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#書き出しコロシアム  作者: 玄武聡一郎 企画用アカウント
【後夜祭!!!!!】
44/58

乙女ゲームのモブに転生したので、男装薬師になって虚弱な推しキャラを|健康体《マッチョ》にします~恋愛? 溺愛? 解釈違いです~ 2話

連載予定あり

投稿開始日は未定(1か月以内に投稿開始予定)

投稿サイトは「小説家になろう」「アルファポリス」

 ぼんやりとした前世の記憶。そのほとんどは病室だった。

 目覚めれば体が重く怠く、常に吐き気がしていた。当然、食欲はなく水も欲しくない。治療をしても改善せず、憔悴していく日々。


 そんな、ある日。


 私は別の病室に入院している少年と出会った。友だちがいなかった私は初めての同年代の話し相手に嬉しくなったのを覚えている。

 少年はすぐに退院したが、定期的に私の病室を訪れ、一緒に勉強をしたり他愛のない話をした。


「乙女ゲーム? してみたいけど、この病室はゲーム機を持ってきたらダメなの」

「…………大丈夫。任せて」


 それから数日後。


 少年が乙女ゲーム『救国の聖女~真実の愛を求めて~』を持ってきた。

 とにかく私は嬉しくて、そのゲームを楽しんだ。でも、プレイできるのは少年がいる間だけ。あと私の体調が悪くなるから、長い時間はダメ。


 それでも、推しができたことで私は生きる活力を得た。


 ゲームをするには体力をつけないといけない。そのためには体に栄養を、食事を、とらないといけない。

 私は必死に食べた。でも、食べれば腹痛と嘔吐と下痢。私の体は栄養を取ることを拒否した。

 それでも、私は何をどう食べたら効率よく吸収されるのか。主治医に教えてもらいながら健康体(マッチョ)を目指した。


 そんな、ある日。いつものようにゲームを進めていると、少年が私に訊ねた。


「どうして、そんな引き立て役の魔法師を推すの? 他にも王子とか騎士とかいるのに」

「だって――――――」


 この時、私は何て答えたのだろう……


 蜃気楼のような記憶。少年の顔もおぼろげ。プレイしたゲームも、どんなゲーム機だったのかさえ覚えていない。

 ただ、栄養について勉強したことと、ゲームの設定やストーリーは記憶にあり、推しを健康体(マッチョ)にしなくては、という強い想いだけが頭の片隅にキラキラと残って……



 推しと視線が合うという一大イベント。その衝撃に耐えられなかった私の魂が体から抜け出して、ふわふわと過去の記憶を彷徨う。

 そこでアトロの訝しげな声が私の意識を戻した。


「あの……すみません、あなたは?」


 推しから離れたアトロが人当たりのよい笑みを浮かべる。でも、私を見る目は不審者に向けるもの。

 私は担いでいた三段重ねの木箱を床に降ろした。


「レイソック・ヤクシ・ノです。魔法師団に納品する薬を持ってきました」

「ヤクシ伯爵の子息が自ら? 使用人を使わず?」


 黒い瞳を丸くして木箱を見下ろすアトロ。

 その様子にむしろ私が驚いた。


「これぐらいで使用人を使うのですか?」


 負荷筋トレには丁度いい量なのに、どうして使用人に運ばせるのか。筋トレチャンスを無駄にするなんて勿体ない。

 首を傾げる私にアトロが顔を引きつらせた。


「ヤ、ヤクシ伯爵の子息は活動的なようだ」


 そこに推しがこっそりと研究室のドアを開けて身を滑らせる。


「あっ!」


 気がついた私は閉まりかけたドアに足を突っ込んだ。


「待ってください!」

「……悪質な新聞勧誘か」

「え? あく……?」


 呟き声が小さすぎて聞き取れず。聞き返すか悩んでいると、推しがドアを開けた。


「なんでもありません。何か用ですか?」

「あ、いや、その、あの……」


 推しから漂うミントの香りが私の鼻をくすぐる。


(も、もしかして、推しの匂い!? これが!? 推しの!? 生匂(なまにお)い!? 尊すぎ……)


 無意識に後ずさっていた私は床に置いた木箱に足を取られた。バランスを崩した体がグラリと傾く。


「わっ!?」

「あぶなっ!?」


 私を助けようと伸びてくる推しの手。こんなことで推しの手を煩わせるなんて、言語道断!


