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レベッカ・レベッカは名乗らない

【レベッカ・レベッカについて】

自分にできなかったことを他人に託すことを、私はひどく嫌うのだけれど、だけどもう頼れる相手があなたたちしかいないので、このメモを残すことにする。ごめんね。


あなたたちはこの先の物語で、レベッカ・レベッカの影を追うことになる。

しかし作中のヒントだけではあまりにも真実にたどり着くことは難しい。だからここにヒントを残す。直接的な手がかりを残せないことを、どうか許して欲しい。


一つ、レベッカ・レベッカは概念である

一つ、レベッカ・レベッカは時に実体を有する

一つ、レベッカ・レベッカの恩恵を人々は渇望している

一つ、レベッカ・レベッカは唯一無二の存在であり、どこにでも偏在する

一つ、レベッカ・レベッカは――


――主人公になりたい


 ※

 

『はっは~ん。さては先輩、ターミネーターをご覧になったことがありませんね? ターミネーターが不良から服を奪ったのは、自分が服を着てなかったからなんですよ』


 連続衣服剥ぎ取り殺人事件。

 被害者はもれなく男性。そしてその全員が、衣服をはぎ取られた状態で発見された。

 当初警察は、きわめて倒錯的な男色家の犯行として捜査を進めていたが、とある少女の推理により捜査は思わぬ方向へと舵を切った。


 即ち――犯人はもともと服を着ていなかったのではないか、と。


「結局彼女の言う通り、犯人は全裸で被害者を殺して、服をはぎ取ってから現場を後にしていたんです。なぜなら、全裸で街中を歩いたら目立つからです」


 犯人は元プロボクサー。屈強な男性の目の前で着ていた服を破り捨て、決闘を申し込む快楽殺人犯だった。いや分かるかこんなもん。


「ふぅん、面白い子だね。その、後輩プレイ押し付けっ子ちゃん」

「たしかにあの子は僕の後輩でもなんでもないですけど、そのあだ名はちょっと……。そんなんだから性格悪いって言われるんですよ」

「誰に?」

「僕に」

「失礼しちゃうな。こんなに美人なお姉さんなのに」


 顔は関係ないだろうと、僕は電話越しにため息をついた。

 この人は性格が悪い。具体的には、映画のチケットを買った瞬間にネタバレをかましてくるタイプの性格の悪さだ。

 ちなみに、彼女は映画館のチケット売り場で働いている。救いようがない。


「それにしても驚いちゃった。まさか君がターミネーターも観たことなかったとは」

「観てますよターミネーターくらい。ちゃんと4まで」

「なに言ってるの。ターミネーターは2までしかないでしょ」


 映画マニアの中ではターミネーターは2で終わってるのか。過激派すぎるだろ。


「青年……君は本当に、なーんにも観てないんだねぇ。今度またウチにおいでよ。サービスしてあげる」

映姉えいねえさんがネタバレしないなら」

「それは保証しかねる」


 映姉さんは今時珍しい個人経営の、レトロな映画ばかりを流す小さな映画館で働いている。本名は知らない。映画館で働いてる人だから「映姉」。

 いつからか親しくなって、時折こうして電話で話すようになった、数少ない知り合いだ。


「それで本題だけど――その後輩ちゃんにデートに誘われたって?」

「一緒に遊びに行くだけですよ」

「それを一般的にはデートと言うんだよ。この常識知らず」

「義務教育、受けてないんで」

「……ツッコミにくい返ししないで」


 これは僕が悪かった。


「で、どこに行くの?」

「映画館らしいです」

「え」

「え、とは」

「うちの映画館はやめた方がいいと思うけど」

「行くわけないでしょ」


 電話を切る。

 誰が好き好んでネタバレされに行くんだよ。

 

 ※


『レベッカ・レベッカ! お情けを! レベッカ・レベッカのお情けをぉおお!』

『おいやばいって、逃げろ逃げろ!』

『あぁああ! レベッカ・レベッカぁあああ!!』


 電車の左隣に座った女子高生が、過激な動画を流している。

 浮浪者が意味不明なことを口走りながら撮影主を追いかけ、カメラの前で絶命する動画。

 

