【現代】パーティの先頭で皆を守っていた僕ですが、パチンコ屋の看板から追放されました【追放】
「パチンコ 追放」で検索しても類似の話が出てこなかったのでネタ被りは無いと思います。
「ということでお前、俺達のパーティから出て行ってくれるか!?」
「え?」
ある日の昼下がり、僕は唐突に仲間から戦力外通告を受けた。青天の霹靂と言うべき衝撃に、思わず声が漏れてしまう。
「あなた以外の全員で決めた意見ですわ。拒否権はありませんわよ」
「そーだそーだ、あんたが力尽きた時にどれだけアタイ達がどんだけ下品な目で……迷惑かけてる自覚あんのかー?」
後ろに続く仲間達も口々に僕の欠点を指摘する。どうやら僕以外のメンバーで意見は満場一致、知らぬ間に四面楚歌の状況になっていた。皆は僕が力尽きた時に周囲から品の無い目で見られることが我慢ならないようだ。
「そんな……僕達今までカルテットでやってきたハズだ。その誰かが抜けて何ができるって言うんだ!?」
「ああ? そんなんもう補充のメンバーがいるに決まってんだろ」
僕は絞り出すような声で異議を唱えた。僕が抜けて何ができるというか、ナニができる予感がして胸がザワザワとする。
「聞いて驚け、先頭に立てば万物を上品にできる『美化』のスキルを持っているんだぞ!」
追放を申し出た仲間が補充要員の利点を紹介する。どうやら皆は僕が力尽きた時に向けられる目を恥じていて、薄々疎んでいた時により優れた逸材を見つけたことが動機だろう。そして今の僕にこの3対1の状況を覆す手札は無い。
「わかったよ……今まで楽しかったよ」
そこから導き出される答えはひとつ。追放を受け入れることだった。
「チッ……言い返さずに素直に受け入れればよかったんだよ」
「これで私達もスッキリしますわね」
「新しいメンバー、楽しみだなぁ!」
追いうちの言葉を投げかける旧メンバー達を背に、僕は振り返りもせずにパーティを抜け出した。
(ずっと皆の先頭で頑張ってきたのに……ッ!)
こうして僕こと『パ』は、パチンコ屋のネオン看板から追放されたのだった。
彼方から蜃気楼でも現れそうな夕暮れの街を、僕はトボトボと歩いていた。『パ』はもうパチンコ屋の看板にはいらない。その通告がじくじくと僕の胸を削り続けていた。
(僕達は皆でひとつだと思っていたんだけど……そう思っていたのは僕だけだったのかな……雨の日も風の日も、それこそ先週の台風の日だって皆で輝いていたのに)
たとえ台風の日でも僕達のパチンコの看板は嵐の中でだって輝いた。そういう日にこそ出る台が空くとのたまう常連達を迎え入れ、外より快適だと憩いの場を形成するパチンコ屋。その店が開いていることを厳然と証明する照明こそが僕達だった。
(いや、古巣の思い出にばかり浸っていられないな。僕は『チ』と『ン』と『コ』に比べれば汎用性に乏しい『パ』だ。あの自信があれば彼らは彼らでやっていけるだろうし、僕は僕の居場所を探さなきゃ)
『パ』は半濁音であることもあって、僕の元いたパーティでは最も他で使う機会の無い文字だろう。今までだって僕達のうち誰かが力尽きることはあった。だけど『チ』や『ン』や『コ』の誰が欠けようと周りは気にしないのに、『パ』の僕が欠けただけで周りは好奇の目で騒ぐ。店の人も「恥ずかしいから早く修理に来てくれ」と僕の時に限って対応を急ぐ。
(なぜ僕が力尽きた時ばかり皆慌てるんだろう……僕ってそんなに恥ずかしい存在だったのか……)
周囲から品性下劣のレッテルを貼り付けられ、僕の気持ちは深く落ち込んでいた。
(補充に来る文字が何かは知らないけど、きっと僕と違ってスキルで皆を下品な目から守れるんだろうなぁ……ん、なんだアレは?)
『パ』の後任を羨んでいた僕の眼前に見えたのは、2階に住居を持つ小ぶりな個人商店。もちろん僕が元いたパチンコ屋と比べての相対評価ではあるが、茶色いレンガ造りの外観に素朴な西洋風の飾りつけをしているその店は、大きな駐車場や華やかな看板を持つものではなかった。
「『ン』の字か……僕の前のパーティの『ン』よりも落ち着いた色合いで、随分小さいな。いや、なんで『ン』しかないんだ?」
僕はこの素朴な店の看板の不審さに注目した。店のプレゼンをするべき看板には『ン』の文字しか存在せず、その字の左側は大きな空白が空いていた。『ン』から始まる言葉は数あれど、『ン』単体で完結する売り物は僕には思い当たらなかった。
「ぐすっ……ぐすっ……」
「ねぇ、どうしたの?」
しかも、当の『ン』からすすり泣く声が聞こえてくる。何か事情があったのだろうかと察した僕は『ン』に話しかける。光らない上に僕より二回りも小さい『ン』に絡むのは正直気が咎めた。だが不審者と思われる警戒心を上回る、どうせこれ以上落ちぶれる要素もないという謎の安心感が僕の背中を押したのだ。
「先週の台風で……右にいたお兄ちゃんが飛ばされちゃったの……」
「そんな……」
どうやらこの小さな『ン』は、同じ製造所で生まれた兄が風で飛ばされてしまったせいで寂しくて泣いていたらしい。
「私だけじゃ、前を通る人達がここが何のお店だかわかってもらえないの……店主さんも一生懸命焼いたごはんを食べてもらえなくて、すっかり諦めちゃって……」
『ン』は自分の無力さを嘆く。店からはドアの隙間や換気扇越しに食欲をそそるバターの芳香が漂ってくるが、肝心の商品は全く手に取ってもらえていない。ラッピングされた料理はヤケクソめいた割引シールが貼られ、店主は通行人に目もくれずイートインスペースで新聞を読んでしまっている。
(なんとかしてあげたいけど……追い出されたばかりの僕に何かできるのか……)
パチンコの看板を追放されたばかりの『パ』に何ができるんだ。だからって、人を呼べない『ン』の嘆きと店で沈む店主の姿を無視もしたくない。無力感と使命感の板挟みで僕はしばらく逡巡していた。
(いや、さっきも考えたじゃないか! ここで出しゃばって失敗したところでもうこれ以上落ちる要素なんてない! ええい、ままよ!)