「フンッ!」


 私は素早く足を広げて踏ん張ると同時に、大腿四頭筋と腹直筋に力を入れて上半身を起こした。

 掴む目標を失ってバランスを崩した推しが、私の横を倒れていく。


 ガシッ!


 私は反射的に推しの体を右腕で受け止めた。


 重量(ウエイト)のない軽すぎる体。最低限の筋肉と脂肪。艶のない髪に、荒れた肌。

 思わず腕に力が入る。


(必ず健康体(マッチョ)にしなくては!)


 そこにアトロが声をかけた。


「大丈夫か?」


 私の腕の中で呆然としていた推しが慌てて立ち上がる。


「す、すみません」


 腕から温もりが消えたことで私は我に返った。


(お、推しに触ってしまっ!? ど、どうすれば!? 課金!? どこに課金したら許されますかぁぁぁ!?)


 パニックで言葉が出ない私。

 その間に推しが私から離れる。同時にアトロが推しに詰め寄った。


「リクハルド。研究室に逃げようとしただろ?」


 推しが視線をそらす。


「ヤクシ伯爵の令息に対応して頂けるなら、私は必要ないと思いまして」

「そういう問題ではない。本当に呪いや魔法の類いではないか、直接(・・)見てほしい」


 直接(・・)という言葉に顔を歪める推し。

 しかし、アトロは諦めない。


「君が女嫌いなのは知っている。だが、妹はまだ十五歳。社交界デビュー前の子どもだ。魔法の研究対象として見ればいい」

「そういう問題ではありません」

「では、話の方向を変えよう」


 アトロが今までの焦りを消し、胡散臭い笑顔になる。


「魔法師団の研究費」


 その一言で推しの顔が険しくなった。


「妹を助けたら宰相である父の印象も良くなるだろう。だが、逆の場合は……」


 脅しを含んだ声に私は身を乗り出した。


「研究費が削減されてしまうのですか?」


 笑顔のままアトロが頷く。


「その可能性もある、かもしれない」


 職権乱用も甚だしい!


 でも、ここで怒っても仕方ない。宰相は侯爵家で国内でも有数の権力者。

 身分が下の伯爵家の私では何も言えない。推しの爵位はもっと下の子爵。


(もしかしなくても、推しの大ピンチ!?)