「この動画やば。最後血ぃ吹いてんじゃん」

「最近多いねーこういうの。まじ物騒」

「ねー。ってかさぁ。この人ちょー危なかったよね」

「分かる。たまたまおっさんが死んだから良かったけど、そうじゃなきゃ絶対殺されてたよね」


 動画はSNSに投稿されていた。添えられた文章には「狂ったおっさんに追いかけられて危うく殺されかけたwww」とある。

 誰の目にも、動画の撮影者が九死に一生を得たように見えるのだろう。


 だが――


「本当にたまたまでしょうか?」


 右隣に座った自称後輩は、どうやら違うらしい。

 僕の体を覆うように乗り越え、女子高生のスマホを覗き込む。


「は?」

「急に何?」

「はっは~ん、さては皆さん、シャイニングをご存じありませんね? 狂気に駆られた人間に襲われたとき、人はまず武器を手に取るものなのですよ」

「はぁ……」

「しかしこの投稿主は、武器ではなくスマホを構えました。どうしてだか分かりますか? 浮浪者が近々死ぬことを知っていたからです。問題はどうしてそれを知り得たか、ですが……」

「誰、この子? 知り合い?」

「知らない……行こ行こ」


 女子高生たちはそそくさと席を立ち、その場を去った。

 自称後輩は唇を尖らせて「まだ途中なのに」とつぶやくと、僕を見上げた。


「で、当たってますか? 今の推理」

「なんで僕に聞くんだよ」


 少女は応えず、キャスケット帽を指先でくるくる回した。

 やたらと映画を引用して推理する天才探偵。

 自称16歳の自称後輩。

 数か月前にとある殺人現場で出会って以降、こいつはやたらと僕に付きまとってくる。

 僕なんかと一緒にいて、何が楽しいんだか。


「楽しみですねぇ、映画。何か見たいのありますか? 実は私、目を付けている映画がありまして」

「なんでもいいよ。探偵が出てくるミステリーもの以外なら」

「え」

「え、とは」


 自称後輩の指の動きがぴたりと止まる。

 スマホの画面に表示されていたのは、流行りのミステリー映画だった。

 ……終わったな。


 ※


「うっ……おぇぇえ……」


 案の定、僕は映画を最後まで見られなかった。

 猛烈な吐き気に襲われ、上映中にもかかわらず、トイレの中に駆け込んだ。


「……やっぱりダメか」


 顔をあげると、青白い顔がこちらを見ていた。親父に似ている、と言って、何度も叔父に殴られた顔だ。


 僕の両親は探偵だったらしい。過去形で、伝聞系だ。両親はとうの昔に亡くなっているし、叔父が酒に酔って口走らなければ、きっとこんなこと知りもしなかっただろう。


 探偵――なんてクールでカッコいい響きなのだろうか。

 殺人現場に颯爽と現れ、明晰な頭脳で謎を暴き、知的に犯人を追い詰めるミステリーの主人公。

 憧れた。夢だった。

 僕も、両親みたいになりたいと思った。

 ……思ったんだ。


「……はい、もしもし」

「おい、てめぇ。なんで俺に死人の情報売らなかった」

「すみません、先約がいたので」

「ざけんな! 次は絶対俺を優先しろ! いいな!」

「いや、それは……切れてるし」


 かかってきた時と同じように、自分勝手に電話は切れた。

 苦笑する。現実なんて所詮、こんなものだ。


 僕には一つ、特技がある。

 人の死を察知できる。いつ、どこで、誰が死ぬのか、直感的に分かるのだ。屍肉に釣られて愚かに群がるハエのように、僕は死に引き付けられる。

 小さい頃、特殊清掃員だった叔父の仕事を手伝わされていた、その影響なのだと思う。


 叔父が死んで以降、身寄りを失くした僕は、この特技で生計を立てていた。

 意外なことに、この世には死亡事件の第一発見者になりたい人がたくさんいる。


 作家。

 芸術家。

 泥棒。

 訳ありの警察官。

 探偵。

 一般人。

 エトセトラ。


 僕は死の気配を感じたら、そういう客に連絡を入れる。

 被害者は死んでることもあるし、死ぬ直前のこともある。どちらもとても、需要がある。

 さっき女子高生が見ていた動画も、僕が情報を売った客が撮影したものだ。動画投稿者、というやつだったのだろう。


「ま、あいつにはバレてたみたいだけど」

「あいつって私のことですか?」

「……ここ、男子トイレだよ」

「知ってますよ?」


 素知らぬ顔で入ってきた自称後輩は、きょとんと首を傾げた。

 途中で抜けた僕を心配して来てくれたんだろうけど……相変わらず自由だな。

 

