冤罪で断首されましたので、悪役霊嬢になって真犯人を探します ~殺しましたわね!?お父様にも殺されたことございませんのに!~
子爵家令嬢であるカシャーラは、断頭台で処刑された。
国王暗殺、及び国家転覆を企てた犯人だとして。
身に覚えのない罪で処刑された彼女は、幽霊となってもなお自らの死の真相を探ることを決意する。
誰が、何の目的で彼女を陥れたのか。
子爵家に政敵はもとより多く、貴族同士の派閥争いの種も耐えない。何かの形で利用された死である可能性は高い。
カシャーラは冤罪を被せられるその前に、婚約の儀を済ませたところだった。
相手はレオリック第三王子。それも、王子からの求婚であった。たかだか子爵家の令嬢が王族と婚姻など、と政界がざわめいたこともあり、彼女の処刑は異例の早さて執り行われた。
当のレオリック第三王子はその報を受けても、眉一つ動かさず「そうか」と言ったのみであった。
カシャーラは誓う。
必ず、真犯人を見つけてみせると。
「カシャーラ、君との婚約は破棄することになったよ。まあ、仕方のないことだ」
左様でございますか、レオリックさま。確かに、婚約相手であるわたくしが死んでしまってはそうするより他にございませんものね。元より、第三王子からの求婚など、子爵令嬢であるわたくしには過ぎたものだったかと。こうして幽霊になった今でも、降って湧いたような縁談話に対する驚きは残っております。
その後、国王を暗殺しようとしているなどとあらぬ疑いをかけられあっという間に処刑されてしまいましたけれども。
「何も供えるものなどないが、一応、報告だけはしておかねばと思ってね」
でもね、でもねと。できれば、そんな形だけのお墓参りに来る前に、もっと言うなればわたくしが首を落とされる前になんとかして欲しかったところですの。冤罪。明らかなる冤罪ですの。聞いていらして? わたくし、今レオリックさまの目の前におりましてよ? 自身の墓の上に立って手を振っておりますのよ。
無視? 無視ですの? 王族ともあろうお方が死人と会話をする気は無い、とそうおっしゃるのかしら? そうですわね、死人に口なしと申しますものね。ですが残念ながらわたくし、うなるほどに喋っておりましてよ!!
護衛も連れずに単身、おいでになられているのが少し妙ではありますが、まさか幽霊が墓参りを見ているとは思ってもおりませんでしょうし。
「ふん……墓前で話す事柄というのも、特にないものだな」
墓前どころか生前に言葉を交わした記憶もさほどございませんわね。見目、それはそれは端正なレオリックさまのお顔をお近くで拝見できた幸福はございますけれど、会話などは式典などでのご挨拶程度。
荒々しい獅子のような黄金の髪と白磁のような透き通った肌、感情の一切を排した表情、そして海瑠璃のように深い青色の瞳はまるで芸術的な彫刻のようで。国中の誰もが口を揃えて貴方さまのことを彫刻王子と呼んでいることなど、きっとご存じないのでしょうね。
それにしても気になるのは、誰がわたくしを殺したかということですの。
直接的には処刑執行官で、凶器はギロチンですけれど、いえ、そういうことではなく。
わたくし、カシャーラ=デスコットがどうして断頭台の露と消えなければならなかったのか。それを問うているのです。子爵家令嬢として生を受け17年。さまざまな王命を請け実直に働くお父様やお母様を、心より尊敬し、わたくしもまたそのお手伝いをしてまいりましたのに。
あんまりです。あんまりな最期ではございませんこと!? 思わず幽霊になってしまうくらいには納得のいかない処刑でしてよ。
誰かの陰謀? 怨恨?
わたくしに、もしくは、わたくしの家に恨みを持つ者と言えば……星の数ほどおりますわね! 候補が多すぎて絞り込めそうにありませんわ。
確かに、たーしーかーに。上より賜るお仕事は表には出せないお仕事もありました。いえ、むしろそのような裏仕事を一手に引き受けているのが我がデスコット子爵家。社交の場では遠巻きにされ、穢れた仕事だの悪魔に魂を売った家だのさんざんな言われようではありますけれども。あまつさえ、陰でこそこそと『死爵家』などと蔑称で呼ぶ貴族様方も。
―――ですがこれに関しては不問といたしましょう。お父様がこの呼称を割と気に入っておられますので。
ともかく。わたくしが幽霊であることはともかく!!
