6話『廃れた店──ブラックアンティーク』
カランコロンと鈴の音が鳴り響く店内に入ると、店主の男が気怠そうに声をかけてきた。
顔色が悪く目の下には大きな隈が出来ている。明らかに寝不足の様子なのが見て取れる。
ここは最後の砦、人口密集地であるカリヤ街でも一際穴場の殺風景な場所。看板には『ブラックアンティーク』と書かれており、ここだけは最後まで無事だったらしい。今後も激化するであろう人類荒廃の一途でこの店だけでも無事でいてくれたのは奇跡としか言い様がない。
俺はカウンター席に腰掛ける。隣にはファストが座っており、テーブルの上には銃火器が置かれている。
店の中には他に客はおらず、閑散としている。
店主は注文を聞くこともなく、眠そうな目をしたままグラスに水を注いでいく。
隣に座っていたファストが分かり切った表情で聞いてくる。
「どうだった?」
「ダメだ、もうどこにも生存者はいやしねぇ。燃えて崩れて死体の山、ここが無事だったのが奇跡と言えるくらいだ」
「そうか……生きてる奴はもう俺達しかいないのかもしれないな……」
ファストは項垂れるようにため息をつく。
この店の外は阿鼻叫喚、ついこの前まで人間社会が構築されていたとは思えない惨状が広がっていた。
俺は店主の男に向かって問いかける。
「……どう思う?」
彼は虚ろな瞳のまま口を開く。
「さぁな、少なくともオレ達は生き残ってる。ただそれだけだ」
「はっ……違いない」
店主は自嘲気味な笑みを浮かべたあと、ゆっくりと立ち上がり奥の部屋へと入っていった。
数分後、彼は何やら大きな箱を持って戻ってきた。
「ほらよ、頼まれていたものだ」
「助かる」
俺はその箱を受け取り、蓋を開ける。
中にはショットガンやライフルなどが入っていた。
これらは以前、この街にある武器屋で購入していたもの。
俺はその中から、一丁のハンドキャノンを取り出し眺め回す。
「……やっぱりこれだよなぁ」
「ん? その銃、昔使ってたやつじゃないか。……まさかずっと持ってたのか?」
「あぁ、なんだかんだこの銃が一番使いやすい。……それにこいつは特別製なんだ」
そう言って、俺はマガジンを装填して構える。
──それはまるで、俺のために作られたような代物だった。
持ち手部分から銃身までが太く、全体的にどっしりと重い。しかしその重さが扱いやすさを生み出している。
そして何より特徴的なのがその命中精度、暴れるような反動と共に放たれる一発の弾丸の威力は通常の銃の比じゃない。
扱える人間は限りなく少なく、だからこそ俺の手にはうってつけの代物だった。
「こういうのからは手を引いたはずだったんだがな、またコイツを手にする日が来るとは思わなかった」
「今は命がかかってるからな、銃刀法違反を取り締まるポリスちゃんも泣いて薦めるだろうよ」
「確かに」
俺とファストは互いに笑い合う。
「それで、これからどうする?」
「まずはこの店を出よう、いつまでも留まっているわけにはいかない」
「そうだな。……アンタはどうするんだ?」
問いかけられた店主は暫しの沈黙の内、首を横に振った。
「お前達について行っても足手まといになるだけだ。ここが絶対に安全とは言えないが、今のオレには生きる理由もない。……残りの生をじっくり楽しむとするよ」
そう言う彼の表情からは諦観すら感じ取れた。
ふと視界に入った額縁には、店主と娘が笑顔で映っている写真が飾ってある。
こんな状況だ、他の者がどうなったかなんて想像に難くない。
俺は彼に深々と頭を下げた。
「すまない、必ず助けに来る。だから待っていてくれ」
「……」
返事はなかったが、俺はそのまま踵を返し外へ出る。ファストもそれに続き、店の前に止めてあった車に乗り込む。
エンジンをかけ、アクセルを踏み込んで走り出す。
背後では、店主がまだこちらを見つめているのが分かった。
だが振り返ることはせず、ただ前だけを見て車を発進させた。
「……」
車内は静寂に包まれている。ファストは何も言わず、ハンドルを握っている。
俺は窓から見える景色を見ながら、ぼんやりと考えていた。……これからどうするか、どうやって生き延びるか。
「とりあえずは食料の確保からだな……」
「……あぁ」
「それと、どっか無事なスタンドでガソリンも補充しなきゃな」
「……あぁ」
「……なぁ、ファスト」
「……なんだよ」
「……俺達は一体、何処へ行こうとしてるんだろうな」
「……さぁな」
地獄絵図と化したカリヤ街を走り抜けながら、俺達は道なき道を進んでいった。