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婚約破棄されたので魔女に戻って自由になるはずが、何故か隣国王子の婚約者にされました⁉︎

アンナは王城で開かれたダンスパーティの最中、婚約破棄を言い渡される。

五年と少し前、馬車の事故に遭い瀕死のアンナの肉体を、”婚約者を大切にする”という契約のもとに譲り受けていた魔女ヴァネッサ。

婚約が解消されたことで自由になったヴァネッサだったが、国境を越え魔女時代の友人と話していた最中に現れた第三王子ラルフによって再び”婚約者”に縛られてしまう。

その強引な行動は、ファンカスク王が魔女に呪われているせいだった。

呪いが解ければ婚約も解消するという言葉に王都へ同行すると、王を呪う魔女がヴァネッサにも因縁のある相手だと判明する。

王位継承権を巡る水面下での争いと、魔女の呪い。

絡み合った問題を一つ一つ解決していく内、二人の間には絆が芽生えていった。

魔女を殺し、平和がもたらされたファンカスク王国。

これで自由だと告げたラルフは、改めてヴァネッサにプロポーズをする。

「私、夫には縛られないわよ」

契約の先で、二人は手を取り暮らすのだった。

「アンナ・イェーツ! 貴様との婚約は破棄する!」


 王城で開かれたダンスパーティ。

 心地の良い演奏を遮るように響き渡った声に、周囲の人々は踊るのをやめてこちらを(うかが)っている。

 注目を浴びて自信ありげにふんぞり返っているのは、私の婚約者であるリック・アンホルト侯爵令息だ。


「どうしましたの、突然」

「うるさい! 型式ばった付き合いしかしてこなかったお前とは違う、真実の愛を見つけたのだ!」


 リックが側に引き寄せたのは、確かミシェル・フォークナー伯爵令嬢だったかしら。

 私への優越感を隠しもしない表情を浮かべ、リックに腰を抱かれている。

 何事かという不審げな視線よりも好奇の視線が増えてきたことを感じながら、私は扇で口元を覆い、小さく息を吐いた。


「分かりました。婚約を破棄するための書類はそちらでご用意していただけるということでよろしいかしら?」

「はっ? あ、あぁ……」

「詳しいお話は父へお願いいたします。それでは、ごきげんよう」

「ちょっと、あなた……お待ちなさい!」


 何か言いたげな令嬢は完全に無視。

 にっこりと微笑んで挨拶(カーテシー)をし、迷わぬ歩みでパーティ会場を後にした。

 後ろから喚き声が聞こえる気がするが、それも無視だ。

 下手に関わっては面倒なことになる予感しかしないから。


 そもそもこんなタイミングで婚約破棄の話を持ち出すこと自体、非常識だ。

 王族の不興を買う可能性も大いにあるし、そうでなくとも(かしま)しい貴族たちの話題にされるに決まっている。


 私の背後で扉が閉まり、会場内の喧騒(けんそう)が聞こえなくなった。

 静かになった廊下に足音が響き、慌てた様子の侍女たちが駆け寄ってくる。

 隣室で待機していたはずだが、騒ぎを聞きつけて飛び出してきたらしい。


「お嬢様、何事ですか」

「まだパーティは始まったばかりでは?」

「わたくし、婚約破棄を言い渡されたわ」

「は……?」

「きっと近いうちに、お父様のところに書類が届くはずよ。それにサインすれば、婚約は解消ね」

「それは……お嬢様、大丈夫なのですか?」

「……えぇ、何も問題はないわ」


 歩き出した私の後ろをついてくる二人の(まと)う空気が冷たくなる。

 問題ない。そう、何も問題はないのだ。

 あるとすれば、それは私ではなくむしろ彼らの方。

 家で待つ執事がどういう顔をするか想像しながら、私は待機していた家の馬車に乗り込んだ。



---



 玄関ホールにいた執事のセバスが、私の元へやってくる。

 既に連絡が行っていたのか、口元は笑っているのに目元は全く笑っていない。

 貴族令息としてダンスホールにいたら数多(あまた)の女性を(とりこ)にしていたに違いない整った顔だが、こうも鋭い視線で射抜かれると背筋が冷えるというものである。


