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イノセントブルー's 〜火花舞うあの空は輝いていて、いつかきっと泣いてしまう〜  作者: うたたね雫
第2章 アリアドネの糸は2人だけ
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ー2ー

ー2ー

私たちは森を抜けると特に急ぐこともなくぽつりぽつりと歩いた。

途中、自治会のポスターが目に入る。そこには青音祭のお知らせと、その祭りの中で私が出る青音舞が行われる日時が記されていた。青音祭はどうなってしまうのだろうか。そんなことを考えていられるほど私には謎の余裕があった。

あの海沿いの道を歩く。陽もとっくに沈み、海の音が響き、潮風が髪を撫でる。何度も感じてきたはずのに新鮮味があって感慨深かった。

それから数分で家に着いた。私たちはその間言葉は交わさなかった。でもそれがよかったのだと思う。

「着いたよ、ここが私のうち」

「いいお家ですね…」

彼女は呆気に取られていた。ただただ家を眺めていた。

「そんな綺麗な家じゃないと思うけど」

事実立地がいいだけで見た目は普通の一軒家だった。

私が生まれる前、都会暮らしだった母が青音舞の伝統家系だった父と大学で出会ってぞっこん。家系的に父方の祖父の家の近くに家を構えるのはしきたりらしく青音町に家を構えるのは確定条件だったのだと言う。父はせめてもの思いで母の要望通り、海が一望できる海沿いのこの場所に一軒家を建てたそうだ。

「いや見た目じゃなくて家族のあたたかみがあるいいお家だなと思って」

そうだったのだ。彼女が我が家と思えるところなどなかったのだ。人の温もりを探していた彼女はこの家に大きく心が動かされたのだろう。

家に入ると母が玄関に走ってきた。

「なっちゃんどこ行ってたの!!今日舞の練習おじいちゃん家でするからすぐ帰るって言ってたじゃない!」

そういえば今日は珍しくおじいちゃんが乗り気で稽古をしてもらうんだった。あんなことがあってとっくに忘れていた。

「それは…」

次の言葉につまる。寛容でよく理解してくれる母だったので決して叱っているわけではなさそうだった。それでも心配心というものがわかりやすく、どんよりとした空気が広がっていた。

「まずその子はどなたなの?」

視線が彼女に向けられる。とっさに手で彼女を隠すように守る。その時彼女が口を開いた。

「わ‥私の人生相談にのってくれてたんです!!振り回してすみませんでした!!」

確かに虚実の混じったものではあるが大げさすぎないかと思い、つい笑いそうになってしまう。

「人生相談?」

「そ‥そーなんだよね、この子、花火さんの相談にのっちゃって。やっぱ私頼られる存在だからさ」

合わせるように無理のあることを口にする。がうちの母はやはり母なのだ。

「あら、そーなのね!さあさああがってちょうだい。お父さんにはお母さんの方から言っておくからね」

このままじゃいつか強盗犯にもお茶を出すのではないかとこっちのほうが心配になった。

後ろを振り返ると彼女は胸をなでおろしていた。

「行こ?」

そう言ってさっきとっさに守った手を彼女に差し出す。

「お母さんは花火さんを大歓迎らしいからさ」

「ありがとうございます」

「あ、そうだ。タメ語でいいよ、私も花火って呼ぶからさ?」

「は、はい!あ、うん!」

花火の健気さに私自身も参っていた心により余裕がもてた。

靴を脱いでリビング入ると母はキッチンで鍋を温め直していた。なんて適応力の高い人なのだろうか。

食卓のいすに2人並んで腰掛ける。するとちょうど母が皿にこんもりと盛ったカレーを運んできた。

「さあさあ、お腹すいたでしょう?育ち盛りなんだからたくさん食べなさい!」

ドン!とテーブルに置き、山が2つ隆起した。

とてもじゃないが食べられそうにない。私たちを男とでも勘違いしてるのではないかと思うくらいだ。

「私ダイエット中って言ったよね?」

「ダイエットなんて食べなきゃ痩せると思ってたら大間違いよ。たくさん食べてたくさん運動をするの。なっちゃんは絶賛舞の練習真っ盛りなんだから特にたくさん食べなさい」

いつも一理あることを言うが所詮口だけの魔法で母に従ってうまくいったことは何もないのだ。それでもうまくいかないのに悔いが残らないのだからこれがすごい。そんな母は少なからず尊敬してる。もちろん口には出さないが。

