10話『研究所侵入』
俺達はファストの運転する車で研究所に向かっている。
助手席に座っているのは黒髪の少女、そして後部座席に並んで座っている俺と金髪の女。
俺は思わず口を開けた。
「なんでついてきたんだよ」
「……それは……その……」
隣の席に座っている金髪の女に話しかけると、彼女は困ったような表情で俯いて黙り込んでしまった。
その様子を見て小さくため息をつく。
まあ大方俺が一人で突っ込むと思ったから心配で着いて来たか、二人だけであの場に取り残されるのが怖くて着いてきたかのどっちかだろうな。
「まっ、一緒に来るなら自己紹介のひとつでもしとかなきゃ損だぜ。俺はファスト、そっちの横暴な男は相棒のレスターだ」
「誰が横暴だ、お前と大差ねぇよ」
後部座席から文句を言うが、ファストは無視して話を続ける。
隣の助手席に座る無口な黒髪の少女に問いかけた。
「嬢ちゃんは?」
「……シティ」
「おうよろしくなシティちゃん」
それだけ言うとシティはまた黙ってしまった。
「そっちは?」
「はい、スフィアと申します。……あの、助けてもらってこんなこと言うのは厚かましいとは思いますが……出来れば一緒に居させてもらえると……」
「既に車にまで乗ってきて何言ってんだ」
「ご、ごめんなさい……」
金髪の女ことスフィアは縮こまるように謝ってくる。
そしてファストがいつものようにフォローに入る。
「よろしくなスフィアちゃん、そこのバカは今気が立ってるだけだから無視していいぞ」
別に謝ってほしいわけじゃないんだけどな。
とりあえずこのまま口論しても仕方ないので目的地に着くまでは大人しくしていることにするか。
それからしばらくファストが車を走らせていたが、道中に敵が現れることは無かった。あのバケモノみたいな巨大蜘蛛もそれほど数がいるわけじゃないのか。
それでもひらけた場所に出るとやはりゾンビのような挙動を取る人間の群衆が徘徊していた。
いくら車に乗っているとはいえ、人ひとりが捨て身で体当たりしてきたらフロントに損傷を負いかねない。なるべく人は避けるようにとファストに念を押す。
そしてスフィア達に案内されながら警戒して進んでいくと、ようやく目的の場所が見えてきた。
外観は白を基調とした大きな施設といった感じだ。
周囲に人の影はなく静まり返っていて不気味な雰囲気を放っている。あれが例の研究所か。
「どうする? 正面から乗り込むか?」
「当然だ、いくぞ」
「ちょっと待ってください、流石にこの人数で押し掛けるのは得策ではないかと……」
「じゃあなんか策があんのかよ?」
「それは……」
俺の言葉に対して、スフィアは言葉を詰まらせる。
そんな時だった。
俺達の背後の方角から突然爆発音が鳴り響いた。
慌てて振り返ると遠くの方に煙が立ち上っていた。
音の大きさ的にかなり近い距離だったと思うのだが、まさか俺たち以外の誰かに襲撃されているのか?
「ファスト、急げ!」
「わかってるよ!」
誰だか知らないが好機だ、この隙に一気に突っ切る。
急いでアクセルを踏んで速度を上げるファスト。
勢いを増した車はそのまま研究所の入口にある柵を突き破り敷地内へと侵入した。
敷地内に入ってすぐに車は停車する。
俺達は車を降りて即座に武器を身に着け、周囲を見渡したが特にこれといって変わった様子はない。
だが先程の爆音のことを考えると、何か大きな問題が起こったのは間違いないはずだ。
「おい、メアリーはどの辺りにいる?」
まだ車に乗っているシティに問いかける。
彼女は窓から顔を出して周囲を見渡し始めた。
「……わからない」
少しだけ罰が悪そうな表情を浮かべてそういった。
分からないなら手当たり次第に探すしかなさそうだな。
俺は銃を構えつつ、施設の入り口付近に向けて慎重に歩を進める。
その後方でファストが二人についてこないよう指示を出した。
「二人はここにいるかどこかに隠れるんだ、ついてきても魔力切れで死んだら元も子もないからな。後は俺達に任せてくれ」
「……わかった」
「……足手まといでごめんなさい。いざって時は向かいますので、お気を付けて」
ファストは軽くグッドサインをだして別れを告げ、俺の後ろまで忍び足で近づく。
俺は研究所の入口付近の扉まで辿り着き、ゆっくりとドアノブに手をかけて捻った。
鍵はかかっておらずすんなりと開いた。
中に入るとそこは薄暗く長い廊下が続いており、壁には等間隔に電灯が取り付けられていて足元ははっきりと見える。
俺とファストは互いに合図を送り、そのまま静かに素早く奥へと進んでいった。
やがて突き当りの部屋に辿り着くと、その部屋の前には二人の武装をした男が立っていた。
男は腰にハンドガンを差しており、恐らくは近接戦闘を得意とするタイプだろう。もう一人も同じような装備をしていることから同じカテゴリーに入ると思われる。
どちらにせよ、この状況ではまずい。
気付かれる前に先手必勝で仕留めたいところではあるが……。
そう考えていると、先に動いたのは向こう側だった。
二人の男は俺達に背を向けたまま立ち止まり、地面に向かって両手を前に突き出すと魔法陣のようなものが展開されていく。
なんだ、何をするつもりだ……!?