「婚約破棄、されたとか」

「されたわ。おそらく今夜、もしくは明日の午前中にでも書類が届くでしょうね」

「お嬢様は、それでよろしいので?」


 そう問われて一瞬考える。

 普通の令嬢として過ごす日々が、少しだけ楽しかったことは事実だった。

 伯爵令嬢の中でもパッとしない顔立ちで、髪の毛もくすんだ茶色、スタイルもさほど良くない私を見下してばかりのリックとの間には、さほどいい思い出がない。

 だが数少ない友達の令嬢と、お互いの家の中庭で度々お茶会を開いたあの日々は、輝かしいほどに記憶に残っている。

 それも、もう終わりだ。

 ほんの少しの罪悪感も飲み込んで、セバスを見る。


「結局、わたくしには無理だったということなのよ。今まで付き合ってくれてありがとう。もうすぐ、契約も無効になるわ」


 自嘲気味に微笑んだ私に、セバスが目を細めた。

 生き続けるには仕方のないことだったとはいえ、小娘のワガママのような日々を支え続けてくれたのだ。

 何か言いたいこともあるだろう。


「そうですか。では、契約解除の後のことを考えておいてくださいね」


 しかし、セバスはそれだけを私に告げると、ぽんと頭をひと撫でして去っていってしまった。

 取り残された私は、釈然(しゃくぜん)としない気持ちで部屋に戻り、父の元へ王城からの使者がやってくるのを待ったのだった。


 使者は、想像より早くやってきた。

 あんな場所であんな騒動を起こしたのだ、火消しに急いだのだろう。

 私も呼ばれて執務室へ行くと、神妙な顔をした父が自分の隣に立つように命じる。

 言われた通りの場所に立つと、机の上には分厚い手紙と、王族の紋章で封のされた書状が並んでいた。


 父宛にどんな言い分が届いたのかには興味がない。

 父にとってもそれは同じで、おそらくリックの言動に対する言い訳が書き連ねてあるだろう手紙は一応広げはするものの、すぐに机に放り投げられる。

 使者は少しだけ顔を(しか)めたが、娘に対する侮辱(ぶじょく)に機嫌が悪いのだと思ったようですぐに無表情に戻った。


「アンナ、婚約破棄に異論はあるかい」


 丁寧に封を切りながら、父が私に尋ねた。

 こちらを(うかが)うような瞳は、現状を面白がっているような光を宿している。


「いいえ、ありません」

「そうか」


 父が書類に名を刻むと、私を縛っていた鎖が解けていくのを感じた。

 使者が内容を確認して立ち去るのを待ち、ぐぐぐと大きく伸びをする。


「はー! ついに私だけのものになったわ!」


 革張りのソファーに身を沈めて髪飾りを外すと、ふわりと広がる髪は茶色から白銀に変わっていった。

 数年ぶりの髪色は、やはり落ち着く。


「ヴァネッサ」


 ノックもなく部屋に入ってきたのはセバスだ。

 その名は執事役をすると決めた時に付けたもので、本当の名前は別にある。

 

「キア」

「身体の具合はどうですか」

「いい感じよ。流石に五年以上も使ってたんだもの、すっかり馴染んでるわ」


 キアが持ってきてくれた鏡を見ながら、自分の本来の顔を取り戻していく。

 馬車の事故で死にかけていたアンナを見つけた時は本当に嬉しかった。

 新しい身体に移らなければと思っていたところに、ちょうどよく死にかけの若い女が転がっていたのだから。

 身体を貰い受けるための条件が婚約者を大切にすることだったのは予定外だったけれど、それももう終わった。


「私としては大切にしているつもりだったけど、ご満足いただけなかったみたいだし……ごめんなさいね、アンナ」

「あれは仕方がないでしょう。アンナ相手でも同じことをしたんじゃないですか」

「そうだといいけど」

「それで? これからどうします」

「とりあえず、アンナは体調を崩して療養先に移動する最中に行方不明になったことにするわ。しばらく捜索隊を出させて、頃合いを見て母親は心労により病死、後を追うように父親も病死させてこの家は終わらせましょ。貴方たちにはもうしばらくその姿でいてもらうことになるけど……」


