冤罪で断首されましたので、悪役霊嬢になって真犯人を探します ~殺しましたわね!?お父様にも殺されたことございませんのに!~ 3話
レオリックさまからキルネクに憑りつき、悪しき企ての証拠を掴むために心の内を読み続けて早や一日。
なにも!
まったく!!
進展がありませんの!!
どうしましょう。もうほんと、どういたしましょう。考えてもみればわたくしが幽霊であることをキルネクに伝えるわけにもいかず。受け身の姿勢で情報が出るのを待つだけでは埒が明きませんわ!!
ああもう! あれだけキリッと名乗りを上げてレオリックさまに出立を宣言した昨日のわたくしを責め立てたい気持ちでいっぱいですの。
手に入るのはどうでもよい情報ばかり。
キルネク家の使用人への働きぶりに対する評価が主に愚痴で占められているだとか、クローゼットの奥の隠し棚に、これまで処刑してきた人々の容姿を格付けした趣味の悪い書類が隠してあるだとか。
かろうじて近い情報と言えば、いまや二日後に迫った王貴会議の後に卑しくも手に入る報奨金とやらで湯治に出掛ける心づもりであるとか。どうしてそこで金銭を受け取る相手を思い浮かべませんのそこで! 余計なコンプラ精神など不要でございますのよ!
悔しいので寝ているキルネクに手を突っ込んで夜通し小声で「首を返せ、首を返せ」とずっと呟いておきました。はぁ、少しすっきりですの。
朝食の場には、キルネク家の令息のお姿がありますが、他のご家族の姿が見えません。
「父上。顔色が悪うございますよ」
「ああ……キュクレイか。どうにも夢見がな。すこし前に処刑したデスコットの娘が首を返せと」
「処刑した者を夢に見るなど、胆力が足りませんネ。家督、ボクに譲りますか?」
令息、キュクレイ=キルネク!! わたくしの処刑を執行した張本人! 身内に対してもこのように嫌味な態度だったのですね。ますます嫌なヤツですわ!
そのでっぷりとしたお腹、丸々と肥えた頬。だらしがないにも程があります。キルネク家に爵位はございませんが、もし、仮に、万が一、よしんば、仮定の話として爵位があったとしたならば、貴族にあるまじき風体だと社交の場でつまはじきにされること請け合いでしてよ。
「ふざけるな。成人したばかりのお前がキルネク家を背負うにはまだ早い」
「酷いや父上。そもそも、カシャーラちゃんの首はボクにくれるって言ってたのに」
おや? これは何か情報が手に入る予感。
これですの、こういうのを待っておりましたのよわたくし!
「仕方がないだろう。何のつもりか知らんが首を引き渡せと言われたのだからな」
「ちぇ。誰にさ」
良い質問ですわ! 少しだけ見直しましてよご令息! 具体的には好感度3ポイント加点です。
「我が息子であろうと今は言えん。首一つでデスコット家を陥れる情報が手に入ったのだから我慢しろ。首を飾るなどという気味の悪い趣味もこの際やめてしまえ」
「ふん、悪趣味はお互いサマでしょう。父上はどうにも秘密主義で困りますネ」
ここです! ここで真犯人を突き止めて見せます!! 真実よわたくしの手に、ですわ!
(あのお方の考えることはよく分からんが……小娘の首一つにあれだけの大金を用意しおったのだ。何かしら使い道があるのだろうよ。まあ、祝福持ちの考える事など詮索するだけ無駄だ。せいぜい都合よく利用だけさせてもらうとするさ。ぬふ。ぬふふふふ――)
んもう! 名前を! 名前をおっしゃいまし! あと当家を陥れる情報とやらの詳細を! 祝福持ちとだけ言われまして、も……?
