4話『地獄の景色』
迎えに来てくれたファストにひとまず安心の息を吐きつつ、周りを警戒しながら車に近づく。
「助かったぞファスト、なんでここが分かった?」
「そりゃお前が教えてくれたんじゃねぇか。スマホのGPS機能を使ってさっきまで追跡してたんだが……まさかこんな遠くまで逃げてるとは思わなかったぜ。危うく置いていくところだったわ」
GPS……そういえば傭兵をやめる時に万が一があったらとそんな設定をしていた気がする、すっかり忘れていた。
「それより早く乗れ、ここはもうダメだ。さっさと逃げるに限る」
「ああ」
言われるがまま、俺は後部座席に乗り込む。
運転席のシートが後ろに下げられており、いつもより低く感じる。そして車内には所狭しと大量の銃火器が並べられていた。
「随分と大盤振る舞いじゃないか、どこぞの軍隊にでも転職するつもりか?」
「その転職先が無事だったらいいがな。さっそくだが出発するぞ、しっかり掴まってろ」
「あいよ」
アクセルが踏み込まれ、車が急発進する。
タイヤが地面との摩擦によって焦げ臭い匂いを放つが、構わずそのまま走り続ける。
「おい、目的地は何処なんだ」
「とりあえず安全な場所を目指す。今はそれが最優先事項だ」
「同感だな」
バックミラー越しに背後を確認する。
そこには見るも悲惨な死体の海と獣のように徘徊する人間……だった奴らがこちらをじろりと見つめていた。
ひとまずの危機は去ったか……だが、これから一体何が起きるのか。全く予想できない。
ファストは運転しながら少し言いづらそうな顔をして問いかけた。
「なぁレスター。……その、嫁さん……ユアリーさんはどうしたんだ」
俺は黙って首を横に振る。
それを察してか、彼は暗い表情に変わった。
「じゃあ娘のメアリーちゃんも……」
「いや、メアリーは無事だ……った。……だけど奴らの中に紛れるみたいでな、そのまま置いてきた」
「は!? おまっ、どうして連れてこなかったんだ……!?」
「…………」
ファストの問いに、俺は返事を返すことが出来なかった。
「あの子は確かに地頭がいい。だけどこんな状況で、ましてやたって一人で生き延びれるとは到底思えないぞ……!」
「──それでも、連れてくるよりは遥かに生存性がある。木を隠すなら森の中だ、敵の中だからこそ見つからないこともある」
「そんな詭弁が……! いや、レスターがそれでいいなら俺からは何も言わないぜ。ただな、こんな絶望的な状況下では生存が望めるとは思わないほうがいい」
沈黙が流れる。
ファストのハンドルを握る手には力が入りすぎているようで、指先から血が出てしまっている。
きっと心中穏やかではないだろう。それは俺も同じだ。
あの子を置いてきて良かったなんて思ってはいない。本当は一緒にいたかったし、守ってやりたかった。でもあの場に残っても俺に出来ることは何もなかっただろう。俺よりメアリーの方がよっぽど頭が良い、立ち回りもきっとうまくやっている。だからここで立ち止まっているわけにはいかない。
俺は拳を強く握りしめて気持ちを切り替える。今はここから脱出することが優先だ。
それからしばらく車は進み続け、ようやく見覚えのある風景が視界に入った。
──カリヤ街だ。
しかし街は既に崩壊しており、今でも建物が次々と倒れている。
火は上空まで這い上がり灰色の雲を作る。所々で引火し爆発を引き起こしているが、誰ひとりとして消化することはない。僅かな悲鳴と逃げ惑う人々、そしてそれを追いかける同類たちの足音だけが響き渡る。
「……地獄かここは」
思わずそう呟く。
こんな光景を見る日が来るとは思わなかった。
俺たちが暮らしていた平和な世界がたった数時間でこんなにも変貌してしまうとは……。
そこにあったのは、見るも無残な屍の山と、獣のように徘徊する人擬きの姿だけだった。