27話『魔法理論構築』
ブラックアンティークの店の前で仁王立ちする男が一人。
両腕を組み、ファストをまじまじと見つめる。
「……で、何の成果もなく帰ってきたと?」
「はっはっはっはっはっはっはっはっはっ」
「壊れた犬みたいな笑い声出して誤魔化してんじゃねぇよ」
ごめんなさい、と言いながらファストは地面に正座をして項垂れた。
「俺も今からヘルスト街に向かおうとしたが、収穫無しならしゃーないか」
「いや、収穫はあった」
「何だ?」
「帰りに傭兵の酒場に寄ったんだが、生き残りが居た」
「で?」
「────、────、──────」
ファストは耳打ちするようにレスターの傍によると、小声で何かを話し始める。
周りにはメアリーとコリーがいるが、聞こえないようにしているようだった。
「ねぇ、何話してるのかな?」
「小声で話してるということは私達に聞かれたくないこと、それをわざわざ疑問にするのはデリカシーに欠けるよ」
「うっ……で、でも! パパの隠しごととか気にならないの?」
「別に、パパは私のパパだし」
「やだこの子信頼が大きすぎる……」
コリーのソワソワする態度とは裏腹に、メアリーは特に気にしていない様子だった。
やがてファストから与えられた情報を聞いたレスターは何かに気づいた様子で目を見開き、ファストの方を見る。
「……! そうか、そいつぁ極上の収穫だ」
「だろ?」
ニヤリと笑うファスト。
どうやら先のヘルスト街で何らかの収穫があったらしい。
コリーはメアリーの方に目をやるが、メアリーは何のことかさっぱりといった感じで軽く両手を上げていた。
「とりあえず各自今日のところはゆっくり休んでおけ、明日再度出向くことになりそうだ」
「あいよ~」
レスターがそういうと、ファストはあくびをして店の中に入って行く。
コリーも後を追うように店の中に入って行った。
しかしメアリーだけがその場に留まり、レスターの前に立つ。
「ん? どうした?」
「パパ、ちょっときて」
メアリーはそういうと、店の中ではなく外へと歩き出す。
不思議そうな表情でその後に続くレスターだったが、誰もいない路地裏の物陰まで連れてこられると重要そうな話であることに察しが付く。
真剣な眼差しを向けるメアリーを見て、レスターは自然と身構えてしまう。
一体何を言われるのかと思った時、彼女は口を開いた。
「とてつもない攻撃手段を手に入れました」
「天才才児我が娘よ、詳しく教えてくれ」
思わずいつものノリで返したレスターには期待の表情が窺える。
「2つ理由があって。まず1つ目なんだけど、まず魔法を発現させるには魔力っていうエネルギーが必要なのは知ってるよね?」
「ああ、スフィアから聞いた」
「この魔力をより多く吸収し、より多く体内に蓄積させるには"魔臓"っていう器官が必要なんだけど」
「それも聞いた」
「通常、魔臓無しだと魔法は数発しか打てないけど、魔臓があるとその数十倍打てるようになって」
「それも聞いた」
「うん、じゃあ結論からいうと魔力を体の表面に纏うことで通常の数倍魔力を溜めておくことができるようになった」
顎に手を添え考える様子を見せるレスター。
そして一度深く頷き、口を開ける。
「天才才児我が娘よ、詳しく教えてくれ」
「パパ、もしかして私を困らせようとしてる?」
メアリーは困り顔でレスターを見つめた。
「まぁ簡単に言うと溜まった魔力を魔法という現象に変換せず、魔力のまま外に出せるようになったってことかな。これは練習すればスフィア……だっけ? あの子達でもできるようになるはず」
「ふむ、魔力を外に出したらなんか起こるのか?」
「うん。見えないからあくまで憶測だけど、魔力は人間に対して吸い付くように吸収されてる可能性があるんだよね。だからほんの少し外に出しただけなら磁石みたいに体に引っ付く」
レスターは一瞬納得した顔を浮かべたが、根本的な問題が解決してないことに気づく。
「ほほう……ん? いや、それはおかしくないか? 魔力は体に吸収されるんだろ? 体内から外に出してもまた体内に戻るんじゃないのか?」
「私もそう思った、だけど現に魔力は増えている実感がある。だから答えから逆算して仮説を立てるんだけど、もしかしたら一度体内に入った後に外に放出された魔力は空気中に漂う魔力とは別なベクトルを持った粒子として変換されてるんじゃないかなって思うの」
空気中に漂う魔力を魔力A、体内から意図的に放出した魔力を魔力Bとしてメアリーは説明を続けた。
魔力Aを湯船に浸かる水だと例えると人は湯船の排水栓のようなもので、魔法を使った際に排水栓が開けられる。そうすると魔力Aは開いた排水溝目指して時間と共にゆったりと吸収されていく。そして体内の魔力が満杯になると排水栓が再び閉じられるという仕組みらしい。
対し魔力Bは水に似ただけの物体のようなものらしく、排水栓が開けられても引っ張られはするが排水溝の穴に入るわけではないらしい。
「難しいことは分からんが、空気中の魔力と体内から放出された魔力は別物になってるってことか?」
「うん、効果は同じだと思うけどね。体内から放出した魔力は再び体内に戻ろうと体に引っ付くけど吸収されず、一般的な魔力のみが体内に入ってくることで実質的な魔力の増幅になってるって感じ」
その違いは理解したとレスターは頷く。
「でもそれは、体の表面に引っ付いた魔力は使えないってことじゃないのか?」
「その結論を確証したのが魔法を使おうとしたときなの。さっきファストの車の中で小さめの魔法を使おうとしたら、何故か魔力を失う感覚じゃなくて増幅されてる感覚に陥った。多分、魔法を使おうとした際に体の表面に引っ付いていた魔力が引っ張られるようにして体内に入り込んだんだと思う」
思考と実験と実証、未知に対する模範的なまでの行動にレスターは感嘆に近い溜め息をついた。
「つまり、一度体から放出された魔力は体内に戻ろうと体に引っ付くけど体内には入って行かない。だけど魔法を使おうとするとその引力が増して無理矢理体内に入ってくる。だから実質的に魔力を数倍溜め込むことに成功したってところかな」
理路整然と話し終えて「あくまで仮説だけどね」と一言加えるメアリー。
だがそれでも十分に納得できる理屈に、レスターは腕を組みながら感心したように何度も首を縦に振る。
そしてメアリーの頭を優しく撫でた。
「メアリー……お前はやっぱ天才だよ、こんなすごい子を持ててパパ嬉しいぞ」
「えへへ~」
嬉しそうな表情をするメアリーを見て、レスターも顔が緩む。
世界がどれだけ変わってもこの二人は変わらない、理想の親子だろう。
路地裏の陰に隠れて密かに話を聞いていたファストも、満足そうな笑みを浮かべていた。
「それで、2つ目の理由ってのはなんだ?」
「それは実際に見せてあげる。……あー、ファストも一緒にね」
そう言ってメアリーは物陰の方をチラっと一瞥する。
するとメアリーと目が合ってしまったファストはギクッと驚き、次いでメアリーの背後から恐怖写真に写りそうなほど眼球を広げ真顔の表情を浮かべるレスターとも目が合った。