伯爵が娘、レイラ・ヤクシ・ノと申します」
それまで暗かったアンティ嬢の顔がパァァァと明るくなる。
「レイラお姉様ですね! 素敵なお名前です!」
嬉しそうに微笑むアンティ嬢とは反対に私は背中がゾクゾクとした。
むず痒いというか、お姉様呼びは私のキャラではない。お姉様といえば、金髪縦巻きロールで扇子を片手にオホホというイメージ。
私は引きつりそうになる顔を堪えて訴えた。
「も、申し訳ございませんが、その呼ばれ方は慣れておりませんし、このような姿なので、他の呼び方をしていただけると助かります」
「そうですね。では、レイ様でもよろしいでしょうか?」
それならレイラでもレイソックでも使える。
「はい。その呼び名でお願いいたします。あと、私が女ということは、二人の秘密に……」
言いかけたところで無造作にドアが開いた。
「二人の秘密とは、何だ!?」
部屋に飛び込んできたアトロにアンティ嬢が呆れたような顔になる。
「三十秒早いですわ、お兄様」
「それぐらい誤差だ」
「私のことを心配しすぎだと思います」
「これぐらい普通だ」
ゲームでのアトロは温和な知的キャラだった。それが、これでは…………私はふと呟いた。
「妹溺愛者?」
アンティ嬢がその通りとばかりに頷く。
「そうですわ。シスコンです! お兄様はシスコンです!」
「なっ!? ち、違う! そんなことはない!」
「いいえ! お兄様はいつも私のことばかり。シスコンという言葉がピッタリです」
「そんなつもりはなくてだな」
言い合いを始めた二人を置いて私は廊下を覗いた。右も左も無人の長い廊下があるだけ。
(推しが、どこにもいないっ!?)
慌てた私は部屋に戻ってアトロに訊ねた。
「あっ、あの! 一緒に来ていた魔法師団の副団長の……」
「リクハルドか? あいつなら研究の続きがあると帰った」
「帰った!?」
私はその場に崩れ落ちた。
(せっかく推しが見られたのに……もっと、見ていたかったのに……ボーナスタイムが終わってしまった……)
沈む私にアトロの声が刺さる。
「さっさと薬とレシピとやらを作ってこい。名前を出せば屋敷に入れるようにしておく」
「……分かりました」
暗い影を引きずりながら侯爵家を後にした私は、悲しみに暮れながら自分の屋敷までの大通りを歩いた。
「プロテイン……飲んだらば……筋肉もりもりばーきばき……推し見たい、推し見たい、壁になりたい、推し見たい……はぁ……」
負荷をかけていないのに背中に重りを背負っているかのように体が重い。
(やっと生で見られたのに……でも、推しのピンチを救うことはできた、はず……そうよ!)
顔をあげて空を見る。雲の隙間から差し込む光が祝福するように私を照らす。
「私は推しを守った!」
拳を作って掲げると、風にのってミントの香りが私の鼻に触れた。
「これはっ!?」
袖にかぶりつき、匂いを嗅ぐ。ミントのように爽やかで、それでいてほんのりと花のような甘い……倒れかけた推しを支えた時に、匂いが移った!?
「あぁ、これが推しの匂い……これだけで、ご飯三杯……いや、五杯はイケ……ハッ! この匂いの香水を作れば、いつでも推しの匂いが嗅げるのでは!? この匂いを忘れないうちに……」
ドンッ!