分からないことが多すぎます! 死の真相だけは解明させておかねばなりません。わたくしの死を引き金に、お父様やお母様、引いては我がデスコット家の危機につながるかも知れませんもの。
そうとなれば、まずはできることの確認をしなければ。
なにせ、生まれて初めて幽霊になったのですから。あ、いえ、死んではいるのですけれど。
ここまで滔々と語りかけても、わたくしの目の前の御仁からは何の反応もなし。
無口な御方だと思ってはおりましたが、それにしてもわたくしのお墓の前でずっと立っておられますわね。
わたくしが何かしらの謀に巻き込まれたとするならば、その端となったのは間違いなくレオリックさまとの縁談ではございませんこと? どのような政治的思惑があったのかは分かりかねますが、傍からみれば王族である第三王子と、一介の子爵令嬢との婚約。しかも当家は国の汚れ仕事を請け負う貴族界隈の嫌われ者とくれば、裏で何事かの密約があったのかと勘繰る者もあるでしょう。
はっ。むしろ首謀者ではございませんの!? すでにレオリックさまには想い人がおられて、わたくしの存在が邪魔になったが故の冤罪騒動という可能性が最も高いのではありませんかしら。自白の一つでもなさってもよろしいのですよ。さあ、ほら、目の間にいるのは幽霊だけでございますわよ!
―――微動だにしませんわね。
実は聞こえているとか、そういったことはございませんの? やーい、やーい、この彫刻王子。ふむ、聞こえてませんわね。まあ、聞かれていたらそれはそれで不敬にもほどがありますので即斬首なのですけれど。いえ、いえいえ。すでに首を斬られたわたくしにはもう恐れるものなどありません。
そう、例えば生前、一度は触れてみたいとひそやかに願っていた、レオリックさまの髪の毛に触れることでさえできますのよ。
陽を受けて輝くその黄金の御髪は、とても綺麗で。
幽霊となってしまった今、様々なものをするすると通り抜けてしまいますが。それでもせめてこうして手を重ねる真似事だけでも―――
(ああ、カシャーラ! 愛しのカシャーラ!! どうして君が死ななければならなかったんだ! 君が国王暗殺を謀るなんてことがあるはずがない! 君は僕の女神だ、いや、女神など及ぶべくもない! もっと美しく、もっとも高貴な世界の全てを合わせてもまだ―――)
!!?!?
なんですのなんですのなんですの!?
直接脳内に響いてきた、お砂糖をシロップをつけ込んだような甘々しい今の言葉はいったいなんですの!?
驚いて思わず手を引いてしまいました。
目に映るのは、じっと沈黙するレオリックさまと、静かに広がる殺風景な墓地だけ。
おそるおそる、もう一度触れてみれば。
(ああ、ああ! 僕はこんなにも君を愛していたのに! 真実の愛と誠の血が流れているこの心臓を裂いて天に見せてやりたい!! 神め、僕からカシャーラを奪うなんて!! 君の美しい桃薔薇のように艶やかな髪も、淡い輪郭から光を放つように染まる頬も、翡翠の宝玉にも劣らぬ、息を呑むほどの瞳の輝きも、もう僕の記憶の中にしかないだなんてそんな―――)
「あ、あの、レオリックさま……?」
心の、声? いえ、それにしては普段のご様子と少し違うと申しましょうか、いえ、少しどころではなく別人ではと思ってしまうほどですけれど。
意を決して話しかけてみれば、レオリックさまは弾かれたように顔を上げて、辺りを見回しておられます。無表情のままで。
(カシャーラ!? 聞き間違えるはずもない! その声は、我が愛、我が生涯最愛のカシャーラ!? これはどういうことだ!!)
あ、聞こえておりますわね。触れながらだと意思の疎通はできると。
あまりにもレオリックさまの普段の言動と違いすぎて、わたくし逆に冷静になっておりますが、表面上は一切表情に現れていないのがなんだか怖いですわね。幽霊になってから怖いものができるとは思っておりませんでした。
そしてこの様子。レオリックさまはどう考えても、わたくしの殺害に関与してはおりません。ええ、どうみても。
「信じられないでしょうけれど、わたくし死してなお、幽霊となって現世にとどまっておりますの」
(なるほど信じよう!! 我が愛、我が最愛のカシャーラの言う事に間違いがあろうはずもない! 君の声が聞こえるのも、愛のなせる御業なのだろう)
え、いや、あの、少しは疑っていただいても構いませんのよ?