「で、なにがバレたんです?」


 隠しても無駄か……。

 僕は観念して言った。


「……分かってるだろ。さっきの動画。撮影主に浮浪者の場所を伝えたのは僕だ」

「やはりそうでしたか」

「すごいよな、お前は。一瞬で見破った。名探偵だ」


 すごいと思う。かっこいいと思う。心の底から――嫉妬する。

 スマホに通知が届き、目を落とす。


『お前のお陰で動画バズったわ! あざっす!』


 乾いた笑いがこみ上げる。

 死の真相を明らかにする探偵と、死を食い物にする僕。

 対比のひどさに辟易した。

 でもまぁ、仕方がないか。僕は所詮――


「僕は所詮ただのハイエナ。人の死を食い物にする畜生なんだから」

「……なんだよ、急に」

「――って、考えてる顔をしてました。ひどく不愉快です」


 別にいいだろ、と僕はそっぽを向く。

 本当に、名探偵だな。


「ねぇ、先輩」

「なんだよ、自称後輩」

「私、今日は伝えたいことがあるんです」

「どうぞ。告白でもしてくれるのか?」

「私とバディを組みましょう」

「……は?」


 何を言ってるのか、一瞬分からなかった。


「バディ、ペア、チーム。なんでもいいです。とにかく、私と一緒にこの街で起きる色んな事件を解決しましょうよ」

「ま、待て。話が見えない」

「 私と組んだら、きっと毎日が楽しいですよ? 超お買い得です! この機を逃す手はありません!」

「待てって、なんで急にそんな話――」

「急じゃありませんよ?」


 ほそい指先が、僕の頬にそっと触れる。


「出会った時から思ってたんです。誰よりもはやく死をかぎ分ける先輩と、いち早く事件を解決できる私。二人が組んだら、最強だなって」

「……本気なのか」

「はい、本気です」


 まるで、映画の冒頭みたいなシーンだと思った。

 鮮やかな物語の気配がする。

 僕が死体を見つけ、彼女が快刀乱麻の活躍で、犯人という犯人を追い詰める。時には彼女がピンチになったり、僕が発したふとした助言で、謎が解決することもあったりして……。

 そんな、王道ミステリーの主人公たちのような活躍の場に、僕がいる。


「……いいのか? 僕なんかで」

「はっは~ん。さては先輩、LEONをご覧になったことがありませんね?」


 自称後輩は、優しく微笑んで、僕に手を差し伸べた。


「レオンがマチルダを救うのに、大した理由はなかったんですよ」


 つられるように、僕も手を伸ばす。

 否応なく、胸が躍る。心が高鳴る。 

 いいのだろうか、舞台に上がっても。

 スポットライトの当たる、その場所へ――


「……え?」

 




 伸ばした手が、硬直する。

 死の気配を感じた。






「嘘だろ」


 目の奥で映写機が回る。


「ち、ちょっと待て」


【3】


「待て」


【2】


「待てって!」


【1】


「逃げ――っ」


 生暖かい液体が、僕の指先でぱちんと弾けた。

 頬をだらりと何かが伝う。

 すぐさま乾き始めた液体が、ぱりぱりと産毛を逆なでた。

 血、だった。


 血。

 血。

 血。

 血。

 血。

 血。

 血。

 血。

 血。

 血。

 血。

 血。

 血。

 血。

 血。

 血。

 血。

 血。

 血。


「あ、あぁああ……」


 目の前で、少女の体が弾けていく。

 熟れたトマトを投げつけられたみたいに、インクの詰まった水風船が弾けたみたいに、次々と少女の体が肉塊に変わる。


 いったい何が起こっているのか理解できない。

 目の前で、突然人間の体が弾け飛ぶなんて――あり得ない。

 脳が理解を拒否している。

 目から入る視覚情報の一切を、必死で拒み、抵抗している。

 そんな、中で、


「あっちゃぁ……やっちゃった」


 自称後輩は血まみれになりながら、申し訳なさそうに眉尻を下げた。


「先輩すみません。約束、守れなかったです」

「し、喋るな! 待ってろ、今なんとかする! 何とかするから!」

「先輩」

「喋るなって!」

「お願いです」


 そして少女は微笑んで、



「レベッカ・レベッカを捕まえてください――私の代わりに」



 鮮血と共にはじけ飛んだ。


「うわぁああああああああああああああ!」


 僕は辺りに散らばった彼女の破片を必死でかき集めた。指の間から彼女だったものがすり抜けて、その度に僕はまた同じ動作を繰り返さなくてはいけなかった。

 彼女は、まだ僕にとって最も大切な人ではなかった。だけど、これから大切になるかもしれない人だった。僕を日の当たる場所に連れて行ってくれるかもしれない人だった。

 なのに、なのにっ――!


