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19話『地獄からの解放』

 

「さ、車に戻るぞ。今日の収穫は大量の食材と可憐な少女コリーちゃんだ」


 ファストの軽口にコリーは「あはは……」と苦笑いをするもその頬は少しだけ赤かった。

 そして全滅とまではいかないもののデパートにいる数百体のゾンビを倒し尽くし、車までの逃走経路は容易に確保する事に成功した。

 ファストが車のトランクを開けると、俺とコリーは食糧コーナーから大量に掻っ攫ってきた物を詰めたゴミ袋を背負ってそこへ押し込むように積み込む。

 やがてデパートの中から何人かのゾンビ達が追いかけてくるが、俺達は相手をすることも無く車の扉を開け、コリーを乗せて早々とエンジンをかけた。


「それにしてもまさか生存者が居るとは思わなかったなレスター、しかも可愛い学生さんときた。ゾンビ化するには勿体ない逸材だ、数日遅ければアウトだったに違いない」

「逆に数日早かったら他にも助けられた命があったかもしれないがな」

「それは言わない約束だ」


 冗談を言い合い、運転席に乗ったファストは強めにアクセルを踏み込む良いタイヤ音を響かせて車は発進した。

 車内ではコリーが今はどういう状況なのか、これからどうするかなどを事細かに質問してきたが。俺達の口から放たれた回答には顔色を暗くするばかりで、現状を飲み込もうとすればするほど如何に未来が閉ざされているかを察した。

 こんな状況下では何が希望で何が夢かなど考える暇もない、ただその日を生き延びることだけが許された歩みである。

 娯楽で埋め尽くされていた日常は帰ってこない。そう悟ったコリーの口からは自分を責める言葉ばかりが漏れ出ていた。

 そんな時だた。──コリーのお腹が鳴る音が車内に響いて、俺達の会話は突然止まる。


「なんだ、あんな場所にいながら腹減ってんのか?」

「……そ、そうだよ。アタシ好き嫌い多いし……悪い?」


 コリーは恥ずかしいのか顔を赤くして、ふいっと窓の外へと視線を移す。


「いや? 好みは大事だ、何でも食えるヤツは味の神髄が分からねぇバカだって古来から決まってんだよ」

「はははっ、何でも食えるレスターが言うと説得力あるな!」


 簡易な自虐をかまし、ファストにバカにされた辺りで俺はコリーに視線を移す。


「だがな、これからお前が食う料理に関しちゃ注文は受け付けねぇぞ。……なんせ確実に"美味い"んだからな」


 俺は自信満々といった表情で笑みを浮かべる。

 その言葉を聞いたコリーはごくっと息を呑んで喉を鳴らす。

 そう、今回俺達が何のためにこのデパートに乗り込んだのかって、そりゃあ美味いメシを食うためだ。

 ブラックアンティークの店主であるグランツに、極上の料理を振る舞ってもらうためだ。


「娯楽が無いってコリーちゃんは言うけどな、食べるっていう娯楽は何物にも勝るんだぜ。俺達は生きるために飯を食ってるんじゃない、飯を食うために生きてるんだってな」


 ファストが自慢げな口調で語ると、コリーは深く関心しているようだった。

 こんなクソッタレの世界でも明日を生きたいと望むのなら、そこに付随する理由の一つや二つはあってしかるべきだ。

 そしてそこで俺達が見つけた答えは食べることだった。店主であるグランツのあの目を見て、あの店を立ち直らせたいと思わない奴はいないだろう。

 たかがゾンビが出てきただけで、客が死ぬほど消えちまっただけで、それでもこうして人類は立ち上がってるんだ。

 そんな進むべき人類に最初の娯楽を提供する時が来るとしたら、俺は間違いなくこういうだろう。

 ──まずはメシ食え、ってな。


「今さらだけどさ……その、ありがとうね、助けてくれて……。アタシ、もうこの世界に自分だけしかいないと思ってたから、お兄さん達が来てくれなかったら絶対にダメだったと思う。だからお兄さんたちは命の恩人だよ、本当にありがとう」


 コリーは俺とファストに向かって深々と頭を下げながら感謝の言葉を口にする。

 純粋なお礼、か。そんな言葉メアリー以外から受け取ったことなかった。

 俺は軽く鼻で笑って窓の方へと視線を逃した。


「いらねぇよそんな言葉。もし言いたいなら今までくたばらずに耐えていた自分に向けて言え」

「……優しいんだね」


 そう言って微笑むコリーの笑顔は、デパートにいた時とは違う安堵の表情に包まれていた。

 それに、学生らしい良い表情だ。こんな世界じゃなければきっと沢山モテて楽しい青春を謳歌していただろうに。

 ファストも無言でニヤケ顔を晒しつつ安全運転で車を走行させる。視界に入るカリヤ街の裏通り、そして見えてくるブラックアンティークの看板。

 あぁ、俺も腹減って来たな。さっさとグランツの作る料理が食いてぇわ。


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