立ち止まっていた私の肩に何かがぶつかった。
「いってぇな! 肩が外れちまったじゃねぇか! 治療費よこせ!」
これまたベタな当たり屋のセリフ。
呆れながらも声の主を見れば、これまたベタな傭兵崩れ。筋トレをしていないのか、筋肉が崩れて脂肪が多くなっている。
スキンヘッドの大きな体が左肩を押さえて私に怒鳴った。
「何、黙ってるんだ! さっさと治療費を払え!」
「どうした?」
「何かあったか?」
傭兵崩れの仲間らしき男たちが集まる。いや、全員傭兵崩れっぽい。一度は鍛えられた筋肉が残念なことになっている。あぁ、鍛え直したい。
男たちがじろじろと私を見てニヤリと汚い笑みを浮かべた。
「なかなかいい服着てるなぁ」
「どこの坊ちゃんか知らないが、痛い思いはしたくないだろ?」
「それとも自分の治療費も払うようになりたいか?」
話ながら私を囲んで逃げ道を塞ぐ男たち。
私は男たちの動きに注意しながらスキンヘッドの男に言った。
「すみません。外れた肩は直しますので、肩を見せてください」
「は? 何を言って……」
戸惑うスキンヘッドの右肩に触れる。三角筋があるべき部分が凹んでおり……
「あ、本当に外れてた。治しますね」
「は? いでぇ!?」
ゴリッという音とともに外れていた肩をはめる。まさか、あれぐらいで肩が外れるなんて。
筋肉を制するのは筋肉。健康体を目指す者ならば、体の構造を知っておくことは必須。究極の健康体に近い祖父からの教えと言葉。
あとヤクシ家の者として治療の心得はある。
私は肩を押さえるスキンヘッドから離れた。
「これで治りましたよ。もしかして、よく肩が外れます? 癖になったらすぐに外れるので、気をつけたほうがいいですよ」
私を囲んでポカンとする男たち。だが、その内の一人が慌てたように言った。
「そんな簡単に治るか! デタラメを言うな!」
「でしたら、回復魔法もかけましょうか?」
独学だが初歩の回復魔法なら使える。外れていた肩ははめたから、あとは傷ついた筋を回復させるだけ。それぐらいの魔法なら私でも使える。
スキンヘッドが疑うように私に訊ねた。
「お、おまえ治療師なのか?」
正確には薬師であって、治療師ではない。かと言って、ヤクシ家の名を出したら面倒そうな気配を察知した私は言葉を濁した。
「まぁ、そんなもんです」
スキンヘッドが私に手を伸ばしてきた。
「頼む! 治療してほしいヤツが……ぐわぁ!」
私は反射的にスキンヘッドの腕を掴み、激痛のツボを押していた。これは祖父から直々に教えてもらった護身術の一つ。スキンヘッドが痛みで地面に膝をついた。
周囲の男たちが殺気立つ。
「てめぇ!」
「何しやがる!」
「離しやがれ!」
男たちが私と距離を詰めようとしたところで、意外な声が遮った。
「騒ぐんじゃねぇ!」
制したのはスキンヘッド。一瞬で男たちに緊張が走る。
「こいつを頭のところにお連れするぞ」
明らかに動揺する男たち。
「こ、こいつを!?」
「アジトに連れて行くのか!?」
「何故だ!?」
口々に出る反論にスキンヘッドが地面に崩れたまま説明する。
「頭とチビたちが、あのままでいいのか? こんなチマチマした方法じゃあ治療費もロクに稼げねぇ」
沈黙が落ちる。先程のまでの荒々しさと威勢が消え、空気が重い。
私はスキンヘッドの腕を放して訊ねた。
「つまり、治療してほしい人がいるのですか?」
「そ、そうだ」
私は空を見上げた。太陽の位置からして、もうすぐ昼の鐘が鳴る時間。アンティ嬢の薬を調合して、推しの匂いの香水を作るから逆算すると……
「夕方までには家に帰りたいので、その時間までに解放してもらえるなら行きます」
再びポカンとした顔で私を見る男たち。
スキンヘッドが疑うように私を見ながら立ち上がった。
「一緒に来てくれるならありがたいが……おまえはそれでいいのか?」
「何がです?」
「こんな……ガラが悪いオレたちに付いてきても。不安はないのか?」
そう言われれば、多少の不安はある。でも、今までのやり取りから、そんなに悪い人には思えなくなってきた。なにより、治療を必要としている人がいて、その人のための行動だったというのなら動かないわけにはいかない。
私は正直に意見を言った。
「たしかにガラは良くないですね。ですが、治療を希望することと外見は関係ないと思います」
「……そうか。ありがてぇ」
こうして私は案内されるまま街の外れへと歩き、今にも崩れそうな古い屋敷へ入った。
そこにいたのは、海苔のような黒髪に海ぶどうのような緑瞳の鋭い目をした美形の青年。背が高く、適度に筋肉がついた体。
ゲームの途中で仲間になる攻略キャラの一人で盗賊の頭領、だけど……
「あんたたち! 堅気に手を出すなって言ってるでしょ!」
その口から出たのは、オネエ言葉だった。