「さっきから気になってたんですけど…」

花火が私に耳打ちしてくる。

「なに?」

カレーを口に進め、水で流し込んでから返事をする。

「なっちゃんって呼ばれてるんですか?」

「あーそれね。お母さんが前からなっちゃん呼びで。透夏の(なつ)からきてるらしいけど、もう何年も言われてるからさすがに慣れちゃったよね」

「そーなんだね、なんか微笑ましいな」

花火さんもパッと花を開くように笑顔になると私も自然と笑顔になっていた。まるで双子の姉妹になったみたいだ。

カレーを平らげて隣を見るとすでに花火は米粒ひとつ残らず完食していた。ものすごい量をものすごい勢いでと思ったが、無理もない。花火はつい昨日まで自らの体で得た汚れ果てたお金で生活費を補ってきたのだ。あまり良いものをたくさん食べてこれたとは思えない。

さっきの情景が鮮明に蘇ってくる。花火をたぶらかしたあの担任は許せるわけがない。床が夕焼けよりも真っ赤に染まったあの時、変な高揚感があった。人を支えることの本当の意味を知った気がした。当然意味が違うなんてわかってる。それでも、少なくとも私の中ではそれが正解だった。

「じゃあそろそろお邪魔します」

「あれ花火ちゃんもう帰っちゃうの?もううち泊まっていっちゃえばいいんじゃない?」

お母さんが皿洗いをしながら顔だけこちらに向けてそう言った。

「でも迷惑なので…」

「花火?」

困惑してるところで声をかけると花火は私の方を向いて、困った顔のまま愛想笑いを浮かべた。でもその瞳には何か黒くて暗いものが見えたのを見逃さなかった。

「大丈夫です。今まで通りの日常に戻るだけです。少しでもこの幸福を知れただけでもう十分。現実を受け止めないと…」

花火は謙虚で潔すぎる。もっと人間は自由に、自分がしたいように生きていいのに。ましてやこの世界でたったの18年しか生きていないのだからなおさらだ。それなのに花火は現状を受け入れるどころか自分に置かれた劣悪な状況を基準にしてしまっている。花火が玄関につながる扉を開けようとドアノブに手をかけたところで私の口は勝手に開いた。

「私ね、今日初めて花火と話して、止まってた時間が動き出した気がしたんだ。くさい言い方だけどさ、言葉にするならそれが一番しっくりくる表現で。花火は迷惑だと思ってるかもしれない。でもさ、私はもちろんお母さんだって迷惑かかってるなんて思ってないし、今は花火が心配だよ。初めて本音で言葉を出せた相手だったからこそ、今日は一緒にいたい。私の方が迷惑かけてるのかもしれないけど、わがままに応えてくれないかな?」

いっぺんに口にして喉がカラカラになった。こんなに自分の思いを吐露したことはなかったから言い終わってから遅すぎる羞恥心が襲ってくる。

なるべく人から注目されないように、人と接さないようにしてきた花火だからこそこの状況に困惑するのも理解できる。それでも花火なりの答えを出してくれるならそれでよかった。

「ねぇ花火ちゃん。お風呂沸いてるから入ったら?泊まっていくかどうかは湯船浸かりながらゆっくり考えたらいいと思うよ」

深まる沈黙に機転を利かせた母が割って話に入る。

花火は少し悩み、私の方を見てきた。私はそっと頷く。

「じゃあお言葉に甘えて…」

花火の答えは小さな声ではあったが、大きな一歩を踏み出した一言を発した。

「それじゃあなっちゃんお風呂案内してあげなさい。花火ちゃん、着替えは来客用のでいいかしら?男性用だから少しサイズ大きいかもしれないけど」

「すみません、何から何までわざわざありがとうございます」

「大丈夫よ。なっちゃんから聞いたかもしれないけど、うちの家系は代々この町の安全繁栄祈願に舞をするからその打ち合わせでよく地元会の人がたくさん来るのよ。もてなすのは大得意よ」

