18話『ゾンビがいるだけの100%セールデパート』
デパートの二階、ゾンビ達がわんさか集まってるこの階で二人の男はチーターの如く駆け抜けていた。
「……ァ"ア"……ァ?」
椅子に座って漠然と窓の外の景色を見上げているゾンビ化した老人がいた。
ファストはその隣にちょこんと座り、まるで知人のように流暢に話しかける。
「いい天気だな爺さん、空は真っ黒で血の雨でも降りそうだ。でもさ、そろそろこの景色にも飽きてきただろ? 次は上から俺達を見守っててくれないか?」
「ア"ア"ァア"ッ!!」
突然の出来事に硬直していた老人のゾンビだったが、相手が生きた人間だと理解すると声を張り上げ襲い掛かる。
だがその首はファストの重い肘鉄で一瞬で弾き飛ばされ、残った首元から血をまき散らしたあと、後方へと倒れた。
「惨いね、人が人を殺さなきゃならないなんて。……黒幕には犬の糞でも食わせてやりたい気分だ」
吐き捨てるように呟き、後方から足音を立てずによってきたゾンビを後ろを向いたまま発砲して頭部に命中させる。
奥の食糧コーナー付近ではレスターが一人で大暴れしているようだ。
そんなレスターの果敢な姿を見て、ファストはふと、このデパートに足を運ぶ前の出来事を思い出す。
──それは、ここに来るために車で運転していた際、レスターが珍しく自分から話しかけてきた時の事だった。
「……なぁファスト。……ぶっちゃけていいか」
「お前の口はゲロまで垂れ流すもんだと思ってたが、溜め込んでいた言葉でもあったのか? まぁいいぜ、好きなだけ吠えな」
ファストはいつも通り、助手席に乗るレスターを小馬鹿にしたような態度をとる。
レスターも普段通り気にする様子もなく、そのぶっちゃけの内容を口にした。
「本音を言うとな、俺は人間を殺したくはないんだ。例えゾンビになったとしてもな。……人が人を殺す理由なんて本来作っちゃいけねぇものなんだよ」
「あぁ知ってるさ、お前は傭兵時代も人を殺したことはなかったもんな。腕っぷしばかり一級品で、やってることはおままごと同然の援護と自衛だけだった。"ある意味伝説の傭兵"なんて噂されてた時もあったよな」
「言いやがる」
ファストは軽く煽るも、レスターは苦笑いを浮かべながら頭を掻くばかり。
その表情からは、自分の情けなさを恥じるような感情すら読み取れた。
「……だがまぁ、メアリーもきっとそれを分かってたんだろうな。だからあの時俺を一人で逃がした。俺がメアリーを連れて逃げたら必ずゾンビ共と交戦になると思ったんだろう、人も殺せない目を感じ取ったんだろう、だから自ら人を喰う演技をしてまで俺だけを逃がした。……あの時は心臓が締め付けられるくらい悔しかったよ、情けない父親だって自覚した。だから俺はあの瞬間、逃げながら人を殺す決心をしたんだ。もう二度と迷わない、この指は止まらず引き金を引き続けるってな」
「そういうことだったのか。……今はもう大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃねぇよ、今でもずっと手が震えてる。でもそれだけだ、俺が戦うことから逃げてたら何も始まらない。どこかで生き残ってる人類のためにも、メアリーやお前にのためにも、俺はこの引き金を強く引く必要がある」
そう言ってレスターは愛用のハンドキャノンを構えなおす。
その手はまだ少しだけ震えていた。
ファストは知っている。いざという時に躊躇わないよう普段から無理矢理にでも自分を鼓舞し、常にテンション上げていることを。
「まっ、安心しろってレスター。お前が誰よりも脆く冷静な男だってのは俺が一番よく知ってる、お前のその横暴さが表面上だけなのもな。……傭兵時代に戦線が瓦解した時、お前だけが冷静だったおかげで俺は生き残ることが出来た。あの時の恩は忘れてない」
「よせよ、んな昔の事。俺はいつだってただの父親であり続けただけの男だ」
「ああ、そうだとも。お前はメアリーちゃんの事に関してだけは何一つ間違いを起こさなかった男だ」
「言ってろ」
レスターの行動原理は全てメアリーただ一人のためにある。彼女がいなかった時の行動は猪突猛進そのものだったが、今は帰る場所も守るべき者もいる。
こうなった時のレスターは手が付けられない、この男が本気で死から逃れようとすれば誰であろうと殺すことはできないだろう。
故に今の彼からは死期を全く感じ取れない。ファスト自身のしぶとさも中々称賛できるものだが、彼はその比ではない。