「きゃぁああああっ!」


 トイレの外から悲鳴が聞こえた。

 見れば、騒ぎを聞きつけた誰かが、事の一部始終を見ていたようだった。

 僕は声をあげた。


「す、すみません! 誰か救急車を――」

「みんなぁああ! 逃げてぇ!! レベッカ・レベッカよぉおおお!」

「……は?」

 

 野次馬たちはクモの子を散らすようにその場から逃げ出した。

 怒声が飛び交う。


 嘘だろ! おい、ここにいたら危ないぞ!

 やばいぞ! レベッカ・レベッカだ!

 逃げろ! 逃げろ! 逃げろ!


 謎の狂言を振りまきながら、人の気配が霞のように消えて行く。


「……っだよ……なんだよ、意味分かんねぇ!」

 

 壁を叩きつける。骨が軋んだ。

 痛みで少し冷静になった僕は、慌ててスマホを取り出した。

 救急車を呼ばなくては。今ならまだ―― 



「ねぇ、青年」



 ……どうして。



「クリーピング・スカイは観たことある?」



 どうして。


「フィエラの花に祝福をは? LAMP OF SEQUENCEは?」


 どうして、あなたが電話に出るんだ。


「はぁ、まったく。君はほんとになーんにも観ていないんだね」


 どうして、そんなふうに




「そんなんだから、その死体がオマージュだって気付けないんだよ」




 何もかも知ってるみたいなこと、言うんだよ。


「……どういうことですか」


 震え声で、問う。

 映姉は応えない。


「ねぇ……何か知ってるなら教えてくださいよ。こっちはもう、わけわかんないんですよ。いきなり目の前であいつが死んで、急に体が弾け飛んで……撃たれたわけでも、潰されたわけでもないのに、急にその場で体が弾けて……!」

「青年」

「あいつ、僕に言ったんですよ、バディを組もうって。一緒にこの街で探偵しようって、言ってくれたんですよ! なのに!」

「青年」


 映姉さんは、言う。静かに、諭すように。


「大丈夫。まだ間に合うから」

「馬鹿言わないでくださいよ間に合うわけないじゃないですか! あいつはもう、こんな……こんなになって――」

「間に合うよ、レベッカ・レベッカさえ捕まえれば」


 言葉につまった。

 まただ……また、そいつだ。

 浮浪者がわめき、野次馬が逃げ、そして――自称後輩が僕に捕まえて欲しいと頼んだ相手。


 レベッカ・レベッカ。


 いったいそいつは――


「そいつは……何者なんですか?」

「ごめんね、それも教えられない。レベッカ・レベッカについて語ることは、誰にも許されないから」


 誰にも許されない?

 なんだよそれ……そんなの、僕は聞いたことがない。


「でも、安心して。レベッカレベッカさえ捕まえれば、すべて元に戻る。彼女も生き返る。そういう風にできてるの」


 生き返る。元に戻る。

 そんなことはあり得ない――とは言いきれなかった。

 既に目の前で、あり得ない事態は山ほど起こっている。


「青年、レベッカ・レベッカを捕まえて。それが――それが、主人公たる君の役目だから」

「主人、公……?」



――主人公になりたい。



 昔から、そう願ってきた。

 死を食い物にするハイエナじゃない、探偵のような主人公に、ずっとずっと憧れてきた。

 だけど――


「……もう時間がない。最後に一つだけ、レベッカ・レベッカについて。これをヒントに、レベッカ・レベッカを探すんだよ」


 もし過去の僕が、今の惨状を知ったなら。

 知ることができたなら。

 それでも同じことを願うだろうか?


「いい? 一回しか言わないから、よく聞いて。レベッカ・レベッカは――」


 主人公になりたい、だなんて




「レベッカ・レベッカは名乗らない」




――愚かな願いを抱くだろうか。




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