 私の視線を受け、父親役の悪魔が頷いた。

 この屋敷の中にいるのは、私以外は全員が悪魔だ。

 私が契約しているのはキアだけだが、そのキアには多数の配下がいる。

 彼らは時に両親、時に侍女になりすまし、私の令嬢生活を支えてくれた。


「私は久しぶりにサバトにでも出ようかな。確か次の満月の夜に国境を過ぎた辺りの森であったはず」

「ここはいつご出発を?」

「明日の昼頃かしらね。アンナが馬車で家を出たってことは何人かに目撃してもらわないとだし」

「では、そのように」


 一人で部屋を出て、浴場に向かう。

 貴族の屋敷で暮らして一番幸せだったのは大きな浴槽に浸かれることだった。

 これからどこでどうやって生活していくかは考えていないが、できれば小さくても湯船のある家に住みたい。

 脱衣所に入るタイミングで合流した悪魔にドレスを脱ぐのを手伝ってもらい、浴室へ。

 明日からは、もう着替えを手伝ってもらわずともいい。

 一糸纏わぬ姿で鏡の前に立ち、肉体も本来の自分の形を取り戻していった。


 手足の長さが変わったことで、少しバランスを崩す。

 しばらく浴槽の中をゆっくりと歩き回り、感覚を取り戻してから肩まで浸かった。

 アンナの身体を貰い受けたのは彼女が十歳の時。

 今から五年と少し前の話だ。

 彼女の両親はすでに事切れていたが、アンナだけがかろうじて生きていた。


 あの日からずっと、正体を気取られないよう魔力を隠蔽(いんぺい)し、魔女としての何もかもを封じて生活してきた。

 両手両足を大きく伸ばす。

 全身に魔力が綺麗に流れていることを確認して、ふぅと息を吐いた。

 久しぶりに(かせ)を外したことで、肉体に負担が掛かっている。

 精神的にも、まぁ疲れたと言えるだろう。


 きっと、今夜はぐっすり眠れる。

 私は鼻歌を歌いながら、最後の優雅なバスタイムを楽しんだ。



---


 翌日の昼過ぎ、私は人目に付かぬよう馬車に乗り込んで屋敷を出た。

 向かう先は山に近い領地内の別邸という設定だ。

 馬車を見送る両親の姿を街の人々は目にしているし、噂好きの淑女たちは領地での療養という言葉にすぐに食いついてくれるだろう。


 王都を出てしばらく走り、人気のない山道に差し掛かった辺りで馬車を消した。

 領地に着いていないと発覚するまでにも数日掛かるはずだから、それまでに国境を越えてしまうことにしていた。

 山中を横断するルートで国境を越える頃には、ちょうどサバトも始まる。


 キアたちはまだ屋敷に残っていつも通りの生活をしてもらっているから、今は私一人。

 簡素な作りの黒いワンピースに身を包み、生い茂る木々の中を歩いていると昔を思い出す。

 一人前の魔女になるためだとか言って魔獣の多い森に置き去りにされたことは、あまり思い出したくないものだが。


 国境線には等間隔に杭が打ち込まれていた。

 素手でも簡単に壊せてしまいそうなくらい劣化した杭は形ばかりのもので、国境兵などもこの辺りにはいない。

 国土を覆う結界を張れるような王でもなく、私は何の抵抗もなく国境を越えた。


 陽が落ちると、闇の気配が色濃くなっていく。

 ふと馴染み深い魔力の残滓(ざんし)に触れて、私はその持ち主に向かって真っ直ぐ歩いていった。


「キャロル」

「きゃ!」

「ちょっと、魔力隠してもいないんだからそんなに驚かないでよ」

「ヴァネッサ……! 本当に⁉︎」

「本物に決まってるじゃない、久しぶりね」

「ろ、六年近く音信不通でよく言うわ……! アンタは死んだんだって……聞いてて……」

「お生憎様、そんな簡単に死ぬタマじゃないの」

「よかった、よかったぁぁ……!」


 ぎゅうぎゅうと抱きついてくるキャロルを受け止める。

 サバトが始まるまでにはまだ時間があった。

 準備するものがあるわけでもない私たちは、少し離れた場所に流れる川のほとりで話すことにする。

 話すことといっても、キャロルから次々と放たれる質問に、私が答えていくだけだったけれど。


「そ、それでアンタが……は、伯爵……れいじょっ……ふははっ」

「笑いすぎでしょ。それに、結構(さま)になってたんだから」

「あ〜、おっかしい。見てみたかったわ、アンタの令嬢姿」

「お望みでしたら、いつでもお見せしますわ?」

「やめて腹筋が死ぬ」

「ぜひ、見せてほしいな」


 お腹を抱えてヒーヒー笑うキャロルの背後からそんな言葉が聞こえ、私は思わず立ち上がった。

 背の高い草木をかき分けて、フードを目深にかぶった人間が姿を現す。

 サバトの参加者に思える黒いローブを着ているが、聞いたことのない声だった。

 キャロルも立ち上がり、相手の様子を窺っている。


「サバトに忍び込んで見つけるつもりだったが、手間が省けてなによりだ。ヴァネッサ嬢、()()()()()()()()()()()

