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3話『相棒』

 

 あれからどのくらい走っただろう。

 遠方から見える城は既に炎の海と化しており、かつての日々が消失した事実を突きつけられる。

 道中でようやく2丁目のリボルバー式の拳銃を拾ったが、せいぜい数人相手に出来るかどうかだ。

 目の前に広がるのは数千人は越える人間だった者達の渦、俺は捕まらないよう必死の形相で逃げ惑う。


「あークソッ、クソッ。何なんだ、国は何してんだよ。国家絡みの揉め事なのか? それとも何かに脅されて対応が出来ないのか? 分かんねぇ、なにも情報が入ってこないから分かんねぇんだよ……!」


 声を張り上げて襲い来る人間達から全力で逃げ続ける。

 乱れる息、混乱する頭。まともな人間はもう視界に映っていなかった。


「最悪の気分だッ……!」


 ポケットからスマホを取り出し一心不乱に電話をかける。消防も警察も救急も応答がない、取引先も親戚も知り合いも誰も出ない。

 誰でもいい、誰でもいいから出てくれ──!!


「──……、──……!!」


 プツッと一瞬だけノイズが走り、電話の奥からは銃声のような音が響いてくる。

 唯一可能性のある人物にかけたとき、その電話が繋がったのだ。


「ファスト! 無事か!?」


 数秒の激しいノイズと沈黙の後、銃声と思わしき音声が鮮明に流れていき、やがては向こう側の声が正しい電波状態で聞こえてきた。


「……──レスターか!? これはどういうことなんだッ! 一体何が起こってるんだ!」


 電話越しの男、ファストは大きく息を乱し走っているように思える。

 何者かと戦っている。いや、逃げていると言った方が正しい。


「分からねぇ、何も分からねぇんだよ! だがこのままだと間違いなく死ぬ! ファストは今どこにいるんだ!?」

「カリヤ街付近だ! だがここはもう持たない、──ッ、──……!!」


 電話越しから拳銃の発砲音が3発ほど聞こえ、僅かな風切り音の後にゴツンと何かにぶつかるような音が聞こえる。

 その後再び激しいノイズが入り混じり、通話は途絶された。


「ファスト! ……クソッ!」


 この場に留まるのは危険と判断し、路地裏へと身を隠す。

 表通りには人影もなく、代わりに至る所で煙が上がり始めている。


(一体何がどうなってやがる……)


 情報が全くと言っていい程ない。ただ分かることは『あの大都市であるカリヤ街が持たないほどにヤバイ状況』ということのみ。

 俺自身も逃げることで精一杯であり、情報収集どころではない。

 弾薬が無限にあれば一掃も考えるが、弾数には制限がある。

 とにかく今は生き残ることが最優先だ。


「おい! まともな奴は誰かいないのか!」


 大声で叫んでみるものの反応はない。

 当たり前と言えば当たり前のことなのだが、こうしている間にもどんどんと状況は悪くなっていく。

 周りに集まってくるのは先程と同様意識のないゾンビみたいな人間共だけ。

 さすがにそろそろ体力の限界を迎えつつある。


「クソがッ……一旦隠れるか……」


 ふらつく足取りで建物の壁際に寄りかかり、そのまま地面に座り込む。

 呼吸を整えながら考える。これから俺はどうすれば良いのか。

 まずはこの窮地を脱しなければならないのだが……。


「あぁー……マジで無理かもしんねェわコレ、情報収集どころじゃねぇぞ」


 そう諦めの言葉を口にした瞬間だった。

 背後から物凄い勢いで迫り来る気配を感じ取る。咄嵯に身を屈めれば、つい先程まで自分の頭部があった場所を通り過ぎる拳。その正体を確認する暇も無く、続けて繰り出される蹴り上げを両腕でガードする。

