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15話『希望への道をここに』

 

 ここが世界で一番安全な場所かもしれない。


 メアリーの言葉に店主ですら驚愕の表情を浮かべる。

 盲点だった。いや、そもそもそんな発想自体がなかった。

 ここが危険だからどこかに逃げる。……その考えに囚われすぎていた。


「"ここまでたどり着ければ安全"って場所があるならそこを目指せばいいと思う。でも、もし世界中でもここと同じようになっているんだとしたら、それって逃げた先でもまた追われることになるってことだよね? だったら、研究所が機能しなくなったこの街こそ一番安全な場所って言えるんじゃないかなって思うの」


 言われてみると確かにそうだ。

 俺達はここ以外の現状を知らない、少なくともスマホ関連でSNSなどに生存者の報告は寄せられていない。災厄が起きた日から全ての通知は止まったままだ。

 それに、ここは無事だが他の地域では電波が通じているのかも怪しい。仮に通じていたとして、助け舟を呼ぶSOSを放っても教団側がそれを認知しないわけがない。もしかしたら既に誰かはSNSで助けを求める声を上げていたのかもしれないが、その履歴を消すことくらい連中ならやるだろう。少なくとも俺が敵側だったら間違いなくやる。

 だからこそ今俺達が知りうる情報は、このカリヤ街という元大都市でその近場にある研究施設をぶっ潰したという事実のみ。

 この情報から最善の選択を取るというのなら、ここを捨てて危険な新天地を目指すよりも先に、まずはここを拠点とするのがベストなんじゃないか。

 ずっと沈黙していたシティも目を見開いて思わず賞賛の言葉を送る。


「……この子、頭いい」

「レスターの娘さんだからな」

「えへへ……」


 俺も絶賛の意を込めてメアリーの頭を撫でる。

 メアリーは満面の笑みを浮かべながら猫みたいに懐いてきた。

 この子はもう大人にも引けを取らない思考を持ってる。本当に賢いな、さすがは俺の血を引いているだけのことはある。


「……え? レスターさんって頭いいんですか?」


 ここまで一言も喋らず黙っていたスフィアが久々に放った第一声がこれだ。

 俺はスッと目をつむり、目の前の水の入ったグラスを手に取って口に放り込んで叩きつけるようにその場においた。


「ひぁっ!? ご、ごめんなさい冗談です……っ!」


 まあ、とりあえずは方針は決まった。

 俺はメアリーの意図を汲むようにこれからの目的を説明する。


「まずはこの街を拠点とする目標を掲げたい。その上でやっていくべきことを各々順を追って取り掛かる必要がある。街に蔓延るゾンビ共を一掃できれば話は早いが、これだけ大勢のゾンビがいるとなるとそれは厳しい話だ。それに人間ってのは野犬にすら勝てない生き物だからな、理性を失ったゾンビ共に隙を突かれて噛み殺される可能性は十二分にあるだろう。だからまずはここから、この店から全ての始まりにしたい」


 もし世界中でここと同じようなことが起こっているのだとしら、それは逆に好機とも捉えられる。

 店主は先程たかがひとつやふたつの施設が潰されたところで気にも留めないだろうといった、つまり教団の研究施設を潰した俺達が執拗に追跡される可能性は低いだろう。どうせ放っておいてもそのままゾンビに食われて死ぬと連中は思っているはずだ。

 ならばここに拠点を掲げ、静かに地盤を固めつつ本来の体制を取り戻していくのが一番手っ取り早い。

 そして余裕が生まれた時に、他の場所へ人を救いにいくのか、教団を皆殺しに行くのかを決めればいい。


「この点に反対の奴はいるか?」


 その言葉に反応する者はいなかった。

 だが俺は肝心の人間に視線を向ける。

 ──この店『ブラックアンティーク』の店主だ。今この場ではこの人が全ての決定権を握っているようなもの。

 店主は俺の視線に気づくと、未だに気怠そうな感じで溜め息を零す。

 だが、依然会った時に浮かべていた暗い表情は無くなっているように感じる。


「オレぁあれからずっと考えてたんだ。嫁も娘もみんな死んじまって、その上オレの料理を提供する相手もいやしねぇ。美味いメシを食わせて客の笑顔を見る、稼いだ金で家族に笑顔を与える、これだけが俺の生き甲斐だった。なのに一瞬で全部パーだ」