ファストが運転しながら煙草を二本取り出し、ライターで火をつけ一本を渡してくる。
レスターは無言でそれを受け取って、戦場の前の一服を共にしたのだった。
──乱戦の音が響く。ゾンビの攻撃はレスターにかすりもせず、一方的な虐殺が繰り広げられていた。
「はっはーッ!! そんなとこにいっと第二の食糧コーナーと化しちまうぞ、ノロ過ぎて相手にならねぇ。B級ホラー映画の走るゾンビを見習いやがれヒューマンハンバーグ共が!」
絶好調といった様子で小銃を連射するレスター。
近づいてくる敵はハンドキャノンで吹き飛ばし、離れた敵には売っていた果物ナイフのパックを開けてそのまま投げつける。
投擲されたそれは見事にゾンビの額に命中し、脳髄と頭蓋骨の破片を飛び散らしながら絶命させる。
その光景を見てファストも思わず賞賛の口笛を吹き、短機関銃片手に近寄ってくる敵を一掃する。
「上に嬢ちゃんがいることも忘れるなよー」
「わーってるよ、どうせお前が見てるだろ」
「二重確認は大事だ。……っと?」
ファストは言葉の途中で何かに気付いたのか、後ろを向いて少しばかり驚いたような表情を見せる。
そこで姿を見せたのは先程助けた少女、このデパート唯一の生存者だった。
レスターも同時に少女を視認すると、ゾンビを殲滅する勢いを増して作業でもするかのような動作へと変わった。
「待ってろ、もうすぐ壊滅させる」
少女は目元を赤くしてつい先程まで涙を流していたのが分かる。
そして同時にその目の色に光が戻っている事も。
「……アタシも手伝わせて、多少ならやれるから」
少女は覚悟を決めた様子で近くに落ちてたナイフを手に持つ。
だがレスターが返した言葉はその行動を否定するものだった。
「ならその拾ったナイフを今すぐ捨てろ。代わりにそこの棚にあるやつ全部袋に詰めてくれ」
「う、うん。分かった」
少女は食糧コーナーの傍に置いてある巨大なゴミ袋のようなものを手に取り、言われた棚にある食べ物やら飲み物やらを無造作に入れ始める。
途中から横で応戦していたファストも加わり、二人でゴミ袋に今晩の食材をぶち込み始める。
「俺はファスト。そっちの鬼畜はレスター。嬢ちゃん、名前は?」
「お前俺の紹介どんどん酷くなってないか」
ファストの言葉に反応を示すレスターをスルーして、少女は自分の名前を告げる。
「アタシはコリー、コリー・レイヴン」
「コリーコリー・レイヴンな」
「ち、ちがうよ……! コリー!」
鬼畜と言われたのでその言葉にノッたレスターがわざとらしく言い間違えると、コリーは顔を真っ赤にして訂正してくる。
その様子を見て、二人はコリーの精神状態がまだ大丈夫なことを悟る。
「よろしくなコリーちゃん、ところで何であんなところにいたんだ? 」
「学校から逃げてきた。突然周りの様子がおかしくなったから、授業抜けてここに。元々ゾンビ映画が好きで、こういう時はデパートに逃げるのがいいって思ったから。……でも最悪だった、全然よくない。食べものも数日で賞味期限切れるし長持ちするのは携帯食料ばっかだし、お風呂も無いし……その、トイレだって……」
……最後の方だけ声が小さくなり、コリーは俯いてしまった。
若いっていいなとファストがコリーの背中を軽く叩き、既に掃討し終えたレスターの方を指さす。
そこにはどこを見渡しても死体、死体、死体の山だった。
「……凄い、あれだけいたゾンビを本当に倒しちゃったんだ……それもたった二人で……。お兄さんたちは軍隊の人なの?」
「いんや。昔は傭兵やってたが、今はただのスーパードライバーとバカな父親だ」
「ダサいバーに改名しろ」
二人とも軽口を叩きながらデパートの商品を袋に詰め、倒れててもまだ息の根がありそうなゾンビに向け追撃で発砲する。
それはまるでこの状況に慣れているかのような光景。まだゾンビ達が現れてからそんなに日が経っていないはずなのに、その手のプロフェッショナルと言えるような動作をしていた。
そんな光景を見てコリーが二人に抱いた第一印象はまさに「かっこいい」だった。
それはゾンビ達から救ってくれた命の恩人だからかもしれないし、颯爽と行動し有言実行を果たす実力者だからかもしれないし、単純に顔がタイプだからかもしれない。
だけどそんなことはどうでも良くて、独りぼっちになってゾンビ達に食われるだけの人生だったコリーに光を灯してくれたのは間違いなく彼らだったのだ。その事実だけで他の理由など要らないだろう。
いつ振りか、二度と笑うことが無いと思っていたコリーの口元は、ほんのわずかに緩んでいた。