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12話『Mary&Lester──再会』

 

 俺は教団の追手に囲まれながらも、全く動じることなく冷静さを保っていた。

 今の俺はいうなれば無敵状態。メアリーを救えたという事実だけで完全なコンディションへと様変わりしていた。


「……くっ……我ら、アカシック教に……開進あブッ!?」


 先頭にいる奴の顔面をぶん殴ると面白いように吹っ飛ぶ。

 銃弾すら防ぐ魔法の障壁? だったら直接殴ればいいだけだろ。

 他の追手達も同様に、俺の姿を捉えることすらできず一方的に殴られ蹴られ、地面に這いつくばっている。

 僅かな隙を捉え後方から魔法を放とうとする追手もいたが、それはつまりそいつ自身はがら空きだということ。

 その陰からメアリーが魔法で生成した氷の槍を飛ばし、俺の隙を狙う追手はあっという間に倒れていった。

 そして気づけば30人ほどいた教団の追手は軒並み倒れ伏しており、ひとまずの落ち着きを取り戻すこととなった。


「……ふぅ、終わった」


 そう言って振り返った先には、同じく息を切らしてやり切った表情を浮かべるメアリーの姿。

 しかし目が合った途端涙目に変わり、メアリーはこちらに向かって思いっきり走り出し勢いよく抱き着いた。


「パパっ……!」


 胸に飛び込んでくる愛娘を俺は強く抱きしめた。

 もう二度と会えないと思っていた奇跡が、たった今起きているのだから。


「パパ、パパ……っ。会いたかったよパパぁ……っ!!」

「メアリー……っ!」


 お互い涙を流して再会を喜ぶ。緊張の糸が解けて溢れ出る涙は止まらない。

 これ以上ない幸せを感じながら、一生分のハグをする。


「ごめんねパパ……。わたし、こんな風になっちゃったの……もう人間じゃ、なくなっちゃったの……っ。ごめんね、ごめんね……ごめん、なさい……っ」


 嗚咽交じりで必死に伝えるメアリーの言葉を聞いて、改めてメアリーの状態を確認する。

 メアリーの身体は全体的に傷だらけで、まるで皮膚そのものを糸で縫い合わせたような跡まである。

 胸の方には恐らく魔臓を埋め込んだであろう大きな手術跡。目は赤く充血し、血縁の証拠であった金色の瞳はもう映っていない。

 見るからにはそれは人体実験をされた痕跡であり、もうかつてのメアリーはいないのだと理解した。


「いいんだ、いいんだよメアリー! 俺は今お前をこうして抱きしめられたことが何よりも幸運なんだ、幸せなんだよ! 生きてくれていただけでもう何も望まない。辛かっただろう、痛かっただろう……? 助けてやれなくてすまなかった、よく今日まで頑張ったな……えらい、えらいぞメアリー……!」

「パパ……っ」


 泣き続けるメアリーを強く抱きしめる。

 これからはずっと一緒にいられる。俺が守ってやれる。

 そんな気持ちを込めてさらに力を込めた。


「さぁ逃げよう、メアリー」

「逃げるって、どこへ……?」

「どこか遠くに、コイツ等がいないどこか遠い場所にだ」

「……」


 一瞬何かを考える仕草を見せるも、メアリーはすぐに首を横に振った。

 そして顔を上げて微笑みながら「ありがとう」と一言だけ零し、そして否定した。


「ごめんパパ、それはムリだよ……」

「メアリー?」

「パパも見たでしょ……世界中で広がっちゃってるの、もうどこにも安全な場所なんてない……」


 メアリーは俯き、自分の足を見つめている。

 そして顔を上げると、儚い笑顔で俺を見上げた。


「だからパパ……私と一緒に死んでくれる?」

「……なに?」


 突然放たれた言葉に、思わず聞き返す。

 メアリーは必死に笑顔を作っているが、それはやがて崩れていき、再び涙をあふれさせていた。


「私はねパパ。パパを置いて先に死んじゃうことが、パパを先に死なせちゃうことが何よりも怖かった。だから今日まで必死に生きてきたの、こんな体になりながらも必死に生きてきたんだよ。もう絶対に離れ離れになりたくない、もう辛いのは嫌だ……。だからこのまま一緒に死のう……? 最後はパパと一緒に終わりたい……一人はもう……やだよ……」


 そう言って俺の手を握るメアリーの小さな手が震えていることに気付いた。

 その手を握り返し、俺は優しく語り掛ける。


「メアリー、お前の気持ちはよく分かった。そうだよな、俺も同じだ。死ぬなら一緒に……後悔なく死にたいよな」


 確かにメアリーの言う通り、世界中がこの有様ではもうどうしようもないのかもしれない。

 逃げたところで捕まるのは時間の問題。いや、捕まる以前に他の連中同様感染してゾンビ化するか、食料でも尽きて餓死するかが先だろう。

 どう見積もっても幸先の無い暗闇の未来だ。

 ……だが、だからこそ。しっかりと伝えなければならないと思った。


「だけどなメアリー。……俺は二人でいるこの瞬間を一秒でも長く体感したいんだ、一秒でも多く感じていたいんだ。……メアリーは、どうだ?」


 握っていたメアリーの指先がピクリと反応する。

 目を大きく丸めて、こちらを見ている。


「……んっ、うんっ……私も、わたしも一秒でも多くパパといたい……ほんとは、ほんとはいっぱい一緒にいて、いっぱい話して、いっぱい笑いたい……。でもっ、でもぉっ……うっ、ぐすっ……」


