第94話 ボイコット
「行政機能が完全停止? それ大丈夫なんですか?」
「はい。問題ありません。政府としての機能が果たせないだけですから」
「今のどこに問題が無かったのかを教えて欲しいんですけど」
「しかし、宰相がこのような強硬策をとるとは驚きですね」
「何でそんなに余裕そうなんですか?」
「対応策があり、その準備も大方終わっているからです」
「師匠も仕事をしていたんですね。ここで、座っているだけかと思いました」
「私は仕事の鬼なんですよ? この世の誰よりも働いています。知らないんですか?」
「知らないし、おそらく嘘だと思います。師匠、言ってましたよね? 不労所得最高! って」
「え? 信者の労働時間は私の労働時間に加算されますよね?」
「されるわけないじゃないですか」
「おかしい。私の持っている辞書には他人を使役して、その成果を横取りすることも労働になるって書いてあったのに」
「その辞書、捨てた方が良いと思いますよ」
「まあ、労働時間の話なんてどうでもいいです。問題なのは私が用意した対応策が効果的かどうかです」
「自分から話し始めといて、何を言ってるんですか?」
「今回のボイコットが発生する前から計画されていたことなので準備は比較的早くできましたが、計画を前倒ししたので、成功するかが怪しいです」
「それ、大丈夫なんですか?」
「まあ、失敗したら、人質をとって強制労働なので、大丈夫です」
「ぜひとも、宰相とその仲間たちには頑張ってもらいたいですね」
ボイコットから5日後。
貴族会議が終わったばかりの議場は騒がしい雰囲気に包まれていた。
「お聞きになりましたか?」
「ああ、陛下が宮殿をお移しになるそうだな」
「それは本当か?」
2人の貴族がひそひそと話している所に近くで聞き耳を立てていた男が割り込む。
「貴殿はご存じなかったのか?」
「いや、噂には聞いていたが、それは誠の話なのか?」
「何でも、陛下は官僚たちが仕事をしないことを嘆いておられるようで、宮を移して新たに始めるとか……」
「宰相閣下はこのことをご存じなのか?」
「おそらく、だが、陛下の強いご意向があるらしい。これは止められんよ」
割り込み男は血の気が引いている。
「閣下もそれほど長くないかもな」
「おい、滅多なことを言うな」
「ちょっと、失礼」
割り込み男は慌てて、会議所から出る。
男の親戚は高級官僚だった。
つまり、宰相の無言の圧によりボイコットをしているのだった。
今の話が事実であれば、男の親戚は厳しい立場になるだろう。
現在の宮殿に帝国の行政機能が集約されている。
しかし、その宮殿を移し、新たに始めるというのは、高級官僚たちを解雇すると宣言しているようなものだ。
今までは宰相の人事権により、宰相に逆らえば、左遷されてしまう。
だが、今回は違う。
宰相の指示を聞けば、左遷どころか失職の可能性がある。
議場は噂話に興じる者と身内を案じて足早に帰宅する者とでいつも以上に騒がしい様子になっている。
「師匠、聞きましたか?」
「何をですか?」
「帝国政府が二つになったことです」
「ああ、そのことですか」
「これが師匠の対応策ですか?」
「はい。新たな行政機関を作り、古い政府を破壊することは前々から考えていました。しかし、こんなに早く実行しなくてはならないとは驚きでした」
「何で、そんな面倒なことをしたんですか? 師匠なら、力で一気に掌握しそうじゃないですか?」
「私を何だと思ってるんですか? 優しさの代名詞のジーナ・ネビオロですよ?」
「代名詞って言葉、ちゃんとした辞書で調べた方が良いですよ」
「宰相は人事権を使って、官僚を思うままに動かしました。そのため、宰相の意にそわない動きをした場合は官僚を使って、手続きを送れさせたり、ボイコットなどで妨害をしていました。私が帝国を掌握するうえで、それは非常に邪魔です。なので、宮殿を移し官僚の総入れ替えを行い、宰相の影響力が大きく削ぎました。しかも、新帝国政府の官僚の人事権は皇帝、正確には私が握っています。これにより、宰相は軍事力、人事権と言う主武装を失ったので、今は名前だけの存在です」
「でも、今は旧政府も残っているから、事実上2つの政府が出来てしまったんですよね?」
「宰相はこの事態に慌てて、官僚たちのボイコットをやめさせたため、旧政府は機能を取り戻しつつあるようですが、半分上の官僚は宰相の影響下から逃れ、私たちの下に来ました。徴税権や予算がないうえに皇帝はこちらにいます。近いうちに宰相の旧帝国政府は崩壊するでしょう」
「宰相は再起不能になってしまったんですか?」
「イラリアはどちらの味方なんですか? 宰相が再起不能かどうかは微妙です。しかし、現在の影響力は一介の貴族とそう変わらないでしょう。ちなみに、再起されると面倒なので、宰相には今回の混乱の責任をとってもらうという事で無期限の謹慎を皇帝に言い渡してもらう予定です。宰相は自分の屋敷を一歩も出ることなく大人しくしてもらいます」
「事実上の監禁ですね。今、気付いたんですけど、宰相をクビにしないんですか?」
「役職だけは残します。やりすぎると私が鬼のように見えてしまいますからね」
「ように見えるというよりも、鬼そのものだと思います」