あ、え? いえ、かなり絞り込めるではありませんか。
陛下と、王子様方、そしてお父様。陛下と第一王子と第二王子は祝福とその内容を公示しておられますもの。
ああ、いえ、レオリックさまのように対外的には伏せている場合も考えられます。他国の者の可能性もありますわね。
……冷静に考えれば考えるほど、それほどの情報ではありませんわね。ぬか喜びさせたご令息の好感度、30ポイント減点ですの。
ただ、キルネク家よりも立場、位が上の者であることは間違いなさそうです。
焦りは禁物ですわ、カシャーラ=デスコット。しっかりと憑りつき、不屈の精神で情報を掴んでみせますのよ。
○ ○ ○
夜ですわー!!!
もうすっかり日も暮れて明日は王貴会議の前日になってしまうではありませんか!
幽霊が何の役に立つと言うのでしょう! わたくしただの浮遊物ですわ! 朝のあれ以降、証拠となりそうなあれこれは見つけられず。
夕食時もキルネクと令息の二人だけでしたが夫人はどうされたのでしょう。その辺りも、なにかしら今回の件に関係がありそうな気がしておりますの。根拠などなく、ただの霊嬢としての勘ですけれども。
とはいえなかなかに尻尾を出さぬもの。
変わり映えのないキルネクの下卑た思考には、ほとほと嫌気がさしてまいります。
(ほう、あの使用人、見ない顔だな。よい体つきをしておる。新しく雇いでもしたか。どれ、ぬふふ……)
んもう、ずっとこのようなことばかり。
キルネクの視線の先には栗毛のかわいらしい使用人。ふくふくと丸みがあってたいへん愛嬌のある方であることはわたくしも認めますの。早く立ち去った方が良いですわね。お逃げなさいと伝えて差し上げたいですわ。夕食の片付けでもして部屋に戻るところなのでしょう。
ああ。わたくしが物を持ち上げることさえできれば、廊下の花瓶をキルネクの後頭部に今すぐにでもぶつけてやりますのに。
「お前、名は?」
「へぇぁ、え、あ、ごごごご主人様!? わわわ私めなどにお声掛けいただくなど畏れ多く――」
「よい。悪いが、夜食を部屋まで運んでくれ」
(ぬふ。嗜虐心をそそる初々しさよ。妻もおらんことだ。この娘に手をつけてもバレはせぬ。後で黙らせておけばよかろうよ。)
最低ですわねこの男。分かってはおりましたが最低ですわね。最も低俗と評して最低ですわね。
ちょっと、お離れなさい。そのにやびた顔をおやめになって、腰にいやらしく回した手も引っ込めなさいまし。
「意味は、分かるな?」
「え、え!? ごごご主人様は、そ、その、奥様が……」
「数日は戻っては来ぬ。もちろん、多少の酬いは出すとも。ぬふふふ」
はー! 上下関係を笠に着て言い寄るなど言語道断! それに対して、主人を立てるためはっきりと断りの意思表示ができないがゆえの控えめかつ精一杯の拒絶! いじらしすぎますわ! 決めました! 今決めましたわ! わたくし、このメイド嬢をなんとしてもお助けいたしますの!!
こうなったら驚かすため大声奇声の一つや二つ叫ぶ準備はいつでもありましてよ!
(念のため、妻には書類一式を持たせてトレイズ領に逃がしておるからな。たまには火遊びも悪くない。たとえデスコットやレオリックの使いが家捜しに来ようが、盗賊まがいの私兵を忍ばせようが、無いものは無いのだ。ぬふふ、ぬふわははは!!)
えっ。
「はぁ。やれやれ。やってらんねぇ」
えっ?
「む、何だと、メイドの分際で――」
「想定通りすぎて退屈だっつってんだよ白ブタ野郎」
えぇっ?
「貴様、メイドではないな!? 何者――ぐがぁっ!!」
ええぇぇっ!?
ふくよか可愛らしいメイド嬢が、腰に回された手を捻り上げ、キルネクの体勢を崩したところに見事な掌底をお見舞いなされましたわ!!
わたくし、理解が追いつきませんの! 何が起こっているのか分かりませんが、あまりにも見事な撃退には拍手喝采したい気分です!