「あ、ありがとうございます。少々驚いているのですが、その、レオリックさまは寡黙な印象だったものですから」
(お父上から聞いていないのかい。これは僕の持つ祝福のせいだとも。我が愛、我が最愛のカシャーラにようやく本心を伝える機会ができたこと、とても嬉しく思う)
「レオリックさまも、祝福をお持ちに……?」
(ああ。僕の祝福は“鉄仮面”と名がついている。喜怒哀楽の表情を排し、本心以外しか口にできない祝福だよ。内面を悟られないから、外交の際に重宝している)
それは、どちらかと言えば呪いに近い気もしますわね。
国王様やお父様だけでなくレオリックさまも祝福持ちだなんて、初めて知りましたわ。祝福を持つことがどれほど希少なことは分かっているつもりですが、さすがは王族といったところでしょうか。
(我が愛、我が最愛のカシャーラ。もしや君も何かの祝福を?)
「いえ、わたくしに祝福は……いえ、死後に効果が出る祝福だったのかも知れません。お父様の祝福の影響かも知れませんし」
(デスコット子爵の……ああ、“死体語り”だね。死体が知る情報をつまびらかに明かせるあの祝福には何度も助けられたと父から聞いているよ)
まあ、おかげさまで死爵だのなんだの言われておりますけれど。拷問も尋問も必要なし。ただ死体がそこにあればよいわけですから。
ともあれ、現状に何らかの要因があるのかも知れないとなれば、少しは地に足の着いた考え方もできそうですわね。わたくし、浮遊霊なんですけれども。
そうなれば、この状況はとてもありがたい状況ではないでしょうか。わたくしの死の真相を知るにあたって、レオリックさまのお力を借りることができれば。
「レオリックさま」
(何かな、我が愛、我が最愛のカシャーラ)
「さきほどから、名前がずいぶん御大層に飾られておりますわね……」
(まだまだ足りないくらいさ、我が愛、我が愛しのその身に女神をも秘めたるカシャーラ)
「修辞を増やさないでくださいまし! わたくし、自身の死の真相を知りたいのですが何かご存知でしょうか」
(いや、本当にすまないが、僕も知らないんだ。視察旅から帰ってきたらこんなことになっているなんて……我が身を切られてもまだ足りないほどに悲しみと怒りに満ちているよ)
絞り出すような沈痛な心の声ですが、やっぱり見た目は無表情のまま美麗なお顔を崩さず。厄介な祝福もあったものですわね。
レオリックさまは確かに、少し前まで南方視察に出ておられました。その隙をついてのわたくしの処刑となると、これはいよいよもって計画的なもの。
(カシャーラ。君の目的は分かった。もちろん喜んで協力しよう。けれど―――)
レオリックさまが少し間をおいて、わたくしのお墓をじっと凝視されております。残念ながらわたくし、そのもう少し上に浮いておりましてよ。
(僕は、君を生き返らせたい)
「そんなことが、可能……ですの?」
(分からない。だが、必ず成し遂げてみせる。僕の隣には君がいて欲しいんだ。我が愛、我が最愛の―――)
「んもう、いちいち疲れませんこと? もっと気軽に呼んでいただきたく」
(分かった。カシャーラ。君の言う事ならば何を置いても聞こう)
それはそれでどうかと思いますけれど。
もっと雲の上の存在のような気がしておりましたが、心の内を知ったからでしょうか。少し遠慮のない物言いになった気がしますわね。
レオリックさまが、一輪の花を取り出して墓前に。
―――ああ、あの花は。深く青に染まる、彼の瞳の色と同じあの花は。
「これは、わたくしの好きな―――」
(ブルーフィオレライト。もう10年も前になるかな。君と初めて出会った時、君が好きだと言った花さ。この花に誓って、僕は君を必ず生き返らせてみせる。僕は君をずっと見ていた。悪名を被りながらも気高くあろうとする君の強さも、覚悟も)
「レオリックさま……」
降って湧いた縁談などと思っておりましたが、レオリックさまには積年のお考えがあったのですわね。それにしたって、もう少しこう、前もってお話いただきたかったですわ。
ああ、いえ、祝福の効果でそれも叶わなかったのでしょうか。
「あの、実はわたくし、先刻ちらりとレオリックさまが関与しているのかも知れないと疑いました。心より謝罪いたしますわ」
(いいんだ、カシャーラ。元より祝福のせいで伝えられるはずもなかったことさ。さあ、まずは君の父上に会いに行こう。この状況のことを何か知っているかもしれない)
差し出された手。
わたくし、先ほどからすでに頭に手を突っ込んでおりますけれど。
一度ふわりと離れて、レオリックさまのお手を取り。差し伸べられた手が、今は何よりも嬉しく。
必ずや、二人の目的を果たさんことを。
気のせいでしょうけれど、表情がないはずのレオリックさまのお顔が、少し柔らかく見えました。