えっへんとドヤ顔をするお母さんを横に花火は安堵したような笑顔をみせていた。

花火をお風呂に案内してリビングに戻る。すると母がアイスココアを自分の分と私の分の2つをテーブルに置いていた。

「なっちゃん」

あの時は機転を利かせてくれた母だが当然今の状況を理解しているわけではないだろう。目で座りなと合図を送ってきたので腰をかける。

「ごめんお母さん、ちゃんと説明しないとだね」

私は今日あった担任や花火のことから今までのことを一から説明しようと口を開こうとしたが、さっきの羞恥心が今になって作用してきたようでうまく口にできない。母には正直に話したい。その思いとは裏腹に私の脳内には毒が侵食していっていたのだと思う。

お母さんは優しい顔をしたままそっと口を開いた。

「小さな頃から家系のせいでなっちゃんには敷かれたレールの上を歩かせることしかしてあげられなかった。私はずっと後悔していたの。あなたが大きくなっていくにつれて、とても言う事をよく聞くようになった。なんて偉い子なんだと、誇りに思ったわ。でもそれと引き換えに、感情を表に出せなくしたのは私たち親なんじゃないかって、あなたの未来を勝手に土足で踏み入ったことにひどく悲しんだの」

そんなことを考えていたとは思ってもいなかった。確かに幼い頃はよく反抗的な態度をよくとっていたとは聞いていた。でも自分で自分の存在がわからなくなってから何事も受動的になっていたんだと思う。母は気さくで優しい。けどその優しさゆえに自分をひどく責めていたのだと今になって気づく。悔しい気持ちでいっぱいだった。

お母さんはココアを一口飲むと再び口を開いた。

「そんなあなたが今日初めて自分の意思ではっきりと言葉にした。私たちの育て方はずっと間違えてきたと思ったけど、ううん間違ってたのかもしれないけど、あの時私は心の底から嬉しかった。ほんと成長したのね」

お母さんの今までの重圧や責任が目に見えた気がした。私のことをすごく心配して、一番近くで見守ってくれている存在に何故今まで気づけなかったのだろう。こんなに近くにいたのに。

より一層全てを打ち明けたいと思った。でも気持ちのどこかが追いつけないのか声が喉を通らなかった。もどかしい気持ちでいっぱいで頭がぐるぐるしていた。

母はまたそんな私を見透かしたように口を動かす。

「声に出せないなら出さなくていいわ。花火ちゃんも花火ちゃんなりに悩んでもがいてるんでしょうからあなたがそばにいてあげなさい。もうこれ以上は私からは何も言わないし聞かない。いいわね?」

そう言って母は自分の分のココアの入ったカップを洗い場に運ぶ。

「なんだか照れくさいよお母さん」

私も氷がたっぷりと入ったココアを一気に飲み干すとその勢いでお母さんの後をついて洗い場に向かった。

キンキンに冷えたココアを一気に体に流し込んでもなお、心はあたたかさであふれていた。

「そういえば私の名前の由来って何なの?」

スポンジでカップを2人揃って洗いながらいつもより少しやわらかな雰囲気の中で話を切り出す。表面だけでなく心から話してみたいその一心で。

「名前の由来ねー…忘れちゃったわね〜」

「えー…嘘でしょお母さん…」

するとガタンと風呂の扉が開く音がした。それは花火さんがお風呂を上がったことを示していた。時計を見ると花火がお風呂に入ってから30分ほどが経とうとしていた。体感では短く感じた母との会話も実際はかなり経っていたようだ。

「ほらちょうど花火ちゃんお風呂出たらしいし、そばに行ってあげなさい」

「はーい」

タオルで濡れた手を拭いて風呂場に向かう。

「あ、思い出した」

ふとお母さんが呟く。顔は食器に向けたまま口を開いた。

「どーしたの?」

「夏の風のように爽やかで、透明だからこそ自分のなりたい色に染まってほしい」

母はゆったりとした口調で優しく声にする。

「なにそれ?」

「なっちゃんの名前の由来よ」

「なーんだ。ちゃんと覚えてるじゃん」

「なーんだとは何よ。ほら早く行きなさい」

「あ、私も思い出した」

「何を?」

お母さんは依然顔はこちらに向けず水の流れる音だけが響く。

「お母さんありがとう」

そう告げて花火さんのもとに向かった。視線の傍らで食器に顔を向ける母の肩が小刻みに揺れていた。

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