いえですがそれよりも、吹き飛ばされたキルネクがわたくしの方に倒れ込んでくることの方が由々しき事態ですわぁぁぁ――――
○ ○ ○
「ったく。つまんねぇ仕事はさっさと仕上げるに限るぜ。バカ息子もシメといたから、今のうちにパパッと目当てのモンを探して――」
「まったくもう。びっくりいたしましたわ」
「うぉっ!!? 起きやがった!? 嘘だろ完璧に急所に入れたのに!」
はて。
見目、とても可愛らしくまるやかな、お強いメイド嬢とばっちり目が合っている気がするのですけれど。わたくし、幽霊ですわよね? そんな殺気だった目で見られましても――
「今度こそ大人しく寝てやがれッ!」
彼女の肘が顎に入って視界が揺れますが、あれ!? もしやわたくし、殴られておりますの!? 痛みなど皆目ありませんけれど、だからといって殴られたいわけではございません!
幽霊とて殴られれば痛いのです! 主に心が! おやめに! おやめになって!
手を突き出してみれば、視界に入るのは一日憑きまとっていたせいでよく見知ったるキルネクの手。
ん?
んん??
窓を見れば、夜を映したガラスを通してしっかりと視線の合うキルネクの顔。わたくしがひょいと手を挙げれば、映っているキルネクもまた手を挙げて。
「どういうことですのーー!」
「倒れねえ! なんだコイツ!?」
「何が起こっておりますのぉぉぉ!!?!?」
「野太い声で叫ぶな! こっちが聞きてえよ!」
はっ!
これはもしかして憑依とやらでしょうか。わたくしがキルネクになってしまったことは非常に由々しく不愉快極まりない事ではありますが体の主導権があるならば出来ることは無限大ですの!
「好機! キルネクの悪事を暴き出す千載一遇の好機ですわ!! いざやキルネクの自室へ!!」
「あ、おいちょっと待てコラ!」
風のように疾く走り抜け、キルネクめの部屋へ。うしろから少々お口の悪いメイド嬢もついておいでになりましたわね。先ほどの物言いからして少なくともキルネクの味方ではなさそうですの。
ええと、確かこのクローゼットの奥の、隠し棚の下に――あぁ、ありましたわ。
これまで処刑してきた罪人たちを格付けした趣味の悪い書面。本当に人間性を疑いますわ。何より許せませんのはわたくしの格付けが最上ではなく中の下とされていたことに他なりません。
メイド嬢は警戒を解かぬままこちらの動きを見張っておられますが、部屋の中を見渡して目ぼしいものがないか探しておられるようです。
「お前、いったい何モンだよ」
「わたくしはカ――、あ、いや、えと、吾輩はキルネクの裏の人格であるぞですの」
「うん、分かんねえ」
「先の一撃で悪は討たれ、心の奥底の良心が表に、とかそういう……」
「キルネクの野郎に良心なんざ欠片ほどもないだろ」
「ですわよねぇ。と、ともかく、あなたの味方です! ささ、この悪趣味な書面を明るみに!」
渡したそれをぱらぱらと見て、メイド嬢が顔をしかめ。
「……下衆な趣味だぜ。なるほど、こんな私欲にまみれたもんが表に出たら処刑執行官としての信用は地に墜ちるだろうな。でも、こいつじゃねえ」
「え……?」
「レオリック様を嵌めようとしてるらしいじゃねえか。その証拠。それ出せ」
味方! 完全に味方ですわこのメイド嬢! 目的が完全に一致しておりますの! なんと運がいいのでしょう。情報の開示已む無しですわ! あ、いえですがしかしその証拠は確か。
「ここにはありませんの。キルネク夫人に持たせてトレイズ領に持ち出しているとか」
「はぁ!? トレイズ辺境伯まで関わってんのかよ……思った以上に大事じゃねえか面倒くせぇ」
国王陛下からの信が厚いトレイズ伯も敵方だなどと思いたくありませんが、事態は思っているよりも大きく、それでいて複雑であることは間違いなさそうです。
「てめぇの都合で殺されたヤツもさぞいるんだろうよ。例えば、ほれ」
格付書類のわたくしの頁をぺしと叩いてメイド嬢が溜息を一つ。
「こないだ、やんややんや喚いた末に処刑されたこの御令嬢もそうだろ。ったく、どうせなら化けて出るくらいの気合いが欲しいもんだぜ」
「あ、はい、すみません」
化けてはおりますの。化けて出てはおりますのよわたくし。何せ幽霊ですので。思っていたほど幽霊に自由と人権と移動手段がなかっただけで。
「ま、イイや。あとは適当に帳簿辺りもらってくぜ。裏金や賄賂の一つや二つあんだろ」
「あのっ!」
ちょっとお待ちになって!