 どこか自虐的な言いまわしで乾いた笑いを零す店主。

 その目には、大の男がするようなものとは思えない絶望の色が垣間見える。


「嫁と娘が動物園に行くって言ってな。オレも一緒に行かないかって誘われたんだが、店の営業があるから二人で楽しんで来いって見送ったよ。……次に二人を見たのはテレビだった、倫理的に問題あるような映像を現地にいるリポーターがカメラ回して必死の形相で伝えててよ。燃え盛る火の粉と逃げ出す動物達、そして焼け焦げた姿で片腕持っていかれてる娘と鉄の棒が腹部に突き刺さった嫁がカメラに映ってたんだ。……助けに行く気力すらなくなっちまった、家族と食事する時にだけ使う大切なグラスをその場に落として呆然と立ち尽くしたよ。──ああ、生きる意味が無くなったんだなってな」


 想像を絶する内容にシティとスフィアは言葉を失う。

 俺やファストもある程度想像がついていたとはいえ、この感覚は安易に慣れていいものじゃない。

 店主が今どんな気持ちでこの場に立っているのか、どんな気持ちで生きているのか、それは誰にも推し量ることのできない苦しみだろう。

 ──だが店主はそこで一旦言葉を区切ると、再び大きく深呼吸をして続けた。深い、どこまでも深い深呼吸だ。

 まるで何かを振り払うかのように頭を振って、過去の想いと決別するかのように目を瞑る。

 そしてそこにはもう、死んだ魚のような目をした男はどこにもなかった。

 一度目を閉じてからゆっくりと開けた店主は、決意に満ちた瞳をしていた。


「……でもな、まだアンタらがいる。救いようもねぇこんなクソみたいな世界になっちまったが、アンタらはまだ生きてる。オレの料理だってまだ食ったことねぇだろ? ──この店に入った客がまだ残ってるってのに、肝心のメシを出さねぇで帰すわけにはいかねぇ。それに、そこの入口の鈴はただの鈴じゃねぇんだ、このカリヤ街で誰も通らねぇような路地抜けてこんなちんけな店を選んだ猛者にしか鳴らせねぇ鈴なんだ。だからその鈴を鳴らした奴はオレの極上の料理を食って「うまい」って笑顔浮かべる義務があんだよ」


 店主の目つきが変わる。活気が宿る。

 今の今まで生気が抜けた男とは思えぬほど活力に満ち溢れた姿はまるで一人の職人だ。いや、それが本来の顔なのだろう。


「ゾンビ共に出す飯なんざねぇが、この店に入った生きてる人間はオレのフライパンで焼いた料理を、鍋で煮込んだ料理をたらふく食わせる。それがオレに残った最後の流儀だ。……まぁもっとも、その料理を作るための肝心の食材はからっきしだがな……」


 そう言って店主は少しだけ肩をすくめる。

 しかし、それでも店主は笑っていた。乾いた笑いではない、ありきたりな笑いだ。

 俺はそんな店主に向くようにグラスを手に取り、残った水を思いっきり飲み干して店主の前に置いた。


「店主、名前は?」

「グランツだ」

「そうかグランツ、その言葉は俺が責任をもって成し遂げてやる。だからお前は安心して料理作って客の笑顔を眺める準備をしておけ。……そのための場所は俺が必ず作る、必ずだ」

「レスター……」


 店主であるグランツの顔から迷いや不安といったものが消えていき、僅かな希望の光が宿るのが分かる。

 こいつは間違いなく良い料理人になる。いいや、元から最高の料理人だったはずだ。

 だからこそ、俺達はこいつを守らなければならない。こいつの夢を叶えてやらなきゃいけない。

 誰も通らない路地裏のちんけな店、だがこの街で唯一生き残った幻の店だ。

 ゾンビに溢れた世界で最高の三ツ星レストランってやつを作ってやろうじゃねぇか、それも教団が泣いて媚びるくらいの美食ってやつをな。

 人生ってのは常に食から始まるんだ。


「まずは俺とファストが近場のデパートに行ってありったけの食材を掻っ攫ってくる、夕暮れには必ず戻るようにする。その間シティとスフィアは外でこの店に近づこうとするゾンビ共相手に魔法の練習でもしておけ、危険だからなるべく遠くからヒットアンドアウェイで確実な対処を怠るな。メアリーはここでグランツを見守っててくれ、何かあったらスマホで連絡するかバカでかい魔法放って俺達に伝わるように頼む。あと待ってる間俺がいくつかの仮説を提示するから魔法の解明に役立ててくれ、何か新しいことに繋がる糸口が見つかるかもしれない」


 全員が力強くうなずく。異論はないようだ。

 ならば早速行動開始だ。

 もしも神がいるってんなら、このクソッタレの世界で歩みを進める人類の生き様を疾くと見ておけ。

 明日は必ずやってくる。全滅しない限り、人類はその可能性を必ず掴み取る。

 ──人間ってのはな、そこら辺に這い出た生存力マシマシのゴキブリよりもしぶとい生き物なんだよ。


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