第88話 好ましからざる人物
帝国宰相の執務室。
先ほどまでは嵐のような女がいたが、今は元の静寂さを取り戻していた。
ドアがノックされる。
「閣下、よろしいでしょうか?」
「ああ」
「失礼します」
フライパン女が去り、代わって入室したのはジーノ・ファース。
わしの右腕であり、参謀の一人だ。
「どうだった?」
「失敗です。盗聴班は精神汚染と意識レベルの低下が激しかったので、医務室に運んでおきました」
「いったい何を仕掛けたら、そんなことが出来るのやら。まったく、油断ならんな」
ネビオロとその弟子のクローチェを2人きりにすれば、何かしらの情報が引き出せると思ったが、そうは甘くないか。
「本当にあの気違い集団を帝国に招くのですか? あまり得策ではないかと……」
「奴らの目的は分からないが、奴らの持つ軍事力は魅力的だ。わしの年齢から考えれば、宰相として働けて5年だろう。それまでに陛下に帝国のすべての領土をお返ししなければ、亡き主に申し訳が立たん」
「では、許可を?」
「それしかあるまい。だが、簡単には与えんよ。ある程度の担保がないとな」
「太陽神殿、月神殿にぶつけるおつもりですか?」
「帝都が多少荒れるかもしれんが、わしらが手を下さずにあの2勢力を弱められるのなら結構だ」
太陽神殿、もしくは月神殿をフライパン教にぶつけることにより、侵入しようとする外国勢力と言う印象をフライパン教に被せられる。
そうなれば、連中の勢力拡大は抑えられ、布教のために味方である帝国政府に助けを求めるようになるはずだ。
そうなった際にフライパン教を援助すれば、奴らに恩を着せることが出来る。
逆に援助を断れば、太陽神殿、月神殿に恩を売れる。
どちらに転んでも、我々にメリットしかない。
「太陽神殿、月神殿には伏せておきますか?」
「もちろんだ。あと、ネビオロ、あの女に関する報告は逐一上げろ、あれは油断ならん」
「閣下が心配なさるほどでしょうか?」
「甘く見てはいかんぞ。あの女は迷宮都市を一人で半壊にまで追い込んでいる。さらには都市国家デーレスを治めるゾルジ家を攻撃し、当主とその息子の性癖を改変するという珍事まで起こしたらしいな。最近は魔王領の経営までしているという話も聞く」
「閣下、その情報源は本当に正しいのですか? 王の性癖に関しては分かりませんが、個人でそこまでできる物なのでしょうか?」
「情報源は間違いない」
「……分かりました。密偵に厳重な監視を敷くように言っておきます。では、失礼します」
ヴァンニ宰相との密談の数日後、私たちの下には悪意の籠ったお手紙が届いた。
「ふざけた内容ですね」
「師匠が、ふざけてるって感じるなら相当ですね。それでどんな内容でした?」
「布教を許可するそうです」
「え? 師匠にとって望ましい答えですよね?」
「間違えました。許可の条件の方がふざけてるんです。太陽神殿、もしくは月神殿を攻撃するようにとのこと」
「師匠、それ引き受けるんですか? 嫌な予感しかしないんですけど」
「イラリアの勘が珍しく的中しています。明日は血の雨が降りそうですね」
「珍しくってやめてください。あと血の雨は、原因は私じゃなくて、師匠が戦火をばら蒔いているせいだと思います」
「面白い冗談ですね」
「日頃の行いから導き出された事実なんですけど」
「話がそれましたが、許可は必要ですから一応、受けます。しかし、宰相の望む形というわけにはいかないでしょう」
「また、やらかすんですか?」
「また? 私はイラリアと違って失敗し慣れてないので、またと言われるのは心外ですね」
「心外なのは私の方なんですけど。何で勝手に失敗し慣れてることになってるんですか?」
「いいように利用されたままでは私の面子が潰れてしまいます」
「完全なスルーですね。でも、やりすぎると許可を貰えなくなりますよね」
「その通りです。ついでに言うとうまくやり過ぎても、危険視され許可をされない恐れがあります。しかし、そちらの方面の心配は必要ないと思います」
「オーバーキル上級者の師匠にその心配が必要無いなんてことがあるんですか?」
「オーバーキル上級者の意味は分かりませんが、理由は簡単です。聖戦士の入国に関してはほとんど許可されていないからです。つまり、戦力が心もとない状態で攻撃するわけですから、オーバーキルも何も勝てるかどうかが怪しいというわけです」
「もう、帰りませんか? 最初から終わってるじゃないですか」
「これだから、イラリアは使えないって言われるんです」
「言われてません」
「いいですか? 軍事通行権がないのなら、あちらからお願いする状況を作ればいいんですよ」
「師匠、何するつもりですか? やめてください」
「まあ、楽しみに待っていてください」
「全然楽しみじゃないんですけど、ストレスで胃に穴が開きそうなんですけど」
「じゃあ、胃に穴が開いたら、記念にその胃を摘出して教団帝国支部の礼拝場に飾りましょう」
「やめてください」