わたくしをこのままにして行くおつもりですの!? わたくし、きっとあなたの味方でしてよ! 逃げるならば是非わたくしも共に!
「お立ち去りになる前に、殴ってくださいまし!」
「なんか気味悪ぃからヤダ」
「後生です! 後生ですわ! 素手が嫌ならばそこの花瓶でガツンと!!」
近づいていただけさえすれば、メイド嬢に憑くことができると思うのですが、どうなのでしょう。
感覚としては、こう、寸法の合わない服を無理やり着ているようなものに近いですので、思い切り引っ張っていただければ、おそらくなんとかなりそうですわね。
溜息をつくメイド嬢がぶるんと腕を回しながらこちらに近づいてまいります。あと二歩、あと一歩……ここですわ! ここでしっかりメイド嬢に憑いて、離さないように――!
あ、抜けた! 抜けましたわ! 助かりましたわー! 殴られたキルネクが糸の切れた人形のように倒れましたが、一片程の憐憫の情もございませんわ!
(やっと倒れやがった。何だったんだほんとに……。まぁいいや、さっさと帰るか。独断で勝手に屋敷抜けて来ちまったからな。)
○ ○ ○
彼女が屋敷を出て、軽快に走りながら夜道を抜けるにしたがって、周囲の景色が流れてゆきます。
して、このふくふくと見た目だけは可愛らしく口の悪さは一級のメイド嬢はいったどこのどなた様なのでしょうか。声をかけるべきか否か。少々迷いますわね。それよりも、憑依の影響でしょうか、わたくし、少し眠気が。幽霊になってから、眠ったことなどありませんでしたのに。
(でもま、こいつがありゃレオリック様も喜んでくれるだろ。よくやった、なんて言ってもらえたりしねぇかなぁ。しねぇだろうなあ。ほんと無言、無表情だからなあ。人形に仕えてる気分になるぜ。)
まあ、この方レオリックさまの御付の方でしたのね。ありがたくも天運が味方しておりますわ。
そしてどうやらレオリックさまの祝福のことはご存知ないご様子。
(いやでもみんな分かってねぇよ。レオリック様の良さをよぉ。彫刻王子だなんて言われてっけど、心根は優しいんだ。何年もお世話してんだ。無言でも分かるぜ。いつか心を開いてもらえるように、もっと頑張らねぇとな。そしたらよぉ、真実の愛に目覚めたとか言ってもらっちゃったりしてゆくゆくは……でへへへへ)
ああ、この方。この方は、レオリック様の内面をしかと見ておられるのですね。わたくしなどよりも、ずっと前から。
考えてみればわたくし、確かにレオリックさまより愛のお言葉をいただきましたし、それが本心であることは微塵も疑いませんが……わたくしは? わたくしは、レオリックさまの事をどう思っているのでしょう。想いに応えるだけの心があると、そう言えるでしょうか。
ああ、眠いですわ……。
わたくしは確かに、レオリックさまのために行動を起こしました。けれども、思い返してみれば発端となったのは、やはり当家を陥れようとすることへの怒りであったように感じます。
この方のように純粋にレオリックさまを愛しているのでしょうか。
けれど、ああ、意識が暗い穴に落ちていくようで――
わたくし、レオリックさまを……利用しているだけなの、でしょう、か……
ああ、レオリックさま、レオリック、さ――ま――……