 ボロボロと大粒の涙を流し、しゃくりあげながらメアリーは声を絞り出す。

 きっと今まで我慢してきたのだろう。

 もう二度と会えないと思っていた家族と再会し、嬉しくなかったはずがない。俺だって張り裂けそうな気分だったんだ、まだ幼いメアリーはその比じゃないだろう。

 だがそれでも必死に耐えていたのだ。本当に、メアリーは強い子だ。

 そんな我が子が苦しみを振り絞って死に逃げる選択を取ろうとしている。現状ではどうあがいても悲惨な末路を辿ると予想出来てしまっているから、今ここで一緒に死ぬことが最善だという結論に導けてしまっている。この子は頭がいいから、俺なんかよりも先の未来を想像してしまっているのだろう。

 ……俺は、そんな我が子に幸福な時間ひとつ提供できない哀れな父親なのか? 娘の理想に収まるだけの凡枠でいるつもりなのか?

 違うよな。そんな情けない姿を見せるくらいなら、俺はとっくに自死を選択しているはずだ。

 答えは、既に出ている。


「なぁメアリー。……実はパパ凄いんだぞ。例え敵が10人、100人、1000人、もっと来たとしても倒せる自信がある。もし他の人達のように感染してゾンビになったって特効薬を作る自信もある。今ここから逃げ出す自信もあるし、メアリーがどうしようもないって思ってる未来も変えていける自信もあるんだ」


 涙で濡れた顔を拭いながら、メアリーは黙って聞いてくれている。

 その表情はどこか不安げで、期待と希望に満ちた瞳をしていた。

 だから、俺はその言葉を続けた。


「自信だけじゃやっていけないって思うかもしれない。でもな、今メアリーに足りないのはその"自信"なんだ。本当なら乗り越えられる障害に対して、不安と恐怖ですくんでしまってるだけなんだ。……俺はメアリーを助けるまで自信が無かった。助けられるはずもないと思って、半信半疑で突貫しただけなんだよ。でもやってみせた、出来ないって心では思っても行動には移したんだ。そしたらこうして奇跡が起きた……いや、起こしたんだ。そして、これからも必ず起こしていく」


 自身の娘に対し、対等に本音を語った。

 ここで終わるんじゃなく、これからがあるのだと告げる。

 その未来は決して簡単ではないが、不可能でも無いことを知ってもらうために。

 もう二度と、メアリーを置いて行かないように。


「パパ……」

「ああ、俺はお前のパパだ。レスター・ルイ・シャルロットじゃない、お前のたった一人の父親なんだ。お前のためなら奇跡のひとつやふたつ簡単に起こしてやる。どうやっても逃げれないってんなら、目の前の壁をぶっ壊して道を作ってやる。どうあがいても死ぬってんなら、その常識を覆して生きる道を作り出してやる。お前のためなら、俺は鼻っから人間なんてやめてんだよ。なぁ、そうだろメアリー!」


 その目に疑心なんて含まれていない。不可能を本気で成し遂げようとする英雄そのものの目付き、いかなる天才も敵うことのない果敢な姿勢。

 メアリーは自らの父親の言葉に硬直していた。目を見開き、口はポカンと開いている。

 だが次第に肩は震えだし、顔はクシャクシャになりながら笑みを浮かべていた。

 それはまるでずっと待ち望んでいた言葉を聞けたかのような喜びようだった。


「──うん、うんっ……もう言わない、もう絶対に逃げたりしない……!」


 ああ、この人が自分の父親で良かったと、メアリーは心の底からそう思った。

 目元をふき取り、最後の決心と言わんばかりに鼻をすすって攻勢を示す。


「そうだよ、負けるわけがない。私とパパが一緒にいて負けたことなんて、あるわけがない!」


 何を迷うことがあろうか。なんでも成し遂げる──成し遂げてきた無類の父親が自分の横に立っているのだ。その状況を鑑みて、どこをどう判断してここから"負ける"と言えるのか?

 どんな馬鹿げた思考をすれば"死ぬしかない"なんて答えに辿り着くのか?

 ──冗談、片腹痛い。それはあまりにもレスターを、自身の父親を舐めすぎている。

 メアリーはつい今しがたの自分の愚行を心の中で叱責した。


「ハッハッハ。そうだ、俺達が組んで勝てなかった相手はいないさ」


 そう喋っているうちに他の教団の連中がこちらを視認して追ってくる。

 数は10人程度。……今の俺達にとっては敵にすらならない。


「魔力切れは心配ないか?」

「魔臓を埋め込まれたからね、無限に使えるよ」

「そりゃいい、連中に自業自得って単語を勉強させてやろうぜ」


 ハンドキャノンのマガジンを装填してメアリーの横に並ぶ。

 メアリーは嬉しそうな笑顔で手を翳し、援護の合図をアイコンタクトで送った。

 向かう先は死ぬほどダサいレッドカラーをキメた相棒の愛車。

 そこに立ち塞がる敵は──一人残らず、皆殺しだ。


「「我らアカシック教に開進あれ、我らアカシック教に開進あれ」」

「おいおい、セリフ間違えてるぞ教団さんよ」


 立ち塞がるように向かってくる教団の一人の頭部をハンドキャノンで吹き飛ばし、連中より慄くような悪意ある形相でこう述べた。


「次からはこう言えマヌケ。──"我ら人類に恒久あれ"ってな」


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