 鈍い音と共に骨にまで響く衝撃。しかし耐えられないものではない、追撃を警戒しつつ後ろを振り向く。

 そこには1人の男が立っていた。

 黒いコートを着ており、深めのフードを被っていて顔はよく見えない。

 ただ身長はかなり高く、180cm以上はあるだろう。


「誰だよテメェ」


 男は答えず無言のままこちらを見つめている。


「おい、聞いてんのかよ? ──ッ!?」


 返事の代わりに放たれる右ストレート。回避は不可能と判断したため両腕をクロスさせて受け止める。

 だが防御姿勢を取ったにも関わらず、男の一撃によって身体ごと吹き飛ばされてしまった。

 壁に叩きつけられて肺の中の空気が全て吐き出される感覚に襲われるも、何とか倒れずに済む。


「ってぇな……」


 口の中に血の味が広がる。恐らく反動で歯が何本か折れたんだろう。

 だが今はそんなことを気にしている余裕は無い。既に目の前には男が迫ってきているからだ。


「邪魔すんじゃねぇ!」


 腰からハンドガンを抜き出し即座に引き金を引く。

 銃声が鳴り響き、鉛玉が発射されるが、弾は全て避けられてしまう。


「……!?」


 ありえない光景に思わず目を見開く。

 銃弾を避けられるなんてありえるはずがない。

 だが現実として起こっている以上信じる他ない。

 ならばと、今度は連射モードにして撃ち続ける。それでもやはり全て避けられてしまい、一発たりとも命中することはなかった。


「嘘だろ!?」


 あり得ない出来事の連続により思考が乱れる。

 だがすぐに冷静さを取り戻さなければ死ぬだけだ。

 そう思い立ち、一旦距離を取るべく後方へ飛び退く。


「……」


 それを見計らったかのように距離を詰めてくる黒ずくめの男。

 右手に握られているのは刃渡り20センチほどのナイフ。

 明らかに近接戦闘向きの武器だ。


「舐めんなッ!!」


 相手が振り下ろしてきたナイフを左手で掴み、力任せに押し返す。そしてすかさず相手の腹に向かって回し蹴りを放つが──またもや空を切る感触。

 相手は蹴りが当たる直前に後ろに飛んでいたのだ。


「なんなんだコイツ……ッ!」


 訳が分からない。

 身体能力が高いとかそういう次元じゃない、動きが人間染みていない。

 まるで、魔法でも見ているかのようだ。


「ならこれでどうだッ!」


 ハンドガンを捨て去り、懐に仕舞っていたリボルバー式の拳銃を取り出す。

 スライドを引き、撃鉄を起こし、狙いを定め、発砲。──バンバンッ!! と 2発の弾丸が立て続けに相手に襲いかかるが、やはりそれも避けられてしまった。

 それどころか反撃と言わんばかりに放たれた蹴りが俺の顔面を捉え、後方に吹き飛ぶ。


「ぐっ……!」


 意識が遠のきそうになるが、どうにか堪える。

 今気絶したら確実に殺される。それだけは何としても避けなければならない。

 こちらと向かい合う男はこちらの様子を窺ったまま追撃をしてくる様子はない。


「……」


 沈黙かと捉えたが、耳を澄ませば男は何か呟いているようだ。


「……あァ? 聞こえねぇんだよ、もっとデカい声で喋れや」

「──……普遍を是としない異分子がかつての静寂を翻弄している、信徒の暴虐はいずれ世界を自らの開進的なものへと変えるだろう……お主は安寧の死から逃れ過酷な生を享受する覚悟があるか」

「何言ってんだか分かんねぇよ、テメェこの狂った惨状についてなんか知ってんのか?」


 男は答えずただこちらをじっと見つめている。

 何を考えているのかは知らないが、とにかくヤバい雰囲気だけは伝わってくる。

 このままだと本当に殺されかねない。そう決意して俺は脱兎の姿勢を取る。

 だが、男はそのままスッと後方に下がると煙に巻かれるように微塵に散って消え去った。一瞬の出来事に唖然とするも、すぐさま状況を理解して立ち上がる。


「クソッ! 逃げたか……」


 逃げられたことに対する怒りよりも先に安堵のため息が出た。

 助かったという事実に心底ホッとする。何者なのか分からんが、銃器や暗器であの男と戦って勝てる自信はない。それに今の自分にはやるべきことがある。


「こんなところで死んでる場合じゃねーしな」


 情報収集。その為にもまずはこの現状から車一台でも取ってくる必要がある。

 だが辺りには毒だかウイルスだかに感染したゾンビのような人間が徘徊していてまともに探索を出来る状況下じゃない。

 奴らは人を喰らう、シェリーの時のように近づいた人間の肉を貪る。まるで獣そのものだ。

 遠方からは次第に悲鳴も聞こえなくなってきた。生きてる人間がいよいよもって俺しかいなくなったな……。


「ハハッ、笑えねぇ」


 乾いた笑い声が虚しく木霊した。

 ──その時、一台の車の音が耳に入る。

 音の方へ目を向けると、今どき流行らないダサすぎるスポーツカーが爆速でこっちに向かってくる。


「やっと来たか」


 思わず表情が緩む。

 聞き慣れたエンジン音、飽きるほど目にした赤色のダサいボディカラー。

 間違いない、あれは──


「待たせたなレスター、今日のデートコースは死体の泳ぐ水族館とゾンビが踊る動物園だ。どっちがいい?」

「あぁ、答えはクソくらえだ」


 助手席の窓を開け、そう言い放ったのは──傭兵時代からの付き合いで昔馴染みの相棒である『ファスト』だった。


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