『ン』に話しかけた時と同じだ、どうせ僕が何もしなくたって店の窮状は続く。意を決して僕は『ン』の隣に鎮座した。
『パン』
僕と『ン』が揃った途端、店の上部に設けられた看板が『我が足下の商店はパン屋なり』と主張し始めた。当然僕が『ン』よりやたら大きい上に光り輝いている。元はパチンコ屋の看板だったのだ、バランスの歪さは堪忍してほしい。
「あ、パン屋さんだ。ちょうどよかった!」
「マ? あのパ、パチ屋の看板じゃん笑」
「おやまぁ、安くなってるし明日の朝ごはんにしようかねえ」
パンの単語が成立した直後、通行人が足を止めてザワザワと騒ぎ出す。親の夕飯を待てぬ空腹の学生、僕の強い自己主張に好奇の目を向ける若者、衛生的に少し心配な食べ方を検討する老人。まるで新装開店のパン屋のように客足が伸びる。怒涛の入店を目撃した店主は大慌てで新聞を放り投げレジへと走る。
「すごい、すごいよ! お兄ちゃんがいた時みたい!」
(売れてるのは嬉しいけど、この街の人間は看板がなきゃここがパン屋だってわからないのかな……)
売れ行きに興奮して喜ぶ『ン』に対して、右側に立っている僕は複雑な心境で見守っていた。
パンは夕暮れ時のラッシュで爆売れし、なんとか閉店時間までに当日焼いた分は食パンの耳まで完売した。割引商品だらけで利益がどの程度か見込めないけど、当日の大赤字だけは回避できたと信じたい。
「ありがとう、通りすがりの『パ』さん……店主さんも喜んでるよ!」
「いやいや、『ン』が隣にいてくれたからだよ」
喜色満面の『ン』のお礼に僕は謙遜で返すものの、心の内では店と『ン』を救った達成感に浸っていた。それはパチンコの看板から追い出された時に空いてしまった心の隙間を埋めてくれた。
(皆が許してくれるなら、ここを安住の地にできたらいいな……)
「あっ、お兄ちゃん!」
僕の気持ちがここに落ち着くことに傾きだした時に、『ン』が急に声をあげる。声の先にいたのは僕と同じ『パ』。僕の左の『ン』と書体と色使いがそっくりのお兄さんだ。
「いやー、心配かけたね。田んぼに落ちていたのを見つけてもらって、ようやく今朝修理が終わったところさ」
「……」
先週の台風で飛ばされたと言っていた『ン』の兄は、発見に時間がかかりようやく明日から無事現場復帰になったようだ。
「あれ、こちらは?」
「このピカピカの『パ』さんがね、お兄ちゃんがいない間に私の横で看板になってくれたの!」
兄の『パ』が僕の方へ目を向けて『ン』に尋ねる。問われた『ン』は今日あったことを兄に嬉々として報告する。
「じゃあ、僕はこの辺で!」
「あっ……」
僕はそう言ったきり看板を降りて兄に場所を譲る。僕がここに居座っていたら、せっかく飛ばされた時の傷を治して帰って来た『パ』の兄さんが居場所を失ってしまう。追い出される痛みを他人に押し付けるなんて勘弁だ。
「通りすがりの『パ』さん、ありがとう!」
「いや、僕の方こそ……ありがとう」
一方的に追い出され、無力感に打ちひしがれていた僕が、少しでも自信を取り戻せたのはパン屋の一件のおかげだった。渡した礼を返されキョトンとした『ン』を背に、僕は店を後にした。
「誰か助けてー! 改造人間のヒーローが悪の組織と勘違いしてうちの商店で暴れてるんだー!」
街の商店街から叫び声が聞こえる。先週の台風のみならず、日々の消耗で看板は文字を欠くのだ。僕は誰かを追い出さない形で、その中のどこかに収まれればいい。『パ』を求める声に従い、僕は夜の街を駆ける。
余談だけど、新たに『オ』をくわえた僕の元パーティは通報の末に看板ごと撤去されたという。
ご読了お疲れさまでした。余裕がありましたら評価・ブックマーク・連載中の小説の閲覧もお願いいたします。
【備考】
拙作を書くにあたりネットサーフィンをして『なぜパチンコ屋のパが消えるのか』を調査したところ、『パの半濁音部分を作る際にネオン管が他のパーツよりもきつく曲げられる影響で、ガラス管の寿命が短い』『半濁音部分が消えると連動してハの方も消える』という情報を得ました。
当初はそれを基に追放理由にスタミナ切れが早いを採用しようとしましたが、その説に『パが消える時に限って印象に残るに過ぎない』という反論記事もありました。
どちらを採用すべきかと迷った末に、『パチンコのパと他の文字のスタミナ差には言及しない』という措置をとることで、両説に対して中立であらんと努めました。