「……おいレスター!」
嫌な予感がして俺とファストは咄嵯に横に飛び退く。
そこで男達はまるで最後の言葉と言わんばかりに声を張り上げた。
「「アカシック教に開進あれ!」」
その直後、男の掌から火球のような物が放たれ、それが床に着弾して大爆発を起こした。
爆風で吹き飛ばされそうになるもなんとか堪えるが、あまりの衝撃に全身の骨がきしむような感覚に襲われる。
これは間違いなく攻撃魔法の類だ。
こんなものを街中でぶっ放せば、それこそテロ行為として認定されてもおかしくないだろうに。
しかし何故だ? なぜ奴らはいきなり攻撃を仕掛けてきた? いや、攻撃した個所は俺達とは反対方向だ、こっちの存在にはまだ気づいてないはず。……まさかスフィアの言っていた仲間割れが起きてんのか?
近距離で魔法を放った男達は自分達諸共自滅しており、焦げ臭い匂いを放ちながら焼死しているのが一目で見て取れた。
この威力なら直撃すればひとたまりもなかったであろうことは容易に想像できる。
「くそっ! 何がどうなってんだよ!」
「落ち着け、とにかく今はメアリーを探すことが先決だ」
「ああ……だがこれはもう……どうやって移動すればいいんだよ」
目の前に広がる惨状を見て思わず呟いた。
見渡せば研究所内はあちこちボロボロになっており、壁には無数の穴が開いていたり、天井が崩れていたりと酷い有様だった。
とてもじゃないがまともに歩ける状態ではない。
「こうなったら強行突破するしかないな」
「マジかよ、道がねぇぞ」
「仕方ないさ、このままだといつ見つかるかわかったもんじゃない」
「チッ」
俺は銃を構えて砂ぼこりがたっている研究所の中へと進んでいく。
もはや慎重に前に進むことに意味はなく、メアリーがいそうな場所を片っ端から探し回る。
途中で何人かの研究職員と交戦に入ったが、どれも隙を突いた一方的な攻撃で今のところは俺達の存在がバレているとは思われにくい。無論カメラに映っているとかならどうしようもないが。
そこからしばらく進むとようやく最深部らしき場所に辿り着いた。そこには巨大なモニターが何台もあり、画面には何かの数値が表示されたり、グラフなどが映し出されて忙しく動いている。
そしてその中央にあるカプセルの中に椅子が置いてあり、そこには『Mary』と書かれていた。
「見つけたのかレスター!?」
周囲の状況を確認しながらこちらに寄ってくるファスト。
だが俺はすぐに振り返ると、来た道に足を向ける。
「これは……」
「もぬけの殻だ。肝心のメアリーがいない」
そこにあったのは何も入っていない空っぽのカプセルだけ。
金色の髪に金色の瞳をした可愛らしい黄金財とも言える我が子、メアリーの姿はなかった。
どういうことだ、ここにいないって事は一体どこに行ってしまったんだ。
「……!」
その時、背後の扉が開かれて数人の武装した集団が現れた。
俺は咄嵯にハンドキャノンを構える。
見た感じでは全員同じ格好をしており、恐らくは教団の人間だろう。黒いコートにフードを被っている。どこかで見覚えのある服装だ。
しかし教団の人間達は俺達の方に視線を向ける前にその後ろ、『Mary』と書かれた空っぽのカプセルに入った椅子の方に目を向け、肝心の人物がいないことに慌てている様子だった。
そして俺達の方に向き直ると銃口を向ける。
「何者だお前達!?」
「それはこっちのセリフだ、メアリーはどこだ!」
「フン、部外者か、見られたからには生かすわけにもいかん。ここで死んでもらう!」
そう言って先頭にいた男が引き金を引くと、他の連中の方も一斉に発砲してきた。
俺はそれを素早く左右に避けつつ、マガジンを交換しながら応戦していく。
しかし相手の方は次から次へと人数が増えていき、徐々に追い詰められていく。
「チッ、まずいな。ここは一旦逃げるか……」
「いや、追いかけてこられると厄介だ。それではメアリーちゃんが助けられない」
何を思ったのか突然ファストが走り出し、そのまま真っ直ぐ突っ込んで俺の脇を通り過ぎる。
バッグから軽量の機関銃を取り出し、スライディングしながら連中に向けて連射発砲した。
「ここは俺に任せて先にいけ、連中がカプセルの様子を見に来たって事はメアリーちゃんはまだこの近くにいるって事だ」
「かっこつけてんじゃねぇぞファスト! お前が死んだら誰が車の運転するってんだッ!」
「はっ、俺は所詮タクシー代わりってか。まぁ安心しろ、明日も俺の超イケてる愛車でお前とお前の娘さん乗せて天の彼方まで送り迎えしてやっからよ。それに……」
そこで言葉を切ると、今度は自分の腰に差していた手榴弾を抜き取り、向かってくる敵に投げ飛ばして華麗に爆散させる。
そして素早く二つ目を抜き取り、今度は連中の天井目掛けて投げ飛ばし爆散させ、瓦礫に埋もれる図をいとも簡単に作り出した。
反対方向からやってくる敵には携帯用のナイフを投げ飛ばし、まるで曲芸師のような動きで敵の銃撃を捌いていく。
「──お前、俺が負けると思ってんのか」
ニヤリとした笑みを浮かべながら、向かってくる最後の敵を蹴り飛ばす。
相手はその衝撃で壁に叩きつけられ、白目を剥いて気絶してしまった。
俺は思わず呆気に取られてしまう。
なんだよ、まだまだ現役じゃねぇか……。
「傭兵時代に俺の隣に並んでいただけはあるな。……合流は車だ」
「ったりめぇよ、超絶イケてるレッドカラー愛車な!」
「ダセぇんだよ、気づけアホ」
ファストがそのまま奥の残ってる敵の方へと走っていくを見送って、俺は来た道を戻るようにその場を立ち去った。
今は一刻も早くメアリーを探し出さなければ。
俺は焦燥感に駆られながらも必死に研究所内を走り回った。