 私は推しに迫った。


「行きましょう! 筋肉が解決しますから!」

「いや、私は……」

「行くぞ」


 アトロが推しの腕を掴む。虚弱な推しはその腕を振り払えず、強制的に連行された。



 広大な屋敷の一室。

 淡い水色の壁にアンティーク調の家具。大きな窓には真っ白なレースのカーテン。

 そして中心にはレースとフリルで飾られた天蓋付きベットと、頭元の棚に飾られたぬいぐるみたち。

 私の部屋とは対極の可愛らしさ満載。


 そんな部屋に一人の少女が寝ていた。


「アンティ、調子はどうだい?」

「あまり……変わりありませんわ、お兄様」


 ゆっくりと体を起こす青い髪の少女。長い髪が川のように流れ、顔に影を落とす。

 大きな黒い瞳は伏せられ、薄幸の美少女という雰囲気。いや、実際に美少女。本当に可愛い。


 見惚れかけているとアトロが牽制するように睨んできた。


「研究対象として見るように」


 ドアの前に立ったまま推しが部屋全体を見回す。


「言われるまでもなく。それに、これだけ近くにいても他の魔力は感じません。やはり呪いや魔法ではないと思います」

「だから、もっと近くで見てくれ」


 室内に入れようと推しを引っ張るアトロを私は止めた。


「あの、妹さんと少しお話をしてもいいですか? あと、できれば目と舌と爪を見させてほしいのですが」

「目と舌と爪を見て、どうするんだ?」


 アトロのもっともな質問に私は答えた。


健康体(マッチョ)になるためです」

「どういうことだ?」

「言葉の通りです。今の状況を改善するには筋肉が必要ですから」

「目と舌と爪を見ることが筋肉になるのか?」

「はい」


 半信半疑の目を向けるアトロ。

 それもそのはず。私がこれからすることは、この世界では知られていないこと。

 前世で自分の体を少しでも元気にするため独学で調べた知識と、祖父から教わった薬学の知識を合わせて作った、筋肉育成レシピ。


「……アンティ、いいか?」


 美少女の視線が私に向けられた。まっすぐ私を見ているはずなのに、私ではないナニカを見ているような黒い瞳。

 私をじっくりと観察した美少女がゆっくりと頷いた。


「はい、お願いいたします」


 私はベッドサイドまで行き、片膝を床について目線を美少女に合わせる。


「はじめまして。レイソック・ヤクシ・ノと申します」

「アンティ・クニヒティラです。アンティとお呼びください」

「では、アンティ嬢。爪を拝見させていただいてもよろしいですか?」

「はい、どうぞ」


 差し出されたのは、少し乾燥した真っ白な手。


「失礼いたします」


 細く長い指先にある爪にそっと触れる。平たく柔らかい。淡いピンク色のツメに白い斑点が浮かぶ。


「ありがとうございます。次に舌を見せていただけますか?」


 アンティ嬢が戸惑いながらも小さく口を開けて舌を出した。舌が厚く周囲にはボコボコと歯型が付いている。


「ありがとうございます。体が怠くなる前は、どのような食事をされていましたか? 肉は食べていました?」

「お肉は苦手でして……野菜を中心にいただいていました。ただ、最近はあまり食欲もなくて」

「野菜は炒めていました?」

「いえ。煮るか、蒸し料理です。母が異国の陶器の鍋を使った料理が好きでして」


 原因が掴めてきた私は軽く頷いた。


「では、最後に目を見させてください」


 私はアンティ嬢の白目を覗き込んだ。真っ白のようだが薄く青みがかっている。


「わかりました。これで終わり……」


 アンティ嬢の黒い瞳が目に入る。まるで漆黒の闇のような底が見えない黒。吸い込まれそうなほど魅力的で、その先に輝くナニかがある。


(様々な色が波打つように光って、まるで虹みたいな……って、虹!? 目の中に虹!?)


 ありえない光景に思わず顔を引く。


「どうかされましたか?」

「い、いえ。何でもありません。アンティ嬢に必要な薬を調合いたします。あとは私のレシピ通りに……」


 アトロが私の言葉を遮る。


「回復魔法で治らなかったものが薬で治るものか」


 私は立ち上がりアトロに説明をしようと声を出した。


「それは……」

「お兄様、私はレイ……様の言う通りにしたいと思います」


 今度はアンティ嬢に言葉を遮られた。この兄妹は人の言葉を遮るのが趣味なのだろうか。


「しかし、こんな爪と舌と目を見ただけで作った薬が効くとは思えない。そもそも、薬など時間だけがかかる時代遅れな代物などで」


 苛立ちを隠さないアトロ。

 確かに回復魔法なら短時間で治る。だから、治療師が雇える裕福な貴族の間では、薬は時代遅れという認識になりつつある。


 どう説明するか考えていると、ずっと黙っていた推しがアトロに言った。


「回復魔法とて万能ではありません。ここは他の方法を試すのも手だと思います」

「だが……」

「ここまで私が近づいて検知できない呪いや魔法があるとしたら、それは体に直接刻み込まれたモノになります。そうなると、直接全身を見るようになりますが、そこまでしますか?」

「そ、それはアンティの裸を見るということか!?」


 顔を真っ赤にして叫ぶアトロに対して、推しが冷淡に頷く。


「そ、そんな破廉恥な! ……分かった。ダメ元で試そう」


 渋々、了承するアトロ。


(さすが推し! このまま、ずっと眺めて……いや、その前に推しも健康体(マッチョ)にしないと! まずは薬とレシピの作成のために推しの状態を……)


 あれこれと考えているとアンティ嬢が私を手招きした。


「どうかされましたか?」


 再びベッドサイドに片膝をついた私にアンティ嬢が顔を寄せ、耳打ちをする。


「少しお話したいことがあります、お姉様(・・・)


 思わぬ言葉に私の体が固まった。


(まさかっ!? もう女って、バレた!?)


 そっと横目で覗き見れば、アンティ嬢が小悪魔のように可愛らしく微笑んでいた。


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