「は?」


 訳の分からないことを言いながら、素早く私との距離を詰めると左手を取った。

 抵抗する間もなく、取られた手の薬指に金色の指輪が出現する。


「さっきの話が本当なら、君は婚約者を大切にしなければならないという縛りを持っているんだろう? その婚約者というのは特定の個人を指す言葉ではない、違うか?」


 悔しいことに、どうやら目の前の人間の言う通りらしい。

 つい先日解けたばかりの契約が再び締結されていることを、私を縛る感覚が嫌と言うほど教えていた。


「ぐっ……あなた、何者? そんな、一個人の発言だけでこんな……私の婚約者として認められるはずが……!」

「残念、認められるんだ。カラーリム王国には公式訪問したことがなかったから、俺の顔は知らないか」


 パサリと落とされたフードの下には、嫌味なくらいに完成された顔があった。

 緩いウェーブのかかった黄金色の髪。長い睫毛(まつげ)に縁取られた翡翠のような瞳。

 男の顔を見たキャロルが息を呑んだのが分かった。


「キャロル、知ってるの?」

「だ、だ、第三王子……!」

「え?」

「こ、この国の、第三王子!」

「ウソでしょ⁉︎」


 男はその整った顔で最高の笑顔を作り、(うやうや)しく、いや、わざとらしいほどに丁寧に(ひざまず)いた。

 そして指輪に口付け、薄い唇を開く。


「ラルフェリア・ヴォード・ファンカスク。ファンカスク王国の第三王子だが、気軽にラルフと呼んでくれ」

「ふ……ふざけんじゃないわよーーーーー!」


 綺麗な顔に傷を付けてやろうと放った魔力は、王子の眼前で掻き消えた。

 余裕の表情を崩さない男に心底腹が立つ。

 "婚約者を大切に"しなければならない契約も、何もかも。


 あの日、私にもアンナにも、詳細な契約内容を考えている時間はなかった。

 なかったけれど。

 こんなにもあっさりと別の人間を対象としてしまうくらいに穴だらけの契約を結んだのは、他ならぬ自分自身だ。


 握られたままの手を、可能な限り強い力で振り解く。

 王子の顔を見ないようにそっぽを向いたまま、腕を組んで仁王立ちになった。


「いいわ。話を聞きましょう。何の目的でこんなことを?」

「君があまりに美しくて一目惚れしたとは思わない?」

「これでもかというほど大切に(なぶ)って差し上げようかしら」


 バチバチと見えない火花が散るようだった。

 私と王子の顔を交互に見遣り、キャロルはそそくさと荷物をまとめる。


「アタシ、お邪魔だろうから……またね」

「キャロル、覚えてなさいよ」

「ぴゃっ」


 八つ当たりだとは分かっているが、それでも当たらずにはいられない。

 キャロルとの話を盗み聞かれたせいで、こんなことになっているのだから。


「今度アタシの店に来た時、サービスするから! じゃあねー!」


 森の中に姿を消したキャロルを見送り、私たちは腰を下ろすことにした。

 キャロルが座っていた場所に腰を下ろした王子は、慣れた手付きで湯を沸かし始めた。

 何をするのかと疑いの眼差しで見る私を無視したまま、茶葉を取り出し、湯の中へ入れる。

 立ち上る香りは、よく知った紅茶のものだった。


「どうぞ」

「…………どうも」

「お嬢様の口には合わないかな?」

「その口、縫い付けるわよ」


 味に文句を付けてやろうにも、想像以上に美味しい紅茶が苛立たしい。

 王子は一つ息を吐き、真剣な表情になって私を見た。


「強引な手段を取ったのは謝罪する。だが、魔女の助けが必要なんだ」

「魔女の助け? 別にそんなの、無茶なことじゃなきゃ誰だって聞いてくれるわよ」

「……魔女は、同族と争うことを嫌うと聞いた」

「ちょっと、まさか……」

「呪いを解くために、とある魔女を殺したい。その手助けをしてほしいんだ」


 サバトの開始を告げる狼の遠吠えが、遠く、森の奥から響いて、消えた。

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